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キプロスの会社法が定める会社形態と会社設立

キプロスの会社法が定める会社形態と会社設立

欧州連合(EU)加盟国であり、地理的にもヨーロッパ、中東、アフリカの交差点に位置するキプロスは、その安定した法制度と有利な税制により、多くの日本企業にとって魅力的な事業拠点となっています。本記事では、キプロスへの進出を検討されている日本の経営者および法務担当者の方々を対象に、同国の会社法制の根幹をなす英国コモンローの影響から、具体的な会社設立手続き、そして日本の会社法には存在しない「会社秘書役」という特有の制度までを解説します。 

キプロスの会社法は、主に「会社法(The Companies Law, Cap. 113)」(以下、「会社法」)によって規定されています。この法律は、英国の1948年会社法を基礎としており、会社の設立、運営、管理、清算に関する包括的な枠組みを提供しています。キプロスで最も一般的に利用される会社形態は「私的有限責任会社(Private Company Limited by Shares)」であり、その設立手続きは現地の弁護士の関与が必須とされるなど、厳格な法的要件が定められています。また、日本の企業統治の実務には直接的な類似制度が存在しない「会社秘書役(Company Secretary)」の役割と責任については注意が必要です。

本稿では、キプロスにおける会社形態と設立手続きについて、日本の会社法との比較を交えながら多角的に解説します。

キプロス会社法の体系

キプロスの会社法を理解する上で、まずその法制度の根幹にある歴史的背景と法的性質を把握することが極めて重要です。キプロスの会社法制は、日本の法制度が依拠する大陸法(シビルロー)体系とは異なり、英国のコモンロー(判例法)の伝統を色濃く受け継いでいます。この違いは、法律の解釈や適用の仕方に根本的な影響を与え、現地での事業運営における法的リスクの評価やコンプライアンス体制の構築において考慮すべき本質的な要素となります。 

キプロスの会社法制の中核をなす法律は「会社法(The Companies Law, Cap. 113)」です。この法律は、キプロスが英国の植民地であった時代に制定されたもので、英国の「1948年会社法(Companies Act 1948)」をほぼそのまま継受しています。この歴史的経緯から、会社法の条文解釈にあたっては、キプロス国内の裁判所が下した判例はもちろんのこと、英国の裁判所による判例が今日に至るまで強い影響力を持ち続けています。

コモンローの法体系における最も重要な原則の一つに「先例拘束性の原理(stare decisis)」があります。これは、下級裁判所は上級裁判所の判決に法的に拘束されるというものであり、判例が法源として機能することを意味します。例えば、株主代表訴訟に関する有名な英国の判例であるFoss v Harbottle事件で確立された原則は、キプロスの会社法実務においても採用されており、会社が受けた損害に対する訴訟は、原則として会社自身が提起すべきであるという考え方の基礎となっています。この点は、法典(六法など)が第一次的な法源であり、判例はあくまで法律の解釈を示すものとして位置づけられる日本の法制度と異なります。

近年、キプロスでは商事裁判所が新設され、訴訟言語として英語が再導入されるなど、国際ビジネスの要請に応える形で、コモンローの法体系との連携をさらに強化する司法改革が進められています。このような法制度の特性から、キプロスにおける会社設立やM&A、契約交渉、紛争解決といったあらゆる法的局面において、現地の判例法に精通した法律専門家の助言が不可欠であると言えるでしょう。 

キプロスにおける主要な会社形態

キプロスにおける主要な会社形態

キプロスで事業を開始するにあたり、まず検討すべきは、どのような会社形態を選択するかです。会社法は、事業の規模や目的、資金調達の方法に応じて、いくつかの会社形態を定めています。日本企業が事業目的で設立する場合、その選択肢は実質的に「私的有限責任会社」と「公的有限責任会社」の二つに集約されます。

私的有限責任会社(Private Company Limited by Shares)

私的有限責任会社は、キプロスで設立される会社の大多数を占める最も一般的で実用的な形態です。海外からの直接投資の受け皿としても広く利用されており、日本の「非公開会社(株式譲渡制限会社)」に近い性質を持っています。 

