イタリア共和国の会社法が定める株式会社の3個のガバナンスモデル

イタリアの株式会社(Società per Azioni, S.p.A.)は、その法的な枠組みにおいて日本の株式会社と多くの共通点を持ちます。しかし、2003年の会社法改革(Decreto Legislativo 17 gennaio 2003, n. 6)は、それまで一般的だった伝統的なガバナンス体制に、複数の選択肢をもたらす大きな転換点となりました。この改革により、S.p.A.は経営を担う機関と監督・監査を担う機関が独立した伝統的なモデルに加え、企業の特性や戦略に応じて、ドイツ法や英米法を参考に導入された新たなガバナンスモデルを選択できるようになっています。
本稿では、イタリアでのビジネス展開を検討する日本の経営者や法務担当者の皆様に向けて、イタリア民法典を根拠にこれらのガバナンスモデルの仕組みを解説し、特に日本の法律とは異なる重要な点について、深く考察します。
この記事の目次
イタリア会社法改革の背景と3つのガバナンスモデル
2003年の会社法改革は、イタリアの企業統治に大きな変化をもたらしました。この改革は、S.p.A.が日本の株式会社に相当する有限責任の法人形態であるという本質を維持しつつ、国際的なビジネス慣行、とりわけドイツや英米のコーポレートガバナンスの要素を取り入れることを目的としています。この背景には、企業の組織設計に対する柔軟性を高め、国際競争力を向上させようとする強い意図があることがうかがえます。
この改革によってS.p.A.のガバナンスモデルは、以下の3つから選択できるようになりました。
- 伝統的モデル(Sistema tradizionale): 経営を担う「取締役会(Consiglio di amministrazione)」と、それを監督する「法定監査役会(Collegio sindacale)」が明確に分離しているモデルです。日本の株式会社の一般的な機関設計に最も類似しています。
- 二元モデル(Sistema dualistico): ドイツ法を参考に導入されたもので、経営を担う「管理委員会(Consiglio di gestione)」と、それを監督する「監督委員会(Consiglio di sorveglianza)」に権限が分かれています。
- 一元モデル(Sistema monistico): 英米法を参考に、取締役会(Consiglio di amministrazione)の内部に監督機能を持つ「管理監督委員会(Comitato per il controllo sulla gestione)」を設置するモデルです。
これらのモデルのうち、どのモデルを採用するかは定款で定められます。次章以降で、各モデルの具体的な仕組みと日本法との違いを詳しく見ていきます。
日本法と最も類似するイタリアの「伝統的モデル」

機関設計の概要と日本との違い
伝統的モデルは、イタリア民法典第2380条の1以降に規定されており、現在も圧倒的に多くのイタリア企業で採用されている機関設計です。このモデルでは、日本の株式会社と同様に、株主総会が経営を担う取締役会と、監督・監査を担う法定監査役会をそれぞれ独立して選任します。
しかし、日本の会社法とこのモデルとの間には、監査機能のあり方について決定的な違いが存在します。日本の会社法では、監査役が取締役の職務執行に対する「業務監査」と「会計監査」の両方を担うことが一般的であるのに対し、イタリアの伝統的モデルでは、これらの機能が明確に分離され、異なる機関に委託されています。
業務監査と会計監査の分離
イタリアの伝統的モデルでは、業務監査は法定監査役会が担当します。その職務は、イタリア民法典第2403条に基づき、法令・定款の遵守、適正な企業運営、組織・会計体制の適切性の監視に及びます。法定監査役は、取締役会会議への出席権を持ち、意見を述べることができ、経営に関する情報を求める権限も有します。また、重大な不正を発見した際には、裁判所への告発も可能です。一方、会計監査は、法定監査役会ではなく、外部の独立した会計監査法人(revisore legale dei conti)に委託されます。
