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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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タイ王国の会社法が定めるコーポレートガバナンス

タイ王国の会社法が定めるコーポレートガバナンス

タイへの事業進出を検討する日本企業にとって、現地の商慣習や法制度への深い理解は、ビジネス成功の鍵となります。特に、日本の会社法とタイのコーポレートガバナンスは、一見すると似ている部分もありますが、その根本には重要な違いが数多く存在します。

この記事では、タイ民商法典や公開会社法に定められたコーポレートガバナンスの枠組みを、日本の会社法との異同に焦点を当てながら、実務上の注意点を含めて解説します。株式制度の特異性から、最新の改正法による株主総会やオンライン取締役会の運用、さらにはタイ最高裁判所の重要な判例が示す法務上の教訓まで、タイでの事業を円滑に進めるためには、これらに関する知識が不可欠だと言えます。

なお、タイ王国の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

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タイの会社組織と株式制度の特長

タイの会社法制度の概要

タイの会社法は、日本のように単一の法律に集約されているわけではなく、複数の主要な法律にまたがる複雑な体系を形成しています。企業活動の基礎となる法律は、私的有限会社を規定する「民商法典(Civil and Commercial Code)」、公開会社を規制する「公開会社法(Public Limited Company Act)」、そして外国人による事業活動を制限する「外国人事業法(Foreign Business Act)」など多岐にわたります。

タイで最も一般的な会社形態である私的有限会社は、民商法典の第3編第22編にその設立と運営に関する規定が定められています。会社の設立には、発起人と呼ばれる設立者が最低3名必要であり、各自が1株以上を引き受けることが求められています。しかし、2023年に施行された改正法により、最低株主数は3名から2名に引き下げられました。この変更は、タイにおける企業設立の柔軟性を高めるものですが、外国企業が株式の過半数を保有する会社は、外国人事業法の規制対象となるため、事業の種類によっては外国人事業免許の取得が必要となる点も留意すべきでしょう。

額面株制度と払込資本金の規律

タイの会社法における株式制度は、日本の会社法とはいくつかの重要な点で異なります。最も顕著な違いは、日本の会社法がすべての株式を無額面株と定めているのに対し、タイの会社法では全ての株式が額面株であることが要求される点です。この額面は1株あたり最低5バーツと民商法典第1117条で規定されています。さらに、民商法典第1105条により、株式を額面を下回る価格で発行することは禁止されていますが、定款に定めがある場合は額面を超える価格での発行が認められます。

もう一つの重要な相違点は、払込資本金に関する規定です。タイでは、会社設立の登記時に、発行済株式総数の最低25%を払い込めばよいと定められています。日本の会社法では原則として全額の払込みが必要であるため、これはタイの会社設立時の初期費用負担を軽減する側面があります。未払込分の資本金については、取締役が株主に対していつでも支払いを催告できること(民商法典第1120条)が定められています。

株式分割と株式の流動性

タイの民商法典は、私的有限会社の株式分割を認めていません(民商法典第1118条)。これは、日本の会社法と大きく異なる点であり、株式の流動性確保や資本構成の変更を検討する際に、日本とは全く異なるアプローチが必要となることを意味します。日本では株式分割によって株価を下げ、個人投資家の取引を促進する戦略が一般的ですが、タイの非公開会社ではこの手法は法的に不可能です。 

この制約より、株式の流動性を高めるためには、株式の譲渡や増資、減資といった手続きが主な代替手段となります。また、優先株式の制度を活用し、外国人株主が議決権の過半数を確保しながら、外国人事業法(FBA)による規制を回避する手法も存在します。ただし、これらの手段は、株主間の権利調整や法的要件の遵守を慎重に行う必要があります。 

なお、公開会社の場合、証券取引所(SET)のウェブサイトに詳細な「株式分割(Stock Split)」や「額面併合(Reverse Stock Split)」の手続きが定められており、実際にこれらの手続きを行うことが可能です。

