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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ルクセンブルク大公国における金融機関のライセンスと監督に関する法制度

ルクセンブルク大公国における金融機関のライセンスと監督に関する法制度

国際金融センターとして世界的に確固たる地位を築いているルクセンブルク大公国は、多様な投資ファンドや金融サービスが集積する欧州の玄関口として、多くの日本企業から注目を集めています。その堅固な地位を支えているのは、単に地理的な優位性や税制上の魅力だけではありません。金融セクターの健全性と安定性を確保するために、強固かつ透明性の高い法制度が整備されていることが、ルクセンブルクの最大の特徴と言えるでしょう。

本稿は、ルクセンブルクでのビジネス展開を検討されている日本の経営者や法務部員の皆様に向けて、その中核をなす「金融セクターの専門家」(Professional of the Financial Sector: PSF)のライセンスと監督に関わる法制度について、日本の法制度との違いにも触れながら詳細に解説します。

PSFライセンス制度の概要と監督機関CSSF

ルクセンブルク金融セクター法の位置づけとPSFライセンス

ルクセンブルクにおいて、金融サービスを正規の事業として提供しようとする企業は、1993年4月5日付の金融セクター法(Law of 5 April 1993 on the financial sector)に基づき、ライセンスを取得する必要があります。この法律は、金融セクターへの参入、その健全な監督、そして再編や解散に至るまでの包括的な枠組みを定めている、ルクセンブルクの金融活動を規律する基本法です。

この法律の下でライセンスを受けた事業体は、「金融セクターの専門家」(Professional of the Financial Sector: PSF)という総称(generic label)で呼ばれます。この「PSF」という呼称は、日本の金融商品取引業における「第一種」「第二種」といった明確な業態分類とは異なり、投資会社、専門的サービス提供者、そしてITサービスプロバイダーのようなサポート業務まで、様々な活動を幅広く包含するラベルです。

監督機関CSSFの役割と権限

ルクセンブルクの金融セクターの監督を担う主要な公的機関は、金融セクター監督委員会(Commission de Surveillance du Secteur Financier: CSSF)です。CSSFは、PSFを含む金融セクター全体の安全と健全性を確保することを唯一の公共の利益とする使命を帯びています。その役割は多岐にわたり、認可を受けた事業体が適用される規制、特に金融消費者の保護やマネーロンダリング・テロ資金供与防止(AML/CFT)の規制を遵守しているかを監視します。

CSSFは、その監督任務を遂行するために、非常に強力な権限を有しています。これには、いかなる文書へのアクセス権やコピーの要求、現場での調査権限、電話や電子通信記録の要求、法令違反行為の停止命令などが含まれます。さらに、CSSFは、多額の行政処分を課す権限も持ち、その上限は対象企業の年間純売上高の10%に達する場合や、最大500万ユーロにも及びます。これらの行政処分は、その内容の重大性に応じて公表されることがあり、業界全体への強い警告として機能しています。

ルクセンブルクにおけるライセンス取得の要件と日本法との決定的な相違点

ルクセンブルクにおけるライセンス取得の要件と日本法との決定的な相違点

ルクセンブルクでPSFライセンスを取得するためには、財務省への申請が必要であり、CSSFの助言を経て承認が与えられます。この申請手続きは、事業内容や組織体制、経営陣、主要株主の適格性など、多岐にわたる厳格な要件をクリアする必要があります。

実体要件(Substance)と物理的基盤の確立

PSFライセンス取得の重要な要件の一つに、ルクセンブルクにおける「実体要件」(Substance)を満たすことがあります。これは、単に書面上の登記簿を置くだけでは不十分であり、ルクセンブルクに「中央管理地」と「登記上の事務所」を設けることを意味します。

ここでの「中央管理地」とは、会社が実際に経営・管理されている場所を指し、戦略的な意思決定がなされる場所や、取締役会・株主総会が開催される場所などが考慮されます。また、PSFは、独自の執行担当者、運用システム、取引関連文書、そして経理やIT、内部統制などのサポート機能を備えた適切なインフラを登記上の事務所に置く必要があります。これは、事業がルクセンブルクから実際に運営されていることを示す、非常に実質的な要求と言えます。

