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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ベトナムの不動産法を弁護士が解説

ベトナムの不動産法を弁護士が解説

東南アジア経済の牽引役として急速な成長を遂げているベトナム社会主義共和国(以下、ベトナム)は、製造業の生産拠点としての魅力に加えて、中間層および富裕層の拡大に伴う巨大な内需市場へと変貌を遂げており、世界中の投資家や企業から極めて高い関心を集めています。日本企業にとっても、ベトナムでの工場設立や現地法人オフィスの開設といった直接投資のみならず、大規模な都市開発プロジェクトへの参画やキャピタルゲインを目的としたコンドミニアムへの投資など、不動産分野におけるビジネス展開は極めて重要な経営戦略として位置付けられています。

しかしながら、ベトナムの不動産法制は、日本法における絶対的かつ排他的な土地の私有権という概念とは根本的に異なる、社会主義体制特有の「土地使用権制度」を法体系の根幹として採用しています。この制度の違いを正確に理解し、最新の法令に適合したコンプライアンス体制を構築することが、ベトナムでのビジネスを成功に導くための絶対的な前提条件となります。

本記事では、2024年から2025年にかけて全面的な法改正が行われ、外資規制の明確化や取引ルールの透明化が図られた「土地法」「住宅法」「不動産事業法」の主要3法を中心に、ベトナムの不動産法体系の精緻な解説を行います。

ベトナムにおける土地使用権制度と外資系企業による土地取得

ベトナムの不動産法制を正確に把握する上で最も根源的な出発点となるのは、日本の民法が保障するような土地の絶対的な私有権がベトナムには存在しないという事実です。ベトナム憲法および2024年1月に国会で可決され2025年1月1日に全面施行される2024年土地法(Law 31/2024/QH15)第1条および第2条の規定によれば、国内のすべての土地は「全人民の所有」に属し、国家がその所有権の代表者として統一的に管理する公有制が採用されています。個人や法人などの主体は、国家から直接または間接的に「土地使用権」を付与されることによってのみ、合法的に土地を利用し、その上に建物を建設することが可能となります。

日本法においては、土地と建物はそれぞれ独立した別個の不動産として扱われ、いずれに対しても完全な所有権を観念することができます。他人の土地の上に建物を所有する場合には借地借家法に基づく地上権や土地賃借権を設定しますが、これもあくまで例外的な権利形態であり、原則は土地の私有です。一方、ベトナムの法体系では、すべての土地がいわば国家からの借地としての性質を持ち、建物のみが個人や法人の所有物として認められるという二元的な構造となっています。この根幹的な違いにより、不動産取引の対象は実質的に「土地使用権およびその土地に付随する資産(建物など)の所有権」となります。

比較項目日本の不動産法制ベトナムの不動産法制
土地の権利性質絶対的かつ排他的な私有権(所有権)が認められる。国家所有の原則のもと「土地使用権」のみが付与される。
建物の権利性質土地とは別個の不動産として独立した所有権の対象となる。個人・法人の所有が認められるが、土地使用権の存続に依存する。
外国人の土地取得原則として制限なし。日本人と同様に所有権を取得可能。土地の所有は不可。一定要件下で土地使用権を取得(リース等)。
権利の証明書登記簿謄本、登記識別情報(旧権利証)などによる証明。ピンクブック(土地使用権・住宅および付随資産所有権証明書)。

2024年土地法では、外資系企業(外資系経済組織)がベトナム国内に工場、物流倉庫、商業施設などの事業拠点を設置する際の土地使用権の取得および運用方法について、より詳細な規定が整備されました。外資系企業が土地使用権を取得する主な手段は、国家からのリース契約の締結、あるいは工業団地開発事業者からのサブリース契約の締結となります。この際、日本のビジネスパーソンが特に注意を払うべきは、国家に対する賃料の支払方式によって、外資系企業に付与される権利の範囲が決定的に異なるという点です。具体的には、賃料の支払方式には「一括払い(一時払い)」と「年払い」の二つの形態が存在します。

