フィンランドのNasdaq ヘルシンキとその上場基準を弁護士が解説

フィンランド(正式名称、フィンランド共和国)のNasdaq ヘルシンキは、欧州連合(EU)の法制度と密接に連携しながら発展しており、その法的枠組みや上場基準は、日本企業が慣れ親しんだ日本の金融商品取引法(以下「金商法」)とは異なる側面を多く持ちます。
本記事では、Nasdaq ヘルシンキの概要、歴史、法的枠組み、そして上場基準を、日本の金商法との重要な違いも踏まえながら解説します。
この記事の目次
フィンランドNasdaq ヘルシンキの概要と歴史的背景
証券取引所としてのNasdaq ヘルシンキ
Nasdaq ヘルシンキは、フィンランドにおける主要な証券取引所であり、株式やその他の金融商品の取引を主催する「規制市場(regulated market)」として機能しています。この市場は、企業の時価総額に応じて、「ラージキャップ(Large Cap)」、「ミッドキャップ(Mid Cap)」、「スモールキャップ(Small Cap)」という三つの主要なセグメントに分類されている点が特徴です。具体的には、時価総額が10億ユーロ以上の企業はラージキャップ、1億5000万ユーロ未満の企業はスモールキャップにそれぞれ区分され、それらの中間に位置する企業がミッドキャップに分類されます。
米国NASDAQとの関係性
Nasdaq ヘルシンキは、もともと独立したヘルシンキ証券取引所(HEX plc)として運営されていましたが、2003年にスウェーデンのOM ABと合併してOMXとなりました。その後、2008年に米国のNASDAQ, Inc.による買収が完了し、NASDAQ OMXグループ(現在のNasdaq, Inc.)の一部となりました。この歴史的経緯から、Nasdaq ヘルシンキは、米国のNASDAQと同一の親会社の傘下にあることになります。
市場規模と流動性
米国NASDAQが世界有数の巨大市場であることは広く知られています。2024年11月時点で、米国NASDAQに上場する企業の時価総額は30.13兆ドルに達しています。これに対し、Nasdaq NordicおよびBaltic市場全体の時価総額は、2023年末時点で約1.9兆ユーロ(約2.1兆ドル)に留まります。この規模の差は、単なる数値の違いではなく、市場の流動性、投資家層の厚み、そしてグローバルな知名度の違いに繋がります。
北欧・バルト市場における位置づけ
Nasdaq ヘルシンキは、デンマークのコペンハーゲン、スウェーデンのストックホルム、アイスランドの各市場と統合された「Nasdaq Nordic」の一部です。この地域統合戦略は、各市場の流動性を高め、国際的な投資家にとっての魅力を向上させることを目的としています。Nasdaq Nordicは、共通の上場ルールブック(共通ルールと各国特有のサプリメント)に基づいて運営されており、この点は日本企業が特に注目すべき点です。フィンランドに上場するということは、自動的に北欧地域全体の広範な投資家層にアクセスできることを意味します。この「ワンストップ」での地域市場へのアクセスは、大きな実務上のメリットとなるでしょう。
フィンランドにおける証券市場の法的枠組み
主要な法令である金融商品取引法
フィンランドの証券市場は、主にAct on Trading in Financial Instruments (1070/2017) に基づいて規制されています。この法律は、EUの指令や規則に準拠して制定されたものであり、金融商品取引に関する公平かつ秩序ある取引を確保することを目的としています。
フィンランド金融監督庁(FIN-FSA)の権限と役割
フィンランドの金融市場は、Finanssivalvonta(フィンランド金融監督庁、略称FIN-FSA)によって監督されています。FIN-FSAは、市場参加者に対する認可の付与、規則の確認、監督業務、そして市場の健全な発展の促進など、広範な権限を有しています。
FIN-FSAは、法令違反があった市場参加者に対して行政罰金(administrative fine)を科す権限も持ちます。FIN-FSAの決定は、ヘルシンキ行政裁判所での司法審査の対象となることがあります。この司法審査の仕組みは、規制当局の権限行使に対するチェック機能として機能しています。
EU法との統合と影響
Nasdaq ヘルシンキのルールは、EUの指令や規則、特に市場濫用規制(MAR)、金融商品市場指令(MiFID II)、透明性指令(Transparency Directive)、そして企業買収指令(Takeover Directive)に準拠して策定されています。
フィンランドの法律は、EU域内での単一市場の創設という目的のもと、EUの広範な法制度に統合されています。従って、例えば、後述するインサイダー取引規制における情報概念の解釈は、EU法の考え方によって大きく左右されます。フィンランド市場に進出する際には、国内法だけでなく、その背景にあるEU法の考え方を理解することが不可欠です。
フィンランドNasdaq ヘルシンキ上場基準の詳細

メインマーケットとFirst North成長市場
Nasdaq ヘルシンキへの上場を目指す企業にとって、主な市場は二つあります。一つは「メインマーケット」、もう一つはより小規模な成長企業向けの「First North成長市場」です。メインマーケットは、高い報告・透明性・説明責任基準を遵守できる企業を対象としており、First North市場よりも厳格な要件が課されます。First North成長市場は、メインマーケットへのステップアップを視野に入れる企業にとって特に適した市場と位置づけられています。
