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ロシア連邦の不動産関連の法制度

ロシアの不動産法は、主に連邦法で統一されており、民法典(Гражданский кодекс РФ)、土地法典(Земельный кодекс РФ)、都市計画法典(Градостроительный кодекс РФ)といった連邦制定法がその中核をなします。そして、不動産に関する規律は、日本の法体系と類似している部分と、商慣習やリスク管理の観点から決定的に異なる部分が混在しています。

本記事では、不動産の定義、土地と建物の権利関係、登記制度の仕組み、売買取引における法的要件、そして外国人・外国法人が直面する特有の土地所有制限について、具体的な法令を根拠に開設します。

なお、ロシア連邦の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。

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ロシア不動産法の基本構造

ロシア民法典第130条では、不動産(недвижимое имущество)は「土地および、それに堅固に結合しているもの」と定義されています。具体的には、土地区画、建物、構造物、そして未完成の建設物がこれに含まれます。この定義は、日本の不動産概念とほぼ同様であると言えるでしょう。土地に関する詳細な規定は、ロシア連邦土地法典(Земельный кодекс РФ)が中心的な役割を果たしており、土地の所有権や利用権に関する多岐にわたるルールが定められています。

また、日本と同様に、ロシア法では土地と建物はそれぞれ独立した不動産として扱われ、別個の所有者が存在することが認められています。この考え方は、建物を土地に付随するものと見なす欧米の多くの国とは異なり、日本企業にとって馴染みやすい考え方であると言えるでしょう。

しかし、両国の法実務には重要な違いが存在します。ロシア法は、土地と建物が独立した不動産であるとしながらも、同一人物が土地と建物両方の権利を保有するよう促す「随伴性の原則」を志向しており、建物の所有権は原則として、その建物が建つ土地の権利とともに移転されなければならないとされています。

ロシアの不動産登記制度

ロシアにおける不動産物権の権利は、統一国家不動産登録簿(ЕГРН)に登録されることで、その発生、移転、および終了が認められる「権利登記方式」に分類されています。この登録簿は、連邦国家登録・地籍・地図作成庁(Rosreestr)という政府機関によって管理されており、不動産に関する信頼できる唯一の情報源として機能しています。

この点は、日本の登記制度が「契約登記方式」に分類されることと異なります。日本法では、不動産物権の変動は当事者間の合意(契約)のみで効力が発生し、登記はあくまで「第三者対抗要件」としての役割を担います。つまり、登記がなくても物権は変動します。これに対し、ロシアの「権利登記方式」では、統一国家不動産登録簿への登記が完了して初めて、物権変動の効力が発生するという重要な違いがあります。

この差異は、実務上のリスク管理において重要な影響を及ぼします。日本法では、売買契約締結から登記完了までの間に、売主が第三者へ二重に売買を行うリスクが存在し、先に登記を終えた第三者が権利を主張できるというリスク構造になっています。一方、ロシア法では、登記が完了しない限り物権変動自体が無効であるため、二重売買の法的リスクの性質が異なります。売買契約はあくまで登記のための前提条件に過ぎず、所有権は登記をもって確定するからです。

ロシアにおける不動産売買取引

不動産売買取引

ロシア法では、不動産の売買には書面による契約(売買契約書)の作成が必須です。この要件を満たさない契約は無効とされます。公証は原則として必須ではありませんが、夫婦共有財産の持分売却や、未成年者・後見人が関与する取引では公証が義務付けられています。

夫婦共有財産の処分に関しては、ロシア民法典第256条および家族法典第35条によって、婚姻中に取得した不動産は、夫婦間の婚姻契約で異なる定めがない限り、夫婦の共同所有財産となることが明記されています。このような財産を売却する際には、他の配偶者の公証された同意が法律上必要とされます。

この配偶者の公証同意の要件は、大きなリスクとなり得ます。

まず、配偶者の同意がない場合でも、登記機関への同意書の提出が必須ではないため、登記が完了する可能性もゼロではありません。そして、たとえ登記が完了したとしても、同意しなかった配偶者は、その取引を知った時から1年以内に異議を申し立てる権利を有します。さらに、近年のロシアの裁判所の判例は、たとえ買主が善意で、配偶者の同意がないことを知らなかったとしても、取引が無効とされる可能性があると述べています。

以上より、配偶者のいる者から不動産を購入した者は、当該配偶者がその取引に合意していなかった場合、たとえ登記を行っていても、また、一定の時間が経過した後であっても、その取引が無効とされるリスクを抱えることになります。ロシア法と裁判所実務は、同意なく不動産を売却されてしまった配偶者を強く保護する設計となっていると言え、日本の民法が定める「善意の第三者保護」の考え方とは質が異なります。

また、実務上の問題として、現状、個人が既婚者であるかどうかを確定的に知ることは難しいとされており、不動産取引のデューデリジェンスにおける重大な盲点となります。このリスクを回避するためには、売主の婚姻関係を徹底的に調査し、既婚者であることが判明した場合は、必ず公証された配偶者同意書の原本を確認することが必須となります。

ロシアにおける外国人・外国法人の土地所有権の制限

外国人・外国法人の土地所有権の制限

ロシア連邦土地法典は、外国人、無国籍者、および外国法人が特定の土地を所有することを制限しています。この制限は、国境地帯、海港内の土地、農地など、国家安全保障や食糧安全保障に関わる領域に適用されます。特に農地に関しては、外国人が株式の50%超を所有するロシア法人も含め、所有が認められず、賃借のみが可能とされています。一方で、居住用不動産(建物)の購入に関しては、外国人であっても制限なく行うことができるとされています。

実務上、ロシアの商業用不動産の約90%は公有地であり、民間が土地を所有する代わりに、長期の賃借契約を締結することが一般的です。これは、特にモスクワやサンクトペテルブルクのような主要都市圏で顕著です。

過去には、税務上の利点からオフショア企業を通じてロシア不動産を所有するケースが多く見られましたが、税制の変更によりその魅力は薄れました。現在では、ロシア有限責任会社(LLC)を設立し、その名義で不動産を所有するストラクチャーが一般的です。このストラクチャーは、詐欺リスクや国家からの圧力に対する一定の保護を得る狙いがあると言われています。しかし、LLCを通じた所有は、ロシア国内での係争リスクや、国際的な制裁といったリスクにも晒される可能性があります。外国人・外国法人にとって最適な不動産所有の法的ストラクチャーは、事業目的とリスク許容度によって異なるため、これらのリスクを総合的に評価することが不可欠です。

まとめ

本記事で解説した通り、ロシアの不動産法は、土地と建物の独立所有や権利登記方式など、日本と類似する点がある一方で、配偶者の公証同意や外国人に対する土地所有制限など、重要な相違点が多数存在します。これらの違いを軽視し、日本の法務実務の常識で取引を進めると、契約の無効や予期せぬ法的係争に巻き込まれるなど、大きなリスクに直面する可能性があります。特に、取引の有効性が確定するタイミング、そして配偶者同意の欠如が取引に与える影響は、日本の投資家が最も注意すべき点です。

関連取扱分野:国際法務・ロシア連邦

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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