2024年土地法の関連規定に基づき、リース期間全体の賃料を契約時に一括で前払いした場合、その外資系企業は土地使用権そのものを第三者に譲渡する権利、転貸する権利、ベトナム国内で認可された信用機関に対して抵当権を設定する権利、さらには土地使用権を現物出資して合弁会社を設立する権利などを有します。これは、実質的に日本の所有権に近い強力な財産的価値を持つ権利として機能します。対照的に、初期投資コストを抑える目的で賃料の「年払い」を選択した場合、外資系企業は土地使用権自体を譲渡したり、抵当権の対象としたりすることは法律上認められません。処分や担保設定の対象となるのは、あくまでその土地の上に自社が建設し所有する建物などの「土地に付随する資産」のみに限定されます。

しかしながら、2024年土地法の重要な改正点として第46条等の規定により、年払いリース契約を締結している外資系企業であっても、一定の要件を満たした場合には、土地に付随する資産の売却と併せて「リース契約における賃借権」を第三者に移転することが新たに明文で認められました。この法改正から、ベトナム政府が外資系企業による柔軟な事業再編やエグジット戦略を法的に保護し、より多くの海外直接投資を呼び込む意図があるということが言えるでしょう。

リース契約の支払方式土地使用権の譲渡・転貸土地使用権への抵当権設定現物出資の可否実務上の特徴と影響
一括払い(一時払い)可能可能可能初期費用は膨大だが、強力な財産権として資産価値を最大限に活用できる。
年払い不可(※条件付きで賃借権移転は可能)不可(建物のみ担保設定可)不可初期費用を抑制できるが、事業譲渡や資金調達の手段に一定の制約が生じる。

また、土地使用権の存続期間についても注意が必要です。外資系企業に付与される土地リース期間は、原則として投資プロジェクトの運営期間に合わせて設定され、通常は最大50年となります。ただし、大規模かつ長期的な投資が認められた特定のプロジェクトについては、最大70年までの延長が許容される場合があります。期間満了の6ヶ月前までに管轄当局へ延長申請を行わなかった場合、不可抗力などの特段の事情がない限り、土地使用権は消滅し、土地は国家によって収用されることになります。

さらに、2024年土地法第79条には、国家が社会経済的発展や公共の利益のために土地を収用できる具体的なケースが明記されています。これには工業団地やハイテクパークの建設インフラ整備大規模な都市開発などが含まれており、外資系企業の事業用地が国家の都市計画の変更によって収用されるリスクについても、進出前の綿密なデューデリジェンスにおいて評価しておく必要があります。

ベトナムにおける外国人および外国法人による居住用住宅の取得

ベトナムにおける外国人および外国法人による居住用住宅の取得

ベトナムでのビジネス展開が本格化するに伴い、日本人駐在員のための良質な住環境の確保や、将来の価格上昇によるキャピタルゲイン、あるいは賃貸によるインカムゲインを目的とした不動産投資を検討する事例が急速に増加しています。この居住用不動産の領域を規律するのが、2023年に国会で可決され、他の法律に先駆けて2024年8月1日より早期発効した新住宅法(Law 27/2023/QH15)および関連政令です。

日本の法律、例えば外国人土地法(大正14年制定)は存在するものの日米修好通商条約等の歴史的経緯により現在では実質的に適用されておらず、原則として外国人も日本人と全く同じ条件で自由に土地や建物を所有することが可能です。しかし、ベトナムにおいては国家安全保障上の観点や、外国人による不動産の買い占めが引き起こす国内市場の価格高騰を防ぐという政策的意図から、極めて厳格な数量制限と立地制限が課されています。新住宅法においても、外国人の個人や法人がベトナム国内の土地を直接購入し所有することは引き続き禁止されていますが、一定の要件を満たすコンドミニアム(マンション)や特定のプロジェクト内にある戸建て住宅については、条件付きで購入し所有することが認められています。

新住宅法第17条および第19条の規定によれば、外国人が合法的に取得できる住宅の数量には明確な上限が設定されています。この制限は、特定のエリアに外国人の居住区が集中することによる治安上の懸念や社会インフラへの負荷をコントロールするための強力な法的手段です。