上場プロセスにおける法的義務
フィンランドのSecurities Markets Act に基づき、有価証券の公募や規制市場への上場申請を行う企業は、フィンランド金融監督庁(FIN-FSA)の承認を受けた目論見書(prospectus)を公表しなければなりません。
この義務にはいくつかの免除規定が存在します。例えば、EEA(欧州経済領域)内で適格機関投資家のみを対象とする場合や、150人未満の者に対する公募の場合、あるいは単位当たりの額面が10万ユーロ以上の場合などです。この免除規定は、EUの統一的なルールに基づいて運用されており、日本の私募制度に相当する制度も、EUの枠組みの中で位置づけられています。
日本の有価証券届出書制度との異同
日本の金商法における有価証券届出書制度は、公募・売出しの規模(例えば、50名以上の者を相手方とする場合や、売出価額の総額が1億円以上の場合など)に応じて義務が課されます。これに対し、フィンランドでは、原則として「公募」または「規制市場への上場」が目論見書義務のトリガーとなります。
さらに、上場準備における重要な実務的差異として、会計基準があります。日本の金商法では、通常、日本の会計基準(J-GAAP)に基づいた財務報告書が要求されますが、Nasdaq ヘルシンキのメインマーケットに上場する企業は、IFRS(国際財務報告基準)の適用が義務付けられています。この会計基準の違いは、上場準備において財務報告体制の再構築を必要とし、日本企業にとって大きな実務的負担となりうるため、特に注意すべき点と言えるでしょう。
定性的・定量的な上場要件
Nasdaq ヘルシンキのメインマーケットへの上場要件は、Nasdaq Nordic全体で統一されたルールブックに基づいており、具体的な財務要件(利益、時価総額、株主数など)は、Nasdaqの公式ルールブックのサプリメントに記載されています。
また、定性的な要件として、企業統治(コーポレート・ガバナンス)に関する高い基準が求められます。これは、米国NASDAQの各市場階層で共通しているように、投資家保護と市場の信頼性を確保するための重要な要素です。
フィンランドと日本の金商法との比較と実務上の留意点
継続開示制度の異同
日本の金商法では、有価証券報告書(年次報告書)や四半期報告書(2023年11月改正により第1・第3四半期は取引所規則に一本化)などの提出が義務付けられています。この法改正は、企業報告の負担を軽減し、柔軟性を高めることを目的としています。
一方、Nasdaq ヘルシンキ上場企業は、法律および取引所規則に基づき、年次決算報告書、半期報告書、および決算速報(financial statements release)を公表する義務があります。これは、EUの透明性指令(Transparency Directive)に準拠したものであり、情報開示の一貫性と厳格性を維持しています。
インサイダー取引規制の異同と判例分析
フィンランドのインサイダー取引規制は、EUの市場濫用規制(MAR)に基づいています。MARでは、インサイダー情報は「重要性」と「正確性」という二つの要件を満たすものと定義されています。
これに関連して、フィンランド最高裁判所は、2018年4月26日の判決(事件番号KKO 2018:35)において、CEOが潜在的な新規大型受注に関する不確実な情報を元に自社株を購入した行為を、加重インサイダー取引として有罪としました。この判決は、インサイダー情報の「正確性」のハードルを比較的低く設定した点で重要です。裁判所は、「不確実な計画であっても、その交渉が成功する合理的な期待がある」場合、それは「正確な性質の情報」であると判断しました。役職にある者がその地位ゆえに知り得る知識に基づいて個人的に取引を行うことについて、厳しい判断が行われていると言えます。
フィンランドNasdaq ヘルシンキ上場企業の傾向
Nasdaq ヘルシンキには、世界的に知られる大手企業が多数上場しています。代表的な事例をいくつか挙げると、通信大手「Elisa」、かつての携帯電話巨人「Nokia」、ソフトウェア開発の「Tietoevry」や「Qt Group」といったテクノロジー関連企業 、エレベーター・エスカレーターの世界的メーカー「Kone」、重機大手の「Konecranes」、製紙大手の「Stora Enso」や「Metsä Board」、計測機器の「Vaisala」といった高い技術力を持つ製造業・工業関連企業 、そして世界的サウナブランド「Harvia」、デザインブランド「Marimekko」、生活用品メーカー「Fiskars」など、フィンランドのライフスタイルを象徴する企業が含まれます。
Nasdaq ヘルシンキは、テクノロジー、製造業、林業、金融といった、フィンランド経済の主要な柱を形成する企業が中心をなしていることが分かります。
まとめ
本記事で解説してきたように、フィンランド共和国のNasdaq ヘルシンキ市場は、EU法に準拠した厳格な規制と高い透明性を有する一方で、日本の法制度とは異なる独自の運用が存在します。特に、インサイダー取引における「正確性」の概念や、継続開示の義務付けといった点は、日本の法務部員や経営者が特に注意すべき実務上の差異と言えるでしょう。フィンランド市場への進出にあたっては、こうした法制度の違いを正確に把握し、戦略に組み込むことが不可欠だと言えます。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務