この業務監査と会計監査の分離は、日本の監査機能とは異なる思想に基づいていると言えます。日本の監査役が業務と会計の両面から包括的な監視を行おうとするのに対し、イタリアは、業務の適法性・適正性という「経営の質」の監視と、会計の正確性という「数字の信頼性」の監視は、それぞれ異なる高度な専門性を持つべきだという考え方から、両者を明確に分化させています。これにより、法定監査役は経営プロセスへの関与を通じて業務の適正性を確保し、会計監査法人は会計の専門家として独立した立場で財務の信頼性を保証するという役割分担が成立します。この根本的な違いを理解することは、日本企業がイタリア企業とビジネスを行う際、特に内部統制システムの評価やデューデリジェンスにおいて、日本とは異なる専門家との連携が不可欠であることを示しています。
ドイツ法に範をとるイタリアの「二元モデル」
機関設計の概要と日本との違い
二元モデルは、ドイツ法を参考に導入された、経営と監督の役割を二つの独立した委員会に分ける二層構造のモデルです。このモデルはイタリア民法典第2409条の8以降に規定されています。
このモデルには、経営を担う「管理委員会(Consiglio di gestione)」と、それを監督する「監督委員会(Consiglio di sorveglianza)」が存在します。管理委員会は企業の独占的な経営権を持ち、すべての業務執行を行います。この管理委員会のメンバーは、株主総会ではなく監督委員会によって指名・解任されます。
最も重要な日本法との相違点は、この監督委員会の権限の範囲にあります。監督委員会は、株主総会によって選任されますが、その権限は非常に強力で、年次報告書(bilancio di esercizio)や連結計算書類の承認も行います。これは、本来日本の会社法では株主総会に帰属する権限です。二元モデルでは、経営陣の選任・解任、そしてその成果の最終承認という重要な権限が、株主総会から監督委員会に委譲されることになります。
「監督」と「経営」の境界線の曖昧さ
監督委員会が管理委員会を指名するという構図は、一見すると監督機能が強化されているように見えますが、自らが任命した経営陣が不適切な行為を行った場合、監督委員会自身も責任を問われるリスクがあるという指摘があります。これは、監督委員会が単なる「監督者」であるだけでなく、実質的に「人事権を持つ経営者」の側面も持つことを意味します。この構造は、監督機関として機能する上での利害の対立となりかねず、ガバナンスの透明性や責任の所在に関する懸念を引き起こす可能性があります。特にM&Aやジョイントベンチャー設立を検討する際には、現地のガバナンス体制を深く理解する上で不可欠な要素と言えるでしょう。
英米法を参照したイタリアの「一元モデル」
機関設計の概要と日本との違い
一元モデルは、英米法を参照し、経営と監督を単一の機関である取締役会(Consiglio di amministrazione)の内部に統合するモデルです。イタリア民法典第2409条の17以降に規定されています。
このモデルでは、株主総会が選任した取締役会の内部に、「管理監督委員会(Comitato per il controllo sulla gestione)」が設置されます。この委員会は、法定監査役会を代替する機能を持つとされており、その主な職務は、会社の組織、内部統制、および管理・会計システムの適切性を監視することです。ただし、会計監査は引き続き外部の独立した監査法人が担当します。
日本法における監査役会が取締役会とは独立した機関であるのに対し、このモデルでは管理監督委員会が取締役会の一員として監督機能を果たします。この「監督機能の内在化」により、経営と監督間の情報共有がより円滑に行われ、迅速な意思決定が可能になる利点があります。このような効率性は、国際的な投資家にとっての魅力となり、上場企業の選択肢として考慮される背景の一つとなっています。
「迅速な意思決定」と「独立性」のトレードオフ
一元モデルの最大の利点は、迅速な経営判断が可能になる点であり、これはグローバルな競争環境において重要な要素です。しかし、監督機能が経営機関に「内包」される構造は、監督の独立性が損なわれるリスクも内包しています。このリスクを軽減するため、イタリア民法典第2409条の18では、管理監督委員会のメンバーは「独立した非業務執行取締役」でなければならないという厳格な要件を課しています。これは、迅速な意思決定を追求しつつも、ガバナンスの透明性と信頼性を維持しようとする意図の現れです。日本の「監査等委員会設置会社」にも、類似した考え方を見出すことができます。