申請ファイルには、事業計画、IT設定の詳細な説明、AML手続きの草案、および会社設立関連文書の準備が含まれます。IT設定については、IT組織図、スタッフ数、IT戦略(内製かアウトソーシングか)、アウトソーシング先に関する情報(所在地や監督当局の監督下にあるかなど)、システムの冗長性やネットワーク通信プロトコル、リモートアクセスの有無とその目的などを詳細に記述することが求められます。

PSFのカテゴリーに応じて、最低資本金も厳格に定められています。例えば、クライアントの資金や証券を保有しない投資会社は75,000ユーロ、保有する場合は150,000ユーロが必要とされます。専門的PSF(Specialised PFS)は50,000ユーロから最大730,000ユーロ、サポートPSF(Support PFS)は50,000ユーロから125,000ユーロの範囲で資本要件が設定されています。これらの資本は、事業体自身の利益のために投資され、常に利用可能でなければならず、株主の投資目的や株主への貸付に用いることは原則として認められていません

経営陣と株主の適格性(Fit & Proper)

ライセンス取得にあたっては、申請を主導する責任者だけでなく、経営陣や主要株主の適格性が厳しく審査されます。主要株主の適格性は、評判、経験、財務の健全性、そしてマネーロンダリングリスクの観点から評価されます。特に議決権の10%以上を保有する主要株主については、犯罪経歴証明書や直近3年間の監査済み決算書、さらには宣誓書などの提出が求められます。

日々の経営を担う経営陣については、さらに詳細な要件が課されます。

経営者の人数要件と居住要件:二名体制の原則

ルクセンブルクの金融セクター法では、日々の経営を「評判と経験」を有し、「ほぼ同等の権限を持つ少なくとも2名の自然人」に委ねる、いわゆる「二名体制の経営者(two-man management principle)」が原則とされています。この体制は、経営陣内部における相互監視と共同意思決定を可能にすることを目的としています。

また、これら2名の経営者は、ルクセンブルクまたはグラン・レジオン(国境に接する近隣地域)に居住している必要があります。これは、監督機関であるCSSFが、緊急時にいつでも経営者に連絡が取れる体制を確保するためです。ただし、この居住要件については、ライセンス発行後の最初の6ヶ月間は、一方の経営者について免除が認められる場合があります。

適格性の審査実務と拒絶事例

CSSFは、経営陣や主要株主の適格性を審査するにあたり、犯罪経歴証明書の提出を義務付けているほか、過去の刑事、民事、または行政訴訟の有無についても詳細な報告を求めています。また、申請者やその関連企業と、申請対象となる金融機関やその競合、顧客との間に実質的な利害関係がないかどうかも確認されます。

ライセンス申請プロセスは非常に厳格であり、CSSFは申請書類の「実体と内容」の両方に基づいて評価を行います。申請書類が不完全であったり、要件を満たしていないと判断された場合、ライセンスは拒否される可能性があります。実際に、過去には、CSSFが特定の企業(ARM Asset Backed Securities S.A.など)へのライセンス付与を拒否した事例も公表されています。

申請プロセスには時間的制約も存在します。完全な申請書類がCSSFに受理されてから、6ヶ月以内に決定が通知されることが求められます。また、CSSFは申請ファイルが不完全である場合、追加の情報提供を求めますが、この期間を含め、申請の受領から最長で12ヶ月以内に決定がなされなければならず、この期間内に決定が通知されない場合、申請は拒否されたとみなされます。このため、申請者は、正式な申請の前にCSSFとの予備的な協議を推奨されており、これにより円滑なプロセス進行を図ることができます。

日本法との比較

日本の金融商品取引業者を例に挙げると、代表者は原則として日本に居住することが求められますが、実務上は、一部の業務形態において海外居住の非常勤役員を配置するケースも認められています。

一方、ルクセンブルクの制度は、日々の経営を担う主要な意思決定者が、物理的に監督当局の管轄下に存在し、迅速な監督に応じられる体制を厳格に求めています。これは、単なる書面上の要件ではなく、経営の監督機能の実効性を確保するための重要な原則であり、日本の金融機関がルクセンブルクへ進出する際に、ガバナンス体制を構築する上で最も深く考慮すべき相違点と言えます。