対象となる住宅の種類外国人による所有枠の上限規制規制の詳細と実務上の留意点
コンドミニアム(マンション)総戸数の最大30パーセントまで一つの建物全体に対して適用される。複数の棟が共通の基盤を持つ場合は、各棟につき最大30パーセントとなる。
戸建て住宅(ヴィラ、テラスハウス等)一つの坊において最大250戸まで坊(Phuong:人口約1万人規模の行政区画)ごとに適用される。対象エリア内に複数のプロジェクトがある場合でも合算して250戸を超えてはならない。

参考:ベトナム2023年住宅法(Law 27/2023/QH15)

さらに、ベトナム政府が国防および安全保障上重要であると指定したエリア内に位置する不動産プロジェクトについては、外国人の購入が一切禁止されています。この指定エリアには、軍事施設周辺、国境地帯、重要な沿岸部などが含まれますが、実務上最も問題となるのは、国防省および公安省の指示に基づき各地方自治体の建設局がこの「外国人が購入可能なプロジェクトのリスト」を公表する手続きが日常的に遅延するという点です。リストの公表前に契約を締結してしまうと、後日そのエリアが安全保障上の禁止区域に該当すると判明した場合、契約が無効となる致命的なリスクを負うことになります。

所有期間についても、日本のような永久的な所有権とは性質が異なります。新住宅法によれば、外国人の個人が所有する住宅の期間は、原則として「不動産所有権証明書の発行日から最大50年間」という有期のものとされています。この期間は、満了日の3ヶ月前までに管轄の人民委員会に申請し承認を得ることで、一度に限りさらに50年間の延長が可能とされています。

なお、ベトナム国民と合法的に婚姻関係にある外国人については、例外的にベトナム国民と同等の長期的かつ無期限に近い所有権が認められる規定が存在しますが、一般的な企業駐在員や投資家にはこの50年という有期ルールが適用されます。購入した不動産を他者に売却する場合、買主がベトナム国民であれば、その時点で所有権は無期限の完全な権利へと転換しますが、買主が別の外国人である場合には、元の所有者の残存期間のみが引き継がれることになります。

ベトナムのピンクブック取得実務における法的空白とボトルネック

ベトナムにおいて、不動産の権利を公的に証明する最も重要かつ絶対的な文書が「土地使用権・住宅および土地に付随するその他の資産の所有権証明書」です。この証明書は、表紙が特徴的なピンク色をしていることから、実務上および日常会話において「ピンクブック」と通称されています。日本における不動産登記済権利証や登記識別情報に相当する公文書であり、対象となる不動産の適法な所有を証明し、将来的な転売、賃貸、あるいは金融機関に対する担保設定などの法的行為を行うための不可欠な前提となります。

しかしながら、外国人投資家がコンドミニアム等を購入し、このピンクブックを取得する実務過程において、ベトナムの法制特有の深刻なボトルネックが生じています。その根本的な原因は、前述した「住宅法」と「土地法」という二つの基本法の間にある概念的な不整合と法的空白にあります。2023年住宅法は、第17条等において外国人が一定の条件のもとでコンドミニアムなどの住宅を所有する権利を明確に認めています。しかしその一方で、2024年土地法第4条において定義されている「土地使用者」のカテゴリーの中に、個人の外国人が明文で含まれていません。住宅法では建物の所有が許されているのに、土地法ではその土台となる土地の使用者として外国人が法的に位置付けられていないというパラドックスが存在しているのです。

この法令間の不整合は、実務において多大な混乱を引き起こしています。ピンクブックの発行権限を持つ地方の天然資源環境局などの行政機関は、法律上「土地使用者」として定義されていない外国人に対して、土地使用権と建物所有権が一体となったピンクブックを発行することに極度の躊躇を示します。多くの場合、担当官憲は法解釈のリスクを避けるために手続きを凍結し、その結果、外国人がデベロッパーに代金を完済して適法にコンドミニアムの引き渡しを受けたにもかかわらず、数年間にわたってピンクブックが交付されないという事態が全国で頻発しています。一部の事例では「土地使用権を持たない住宅所有者」という変則的な扱いで処理されることもありますが、法的安定性は著しく欠如しています。