イタリア株式会社における各モデルの選択状況と今後の展望

理論上は3つのガバナンスモデルが選択可能であるにもかかわらず、その実態は伝統的モデルが圧倒的に優位な状況が続いています。2018年時点のデータによると、イタリア国内の全S.p.A.のうち、伝統的モデルが99.03%を占め、二元モデルは0.65%、一元モデルは0.32%に過ぎません。上場企業に限定しても、伝統的モデルが89.2%を占めており、代替モデルの普及は限定的です。
代替モデルが普及しない背景には、複数の要因があります。文化的・歴史的背景として、多くのイタリア企業が伝統的なモデルに慣れ親しんでおり、新しいモデルへの文化的・心理的な抵抗感があることが挙げられます。また、代替モデルの法令が伝統的モデルの規定を頻繁に参照しており、全体として独立した体系になっていないため、法的解釈や運用が複雑になるという課題も指摘されています。一部の専門家は、イタリアの伝統的モデルが、日本と同様に外国投資家から見て複雑であり、投資意欲を阻害する要因となっていると指摘しています。
これらの状況は、2003年の会社法改革が、経営の柔軟性と国際競争力向上を掲げた「トップダウン」の試みであったものの、現実には、中小企業中心の国内経済構造、伝統的な家族経営文化、そして法的な複雑さが、「ボトムアップ」での変革を阻害していることを物語っています。この理論と現実のギャップは、イタリアにおける企業統治の「二重構造」を示しており、理論上は先進的な選択肢が存在する一方で、実務上は旧来の慣習が根強く支配していることを示唆しています。
まとめ
イタリアの株式会社ガバナンスモデルは、国際化の波に応じて多様な選択肢を提供していますが、その実態は伝統的な枠組みが中心です。特に、監査機能の役割分担、取締役選任や計算書類承認の権限の所在において、日本法とは根本的に異なる思想が存在します。これらの違いを正確に理解することは、イタリア市場への参入や現地企業との提携、M&Aを成功させる上で不可欠です。
日本法の監査役会設置会社との比較で、各モデルの主要な特徴を以下の表にまとめました。
日本法 | 伝統的モデル | 二元モデル | 一元モデル | |
---|---|---|---|---|
法令根拠条文 | 会社法 | イタリア民法典 第2380条 bis以降 | イタリア民法典 第2409条の8以降 | イタリア民法典 第2409条の17以降 |
経営機関 | 取締役/取締役会 | 取締役会 | 管理委員会 | 取締役会 |
監督・監査機関 | 監査役/監査役会 | 法定監査役会 | 監督委員会 | 管理監督委員会 |
機関の選任方法 | 株主総会が経営・監査機関を選任 | 株主総会が両方を選任 | 株主総会が監督委員会を選任し、監督委員会が管理委員会を選任 | 株主総会が取締役会を選任し、取締役会が管理監督委員会を選任 |
計算書類の承認権限 | 株主総会 | 株主総会 | 監督委員会 | 株主総会 |
業務監査の有無 | 有(限定も可) | 法定監査役会が担当 | 監督委員会が担当 | 管理監督委員会が担当 |
会計監査の担当 | 監査役または会計監査人 | 外部の独立した会計監査法人 | 外部の独立した会計監査法人 | 外部の独立した会計監査法人 |
このように、イタリアの企業統治は、見た目の類似性とは裏腹に、その機能と権限の配分において独自の複雑性を有しています。モノリス法律事務所では、こうした複雑な法的課題に対し、イタリア法に精通した専門家チームが、日本の皆様の円滑な事業展開をサポートします。現地法人の設立、ガバナンス体制の構築、契約交渉、デューデリジェンスなど、多岐にわたるご相談に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせください。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務