ルクセンブルク(PSF)日本(金融商品取引業者)
監督機関CSSF、ECB(信用機関の場合)金融庁
主要根拠法1993年金融セクター法金融商品取引法、銀行法など
ライセンスの総称PSF(金融セクターの専門家)金融商品取引業者等
経営陣の人数要件日々の経営を担うのは、ほぼ同等の権限を持つ 「少なくとも2名」の自然人原則として代表者を含む複数名
経営陣の居住要件2名ともルクセンブルクまたは グラン・レジオン居住が原則 (1名のみ6ヶ月間の免除可)代表者は日本居住が原則
主要株主の審査基準議決権の10%以上を保有する株主を 「評判、経験、財務の健全性」等で審査議決権の20%以上を保有する株主は 金融庁長官の認可が必要
監督実務の特徴AML/CFT違反事例を 具体的な内容とともに詳細に公表処分内容は比較的抽象的な傾向がある

厳格化するルクセンブルクのAML/CFT規制と監督実務の深化

厳格化するルクセンブルクのAML/CFT規制と監督実務の深化

ルクセンブルクの金融セクターは、マネーロンダリングおよびテロ資金供与対策(AML/CFT)の枠組みを継続的に強化しています。CSSFは、この分野の監督を担う主要機関として、違反が認められた企業に対して、その規模の大小を問わず多額の行政処分を課しています。

CSSFが公開する行政処分文書は、単なる罰則の告知に留まりません。それは、金融機関が特に注意すべきコンプライアンス上の失敗を具体的に示す、実務上のガイドラインとしての役割も果たしていると分析できます。

例えば、CSSFが2024年にSogexia S.A.に対して課した行政処分は、顧客デューデリジェンスにおける資金源情報の不足や、実質的支配者の確認不備をその理由として挙げています。また、INTERNATIONAL CORPORATE ACTIVITIES S.A.への処分では、オフショア法人からの資金の出所が不明瞭であるにもかかわらず、その確認を怠ったことが明確に指摘されています。これらの事例は、CSSFが抽象的な「法令遵守」だけでなく、具体的な業務プロセスにおいて、資金源の確認や取引モニタリングを徹底的に行うことを求めていることを示しています。

また、J.P. Morgan SEのルクセンブルク支店が受けた戒告処分では、制裁リスト(EU Regulation No 269/2014)への継続的なスクリーニングを怠ったことや、内部統制システムの重大な欠陥が、違反の主たる理由として挙げられています。さらに、疑わしい活動や取引を金融情報ユニット(FIU)へ報告すべき義務があったにもかかわらず、その報告が遅延したことが、複数の処分事例で共通して指摘されています。

Sogexia S.A.J.P. Morgan SE, Luxembourg BranchINTERNATIONAL CORPORATE ACTIVITIES S.A.
処分日2024年2月22日2024年10月14日2024年11月28日
処分内容行政処分(罰金68,000ユーロ)行政処分(戒告)行政処分(罰金27,000ユーロ)
主な違反の概要・顧客デューデリジェンスの不備(資金源確認の不足)
・実質的支配者の確認不備
・非効率な取引モニタリング
・疑わしい取引のFIUへの報告怠慢
・制裁リストへの継続的なスクリーニング不足
・制裁措置の実施および報告の遅延
・内部統制システムの重大な欠陥
・顧客デューデリジェンスの不備(資金源と資産の出所確認不足)
・疑わしい取引のFIUへの報告遅延
・終結した取引関係のFIUへの報告遅延
関連法規AML/CFT法 CSSF Regulation 12-022020年12月19日法 AML/CFT法AML/CFT法

これらの事例から言えることは、ルクセンブルクの監督当局が、形式的なAML/CFTポリシーの存在だけでなく、それが日々の業務にどのように組み込まれ、機能しているかを厳しく監視しているということです。日本の金融庁の処分公表が比較的抽象的である傾向と比較すると、ルクセンブルクのCSSFが具体的な違反内容まで詳細に公表する監督実務は、より予防的な機能を有しており、業界全体への強い警鐘として作用しています。したがって、ルクセンブルクでの事業展開を計画する際には、単に法令を遵守するだけでなく、その背後にある監督実務の厳格さと具体的な要求事項を深く理解し、詳細な内部管理体制を構築することが競争優位性につながります。

