弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ドイツの会社法が定めるGmbH(有限会社)等の会社形態と設立

ドイツの会社法が定めるGmbH(有限会社)等の会社形態と設立

ドイツへの事業展開を検討する際、法人形態の選択は、その後の運営の柔軟性、コスト、そして本社(日本)からのコントロールのしやすさに直結する最も重要な意思決定です。多くの日本企業にとって、ドイツの有限会社(Gesellschaft mit beschränkter Haftung, GmbH)は、株式会社に相当するAG(Aktiengesellschaft)と比較して、圧倒的にシンプルな機関設計と柔軟性の高い運営が可能なため、最適な選択肢となる傾向にあります。

AGが厳格な二階層構造と5万ユーロの最低資本金を要求するのに対し、GmbHは2万5,000ユーロの資本金で設立が可能であり、取締役(Geschäftsführer)が社員総会からの指示に拘束されるという、日本法には見られない独自の法的特徴を持っています。これにより、親会社による現地法人の業務執行に対する直接的な指揮権が確保されます。ただし、設立過程における登記前の活動(Vorgesellschaft)が失敗した場合、創業者に無限責任が課されるというドイツ連邦裁判所の厳格な判例法理が存在するなど、日本法とは異なる重大なリスクも存在します。

本稿では、これらのGmbHの法的構造と、日本企業が進出時に特に留意すべき法的論点について、ドイツ法を根拠に詳細に解説します。

ドイツ会社法の根幹:GmbHとAGの法的比較と選択の戦略的理由

ドイツにおける主要な資本会社形態は、有限会社(GmbH)株式会社(AG)の二つに大別されます。日本企業が進出戦略を立てる上で、これら二つの形態が法的にどのように異なるのかを理解することは極めて重要です。

準拠法、法的性質、および最低資本金の比較

AGは、ドイツ株式会社法(Aktiengesetz, AktG)に準拠して設立・運営される法人形態です。一方、GmbHは、ドイツ有限会社法(Gesetz betreffend die Gesellschaften mit beschränkter Haftung, GmbHG)に準拠します。両形態とも法人格を有し、社員(出資者や株主)の責任は、日本法における株式会社や合同会社と同様に、原則として会社が保有する財産に限定される、有限責任制が採用されています。

資本金要件については、大きな違いがあります。AGの設立に必要な最低資本金(Grundkapital)は、AktG第7条の規定に基づき、5万ユーロと定められています。これに対し、GmbHの最低資本金(Stammkapital)は、GmbHG第5条の規定に基づき、2万5,000ユーロと、AGの半分で済みます。日本の株式会社(最低資本金1円)と比較すると、AGの5万ユーロという設定は比較的高額ですが、GmbHの2万5,000ユーロは、初期投資を抑えつつ現地法人としての一定の信用力を確保する上で、バランスの取れた選択肢となります。 

さらに、GmbHGの枠組み内には、UG(Unternehmergesellschaft (haftungsbeschränkt))と呼ばれる、より低資本での設立オプションも存在します。これは「ミニGmbH」とも呼ばれ、理論上は最低資本金1ユーロから設立が可能ですが、必ず社名に「haftungsbeschränkt(責任限定)」の付記を義務付けられます。これは、市場に対して資本が低いことを明示するものであり、資本の充実度を重視するドイツの商慣習においては、取引相手に与える信頼性の観点から慎重な検討が求められます。 

業務執行と監督の機関設計の決定的な違い

GmbHが日本企業に圧倒的に選ばれる最大の理由は、その機関設計のシンプルさにあります。

AGは、業務執行を担う執行役員会(Vorstand)と、その業務執行を監督する監査役会(Aufsichtsrat)から成る、厳格な二階層構造の設置が法律により義務付けられます。この構造は、多数の株主を持つ大企業における透明性と監督を確保するために設計されています。

対照的に、GmbHが法律上義務付けられる機関は、最高意思決定機関である社員総会(Gesellschafterversammlung)と、業務執行機関である取締役(Geschäftsführer)のみです。AGのような厳格な二階層構造は求められず、監査役会(Aufsichtsrat)の設置は原則として任意となります。ただし、従業員数が一定規模を超えるGmbHには、共同決定法(Mitbestimmungsgesetz)等の特別法に基づき、監査役会の設置が義務付けられる例外規定があります。

日本において、親会社が100%出資する現地法人を設立する場合、AGの複雑な二階層構造は往々にして冗長となり得ます。GmbHのシンプルな構造は、本社からの直接的な指揮系統を確立しやすく、意思決定の迅速化と運営コストの削減に直結します。これは、日本企業が現地子会社に求める「高いコントロールと運営効率」という戦略的要求に最も合致するものです。

GmbH(有限会社)AG(株式会社)日本
根拠法有限会社法(GmbHG)株式会社法(AktG)会社法
最低資本金25,000ユーロ 50,000ユーロ 1円
業務執行機関Geschäftsführer(取締役)Vorstand(執行役員会)取締役(取締役会)
監督機関原則任意(特定規模で義務化あり)必須(監査役会/Aufsichtsrat)監査役/監査等委員会等
業務執行への指示拘束性社員総会による指示拘束を受ける 原則拘束されない 原則として株主総会は業務執行を個別指示できない

