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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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イギリスの司法制度と弁護士制度

イギリスの司法制度と弁護士制度

イギリスでの事業展開を成功に導くためには、日本の常識とは一線を画す法制度の理解が不可欠です。特に、複雑な事件を扱う高等法院の専門性、一般市民が司法に参加する治安判事裁判所のユニークな役割、そして弁護士の依頼プロセスにおける実務上の留意点などの法制度を網羅的に解説します。

本記事では、イギリスの多層的な司法制度と、ソリシター(事務弁護士)とバリスター(法廷弁護士)からなる二元的な弁護士制度の構造を、日本の制度との比較を通じて、経営者や法務担当者が実務上直面するであろう課題に焦点を当てながら、イギリス法務戦略に不可欠な情報を分かりやすく解説します。

イギリス司法制度の全体像

階層構造と多元的なシステム

イギリスの司法制度は、連合王国最高裁判所(Supreme Court of the United Kingdom)を頂点とする階層構造を有しています。その下に、控訴院(Court of Appeal)、高等法院(High Court of Justice)、刑事法院(Crown Court)、県裁判所(County Court)、治安判事裁判所(Magistrates’ Court)などが配置されています。しかし、この階層構造は日本のように単一のシステムではなく、イングランド及びウェールズ、スコットランド、北アイルランドという各法域で異なる司法制度が存在する「多元性」が最大の特色です。

日本の法務担当者は、単一の法体系に慣れ親しんでいるため、イギリスでの紛争や契約締結に際して、単に「イギリスの弁護士」に依頼すればよいと考えがちです。しかし、この多元的なシステムは、例えばスコットランドでの事業活動にはスコットランド法、知的財産権の紛争にはイングランド及びウェールズ法といったように、紛争の場所や性質によって準拠法や管轄裁判所が異なる可能性があることを意味しています。この多元的な構造は、日本企業が適切な専門家を選定するプロセスに直接的な影響を与えます。イングランド及びウェールズ法に精通した弁護士が、必ずしもスコットランドの法務に明るいとは限りません。このため、初期段階で事業展開や取引が関わる正確な地域と法域を特定しなければ、非効率な法的対応や不正確なアドバイスに繋がりかねません。日本の企業は、イギリスの法務に携わる際、まず事業の法的リスクがどの法域に属するのかを正確に把握し、その法域を専門とする法律事務所や弁護士に連携を取ることが、コストと時間の両面で最も合理的であると言えるでしょう。 

司法の独立性と法の支配

イギリスの司法は、議会や政府から独立した「国家の第三の権力」とみなされています。イギリスでは「法の支配」(rule of law)という原則が重視されており、私的な個人、企業、公的機関を問わず、誰もがイギリスの法律によって平等に保護され、また法律に従うことが求められます。裁判官は、個人的な見解や政治的意見ではなく、公正かつ公平に法律に基づいて判断を下すことが職務として宣誓されています。裁判所を管理する行政機関であるHer Majesty’s Courts and Tribunals Service(HMCTS)が、独立した司法府を支援するJudicial Officeと協働する体制からも、その独立性が担保されていることが分かります。この司法の独立性は、イギリスが国際紛争解決の中心地として世界的な信頼を得ている理由の一つであり、国家の繁栄にとって不可欠な要素であると考えられています。

コモン・ロー(Common Law)

イギリス法と日本法との最も根本的な違いは、その法的伝統にあります。日本が成文法典を中心とする大陸法(civil law)の伝統を継受しているのに対し、イギリスは判例法主義(doctrine of precedent)の国です。これは、過去の裁判所の判断(判例)が、将来の同様の事件を拘束するという先例拘束性の原理(doctrine of stare decisis)が法制度の根幹をなしていることを意味します。このため、イギリスでは裁判所の判断が新たな法源となり、時代とともに法律が柔軟に発展していくという特徴があります。刑事法についても、成文法典化の議論はあったものの、コモン・ローが中心的な役割を担ってきた経緯があります。日本の成文法を中心とした法体系に慣れた者にとって、判例法の詳細な理解と適用は、イギリス法務の理解に不可欠な視点となります。 

イギリスの主要裁判所の機能

イギリスの主要裁判所の機能

イギリスの裁判所は、それぞれの管轄権と専門性に応じて役割が分かれています。以下に、主要な裁判所の機能と、日本の制度との違いについて解説します。

イギリスの主要裁判所日本の対応裁判所主な管轄権日本の制度との主な相違点
連合王国最高裁判所最高裁判所全ての民事事件、イングランド・ウェールズ・北アイルランドの刑事事件の最終審。イギリス法域内の最高裁判所として、刑事事件はイングランド・ウェールズ・北アイルランドのみを管轄し、スコットランドは含まない。
控訴院(Court of Appeal)高等裁判所高等法院、刑事法院などからの控訴審。民事部と刑事部に分かれており、それぞれが専門の控訴審を担当。
高等法院(High Court of Justice)地方裁判所・家庭裁判所・知的財産高等裁判所複雑かつ高額な民事事件の第一審。下級審への監督権限。大法官部(知的財産、会社法)、王座部(人身傷害、契約)、家事部(家事事件)などの専門部を持つ。日本の地裁が一般的な民事事件を扱うのに対し、高等法院は知的財産や会社法など専門性の高い事件の第一審を管轄する。
県裁判所(County Court)地方裁判所・簡易裁判所軽微な民事事件の第一審。小額債権回収、不動産関連など。日本の地裁の民事管轄権の一部と、簡易裁判所の民事管轄権を合わせたような位置付け。
治安判事裁判所(Magistrates’ Court)簡易裁判所軽微な刑事事件(約95%)の第一審。一部の民事・家事事件。原則として法曹資格を持たない治安判事が審理を担当。