参考:ベトナムにおける外国人の住宅購入に関する実務的課題

ピンクブックが取得できないことによる経済的・法的デメリットは計り知れません。まず、正式な権利証明がない状態では、物件を第三者に適正な市場価格で売却することが極めて困難になります。また、税制面でも曖昧さが残り、本来負担すべき非農地使用税などの支払義務が不明確となることで、予期せぬペナルティを受けるリスクがあります。さらに、万が一国家による土地収用が行われた場合、ベトナム国民であれば土地使用権と建物資産の双方に対する補償を受けられますが、土地使用権を有さないと解釈される外国人に対しては建物部分の補償しか行われず、投資資金の大部分を喪失する危険性があります。

こうした実務上の障壁を回避するため、一部の外国人は正式な売買契約を諦め、デベロッパーとの間で「50年間の長期賃貸借契約(Long-term Lease Agreement)」を締結するという代替スキームを採用することがあります。これは実質的な対価を前払いし、将来的に法律が改正された時点で売買に切り替えることを前提とした擬似的な売買契約です。しかし、このスキームはあくまで賃貸借であるため、デベロッパーが経営破綻した場合や対象物件が二重譲渡された場合、外国人契約者は単なる無担保債権者として扱われ、物件に対する権利を失うという甚大な法的リスクを伴います。

したがって、日本企業や日本人投資家が不動産を購入する際には、対象となるプロジェクトが外国人の購入枠(30パーセントルール等)に収まっているかの確認に加え、そのプロジェクトで過去に外国人に対するピンクブックの実際の発行実績があるかどうかを、現地の法律専門家を通じて極めて慎重にデューデリジェンスする必要があります。

ベトナム新不動産事業法による取引の透明性向上とデベロッパー規制

ベトナム新不動産事業法による取引の透明性向上とデベロッパー規制

ベトナムでの不動産開発事業への参画や、大規模な仲介・管理事業の展開を検討する日本の不動産業者にとって、2025年1月1日に全面施行された新不動産事業法(Law 29/2023/QH15)の法理を理解することは避けて通れません。この新法は、過去数年間にベトナム国内の不動産市場で相次いで発覚したデベロッパーによる資金の不正流用、無許可プロジェクトの強引な販売、未完成物件を巡る詐欺的取引などの深刻な市場の混乱を根本から是正し、取引の透明性と消費者の保護を強化することを目的として制定されました。

新不動産事業法において最もドラスティックな変更が加えられたのが、「将来形成される不動産(未完成不動産、いわゆるオフプラン不動産)」の販売取引に関する規制です。これまでのベトナム市場では、デベロッパーが建物の基礎工事すら着工していない段階から「予約金」や「保証金」といった名目で顧客から多額の資金を集め、その資金を別の赤字プロジェクトの穴埋めに流用するという自転車操業が常態化していました。この問題に対処するため、日本の宅地建物取引業法における「手付金等の保全措置」に類似しつつも、より直接的で厳しい制限が設けられました。

新法第23条の規定により、デベロッパーは対象となる不動産プロジェクトが必要な法的手続き(投資方針の承認、詳細計画の承認、土地割当決定など)をすべて完了し、法令で定められた販売開始要件を満たして正式な売買契約を締結するまでの間、購入希望者から販売価格の5パーセントを超える手付金等を受領することが明確に禁止されました。さらに、正式な契約締結後であっても、建設の進捗に応じた分割払いの受領割合について厳格なキャップが設定されています。

未完成不動産取引における前受金の制限新不動産事業法(2025年施行)による規制内容日本の宅地建物取引業法との比較
正式契約前の手付金上限販売価格の最大5パーセントまで。保全措置を講じれば手付金自体の上限は原則ないが、業者が自ら売主の場合は20パーセント以下という制限がある。
引渡し前の受領総額上限(内資系企業)契約金額の最大70パーセントまで。特に引渡し前の受領総額に対する一律の上限規定はない(引渡し時の残金決済が一般的)。
引渡し前の受領総額上限(外資系企業)契約金額の最大50パーセントまで。内外資による差別の規定は存在しない。
権利証(ピンクブック)交付前の上限契約金額の最大95パーセントまで。残りの5パーセントは証明書交付時に受領。同様の規定はない。

