逮捕記事の削除と「忘れられる権利」「更生を妨げられない利益」
周囲に知られたくないあなたの情報が、ネット検索で出てきてしまう。特に、あなたの逮捕歴や前科を周囲の人に知られてしまう。そうすると、大きな不利益を受けることになります。
EUにおいて採用された「忘れられる権利」は、ニュースや新聞で話題となることが多くなってきましたが、これを用いて、あなたに不利益をもたらす記事を削除できないものでしょうか。
ここでは、「忘れられる権利」とこれまでに用いられてきた「更生を妨げられない利益」との相違、今後の展望について、解説します。
この記事の目次
「忘れられる権利」
膨大な情報が刻一刻と蓄積されていくインターネット上において、発信と閲覧のいずれにおいても、検索エンジンの役割は、より重要となっています。
これに対し、EU司法裁判所は2014年にEU市民の「忘れられる権利」(right to be forgotten)を承認し、それに基づきGoogleに対して適法に発信された債務や情報について、検索結果から削除することを求めました。
EU司法裁判所は、データ主体は「処理目的との関係で不適切であり、重要性がなかったり、過剰である場合」には削除を求めることができること、検索エンジンに対して、「当初は合法であったデータが不必要となった場合にウェブサイトのリンク」の削除を求めることができるとしました。 この「忘れられる権利」は、日本においても大きな関心を持たれました。
Googleの検索結果を削除することはできるかの裁判例等は下記の記事でも詳しく紹介しています。
児童買春・児童ポルノ禁止法違反罪で罰金50万円の略式命令が確定した男性が、事件から3年以上経過するのに、県名と氏名で検索すると逮捕時の記事などが表示されるとして、検索結果から自身の逮捕に関する情報を削除するようGoogleに求め、2015年6月に認められました。
この決定の取り消しを求めた保全異議申し立てについて、2015年12月、さいたま地裁は仮処分命令を認可する決定をし、再びGoogleに削除を命じました。
この決定は、日本において初めて「忘れられる権利」に言及したものとして、注目を集めました。
同決定では、児童買春行為での逮捕・罰金刑の執行から3年余りが経過した時点での検索削除を認めたのですが、
一度は逮捕歴を報道され社会に知られてしまった犯罪者といえども、人格権として私生活を尊重されるべき権利を有し、更生を妨げられない利益を有するのであるから、犯罪の性質等にもよるが、ある程度の期間が経過した後は過去の犯罪を社会から「忘れられる権利」を有するというべきである。
さいたま地裁2015年12月22日決定
としています。
罪を犯した人が、有罪判決を受けた後や服役を終えた後に一市民として社会復帰し、平穏な生活を送ること自体、その人が犯罪を繰り返さずに更生することであると考えるなら、犯罪を繰り返さずに一定期間を経過した人については、逮捕歴等の表示は、「更生を妨げられない利益」を侵害するおそれが大きいといえるでしょう。
「更生を妨げられない利益」か「忘れられる権利」か
これまで、こうした犯罪に関する記事については、対象者が有する「新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益」を侵害するかどうかという観点から、「前科等にかかわる事実を公表されない法的利益」と「前科等にかかわる事実につき、実名を使用して著作物で公表する必要性」とを比較し、前者の方が優越する場合には前科等の公表が違法になると、比較衡量の枠組みで考えられてきました(最高裁判所1994年2月8日判決「ノンフィクション『逆転』事件」)。
しかし、このさいたま地裁決定は、上の最高裁判決が示した「更生を妨げられない利益」から一歩進んで、「忘れられる権利」という概念を採用し、注目されたのです。
さいたま地裁が示した判断基準を整理すると、以下のようになります。
- 逮捕の報道があった人も「更生を妨げられない利益」がある
- ある程度の期間の経過後は過去の犯罪を社会から「忘れられる権利」がある
- ネットに逮捕情報が表示されると、情報を抹消して平穏な生活を送ることが困難なことを考慮し、検索結果の削除の是非を判断すべきだ
- 男性は逮捕歴が簡単に閲覧されるおそれがあり、不利益は回復困難かつ重大である
「忘れられる権利」の否定?