高等法院と県裁判所

複雑で高額な民事事件や、刑事事件の上訴審を扱う高等法院は、その専門性が際立っています。高等法院は、会社法や知的財産権法(特許、商標、著作権など)を扱う大法官部(Chancery Division)、主に契約や人身傷害を扱う王座部(King’s Bench Division)、そして家事事件を扱う家事部(Family Division)という3つの主要な部から構成されています。この構造は、日本においては地方裁判所が一般的な民事事件を扱う一方、知的財産高等裁判所のような専門裁判所が別途存在するのと対照的です。イギリスの法務に携わる日本企業にとって、知的財産権や商事紛争では、高等法院の大法官部が第一審を管轄するという点を理解しておくことが重要です。

一方、県裁判所は、主に軽微な民事事件の第一審を幅広く管轄します。住宅の占有権、小額債権の回収、人身傷害といった事件の大部分を扱っており、日本の地方裁判所の民事管轄権の一部と簡易裁判所の民事管轄権を合わせたような位置付けにあります。

治安判事裁判所の役割と刑事司法の私人訴追

イギリスの刑事裁判の約95%が治安判事裁判所で扱われています。この裁判所の最もユニークな特徴は、日本の裁判官のように法曹資格を持たない治安判事(lay magistrate)が、3名で構成される「ベンチ」として審理を担当するという点です。彼らはボランティアとして奉仕し、法的助言は専任の法律専門家である「ジャスティシズ・クラーク」(Justices’ Clerk)から受けます。この制度は、専門的な法律知識よりも、地域社会の常識や価値観を反映した判断を重視するという、イギリスの法文化を象徴するものです。この制度の存在は、日本企業がイギリスで軽微な刑事事件に巻き込まれた際、法曹資格を持たない裁判官によって審理される可能性があることを意味します。このことは、日本の法務担当者が、法廷での主張を、法律論だけでなく、社会通念や常識に訴えかけるような説得力ある形で展開する必要があることを示唆しています。 

また、日本の刑事事件の訴追権限が原則として検察官に独占されているのに対し、イギリスでは歴史的に、犯罪被害者や一般市民が私人として刑事訴追を行う権利が認められてきました。現在は、大半の事件をクラウン・プロセキューション・サービス(Crown Prosecution Service)が担当していますが、企業や慈善団体が不正行為の被害に遭った場合に、自らの費用で訴追を行うことが依然として可能です。この私人訴追制度の存在は、日本企業がイギリスで不正行為の被害に遭った場合、被害者自らが刑事責任追及の主導権を握り、積極的に法的手続きを進めることができるという、日本にはない選択肢を提示します。これは、公的機関の対応が遅い場合や、公訴提起の基準が厳しい場合でも、法的救済を求める道が開かれていることを意味します。なお、近年、この制度の運用を巡る議論を受けて、イギリス政府は透明性や規制のあり方について見直しと改革を提言しています。この動向は、企業が私人訴追を行う際の法的要件や手続きが、将来的により厳格化される可能性を示しており、制度の進化を注視する必要があると言えるでしょう。 

イギリスの弁護士制度におけるソリシターとバリスター

イギリスの弁護士制度におけるソリシターとバリスター

日本の「法曹一元」と異なる「二層制」

日本では、法律相談から法廷での弁論まで、単一の弁護士資格で全ての業務を行うことが一般的です。これに対し、イギリス(特にイングランド及びウェールズ)の弁護士制度は、ソリシター(Solicitor)バリスター(Barrister)という二つの独立した職階に分かれている「二層制」が伝統的な特徴です。この二元的な制度は、職務を分けることで、各専門分野で高度な専門性が醸成される構造を生み出しています。

ソリシター(事務弁護士)バリスター(法廷弁護士)日本の弁護士との比較
主要な業務内容法律相談、契約書作成・レビュー、交渉、訴訟準備(証拠収集、書面作成)。法廷での弁論、高度な法的見解の提供、複雑な法的論点に関する助言。日本の弁護士が両方の業務を単一資格で行うのに対し、職務が明確に分かれている。
依頼人との接点直接的な窓口として、日常的な連携を担う。通常、ソリシターからの依頼を受ける。一部、直接依頼(ダイレクト・アクセス)も可能。日本の弁護士は依頼人と直接的に全プロセスで連携する。
活動場所法律事務所、または企業の法務部門。共同オフィス(チェンバー)に所属し、自営業者として活動することが一般的。法律事務所に所属することがほとんど。
雇用形態法律事務所の従業員として、安定した収入や休暇・病気手当がある。ほとんどが自営業者であり、収入は不安定になりがち。法律事務所に所属する場合、通常は従業員。