この規定から、ベトナム政府が外資系デベロッパーに対して国内企業よりもさらに厳格な資金繰りの要件を課し、未完成物件の引き渡しリスクを最小化しようとしているということが言えるでしょう。日本の投資家や購入者側から見れば、この前受金規制は支払った資金が焦げ付くリスクを大幅に低減させる極めて有利な保護規定となります。

しかし、ベトナム国内で不動産開発を行う日系のデベロッパー側から見れば、購入者からの前受金に頼ったキャッシュフローの構築がほぼ不可能になることを意味します。プロジェクトを自力で完遂するための強靭な自己資金力や、金融機関からの確固たる資金調達能力が問われることになり、新法第9条ではプロジェクトの規模(20ヘクタール未満か以上か)に応じて総投資額の20パーセントまたは15パーセント以上の自己資本比率を維持することが義務付けられました。

参考:2023年不動産事業法の主要な変更点

また、新不動産事業法第48条では、不動産取引におけるキャッシュレス決済が全面に押し出されました。不動産企業や不動産サービス提供者は、取引の代金を国内の信用機関または外資系銀行の合法的な支店に開設された銀行口座を通じて受領しなければならないと規定されています。これは、ベトナム特有の現金による不透明なアングラ取引を排除し、脱税やマネーロンダリングを強力に防止するための措置です。コンプライアンスを最優先とする日本企業にとっては、市場の透明化と健全化を促進する歓迎すべき法整備と言えます。

さらに、不動産仲介業に関しても抜本的な改革が行われました。新法第61条の規定により、個人のフリーランスが独立して不動産仲介業務を行うことが禁止され、仲介資格を持つ者は必ず法人格を持つ不動産仲介企業または不動産取引所サービス企業に所属して業務を行わなければならないという要件が追加されました。これにより、責任の所在が不明確な悪質なブローカーによる詐欺的行為を未然に防ぎ、業界全体の専門性と信頼性を向上させる狙いがあります。

参考:ベトナム2023年不動産事業法(Law 29/2023/QH15)

ベトナム不動産紛争における裁判管轄の専属性と外国判決の承認

ベトナムで不動産開発事業や投資を行う際に、平時の法務リスク管理と同等かそれ以上に重要となるのが、万が一の紛争発生時を見据えた最終的なリスクヘッジとしての紛争解決手段の設計です。日本の企業がクロスボーダー取引を行う際、相手方との契約において公平性を担保し、予見可能性を高めるために、日本法または第三国法(イギリス法やシンガポール法など)を準拠法とし、日本の裁判所や国際的な仲裁機関を専属的な管轄とする条項(裁判管轄条項または仲裁条項)を設けることが一般的な実務慣行となっています。しかし、対象がベトナムの不動産に関連する権利義務である場合、そのような契約条項がベトナム国内において法的に無効と判断される危険性が極めて高い点に留意しなければなりません。

ベトナムの民事訴訟法(Civil Procedure Code 2015)は、国家主権と公序良俗の観点から、ベトナム国内に所在する不動産に関する権利義務の争いについて、ベトナムの裁判所が「排他的かつ専属的な管轄権」を有すると明確に定めています。したがって、仮に当事者間で「本契約に関する一切の紛争は日本国の東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」といった合意があったとしても、その対象がベトナム国内の土地使用権や建物の所有権の帰属に直接関わるものであれば、その合意はベトナムの司法当局によって無効とみなされます。

この原則がどれほど厳格に適用されているかを示す近時の重要な判例として、2025年5月28日にホーチミン市人民裁判所において下された判決(Decision No. 258/2025/QDST-DS、当事者:Ms. Chua Geok Choo対Ms. Tan Yin Ton)が挙げられます。この事案は、シンガポール高等裁判所が2024年1月24日に下した判決(HC/OA 1279/2023)について、勝訴した当事者がベトナム国内での承認および執行を求めてホーチミン市人民裁判所に申し立てを行ったものです。シンガポール高等裁判所における判決の主文は、ベトナム国内に所在する特定の不動産の相続およびその権利の帰属を決定する内容でした。

