弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スウェーデンの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スウェーデンの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スウェーデンは、北欧の立憲君主国であり、日本の約1.2倍の面積を持つ広大な国土に、約1,055万人の人口を擁しています。首都ストックホルムは、イノベーションと持続可能性を重視するビジネス環境の中心地であり、多くの日本企業が新たな市場機会を求めて注目しています。しかし、スウェーデンでの事業展開を成功させるためには、その独特な法制度と商習慣を深く理解することが不可欠です。

本記事では、スウェーデン法制度の全体像を概説しつつ、特にビジネスに直結する分野において、日本法と比較した際の特徴的な相違点や重要な留意点を解説します。

スウェーデン法制度の全体像と司法制度

法体系の基本原則と法源

スウェーデンは、日本と同様に大陸法系の伝統を持つ国であり、成文法が主要な法源とされています。中心的な法令集は、国会(Riksdagen)が制定する法律(Laws)と政府(Regeringen)が制定する命令(Ordinances)で構成される『Svensk Författningssamling』(SFS)です。このSFSは、1925年以降、毎年体系的に出版されており、最新版は電子的に公開されています。日本の法律家が「民法」や「商法」といった統一的な法典を基礎として法体系を理解するのに対し、スウェーデンにはこのような包括的な法典は存在しません。その代わりに、「契約法」(SFS 1915:218)や「売買法」(SFS 1990:931)など、各分野を個別に規律する法律が多数存在しています。

司法制度の構造と裁判所の種類

スウェーデンの司法制度は、一般裁判所、行政裁判所、および専門裁判所の三つに大別されます。一般裁判所は、地方裁判所(District Courts)、控訴裁判所(Courts of Appeal)、および最高裁判所(Supreme Court)の三審制で構成されています。

特筆すべきは、知的財産権(IPR)、競争法、マーケティング法といった特定の分野を専門的に扱う裁判所が存在することです。2016年に設立された「特許・市場裁判所」(Patent and Market Court)は、特許侵害および無効訴訟を含む、これらの専門分野における第一審の裁判管轄を独占的に有しています。この裁判所は、ストックホルム地方裁判所の専門部門として設置されており、法的な裁判官に加えて、技術的な知見を持つ裁判官がパネルを構成する点が特徴です。

スウェーデンの会社設立とコーポレートガバナンス

スウェーデンの会社設立とコーポレートガバナンス

会社形態の選択と設立手続き

スウェーデンで事業を行う外国企業は、主に有限責任会社(aktiebolag、AB)または支店(Filial)のいずれかの形態を選択できます。

  • 有限責任会社(Aktiebolag):独立した法人格を有し、株主の法的責任は出資額に限定されます。最低資本金は25,000クローナ(約35万円)と、日本の株式会社設立に最低資本金の定めがないことと比較しても、非常に低い水準です。設立には、現金または事業に有用な財産を資本金とすることができ、定款の作成や取締役会の任命が必要です。年次報告書の作成と提出が義務付けられています。
  • 支店(Filial):外国企業の出先機関とみなされ、法的責任は直接親会社が負います。資本金は不要ですが、親会社の監査済み年次報告書の提出が義務付けられます。

コーポレートガバナンス

スウェーデンのコーポレートガバナンスは、会社法(Swedish Companies Act)と『スウェーデン・コーポレート・ガバナンス・コード』(Swedish Corporate Governance Code)が中心的な枠組みを形成しています。特に、このコードは「Comply or Explain」(遵守するか、説明せよ)という原則を掲げている点が特徴的です。この原則は、上場企業に対して、コードの規定を遵守することを求める一方で、もし遵守しない場合には、その理由と代替措置を株主や市場参加者に明確に説明することを義務付けています。

さらに、スウェーデンのガバナンスには、日本とは異なる二つの顕著な特徴があります。一つは、議決権が制限された二重クラス株式を広く利用し、創業家や家族経営の支配権が維持されている企業が多数存在することです。もう一つは、労働者代表が取締役会に参加する「共同決定システム」が法的に制度化されていることです。これは、従業員を含む幅広いステークホルダーの利益を経営判断に反映させることを目的とするものです。

