弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

セーシェル共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

アフリカ大陸の東に位置するインド洋の島国、セーシェル共和国は、115の島々からなる美しい群島です。人口は約12万人に過ぎませんが、アフリカで最も高い一人当たりGDPを誇る高所得国であり、その経済は主に観光業と漁業、そして関連する金融サービスによって支えられています。近年では、経済の多角化を目指し、デジタルインフラの整備にも注力しており、2024年には通信セクターが経済成長に大きく貢献したとの報告もあります。一方で、観光業への高い依存度や、気候変動、外部経済ショックに対する脆弱性といった開発課題も抱えています。

セーシェル共和国の法制度は、1993年に制定された憲法を最高法規とした上で、フランスのナポレオン法典に由来する大陸法(Civil law)と、英国のコモンロー(Common law)が混在する「混合法体系」を採用しています。具体的には、民法(Civil Code)はフランス法を基礎とし、1976年にセーシェル向けに修正されましたが、刑事法や訴訟手続、そして会社法は主に英国のコモンローを基盤としています。

本記事では、セーシェルの法律の全体像とその概要について詳しく解説します。

セーシェルにおける会社設立とコーポレートガバナンス

セーシェル共和国での事業展開において、最も広く利用されている法人形態は国際事業会社(International Business Company, IBC)です。これは「International Business Companies Act 2016」に基づき、主に海外でのビジネス活動を目的として設立される法人です。IBCは、その設立の柔軟性と税制上の優位性から、長年にわたり多くの国際事業者に利用されてきました。日本の会社法と比較すると、IBCの設立は非常に簡潔であり、最低1名の取締役と1名の株主で会社を設立できます。これらは同一人物でも構わず、個人・法人のいずれでも就任可能であり、居住地の制限もありません。また、取締役は法人として選任することもできます。取締役や株主の情報はレジストラに登録されますが、一般には公開されないため、高いプライバシー保護が提供されています。

しかし、近年、国際的なマネーロンダリング対策や租税回避防止の潮流を受け、セーシェル共和国もIBCに対する規制を大幅に強化しています。これは、かつての「ペーパーカンパニー」としての利用を前提とした法制度から、健全な事業活動を誘致する方向へと舵を切っていることによるものだと思われます。

取締役の法的義務と責任

IBCの取締役は、単に管理業務を行うだけでなく、IBC法(International Business Companies Act)および関連する規制に基づき、法的義務と責任を負っています。取締役の主要な職務は、会社の最善の利益のために行動し、必要な記録を維持し、会社が法的に健全な状態を保つようにすることです。具体的には、以下の受託者責任が求められます。

  • 注意義務(Duty of Care): 会社の業務を管理するにあたり、相当な注意深さ、能力、勤勉さをもって行動すること。
  • 忠実義務(Duty of Loyalty): 誠実に、会社の最善の利益のために行動し、利益相反を避けること。
  • 権限の範囲内で行動する義務: 会社の定款(Memorandum and Articles of Association)およびセーシェル共和国の法律によって与えられた権限の範囲内で行動すること。
  • 守秘義務: 会社の財務記録や戦略的計画を含む機密情報を保護すること。

これらの義務に違反した場合、取締役は個人的に責任を問われる可能性があります。特に、マネーロンダリングや詐欺などの重大な不正行為が証明された場合、取締役はマネーロンダリング防止法や刑法に基づき、刑事罰(懲役刑を含む)を科される可能性もあります。

コンプライアンス強化の具体的内容

近年の法改正により、IBCは以下のような新たな義務を負うことになりました。

  • 会計記録の保管義務: IBCは、会社の取引を説明し、財務状況を正確に判断できる「信頼できる会計記録」を維持しなければなりません。これらの記録には、銀行取引明細書、領収書、請求書、契約書、元帳などが含まれます。
  • 会計記録の現地送付: 2021年の法改正により、IBCは年に2回、更新された会計記録をセーシェル共和国の登録事務所に送付することが義務付けられました。さらに、過去7年間にわたる取引や運営に関する会計記録も、登録事務所に保管する必要があります。これらの記録は登録事務所に保管されますが、日本の商業登記のようにレジストラに提出されたり、一般に公開されたりすることはありません。
  • 財務概要の作成義務: 年間売上が5,000万SCR(約300万米ドル)を超える大企業や、持株会社ではない企業は、事業年度終了後6ヶ月以内に年次財務概要を作成し、登録事務所に保管しなければなりません。
  • 取締役情報の登録義務: 取締役の生年月日、国籍、住所などの個人情報、または法人の場合は登録情報が、レジストラに登録されるようになりました。これらの情報は一般には公開されませんが、コンプライアンス強化の一環として導入された重要な変更です。