タイにおける株主総会と取締役会の運営

株主総会の定足数要件

タイの株主総会における議決権は、原則として1株につき1票と定められています(民商法典第1182条)。しかし、株主総会を合法的に開催し、事業に関する決議を行うためには、厳格な定足数(Quorum)の要件を満たす必要があります。 

2023年2月7日に施行された改正民商法典(B.E. 2566)により、この定足数に関する規定が変更されました。改正民商法典第1178条によると、株主総会では「少なくとも2名の株主(代理人含む)が出席し、かつ、その保有株式の合計が会社資本の4分の1以上であること」が求められています。

この改正は、一見すると会社設立時の最低株主数を3名から2名に引き下げることで、柔軟性を高めるための措置のように見えます。しかし、同時に株主総会の定足数に「最低2名」という要件が明文化されたことで、日本の企業がタイで合弁会社を設立する際に新たなリスクを生じさせる可能性があります。特に、株主がちょうど2名(例:50%対50%のジョイントベンチャー)である場合、一方の株主が株主総会への出席を拒否すると、定足数要件を満たすことができなくなり、総会を合法的に開催できなくなってしまいます。これにより、会社運営が完全に停滞する「デッドロック」状態に陥る可能性が高まります。このリスクを回避するためには、株主数を3名以上にする、あるいは信頼できる第三者を名義株主として加えるなどの戦略を事前に検討することが極めて重要となります。 

オンライン会議の法整備

タイでは、COVID-19パンデミックを契機に、取締役会および株主総会のオンライン開催が法的に認められるようになりました。この法的根拠は、2020年4月19日に発出された「電子システムによる会議開催にかかる勅令」(Royal Decree on Electronic Meetings B.E. 2563 (2020))にあります。さらに、2023年の民商法典改正では、取締役会についてもウェブ会議開催が可能であることが第1162/1条に明文化されました。

この法改正は、海外に居住する取締役や株主を持つ日本企業にとって、ガバナンス運営の柔軟性と効率性を飛躍的に高める重要な変化です。以前は、電子会議に物理的な出席(定足数の3分の1)が義務付けられており、実務上の制約となっていました。新勅令によりこの制限が撤廃され、海外からでも会議に参加できるようになりました。 

ただし、オンライン会議を有効に成立させるためには、法律上の要件を満たす必要があります。勅令およびデジタル社会経済省のセキュリティ基準に基づき、以下の点を厳格に遵守しなければなりません。

  • 会議開始前の参加者の本人確認
  • リアルタイムでの投票機能(公開投票・秘密投票の両方)
  • 会議の録音・録画
  • 議事録の書面作成と関連データの保存(電子トラフィックデータを含む)
  • 安定した双方向通信の確保

これらの要件を怠ると、後々会議の決議が無効とされるリスクがあるため、単にZoomやMicrosoft Teamsを利用するだけでなく、本人確認や投票記録の保存といった厳格なプロトコルを遵守しなければならないことを理解しておく必要があります。

タイにおける取締役の義務と責任

受託者義務(Fiduciary duties)の概念と法的根拠

タイの会社法は、取締役に対して「受託者義務」を課しています。これは、日本の会社法における忠実義務や善管注意義務に相当する概念であり、取締役が会社の最善の利益のために誠実に行動することを求めるものです。

受託者義務は、主に以下の3つの義務から構成されます。

  • 忠実義務(Duty of Loyalty): 会社の最善の利益のために行動し、利益相反を回避する義務です。株主総会の承諾なしに、会社の事業と同一または競合する事業を、自己または第三者のために営むことはできません。
  • 注意義務(Duty of Care): 慎重なビジネスマンが払うべき注意を払い、会社の経営において相当の注意を払う義務です。
  • 服従義務(Duty of Obedience): 法律、会社の目的、定款、株主総会および取締役会の決議を遵守する義務です。