これに対し、保全抗告審において東京高等裁判所は2016年7月、
プライバシー権などに基づき、特定の検索結果をネット上で閲覧できないようにする請求が認められる場合はあるが、
1.児童犯罪の逮捕歴は公共の利害に関わる
2.時間経過を考慮しても、逮捕情報の公共性は失われていない
東京高裁2016年7月12日決定
とした上で、「児童買春は親たちにとって重大な関心事であり、事件から5年程度たっているが、公共性は失われていない」として、「忘れられる権利」を認定して削除を認めたさいたま地裁の決定を取り消し、男性の申立を却下しました。
「忘れられる権利」については、「法的に定められたものではなく、同権に基づく削除請求は従来のプライバシー権に基づく削除請求と変わらない」と判断しました。
当時、新聞等で「東京高裁は『忘れられる権利』を否定した」として、話題になりました。
最高裁判所の判断
東京高等裁判所に対する許可抗告において、2017年1月、最高裁判所は「個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象となるというべきである」と認めたうえで、以下の判断を示しました。
プライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
最高裁2017年1月31日決定
最高裁は上のような判断基準を示し、この場合には、「児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則をもって禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえる」のであるし、「本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる」ことから、「事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない」として、検索結果の削除を認めませんでした。
最高裁の判断は、下記のような事情を諸々考慮して、最終的には比較衡量、つまり「消すべき理由(当該事実を公表されない法的利益)と消さないべき理由(当該URL等情報を検索結果として提供する理由)のどちらが大きいか」で結論を出す、という枠組みです。
当該事実を公表されない法的利益の根拠となる事情
- 当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲
- 当該URL等情報が提供されることによってその者が被る具体的被害の程度
ケースバイケースでどちらとも言える事情
- 当該事実の性質及び内容
- その者の社会的地位や影響力
- 記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化
当該URL等情報を検索結果として提供する理由となる事情
- 記事等の目的や意義
- 記事等において当該事実を記載する必要性
比較衡量と「忘れられる権利」
最高裁の上記決定は、「当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合」には「当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができる」と、比較衡量の基準を「明らかに」と厳しくしながらではありますが、記事削除の要件が明確に定義されました。
また、検索結果の削除は、プライバシー権一般の中で捉えられるとし、「忘れられる権利」については、ひとことも触れられていません。
しかし、これは「忘れられる権利」を否定したものとは言えないと考えます。東京高等裁判所決定の際にも、「忘れられる権利」が否定されたという報道がありましたが、ことさらに新しい概念を持ち込まなくても、従来の基準で比較衡量して判断できるとしているだけであり、だから、あえて「忘れられる権利」については触れなかったのだと考えられます。
犯罪報道の記事削除
犯罪報道の記事削除は難しい問題です。ひとつには、風評被害や誹謗中傷で名誉毀損等を問う場合と違って、犯罪報道の記事は真実だからです。記事自体は真実であるので、これの削除を求める場合には、どうしても「報道の自由」とのバランスが問題となってしまいます。
裁判所の仮処分命令によって出版物の印刷・頒布が禁止(事前差止め)されたことが違法かどうかが争われたケースでは、最高裁が、
人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は(中略)人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるものと解するのが相当である 。
最高裁1986年6月11日判決
と判示したものがあります 。
この最高裁判決では,差止めが認められるためには「表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるとき」という要件を満たさなければならないとされています。
そうすると、さいたま地裁のケースのような逮捕記事においては、記事自体は真実であるので、「表現内容が真実でなく」という要件を満たさないし、新聞等のメディアによる報道である場合は「専ら公益を図る目的」も認められます。だから、別の法的構成をとる必要があるとさいたま地裁は考え、「忘れられる権利」を持ってきたのかもしれません。
もちろん、真実であるから削除できないというわけではありません。個人情報が漏洩した場合や、リベンジポルノという場合もあります。犯罪等の過去についての記事削除は、プライバシー権一般の中で捉えられると判断しているだけです。
まとめ
最高裁決定には、「忘れられる権利」という言葉は出てきませんが、「忘れられる権利」という考え方が登場したのは、インターネットが広く普及したからであり、これを巡る全般的な情勢が未だ流動的な現状において、現時点では判断することなく、将来の判断に委ねたものと考えることができるでしょう。
今後、検索結果からの削除請求については、最高裁の比較衡量に従った判断が蓄積されていくと考えられます。特に、どの程度の期間が経過すれば個人のプライバシー情報が「公共の利害に関する事項」とはいえなくなるのか、という「時間の経過」という要素が、今後の判例においては重要視されていくのではないでしょうか。
カテゴリー: 風評被害対策