これに対しホーチミン市人民裁判所は、外国裁判所の判決をベトナム国内で承認・執行することは、国家間の平等を肯定し、国際的な司法協力を促進する上で重要な法的メカニズムであると一般論としては認めました。しかしながら本件においては、判決の内容がベトナム国内の不動産の所有権および土地使用権の分割という物権の核心に直接関係していることを重視しました。裁判所は、民事訴訟法の規定に基づき、ベトナムの不動産に関する民事事件はベトナムの裁判所の専属管轄に属しており、対象不動産の権利に関する紛争を解決するいかなる外国の判決や決定も、ベトナム国内では承認および執行されない旨を明確に判示し、シンガポール高裁判決の承認を拒否しました。

さらに裁判所は、ベトナムの不動産に関する外国判決を承認することは、ベトナム領土に対する国家の主権的影響力を侵害し、国家の公共の利益を損なう複雑な法的結果を招くおそれがあるという強固な論理を展開しました。この判決から、ベトナムの不動産そのものを目的物とする紛争においては、ベトナム国外での訴訟戦略は一切通用しないということが言えるでしょう。日本で勝訴判決を得たとしても、それをベトナムに持ち込んで現地の不動産を差し押さえたり、名義を変更したりすることは不可能です。

したがって、日本企業がベトナムで不動産事業を展開する際、あるいは高額な不動産投資を行う際には、ベトナム現地の司法制度に対する深い理解を前提とした高度な予防法務が求められます。ベトナムの裁判所は審理に長期間を要し、外国当事者にとって必ずしも予見可能性が高いとは言えない実情があります。これを回避するための法務戦略として、不動産物件そのものの権利帰属を争うような直接的な契約構造を避けることが推奨されます。

例えば、不動産を保有する現地の特定目的会社(SPV)の株式を取引対象とする株式譲渡契約を締結する、あるいは共同出資者との間で株主間協定(SHA)を締結し、その契約違反に基づく損害賠償請求という形で紛争を構成します。これにより、不動産物権の紛争ではなく「当事者間の商事契約上の債務不履行」に関する紛争へと性質を転換させることができ、ベトナム国際仲裁センター(VIAC)やシンガポール国際仲裁センター(SIAC)といった中立的な仲裁機関における仲裁手続きに持ち込むことが可能となるケースがあります。企業の法務部門は、単なる不動産売買という枠にとらわれず、投資ストラクチャー全体を俯瞰した緻密な契約スキームを構築しなければなりません。

まとめ

ベトナムの不動産市場は、法整備の過渡期にありながらも、その堅調な経済成長と内需の拡大により、多くの日本企業にとって極めて魅力的な投資対象であり続けています。本記事で解説した通り、2024年から2025年にかけて全面施行される新土地法、新住宅法、新不動産事業法の主要3法は、市場の透明性を高め、購入者保護を徹底するための厳格なルールを多数導入しました。土地が国家の統一的管理下にあるという社会主義特有の公有制を前提としつつ、外資系企業は柔軟性を増した土地リース制度(一時払いや年払いによる権利移転の特例)を活用して事業拠点を確保することが可能です。

一方で不動産デベロッパーとしては、厳格化された自己資本要件や未完成不動産に対する5パーセントの前受金規制など、高度な財務管理能力がこれまで以上に要求されます。また、住宅購入を検討する外国人投資家においては、コンドミニアムの30パーセントルールなど数量制限の遵守はもちろんのこと、法令間の不整合に起因する「ピンクブック」の発行遅延リスクに対する十分なデューデリジェンスが欠かせません。さらに、不動産そのものに関する紛争はベトナム国内の裁判所の絶対的な専属管轄となるため、進出スキームの設計段階から仲裁を前提とした予防法務に徹することが、不測の事態を回避するための効果的な手段となります。

このように、日本の法令や商習慣とは根本的に異なるベトナム特有の複雑な法規制を正確に遵守し、安全かつ収益性の高いビジネスを実現するためには、現地の最新の法改正動向と行政実務に精通した外部専門家の知見を活用することが不可欠です。モノリス法律事務所では、ベトナムへの進出や不動産開発事業の展開、あるいは現地での不動産投資を検討される日本企業の皆様に対し、現地の複雑な法規制に基づいた適切なコンプライアンス体制の構築や、法的リスクを最小化するための契約ストラクチャーの策定など、幅広い法的課題についてサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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