その法的特徴は、会社法第29条によって厳格に定義されており、付属定款(Articles of Association)に以下の3つの規定を設けなければならないと定められています。

  1. 株式の譲渡権を制限すること。
  2. 株主(社員)の数を50名に制限すること(ただし、会社の従業員および元従業員である株主は、この数の計算から除外される)。
  3. 株式または社債の引受けを公衆に勧誘することを禁止すること。

これらの要件に加えて、私的有限責任会社には以下のような特徴があります。

  • 株主数:最低1名の株主で設立が可能です。
  • 取締役数:最低1名の取締役が必要です。
  • 資本金:法律上の最低資本金の定めはありませんが、実務上は$€1,000$程度の資本金で設立されるのが一般的です。
  • 責任:株主の責任は、その保有する株式の未払込額を限度とする有限責任です。

日本の会社法における株式会社と比較した場合、私的有限責任会社は、全ての株式に譲渡制限が付されている「非公開会社」とほぼ同質と理解することができます。株主の有限責任、設立の柔軟性、そして閉鎖的な株主構成を前提とした運営が可能である点など、中小規模の事業や、特定のパートナーとの合弁事業、あるいは日本企業の100%子会社を設立する際に最適な形態と言えます。

公的有限責任会社(Public Company Limited by Shares)

公的有限責任会社は、私的有限責任会社とは対照的に、広く一般から資金を調達し、大規模な事業運営を行うことを目的とした会社形態です。日本の「公開会社」に相当し、証券取引所への上場も可能です。

公的有限責任会社は、会社法第29条に定められる私的会社の要件を満たさない会社として定義され、以下のような、より厳格な設立・運営要件が課せられています。

  • 株主数:最低7名の株主が必要です。
  • 取締役数:最低2名の取締役を置かなければなりません。
  • 資本金:最低授権・発行済資本金として、€25,629以上が法律で義務付けられています。
  • 株式譲渡:株式は原則として自由に譲渡可能であり、公衆に対して株式の募集を行うことができます。

日本の公開会社と同様に、公的有限責任会社は、その公衆性から、情報開示やコーポレート・ガバナンスに関して、私的有限責任会社よりも高度な規制に服することになります。大規模なインフラ事業や、将来的に証券市場での資金調達を目指す場合に選択される形態です。

キプロス私的有限責任会社キプロス公的有限責任会社日本の非公開会社日本の公開会社
最低株主数1名7名1名1名
最大株主数50名制限なし制限なし制限なし
最低取締役数1名2名1名(取締役会非設置の場合)3名(取締役会設置の場合)
株式譲渡付属定款により制限原則自由定款により制限原則自由
株式の公募禁止可能不可可能
最低資本金法定要件なし€25,6291円1円

その他の会社形態

上記の二つの形態が営利目的の事業会社として主流ですが、キプロス会社法は、特定の目的のために設計された他の会社形態も規定しています。

保証有限責任会社(Company Limited by Guarantee):主に慈善活動や非営利目的の団体(NPO)に利用されます。株式資本を持たず、株主の代わりに「会員(member)」が存在するのが特徴です。会員の責任は、会社設立時の基本定款において約束した保証額に限定され、この保証額は会社が清算される際にのみ支払義務が生じます。営利を目的としないため、会社が生み出した利益は会員に分配されず、会社の目的を推進するために再投資されます。この点で、日本の一般社団法人に類似した性格を持つと言えるでしょう。

無制限会社(Unlimited Company):株主(社員)の責任が出資額に限定されず、会社の債務に対して無限の責任を負う形態の会社です。つまり、会社が債務を返済できない場合、株主は個人の資産をもってその返済義務を負うことになります。この点は、日本の会社法における合名会社や、合資会社の無限責任社員と類似しています。無制限会社は、そのリスクの大きさから一般的な事業活動にはほとんど利用されませんが、特定の税務上のメリットがある場合など、限定的な状況で選択されることがあります。 