ソリシターとバリスターの役割

ソリシターは、依頼人にとっての最初の窓口であり、日常的な法律業務全般を担います。具体的には、依頼人からの法律相談に応じ、契約書の作成・レビュー、書面による交渉、そして訴訟の準備(証拠収集や法的書類の作成)などを行います。ソリシターの業務は、依頼人と直接的に連携し、ケース全体を管理することにあります。 

一方、バリスターは、ソリシターからの依頼(instruct)を受けて、主に法廷での弁論を担当する法廷活動の専門家です。彼らの高度な専門性は、裁判における説得力のある議論、証人尋問、そして複雑な法的論点に関する専門的な助言の提供にあります。バリスターは通常、法律事務所に所属せず、他のバリスターと共同でオフィス(chambers)を構え、自営業者として活動しています。

依頼プロセスの実務と費用への影響

この二元的な制度を理解しないままイギリスの法律事務所と連携しようとすると、誰に何を依頼すべきかという点で混乱が生じ、コミュニケーション上の非効率や、不要なコストの発生を招く可能性があります。通常、日本企業がイギリスの法律問題に直面した場合、まずソリシターに相談します。ソリシターが問題の全体像を把握し、事案の解決に向けた戦略を立案・実行します。そして、もし訴訟や法廷での弁論が必要となった場合、ソリシターが適切なバリスターを選定し、そのバリスターを「起用(instruct)」するという流れになります。

このプロセスでは、依頼人、ソリシター、バリスターという三者間の連携が不可欠です。ソリシターが依頼人との窓口となり、バリスターには法廷での弁論のみに集中してもらうため、二重の費用が発生し得る点は留意すべきでしょう。しかし、バリスターの高度な専門性を活用することで、結果的に費用対効果の高い解決に繋がることも少なくありません。バリスターは裁判の際に依頼人から直接指示を受けることは稀であり、通常はソリシターを経由して指示を伝えるプロセスを理解しておくことが重要です。

近年の制度変化

近年、イギリスの弁護士制度は大きな変革期を迎えています。この変革は、法曹界の競争を促し、消費者の利便性向上を目的としたLegal Services Act 2007 がもたらしたものです。伝統的に法廷での弁論権はバリスターに留保されていましたが、一定の要件を満たすことでソリシターも弁論権を得て、「ソリシター・アドヴォケート」として法廷に立つことが可能になりました。これにより、依頼人は、一つの事務所内で、事件の初期段階から法廷での弁論までを一貫して任せることが可能になり、依頼プロセスがより簡素化されるというメリットが生まれています。 

さらに、伝統的な依頼プロセスを経由せず、特定の条件を満たす場合、依頼人がソリシターを介さずに直接バリスターに依頼する「ダイレクト・アクセス」という制度も拡大しています。これは、比較的単純な案件や、法廷での専門的なアドバイスのみが必要な場合に、コストを削減する目的で利用されることがあります。 

これらの変遷は、伝統的な枠組みが市場のニーズに合わせて進化していることを示しており、日本企業にとって、より馴染みやすいサービス形態が増えつつあることを意味します。日本の法務担当者は、「ソリシターは日常業務、バリスターは法廷業務」という伝統的な二元論のみを理解していると、現代のイギリス法務の実態を見誤る可能性があります。ソリシター・アドヴォケートの存在や、ソリシターと他の専門家(会計士など)が連携してサービスを提供する「ワンストップショップ」が生まれたことは、より効率的で包括的なソリューションを求める市場の要求に応える動きです。この動向は、日本企業にとって、従来よりも日本の法律事務所の構造に近い形態のサービス提供者と連携できる可能性を広げています。ただし、ダイレクト・アクセスは全てのケースに適用されるわけではなく、また、ソリシターとバリスターの専門分野における核となる強みは依然として存在します。日本企業は、イギリスでの法務パートナーを選定する際、伝統的な役割分担の理解を基盤としつつ、現代的なサービス形態や、ソリシター・アドヴォケートのような個々の弁護士の資格・経験を適切に評価することが、より円滑で効果的な法務連携を築く上で不可欠であると言えるでしょう。 

まとめ

イギリスの司法制度と弁護士制度は、その多元的な構造、判例法主義、そしてソリシターとバリスターという二元的な弁護士制度において、日本の法体系とは根本的な違いを有しています。これらの違いを深く理解し、適切な専門家にアプローチすることが、イギリスでのビジネスリスクを管理し、円滑な事業運営を実現する上で不可欠であるということが言えるでしょう。

本記事で解説した内容は、イギリス法務の出発点となる基礎知識に過ぎません。特定のビジネス展開や法的課題に直面した際には、個別の事案に応じた専門的な知見が求められます。イギリス法務に関する個別具体的なご相談は、比較法務に精通した当事務所の弁護士が、貴社の事業内容と日本の商慣習を深く理解した上で、最適なリーガルサービスをサポートいたします。どうぞお気軽にお問い合わせください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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