これらの義務に違反した場合、会社およびその取締役に対して、最大1万米ドルの裁量的な罰金が科される可能性があります。より具体的な違反(例:会計記録の保管義務違反)に対しては、会社およびその違反を認識していた取締役に対し、罰金100米ドルに加え、違反が続く1日ごとに25米ドルの追加罰金が科されることもあります。

コーポレートガバナンスの二層構造

コーポレートガバナンスに関しても、セーシェル共和国には独特な二層構造が存在します。

金融サービス庁(Financial Services Authority, FSA)が監督する銀行やその他の金融機関に対してのみ、厳格なガバナンスガイドラインが適用されます。これには、取締役会の規模(5名以上11名以下)、非業務執行取締役の過半数構成、CEOと会長の分離、社内監査体制の整備などが含まれます。

一方で、一般的なIBCについては、会社法自体に詳細なガバナンス規定は含まれておらず、ガバナンスに関する細則は定款(Memorandum and Articles)に委ねられています。

セーシェルにおける海外投資と不動産取引の法規制

海外投資と不動産取引の法規制

セーシェル共和国は海外からの投資を積極的に歓迎しており、投資家に税制上の優遇措置などを提供しています。しかし、同時に「Seychelles Investment Act 2010」および「Reserved Economic Activities Policy (REAP) 2020」に基づき、一部の経済活動はセーシェル共和国の国民にのみ留保されています。この留保リストには、職人漁業、小型ボートチャーター、タクシー運転、スキューバダイビング指導など、国内の零細・中小企業や国民の生活基盤に直結する活動が含まれています。

不動産取引に関しては、日本法とは全く異なる特有の制度が存在します。日本国内では、外国人でも原則として日本人と同様の条件で不動産を売買できますが、セーシェル共和国では、非居住者が不動産(所有権や権利)を取得する際、事前にセーシェル共和国政府から「Sanction」(承認)を得ることが義務付けられています。この承認は1年間有効で、その期間内に取引を完了し、登記を済ませる必要があります。

さらに、不動産取得には以下の厳しい制限が設けられています。

  • 所有権の制限: 国有地の自由保有権(freehold)は原則として取得できません。特定のヴィラ政策の下での購入や、コンドミニアムの借地権から自由保有権への転換といった例外を除き、長期リース契約で所有することになります。
  • 場所の制限: 離島の土地を自由保有権で取得することは禁止されています。
  • 価格と面積の制限: 居住用不動産(ヴィラ政策外)には、最低市場価格が1000万SCR(日本円で約1億円以上)、または土地単体で1平方メートルあたり4000SCRという要件が課せられています。また、土地面積も2000平方メートルから4000平方メートルという範囲制限があります。

承認の申請には、無犯罪証明書、資金源の証明、有効なパスポートの認証済みコピー、居住証明など、多くの書類の提出が求められます。

セーシェルの仮想資産サービスプロバイダー(VASP)法

セーシェル共和国は、仮想資産(バーチャルアセット)関連事業に対する国際的なコンプライアンスの要求に応えるため、2024年9月1日に「Virtual Asset Service Providers Act 2024」(以下「VASP法」)を施行しました。この法律は、マネーロンダリングおよびテロ資金供与(ML/TF)リスクに対処するため、金融活動作業部会(FATF)の勧告に準拠する目的で制定され、セーシェル金融サービス庁(FSA)が主たる監督機関として指定されています。

VASP法は、セーシェル国内またはセーシェルから仮想資産サービスを提供するすべての法人に適用されます。日本法と比較して最も重要な点は、事業の物理的な実体(サブスタンス)を厳格に要求していることです。ライセンスを取得するためには、以下の要件を満たす必要があります。

  • 法人格: 申請者は法的に認められた法人(国内会社またはIBC)でなければならず、個人での事業は許可されていません。
  • 適格性評価: 役員および主要幹部が、適切なスキル、知識、経験を有しているかを評価する「Fit and Proper」評価に合格する必要があります。
  • 物理的拠点: サービス提供者はセーシェル国内に物理的な拠点を持ち、資格を持った従業員を雇用し、年2回以上の取締役会を現地で開催する必要があります。
  • 財務要件: 適切な資本金を維持し、支払い能力の要件を満たす必要があります。サービスの種類に応じた最低払込資本金の要件は以下の通りです。
  • その他: サイバーセキュリティ対策、顧客資産の保護(分別管理と保険)、利益相反を回避するための内部方針の策定、年次監査済み財務諸表の作成・提出などが義務付けられています。
サービスの種類最低払込資本金
ウォレットプロバイダー75,000米ドル
取引所サービス100,000米ドル
ブローカー50,000米ドル
投資プロバイダー25,000米ドル

VASP法は、初期コインオファリング(ICO)や非代替性トークン(NFT)の発行者にも登録を義務付けています。これらのサービスをセーシェルから宣伝・提供するためには、FSAへの登録が必要です。  