キプロスにおける会社設立の具体的な手続きと要件

キプロスにおける会社設立は、法的手続きが明確に定められており、専門家の関与を前提とした非常に体系化されたプロセスです。このプロセスは、単なる事務手続きではなく、設立当初から法的な堅牢性とコンプライアンスを確保することを重視しています。他の多くの国で見られるような、創業者自身がオンラインの定型フォームで簡易に設立できる制度とは一線を画しており、この厳格さが、かえって設立後の法的安定性を高めるという利点につながっています。

基本定款と付属定款の作成

会社設立の第一歩であり、最も重要な工程は、会社の憲法とも言える二つの基本書類、「基本定款(Memorandum of Association)」と「付属定款(Articles of Association)」の作成です。キプロス会社法は、これらの書類の作成と署名を、キプロス弁護士協会に登録された弁護士のみが行うことができると定めています。この要件は、会社設立の初期段階から法的な正確性を担保するための重要な仕組みです。 

基本定款(Memorandum of Association)は、会社の対外的な活動範囲を定める文書であり、いわば会社の「定款」そのものです。会社法第4条に基づき、以下の事項を記載することが義務付けられています。

  • 会社名:事前に会社登記官の承認を得た名称。
  • 登録事務所の所在地:キプロス国内の住所。
  • 事業目的:会社が遂行する事業の内容。
  • 責任限定条項:株主の責任が有限であることを明記する条項。
  • 授権資本:会社が発行を授権される株式の総額とその種類、額面。

付属定款(Articles of Association)は、会社の内部的な運営ルールを定める文書であり、日本の株式会社における定款の「内部自治規定」に相当します。具体的には、以下のような事項が規定されます。

  • 取締役の選任・解任手続き、権限および義務。
  • 株主総会の招集、議事運営、議決権の行使方法。
  • 株式の譲渡に関する手続き。
  • 配当の決定と支払いに関する規定。

特に私的有限責任会社の場合、前述の通り、株式譲渡を制限する条項(例:株式の譲渡には取締役会の承認を要する)を付属定款に明記することが会社法第29条により義務付けられています。

会社登記官への申請から設立完了まで

基本定款および付属定款の準備が整うと、会社登記官(Registrar of Companies and Official Receiver, RCOR)への登記申請手続きに進みます。この手続きは、以下のステップで進行します。

まず、設立に先立ち、希望する会社名をRCORに申請し、既存の会社名と類似していないか、また公序良俗に反するものでないかといった観点からの審査を受け、承認を得る必要があります。

次に、弁護士によって署名された基本定款および付属定款に加え、以下の法定様式をRCORに提出します。

  • 様式HE1:会社法の要件を遵守している旨の弁護士による宣誓書。
  • 様式HE2:登録事務所の所在地を届け出る書面。
  • 様式HE3:初代の取締役および会社秘書役の情報を届け出る書面。

提出された書類に不備がなければ、RCORは登記を完了し、「設立証明書(Certificate of Incorporation)」を発行します。この証明書が発行された日をもって、会社は法人格を取得し、法的に存在することになります。通常、加速手続きを利用すれば、登記は数営業日で完了します。

キプロスの会社設立に関する公式な情報や各種様式は、会社・知的財産登記局の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:会社・知的財産登記局

キプロスにおける会社秘書役の制度と役割

キプロスの会社法を理解する上で、日本の会社法には全く存在しない、しかし極めて重要な制度が「会社秘書役(Company Secretary)」です。この役職は、単なる管理職や秘書業務担当者ではなく、会社法によって設置が義務付けられ、法的な責任と権限を有する会社の機関(officer)として位置づけられています。日本企業がキプロスで子会社を設立・運営する際、この会社秘書役の役割を正確に理解し、適切に任命・活用することが、円滑な事業運営とコンプライアンス遵守の鍵となります。

会社法に基づき、キプロスで設立される全ての会社は、取締役とは別に、必ず1名の会社秘書役を任命しなければなりません。会社秘書役は、自然人でも法人でもよく、取締役会によって任命されます。法律上、特定の専門資格は要求されていませんが、その職務の専門性の高さから、実務上は弁護士、会計士、あるいは専門のコーポレートサービス提供会社がこの役職に就任するのが一般的です。