海外からのスウェーデンへの投資規制

外国直接投資法(FDI Act)の概要

スウェーデンは、長らく外資に寛容な国として知られていましたが、2023年12月1日より、外国直接投資法(FDI Act, Lag (2023:560) om granskning av utländska direktinvesteringar)を施行し、新たな投資審査制度を導入しました。この法律の目的は、スウェーデンの安全保障、公の安全、公序良俗を保護することにあります。

この法律は、単に軍事関連の事業を対象とするだけでなく、「保護に値する活動」(activities worth protecting)として、以下の7つのカテゴリーを定めている点が特徴です。

  1. 基幹サービス:インフラ、エネルギー、医療、食糧供給チェーンなど、多岐にわたる産業。
  2. 国家安全保障上の機微な活動:軍事活動、空港、発電所など。
  3. スウェーデンおよびEUにとって重要な原材料
  4. 機微な個人データまたは位置情報の処理:クラウドサービス提供者やデータブローカーなどが含まれる。
  5. 新興技術およびその他の戦略的技術:原子力技術、航空電子機器、ソフトウェアなど。
  6. 軍民両用製品
  7. 軍事装備品

特に留意すべきは、4番目の「機微な個人データまたは位置情報の処理」が保護対象に含まれている点です。

投資審査プロセスと罰則

FDI法の適用対象となる投資家は、特定の事業を行う企業に対して議決権の10%以上、20%、30%などの閾値を取得する場合、戦略的製品監督庁(Inspektoratet för Strategiska Produkter, ISP)への事前通知義務が課されます。この通知義務は、日本からの投資家を含むEU域外の投資家に適用されるだけでなく、EU域内およびスウェーデン国内の投資家にも課される点が特徴的です。

通知後、ISPは25営業日以内に審査を完了し、必要に応じて3ヶ月以内の詳細調査(フェーズII)を開始します。詳細調査は、特定の状況下でさらに6ヶ月まで延長される可能性があります。審査の結果、投資が安全保障上のリスクをもたらすと判断された場合、ISPは投資を承認しないか、条件を付すか、または完全に禁止する権限を有します。通知義務に違反した場合、最大1億スウェーデン・クローナ(約15億円)の行政罰金が科される可能性があります。

スウェーデンの広告規制と『マーケティング慣行法』

日本の景品表示法に相当する法律として、スウェーデンには『マーケティング慣行法』(Marketing Practices Act)が存在します。同法は、公正なマーケティング慣行を確保することを目的とし、不正、誤解を招く、攻撃的な広告を禁止しています。この法律は、消費者庁と消費者オンブズマン(Consumer Ombudsman)によって執行されます。

同法は、以下のような様々な不公正な商慣行を禁止しています。

  • 虚偽広告や誤解を招く広告:製品やサービスの品質、効能、特徴について虚偽または誤解を招く主張をすること。
  • 不当な価格表示:誤解を招くような高値からの割引表示や、ドリップ・プライシング(購入手続きの最終段階で新たな非選択式の料金を追加すること)などの慣行。
  • 欺瞞的なユーザーインターフェース(ダークパターン):偽の「売り切れ間近」表示や、サービスのキャンセルを困難にするような設計など、消費者の意思決定を操るユーザーインターフェース。
  • ステルスマーケティング:広告であることを明確にしない広告、例えばAIが生成した製品レビューや、人間によるレビューであるかのように誤解させるようなコンテンツ。日本の景品表示法でもステルスマーケティングが規制されていますが、スウェーデンではさらに、AI生成コンテンツの透明性確保が特に求められる可能性があります。
  • 攻撃的セールス:消費者に不当な圧力をかけたり、強制的に購入させたりするセールス戦術。

留意すべきは、スウェーデン消費者庁は既存の消費者保護法の枠組みをAIにも適用する方針を掲げていることです。例えば、AIが生成した製品レビューや広告コンテンツが、人間によるものと誤解される可能性がある場合、その事実を明示する義務が求められる可能性があります。