ルクセンブルクDORA(Digital Operational Resilience Act)の導入とITリスク管理の変革

ルクセンブルクを含むEU域内での金融サービス提供を検討する上で、2025年1月17日より適用が開始されるDORA(Digital Operational Resilience Act)は、ITリスク管理に大きな変革をもたらす重要な規則です。DORAは、EU指令(Directive)と異なり、各加盟国の国内法への転換を要せず、金融機関に直接適用される「規則(Regulation)」である点が特筆されます。これは、EU全体で一貫したデジタル・オペレーショナル・レジリエンスの枠組みを導入し、ICT関連インシデントが金融システムの安定性に与えるリスクを軽減することを目的としています。

DORAは、以下に示す5つの主要な柱に基づき、金融機関に一連の義務を課しています。

  • ICTリスク管理の枠組みの実装:強固な内部ガバナンスとICTビジネス継続性方針の策定を含む。
  • 主要なICT関連インシデントの報告:国家の管轄当局(ルクセンブルクではCSSF)への報告。
  • デジタル・オペレーショナル・レジリエンス試験の実施:一部の機関には、脅威主導型ペネトレーションテスト(TLPT)を含む高度なテストが求められる。
  • ICTサードパーティリスクの管理:アウトソーシング先を含むリスク評価と、新たな契約要件の適用。
  • 情報・インテリジェンスの自発的な共有体制:サイバー脅威や脆弱性に関する情報の共有を奨励。

特に、ルクセンブルクで事業を行う金融機関にとって重要なのは、インシデント報告に関する実務要件の変更です。DORAの適用に伴い、ICT関連の既存のCSSF通達(Circulars CSSF 20/750、22/806など)とDORAの規定が重複する部分については、DORAの規定が優先されることになります。

報告義務を果たすためには、金融機関は法務実体識別子(Legal Entity Identifier: LEI)コードを保持し、「IT incident notifier」という特定の役割を任命し、CSSFに通知する必要があります。2025年1月17日以降、CSSFはeDeskポータル上にDORA専用の新しい報告手続きを開設し、これにより、これまでの複数の報告チャネルが一つに集約されることになります。これは、金融機関がITインシデント報告を、より高度で統一された基準で行うことが求められることを意味します。

日本の金融庁もIT・システムリスク管理を重視していますが、DORAは、インシデント報告のフォーマットや、そのための具体的な役割をEU全体にわたって統一的に要求している点で、その厳格性と共通性は際立っています。

まとめ

ルクセンブルク大公国における金融サービスのライセンスと監督制度は、単にビジネスを誘致するための形式的な枠組みではありません。それは、金融セクターの長期的な健全性と安定性を確保するために、堅牢かつ実質的な要件を課す、極めて成熟した法制度です。特に、日本の企業が事業展開を検討する上で留意すべき点は多岐にわたります。

経営陣に課される厳格な二名体制と居住要件は、日本での慣行とは異なる、物理的な監督の実効性を重視したルクセンブルク特有の要件です。また、CSSFが公開する行政処分事例は、単なる罰則の告知ではなく、具体的な違反内容と対応策を業界全体に示す実践的なガイドブックとして機能しています。さらに、DORAのようなEU共通の規則の適用は、ITリスク管理やインシデント報告を、ルクセンブルクのローカルな枠組みを超えて、より高度なグローバルスタンダードへと引き上げています。

こうした複雑で多岐にわたる法制度に適切に対応し、円滑にライセンスを取得するためには、現地の規制当局の運用実態と、日本企業の商習慣を深く理解した専門的なアドバイスが不可欠です。当事務所は、ルクセンブルクの金融法務に精通した専門家チームを擁しており、ライセンス申請の準備から、ガバナンス体制の構築、継続的なコンプライアンス助言に至るまで、包括的なサポートを提供することで、日本の事業者の皆様のルクセンブルク進出を力強く支援いたします。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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