モロッコの医薬品・医療機器規制と薬機法制

モロッコ(正式名称、モロッコ王国)の医療機器市場は、2022年時点で約2億4500万ドルの規模を誇り、そのうち2億ドルが輸入品で占められています。また、同市場は50億ディルハムの年間売上高に達するとも言われており、国内に約1,000社の輸入卸売業者と約2,000社の登録小売業者が存在します。一方、製薬業界は60年以上の歴史を持ち、アフリカ大陸で第2位の生産量を誇る有数の製造拠点であり、国内需要の65%を満たしています。政府は医療インフラの近代化を国家の優先事項としており、2024年には医療分野に32億ドルを割り当て、新たな病院建設や既存施設の改修を通じて、医療機器の調達需要が今後さらに高まることが見込まれます。
本稿では、モロッコの薬機法制の基盤である「法84-12」の全体像を、日本の薬機法との比較を通して解き明かします。欧州連合(EU)の規制との高い整合性という大きな利点がある一方で、外国製造業者に課される現地代理人の要件や、特定の流通チャネルに集中する課題も存在します。本記事が、貴社のモロッコ事業展開における法務リスクを低減し、成功への戦略を策定する一助となれば幸いです。
この記事の目次
モロッコにおける医薬品・医療機器規制の全体像
法84-12とその歴史的背景
モロッコにおける医療機器規制の根幹をなすのは、2013年8月30日に公布され、同年9月19日付の官報(Bulletin officiel)で発効した「医療機器に関する法律「法84-12」(Loi n° 84-12 relative aux dispositifs médicaux)」です。この法律は、2014年9月18日に公布された施行令(Décret n° 2-14-607)によって、その詳細が具体的に定められました。
この法律が導入される以前、モロッコは、地中海沿岸で唯一、医療機器の輸入に事前審査や品質管理が不要な法的空白地帯であったと指摘されています。この無秩序な状況は、患者や医療従事者の安全を脅かす可能性があったため、早急な法整備が強く求められていました。
「法84-12」は、医療機器の販売、輸入、流通、メンテナンス、製造を包括的に規制し、輸入機器の品質管理に関する法的空白を埋めることを目的としています。また、同法第10条は、製造業者、輸入業者、流通業者、メンテナンス業者に対し、事業活動を開始する前に、当局への事前届け出を義務付けています。これにより、医療機器のサプライチェーン全体にわたる監督体制が構築されました。
保健省医学薬学局(DMP)の役割
モロッコにおける医薬品・医療機器規制は、日本の厚生労働省や医薬品医療機器総合機構(PMDA)に相当する役割を担う、保健省医学薬学局(DMP:Direction du Médicament et de la Pharmacie)が一元的に管理しています。このDMPの管轄下で、医療機器の市販後安全監視システムである「マテリオビジランス(Materiovigilance)」も制度化されています。このシステムは、医療機器の使用に伴うインシデントやリスクを報告、記録、評価することを通じて、安全性の確保を目的としています。
日本のPMDAとの違い
日本においては、医薬品・医療機器の承認審査から市販後安全対策までを、医薬品医療機器総合機構(PMDA)という専門機関が一元的に担い、その高度な専門性と豊富なリソースをもって円滑な制度運用を実現しています。一方、モロッコでは、保健省という政府機関の内部にあるDMPがこれらの役割を担っています。
この体制の違いは、DMPの組織的な専門性やリソースに一定の限界があることを示唆していると考えられます。そして、このリソースの限界が、後述するEU規制との整合性や、CEマーキングおよびISO 13485認証の積極的な活用というモロッコ政府の政策決定の背景にあることが考えられます。つまり、モロッコ当局は、全ての製品を自国で詳細に審査するのではなく、国際的に確立されたEUの厳格な審査制度を信頼し、それを活用することで、効率的に国内の安全性を確保する道を選んだと言えるでしょう。
モロッコと日本の薬機法の相違点