同法に違反した場合、事業者は、罰金付きの禁止命令を受ける可能性があり、その罰金は1万クローナ以上、年間売上高の4%を上限とします。年間売上高の算定が困難な場合、最大200万ユーロ(約3億円)の罰金が科される可能性があります。また、悪質な違反行為には最大500万クローナ(約7,500万円)の市場混乱賦課金が課されることもあります。さらに、不公正な商慣行によって損害を被った消費者や事業者から、損害賠償を請求されることもあります。

スウェーデン税法の特徴

スウェーデン税法の特徴

スウェーデンの税制は、法人税率の競争力と、事業再編を促進する優遇措置が特徴です。

法人税制

スウェーデンの法人所得税率は、20.6%と、日本の法人実効税率(約30%)と比較して低い水準にあります。スウェーデンに登記された居住会社は、原則として全世界の所得に対して課税されます。一方、スウェーデン国内に恒久的施設を有する非居住会社は、スウェーデン国内で発生した所得に対してのみ課税されます。

税制上の優遇措置

スウェーデンの税制は、特定の優遇措置を通じて、効率的なグループ構造を支援しています。最も重要な優遇措置の一つが、配当の非課税制度(Participation Exemption System)です。事業関連株式から受け取る配当金や、その株式の売却によって生じたキャピタルゲインは、特定の要件を満たす場合に非課税となります。この制度は、持株会社(ホールディングカンパニー)をスウェーデンに設立し、グループ内での資金移動やM&Aを税務上の負担なく進めたいと考える日本企業にとって、大きなメリットとなります。

また、スウェーデンにはタックスヘイブン対策税制(CFC rules)も存在します。これは、スウェーデン企業が低課税国に所在する外国法人に25%以上の資本または議決権を直接的または間接的に保有している場合に適用されるものです。

スウェーデンの労働法と雇用関係

独特な労働市場モデル

日本には、最低賃金法に基づく法定最低賃金制度が存在しますが、スウェーデンには法律で定められた最低賃金は存在しません。その代わりに、賃金や労働時間、休暇、退職金など、労働条件の大部分は、雇用者団体と労働組合との間で締結される「労働協約(kollektivavtal)」によって規定されています。この労働協約は、特定の業界や職種に適用され、雇用者は雇用者協会に加入するか、労働組合と直接契約を結ぶことでその協約に拘束されます。

労働法(Employment Protection Act, LAS)は、雇用契約の基本的な事項(解雇時の保護など)を定め、それを労働協約と個別の雇用契約が補完する構造となっています。これは、日本の労働法が労働基準法をベースに個々の契約が補完するのとは異なり、社会的な合意である労働協約が中心的な役割を果たす、いわゆる「社会民主主義」的なアプローチです。このため、スウェーデンに進出する日本企業は、単に法律を理解するだけでなく、自社の事業分野に適用される労働協約の内容を正確に把握する必要があります。

解雇制度

スウェーデン法では、雇用者が一方的に従業員を解雇するためには「正当な理由(sakliga skäl)」が必要です。これは、事業上の経済的理由(人員整理)または従業員に帰責する個人的な理由(不正行為、勤務不良など)に分けられます。

人員整理の場合、特に重要な原則が「Last in, first out」(LIFO)です。これは、特定の事業部門で人員削減が必要となった場合、勤続年数が最も短い従業員から解雇されるという原則です。この原則は、労働協約によって適用が変更される場合もありますが、基本的には勤続年数が長い従業員を保護することを目的としています。

まとめ

スウェーデンは、強力なイノベーションと社会的公正を両立させる、独自の魅力を有するビジネス環境を提供しています。その法制度は、大陸法系の成文法を基盤としつつ、判例や労働協約といった柔軟な要素を取り入れたハイブリッドな構造を有しています。

特に、日本企業がスウェーデンでの事業展開を成功させるためには、日本法との重要な相違点、例えば、市場参加者への「説明責任」を重視するガバナンス原則と、従業員が経営に参加する「共同決定システム」や、法律ではなく労働協約が労働条件を定める独特な労働市場モデルを理解することが不可欠です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る