GmbH・AG以外の主要な会社形態

ドイツには、GmbHやAGのような資本会社(Kapitalgesellschaften)以外に、人的会社(Personengesellschaften)という主要な形態が存在します。これらは、社員の個人の信用や協力関係が重視される点で、資本の集積を目的とする資本会社とは根本的に異なります。

開かれた商事組合(Offene Handelsgesellschaft, OHG)は、日本の合名会社に相当し、少なくとも2人以上の社員で構成されます。OHGの最大の特徴は、すべての社員が、会社の債務に対し無制限の個人責任(unbeschränkte persönliche Haftung)を負うことです,。この無限責任は法律上強制される結果であり、法人格は有するものの、日本の合名会社と同様に、社員個人の財産を会社の債権者から守ることができません。

これに対し、合資会社(Kommanditgesellschaft, KG)は、日本の合資会社に相当する形態です。KGは、無限責任社員(Komplementäre)有限責任社員(Kommanditisten)の2種類の社員で構成されなければなりません。無限責任社員はOHGの社員と同様に無制限の個人責任を負いますが、有限責任社員は、原則として商業登記簿に登録された出資額の範囲内でのみ責任を負います。この構造は、資金提供者と業務執行者の役割を分けることを可能にします。

また、最もシンプルかつ基本的な形態として、民法上の組合(Gesellschaft bürgerlichen Rechts, GbR)があります。これは、共同の目的を追求するために契約に基づいて設立されますが、法人格を有せず、その社員は会社の債務に対し個人的に、かつ連帯して無限責任を負うという重大なデメリットがあります。

これらの人的会社形態(OHG, KG, GbR)は、社員の責任が会社の財産に限定されないという点で、有限責任が確保されるGmbHやAGとは根本的に異なります。日本企業がドイツに現地法人を設立し、本社(親会社)の責任を限定することを最優先とする場合、これらの人的会社形態は選択肢から除外されるべきと言えるでしょう。

ドイツGmbHの取締役(Geschäftsführer)に対する「指示拘束性」

ドイツGmbHの取締役(Geschäftsführer)に対する「指示拘束性」

ドイツのGmbHが、日本の親会社によるコントロールの道具として優れているとされる核心的な理由は、取締役(Geschäftsführer)の業務執行権限に対する法的な「指示拘束性」の存在にあります。

業務執行機関に対する社員総会の指揮権(Weisungsgebundenheit)

ドイツのGmbHにおける取締役(Geschäftsführer)は、社員総会(Gesellschafterversammlung)から拘束力のある指示を受ける義務を負います。この特徴は指示拘束性(Weisungsgebundenheit)として知られており、GmbHG第37条第1項により、社員総会がGeschäftsführerに対し拘束力のある指示を与えることができると明確に規定されています。

この指揮権は非常に強力であり、ドイツの法理においては、たとえその指示が客観的に見て会社にとって経済的に不利な行為を伴う場合であっても、社員はその指示を出す権限を持つことが認められています。

これは、AGの執行役員会(Vorstand)が、監査役会や株主総会から個別の業務執行について原則として指示を受けず、会社経営の独立した責任を負う構造とは根本的に異なります。

この指示拘束性は、日本の会社法における株式会社の取締役の立場と決定的に異なります。日本の会社法では、株式会社の取締役は株主総会に対し忠実義務を負うものの、原則として個別の業務執行行為について株主総会から具体的かつ拘束力のある指示を受けることは許容されません。そのため、GmbHのGeschäftsführerの立場は、むしろ日本の合同会社(GK)の業務執行社員の立場に近いと理解することができます。親会社が100%出資するGmbHの場合、親会社(唯一の社員)は、現地法人の業務執行を完全に掌握でき、本社の方針を迅速かつ確実に実行できるという、極めて大きな運用上のメリットを享受できるのです。

取締役が負う固有の義務と責任の連鎖

社員総会からの指示に拘束される一方で、Geschäftsführerはドイツ法上、会社財産の維持・保全に関する重大な固有の義務を負っています。

GmbHG第30条第1項は、会社の資本維持に必要な財産を社員に払い戻すことを厳しく禁止しており、これに違反した場合、Geschäftsführerは会社に対する損害賠償責任のみならず、刑事罰を含む責任を負う可能性があります。また、Geschäftsführerは、資本金(Stammkapital)の半額の損失が発生した場合、遅滞なく社員に対し報告する義務も負います(GmbHG第84条)。

これらの義務は、社員の指示によって免除されるものではありません。したがって、親会社からの指示がドイツ法における資本維持義務などの強行規定に抵触する場合、Geschäftsführerは社員の指示であってもそれに従うことはできず、その指示の合法性を常に判断しなければなりません。このバランスの理解は、日本本社がドイツ子会社を指揮する上で、法的リスク管理の観点から最も重要となる点です。