市場参入のための登録制度と現地代理人
モロッコ市場で医療機器を販売するためには、事前にDMPから登録証明書(certificat d’enregistrement)を取得する必要があります。この登録手続きにおいて、外国製造業者が直接申請を行うことはできず、モロッコに拠点を置く企業(現地法人または現地代理人)が行うことが義務付けられています。
これは、外国製造業者も、自ら選任した製造販売業者を介して、日本のPMDAに製造販売承認を直接申請できる日本の制度 と大きく異なる点です。したがって、日本企業がモロッコ市場に参入する際には、必ず信頼できる現地パートナー(輸入業者や代理店)を選定し、そのパートナーを通じて法的手続きを進める必要があります。
EU規制との高い整合性
モロッコの医療機器規制は、特に登録手続きにおいて、EUの旧医療機器指令(MDD)に基づいており、EU規制との高い整合性を示しています。この整合性から、医療機器の登録申請には、CEマーキング証明書や、医療機器の品質マネジメントシステムに関する国際規格であるISO 13485認証の提出が求められます。これは、これらの外国認証が市場参入を容易にするための重要な要素であることを意味します。
日本の薬機法においても、ISO 13485は品質マネジメントシステム(QMS)適合性調査の要件として、海外の製造所にも求められます。しかし、モロッコではさらに、CEマーキングが事実上の市場参入要件の一つとして機能しています。
CEマーキングによる「規制のパスポート」
モロッコ当局がCEマーキングを登録要件として受け入れていることは、単に行政手続きを簡素化するための便宜的な措置ではありません。これは、CEマーキングがEUの厳格な医療機器規則(MDR/IVDR)に適合していることの証明であり、これによりモロッコ当局は、個別の詳細な技術審査を行うことなく、製品の安全性と有効性を間接的に担保していることになります。
この仕組みは、モロッコがEUを自国の規制システムの「代理評価機関」として活用していると言えるでしょう。その結果、既にCEマーキングを取得している製品は、モロッコ市場への参入手続きを大幅に加速させることが可能です。一方で、CEマーキングを保有していない日本企業にとっては、その取得が事実上の前提条件となり、追加的なコストと時間が発生する可能性があります。
日本の薬機法 | モロッコの法84-12 | |
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管轄官庁 | 厚生労働省、医薬品医療機器総合機構(PMDA) | 保健省医学薬学局(DMP) |
法的根拠 | 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法) | 医療機器に関する法律「法84-12」(Loi n° 84-12 relative aux dispositifs médicaux) |
申請主体 | 製造販売業許可を持つ国内法人。外国製造業者も直接PMDAに申請可能。 | モロッコに拠点を置く現地法人または現地代理人が必須。 |
外国認証の扱い | ISO 13485認証は品質マネジメントシステム適合性調査の要件。CEマーキングは必須要件ではない。 | CEマーキングやISO 13485認証の提出が市場参入を容易にする重要な要素。 |
公的調達 | 各病院や自治体等による個別または共同での入札。 | 保健省の調達部門による中央調達システムが基本。 |
罰則(制裁金) | 違反内容に応じた罰金や懲役等。 | 売上高の5-7%に相当する高額な罰金(70万モロッコ・ディルハム以上)が規定されている。 |
モロッコ公共調達市場の現状
政府主導の中央調達システム
モロッコの医療システムは、公的医療部門が医療サービスの83%を提供しており、国民の健康を担う中心的な存在です。この公的医療分野における医薬品や医療機器の調達は、保健省(Ministry of Health and Social Protection)の調達部門が単独で行う中央調達システムを採用しています。これは、日本のように個々の医療機関や自治体が独立して入札を行うケースとは異なる、市場参入の主要なルートとなります。
公的調達は、政府の調達ポータルを通じて定期的に入札案件として公開されており、救急医療設備、CTスキャナー、MRI装置、癌治療機器など、多岐にわたる医療機器が対象となっています。
公的調達市場
モロッコ政府は、医療システムの改革と病院インフラの近代化に注力しており、2024年には医療セクターに32億ドルを割り当てました。今後10年間で、8つの新しい地域教育病院、29の緊急治療病院、4つの大学病院の建設が計画されており、これは大規模な医療機器調達需要を生み出すことを意味します。
また、政府は医療機器の品質向上を目的として、中古品や再生品の輸入・販売を禁止しています。さらに、国内での医薬品・医療機器の現地生産体制構築を強く推進しており、これは今後のビジネスモデルに影響を与える可能性があります。
中央調達システムによる市場支配
モロッコの医療システムが公的部門に大きく依存し、調達が保健省によって一元管理されているという構造は、公的調達が市場参入における主要なルートとなり、その成功が市場シェアを直接的に決定することを意味します。このため、製品の価格設定や仕様、サプライヤー選定の全てが、政府の政策や入札条件に大きく依存することになります。
日本企業は、現地パートナーと緊密に連携し、公開される入札案件を継続的に監視し、競争力のある価格と高品質な製品で臨むことが不可欠です。また、政府が国内生産を奨励していることを踏まえると、長期的な視点では、現地生産や技術移転を視野に入れた戦略も検討すべきでしょう。
モロッコ法規制の運用課題

手続きの遅延と業界からの批判
「法84-12」は、モロッコにおける医療機器規制の法的空白を埋める画期的な法律として、その重要性は広く認められています。しかし、モロッコ医療機器専門家協会(AMPDM)をはじめとする業界団体は、その運用面には多くの課題があることを指摘しています。
特に批判の対象となっているのは、行政手続きの遅延 、一部の条項が実務にそぐわないこと、違反者に対する罰金が、売上高の5~7%(最低70万モロッコ・ディルハム)と過大であること、そして一部の製品の輸入・小売における「独占の原則」が、供給不足と価格高騰を引き起こす可能性です。登録手続きについては、公式には医療機器で120日、体外診断用医療機器(IVD)で最大12ヶ月とされていますが、実際にはそれ以上の時間がかかる場合があることが指摘されています。
安全監視(マテリオビジランス)における課題
「法84-12」で制度化されたマテリオビジランスシステムにも、運用上の課題が指摘されています。医療従事者や患者からの有害事象報告が少なく、報告率が低いことや、違法に流通する製品の追跡可能性(トレーサビリティ)が不足していること、さらに、国際データベースへの情報共有が不十分であるという課題が挙げられます。特に、密輸品など違法に国内に持ち込まれた製品については、その追跡が困難であるとされています。
まとめ
モロッコにおける医薬品・医療機器規制は、日本の法制度とは異なる独自の構造を持つものの、EU基準との連携を重視した先進的なものです。特に、現地代理人の必須要件、そしてCEマーキングやISO 13485認証の活用は、市場参入において最も重要な要素となります。また、保健省主導の公共調達市場は、大規模なインフラ投資と相まって大きなビジネスチャンスを秘めています。
しかし、この新しい法制度はまだ成熟過程にあり、手続きの遅延や業界からの運用上の課題も指摘されています。こうした複雑な法規制環境を乗り越え、モロッコ市場で成功を収めるためには、深い専門知識に基づいた戦略的なアプローチが不可欠です。モノリス法律事務所は、現地パートナーの選定から、許認可申請、契約交渉、そしてコンプライアンス体制構築に至るまで、皆様のモロッコ事業展開を法務面から力強くサポートいたします。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務