また、VASP法は、マイニング施設、ミキサーやタンブラーサービス、バリデーターサービスの運営などを禁止しています。違反者には厳しい罰則が科され、無許可での営業は最大35万米ドルの罰金や最長15年の懲役の対象となります。

セーシェルにおける広告規制

セーシェル共和国の広告規制は、広告の種類によって異なる法律が適用されます。物理的な広告物、例えば看板や掲示物などを設置する際には、「Physical Planning (Control of Advertisement Structures) Regulations 2023」に基づき、事前に当局の承認が必要となります。また、金融商品に関する広告については、投資家保護の観点から「Securities (Advertisements) Regulations 2008」が厳格なルールを定めています。この規制は、虚偽または誤解を招く表示の禁止、過去のパフォーマンス表示に関する厳格なルール、為替レートの変動リスクに関する明記義務などを課しています。

セーシェルにおける税制の概要と国際的なコンプライアンスへの移行

税制の概要と国際的なコンプライアンスへの移行

セーシェル共和国の税制は、国際的なコンプライアンス要件への準拠を目指し、近年大きく変化しています。特にOECDのBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトに準拠するための法改正が行われ、従来の「領域課税制度」(territorial tax system)から、一部の所得に対しては国内源泉所得とみなして課税する「ハイブリッドシステム」へと移行しました。この変更は、セーシェルがEUの非協力的な税務管轄地のリスト(ブラックリスト)から外れ、グレイリストに移行するための重要な一歩でした。

経済的実体(Economic Substance)要件

この税制改革の核心は、「経済的実体(Economic Substance)」の概念の導入です。以前は、国外で得た所得は原則として非課税でしたが、2021年9月15日のビジネス税法改正以降、一部の所得は「セーシェル国内で発生したとみなされ」、課税対象となります。この「みなし課税」を免除されるには、以下いずれかの条件を満たす必要があります。

  1. 海外に恒久的施設(Permanent Establishment, PE)を有すること。
  2. セーシェル国内に「十分な経済的実体」を有していることを証明すること。

この「経済的実体」要件は、特に多国籍企業グループに属し、外国源泉の受動的所得(配当、利子、ロイヤリティなど)を得ている国際事業会社(IBC)に適用されます。要件を満たすためには、以下の要素をすべて証明する必要があります。

  • 管理と指揮: 重要な経営上の意思決定(戦略的意思決定)がセーシェル国内で行われ、取締役会が適切な頻度で現地で開催されていること。
  • 中核的な収益創出活動(CIGA): 事業の主要な収益を創出する活動がセーシェル国内で実施されていること。
  • 物理的拠点: 適切な物理的なオフィスを維持していること。
  • 適切な人員: 関連する事業活動を行うために、資格を持った十分な数の従業員が現地にいること。
  • 支出: 事業活動に関連する適切な支出をセーシェル国内で計上していること。

なお、純粋な持株会社(pure equity holding IBCs)など、一部の事業体には、より簡素な「ライト・サブスタンス」(light substance)と呼ばれる要件が適用されます。これは、単なる税制上の優位性だけを目的としたペーパーカンパニーの利用を排除し、実体を伴う事業展開を促すための重要な措置と言えます。

法人事業税と個人所得税

セーシェル共和国の税率は以下の通りです。 法人事業税は、企業の課税所得に応じて以下の税率が適用されます。

  • 標準税率: 課税所得が100万SCR以下の部分は25%、これを超える部分は33%です。
  • 特定セクターの税率: 通信、銀行、保険といった特定のセクターには、一律33%の税率が適用されます。
  • 中小企業向け: 年間売上が100万SCR未満の非VAT登録企業は、1.5%の売上税を選択できる制度も存在します。

個人所得税は、市民と非居住者で税率体系が異なります。

  • 市民: 月額8,555.5SCRまでが非課税で、それ以上の所得に対して15%から30%の累進課税が適用されます。
  • 非居住者: 非居住者には非課税枠がなく、最初の1ルピーから15%の税率で課税が開始されます。

配当、利子、ロイヤリティには15%の源泉徴収税が課されます。また、外国人所有の居住用不動産には、市場価格の0.25%の年次税が課される点も、不動産投資を検討する際に留意すべき点です。

まとめ

セーシェル共和国は、美しい自然に恵まれた観光地であると同時に、国際的なビジネス拠点としての地位を確立すべく、法制度の現代化とコンプライアンスの強化に積極的に取り組んでいます。オフショア法人制度における透明性の向上、そして新たな技術分野であるバーチャルアセットに対する厳格な規制の導入は、単なる税制上の優位性だけでなく、国際基準に適合した健全な事業環境を求めるグローバルな事業者を惹きつけようとするセーシェル共和国の意思の表れだと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る