ドイツでの設立手続きの実務的論点とリスク

GmbHの設立プロセスには、日本の会社設立手続きと比較して厳格な要件や、予期せぬリスクが存在します。これらを理解し、対策を講じる必要があります。

現物出資(Sacheinlagen)に伴う厳格な報告義務

GmbH設立の際、金銭ではなく、知的財産や機械、既存の事業資産などの現物を出資する現物出資(Sacheinlagen)を行う場合、ドイツ法は非常に厳格な要件を課します。

GmbHG第5条第4項に基づき、現物出資を行う場合、出資の対象となる財産と、それに関連する持分の額を必ず定款に明記しなければなりません。さらに、社員は現物出資設立報告書(Sachgründungsbericht)を作成し、出資された財産の評価額が妥当であることを証明するための重要な状況を詳細に説明する必要があります。特に、既存の事業(Unternehmen)を会社に譲渡して現物出資を行う場合、社員は直近の2事業年度の年次決算結果をこの報告書に記載する義務があります。

日本の会社法でも現物出資については厳格な評価の適正化が図られますが、ドイツのSachgründungsberichtは、設立時における資本の架空性を防ぐため、社員自身に課される厳格な説明義務として機能します。この報告義務を遵守しない場合、商業登記が却下される可能性もあるため、特に現物出資を伴う設立においては、専門的なアドバイスが不可欠です。

登記前の活動(Vorgesellschaft)と創業者(社員)の無限責任リスク

ドイツでは、GmbHの設立手続き開始から商業登記が完了するまでの期間、会社は法的に設立中GmbH(Vorgesellschaft)として活動することが可能であり、この段階で既に契約を締結したり、業務を開始したりすることが実務上よくあります。このVorgesellschaftは、登記完了後の法人格取得を前提として、有限責任の原則を適用しようと企図されています。

しかし、設立手続きが何らかの理由で失敗に終わった場合、創業者(社員)は深刻な法的リスクに直面します。ドイツ連邦裁判所(BUNDESGERICHTSHOF)は、このリスクに関して極めて厳格な判例法理を確立しています。

ドイツ連邦裁判所は、2002年11月4日判決(II ZR 204/00)において、登記前に事業活動を開始したGmbHの設立が失敗に終わり、かつ設立失敗後も事業が継続された場合、設立者(創業者)は、設立失敗の時点以前に発生したものを含む全ての債務について、組合法(Personengesellschaftsrecht)上の原則に基づき、無限責任を負うべきであると判断しました。

この判例は、設立が失敗したにもかかわらず事業を継続する行為は、債権者保護の観点から許されないとし、創業者の責任を有限責任から無限責任へと転換させるものです。このVorgesellschaftリスクの無限責任化の法理は、日本の会社設立法制には類似の一般法理が存在しないため、日本企業がドイツ進出時に最も予見しにくい、特有の重要なリスクとして認識しておく必要があります。

持分の譲渡性と資本調達の柔軟性

GmbHの持分(Geschäftsanteile)は、AGの株式に比べて譲渡性が著しく低いという特徴があります。持分の譲渡は、必ず公証人(Notar)による認証を経る必要があり、また、定款によって譲渡が厳しく制限されることが一般的です。多くの場合、他の社員の承諾(しばしば全会一致)を要する旨が定められます。

この性質は、GmbHが資本会社でありながら、合名会社のような人的会社(Personengesellschaft)的要素を強く持つことの現れです。

一方、AGの株式は、原則として自由に譲渡可能であり、AGのみが公開市場(証券取引所)での資金調達(Börsenfähigkeit)を追求できます。日本の親会社がドイツ現地法人を純粋な非公開子会社として保持し、資本市場からの資金調達を目的としない戦略である場合、GmbHの持分譲渡制限はデメリットとはならず、社員間の人的信頼関係に基づく安定した会社運営を容易にします。 

まとめ

ドイツへの進出において、有限会社(GmbH)は、その簡素な機関設計、比較的低額な設立資本金、そして特に社員総会が取締役(Geschäftsführer)に対して業務執行に関する具体的な指示を与え得る「指示拘束性」により、日本の親会社が現地法人を効率的かつ強力にコントロールするための戦略的な優位性を有します。この構造的な柔軟性は、日本の経営者や法務部員にとって、意思決定のスピードと本社との整合性を確保する上で極めて魅力的であると言えます。

しかしながら、GmbHの設立・運営には、現物出資に伴うSachgründungsberichtの要件や、登記失敗時のVorgesellschaftに対する無限責任の法理(ドイツ連邦裁判所判例)など、日本法には見られない特有の厳格な法規制とリスクが存在します。また、人的会社形態と比較した場合、GmbHは責任の有限性が確保される点で、日本企業にとって最も安全な選択肢となります。これらの法的特異性を深く理解し、設立段階から運営、コンプライアンスに至るまでドイツ法に適合した体制を構築することが、成功的なドイツ進出の鍵となります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る