取締役の民事・刑事責任

取締役がこれらの受託者義務に違反した場合、会社に対して損害賠償責任を負う可能性があります。民商法典第1169条によると、会社だけでなく、株主や債権者も、会社を代表して取締役に損害賠償を求める民事訴訟を提起することができます。また、横領、文書偽造、不正な情報開示など、特定の法律に規定された不正行為や不作為を行った場合、刑事罰の対象となる可能性もあります。

代表取締役の概念の有無

日本の会社法では「代表取締役」が会社を代表する権限を持つことが明確に定められています。一方、タイの会社法には、この「代表取締役」に厳密に対応する概念がありません。タイでは、取締役会がCEOなどの役職を設けて権限を委譲することが一般的であり、これらの役職者が委任状(Power of Attorney)に基づいて会社を代表して行動します。

この違いより、取引先が誰の署名をもって契約を締結すべきかを、定款や取締役会決議、委任状で確認する必要があります。

タイ最高裁の重要判例

タイの最高裁判所は、コーポレートガバナンスにおける私的契約の位置づけについて、非常に重要な判断を下しています。その代表的な事例が、最高裁判所判決第3402/2548号(Burapha Steel事件)です。

この判例は、あるマイノリティ株主が、新株発行時に取締役が51%以上の株式を維持することを保証する、あるいは合意違反時に損害を賠償するという内容の株主間契約を締結した事案です。最高裁は、民商法典第150条に定められた「公序良俗」に反するとして、この契約条項を無効と判断しました。この判決の核心は、私的な契約(株主間契約)は、公的な法律である会社法を凌駕することはできない、という原則を確立した点にあります。 

この判決は、タイに進出する日本企業にとって、極めて重要な教訓となります。日本では、株主間契約が合弁会社のガバナンスや株主の権利を定めるツールとして広く用いられています。しかし、タイではこの判例が示すように、私的契約はあくまで法的枠組みを補完するものであり、会社法の強制規定に違反する条項は無効となるリスクが非常に高いのです。したがって、ガバナンスの構造を構築するにあたっては、契約書に依存するのではなく、会社の定款(Articles of Association)やMemorandum of Associationといった公的な書類に、取締役の選任・解任や重要事項の特別決議要件などを適切に定めることが重要になります。特に、外国人事業法の制限を回避するために用いられる「ノミニー(名義株主)構造」や、裏で秘密の議決権行使合意を結ぶような慣行は、この判例に照らして、極めて高い法的リスクがあると言えます。 

タイにおける企業内容開示とその他の留意点

タイで事業を運営する会社には、複数の法令に基づく企業内容開示義務があります。主要なものとして、民商法典、会計法、商業登記局通達、歳入法などが挙げられます。

非公開会社の場合、決算日から4ヶ月以内に株主総会を開催し、公認会計士の監査を受けた財務諸表を承認する必要があります。総会での承認後、その監査済み財務諸表は総会終了から1ヶ月以内に商業登録局(DBD)に提出することが義務付けられています。

タイ商業省事業開発局(DBD)は、これらの会社登記情報を「DataWarehouse」というウェブサイトを通じて公開しています。このサイトでは、会社の法人情報、財務情報、株主情報(国籍別の保有比率を含む)などがオンラインで誰でもアクセス可能となっています。これは、取引先の財務状況や株主構成を事前に確認する上で非常に有用な情報源となります。同時に、自社の情報も高い透明性を持って公開されることを意味するため、意図せぬ情報漏洩のリスクやプライバシーに関する問題に常に注意を払う必要があります。 

まとめ

タイでの事業展開においては、日本の常識が通用しない場面が多々あります。特に、株式の額面制度や非公開会社における株式分割の禁止、株主総会の定足数に関する厳格な要件、そして私的契約が公法に劣後するという最高裁判所の判例は、日本企業が事前に理解しておくべき核心的なポイントです。

こうした複雑な法的枠組みを正しく理解し、適切なガバナンス体制を構築することは、タイでのビジネスを成功に導くための不可欠なステップと言えるでしょう。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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