会社秘書役の職務は多岐にわたりますが、大きく「法廷の職務」と「管理的・ガバナンス上の職務」に大別できます。

法廷の職務(Statutory Duties)は会社法に直接規定された、会社秘書役が法的に責任を負う中核的な業務です。主なものとして以下が挙げられます。

  • 年次報告書(Annual Return)への署名:会社法第120条に基づき、毎年RCORに提出する年次報告書に署名する義務を負います。
  • 法定登記簿の管理:株主名簿、取締役・秘書役名簿、担保権登録簿など、会社法で定められた各種登記簿を適切に作成・保管する責任があります。
  • 登記所への届出:取締役の変更、登録事務所の移転など、登記事項に変更があった場合、定められた期間内にRCORへ届出を行う義務を負います。
  • 会社文書の認証:会社法第37条に基づき、会社の公式文書が真正であることを認証する権限を持ちます。

管理的・ガバナンス上の職務として、法定の職務に加え、会社秘書役は会社のコーポレート・ガバナンスを円滑に機能させるための重要な役割を担います。

  • 取締役会・株主総会の運営支援:取締役会や株主総会の招集通知の発送、議題の準備、議事録の作成・保管を行います。
  • コンプライアンス遵守の確保:会社が会社法およびその他の関連法規を遵守して運営されるよう、取締役会に対して助言を行います。
  • 内外の連絡調整:取締役会、株主、そしてRCORなどの規制当局との間の主要な連絡窓口として機能します。

日本の会社法には、これら全ての職務を一身に担う法的な役職は存在しません。日本の株式会社では、これらの業務は、総務部が株主総会の運営を、法務部が登記申請やコンプライアンス管理を、経理部が財務報告を、というように複数の部署に分散して処理されるのが一般的です。キプロスの会社秘書役は、これらの重要なガバナンス・管理機能を一つの役職に集約し、専門家による一元的な管理を法的に要請する制度であるという点で、根本的な違いがあります。

このため、キプロスに進出する日本企業にとって、会社秘書役の機能を社内で内製化することは非現実的かつ高リスクです。現地の法規制と実務に精通した法律事務所やコーポレートサービス提供会社に会社秘書役業務を委託することは、単なる業務のアウトソーシングではなく、コンプライアンス体制の根幹を構築するための戦略的な投資と位置づけるべきでしょう。

まとめ

キプロスの会社法は英国のコモンローを継承しており、成文法である会社法(Cap. 113)の解釈と適用において、裁判所の判例が決定的な役割を果たします。これは、法典中心の日本の法制度とは根本的に異なる点であり、現地での法務対応には判例法への深い理解が不可欠です。

そして、日本企業がキプロスで事業を行う上で最も一般的かつ適切な会社形態は、日本の非公開会社に類似した「私的有限責任会社」です。この形態は、設立の柔軟性が高く、株主の有限責任が確保される一方で、株式の譲渡や公募が制限されており、閉鎖的な会社運営に適しています。

また、会社設立手続きは、キプロス弁護士協会に登録された弁護士の関与が法的に義務付けられており、設立当初から高いコンプライアンス水準が求められます。基本定款と付属定款という二つの基本書類の作成から、会社登記官への登記申請まで、厳格なプロセスが定められています。

さらに、最も重要な点として、日本の会社法には存在しない「会社秘書役」という制度の存在が挙げられます。会社秘書役は、法定登記簿の管理や登記所への届出といった法廷の義務から、取締役会・株主総会の運営支援といったガバナンス上の重要な役割までを担う、会社の必須機関です。この専門的な職務を適切に遂行するためには、現地の専門家への業務委託が事実上不可欠となります。

キプロスは、EU市場へのアクセス、安定した法制度、そして国際的なビジネス環境といった多くの利点を有する魅力的な国です。しかし、その潜在能力を最大限に引き出すためには、本稿で解説したような同国特有の法制度や商慣習を深く理解し、適切に対応することが必要です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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