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トルコの法体系と司法制度を弁護士が解説

トルコの法体系と司法制度を弁護士が解説

トルコ法は、1926年にスイス民法典をモデルとして採用するなど、19世紀半ばのタンジマート改革以降、欧州大陸法の影響を強く受けた、堅牢な成文法体系を基盤として発展してきました。トルコ社会の近代化における画期的な出来事であったトルコ民法典の制定以来、世俗主義(Laiklik)の原則に基づき、司法権は独立した裁判所に帰属しています。また、外国直接投資(FDI)に対しては、国内投資家と平等に扱う内国民待遇の原則や、収用に対する公正な補償の保証といった、安定した保護枠組みが整備されています。

しかしながら、トルコの法制度を実務的に理解する上では、いくつかの構造的な特徴と、日本法との差異を認識しておくことが重要です。具体的には、形式的な大陸法体系でありながら、最高控訴裁判所(Yargıtay)の「統一判決」が下級裁判所を拘束する法源の二重性を持っています。また、司法行政を担う裁判官・検察官会議(HSK)の構成には、行政府による影響力が構造的に働くという国際的な懸念が存在し、特に政府機関が関わる紛争において、法廷地リスクとして考慮する必要があります。さらに、国際仲裁の分野においても、国内裁判所がその執行や判断の有効性に対し、国内法の優越性を主張し介入するリスクがあります。

本記事では、トルコ法制度の歴史的背景、世俗主義の法的意義、外国直接投資(FDI)の保護枠組みを概説するとともに、特に日本の法体系と異なる最高控訴裁判所(Yargıtay)の判例拘束力、裁判官・検察官会議(HSK)を通じた司法への政治的影響力、および国際仲裁判断に対する国内裁判所の介入リスクといった、実務上不可欠な構造的特徴とリスクについて詳細に解説します。

トルコ法制度の歴史的背景と世俗主義(Laiklik)の法的意義

トルコは、その建国以来、世俗主義国家であり、司法制度もこの原則に基づいています。世俗主義(トルコ語でLaiklik)は、1937年の憲法改正で明確に国家の特性として明記され、現行の1982年憲法においても維持されています。

トルコの世俗主義は、単に国家と宗教を厳格に分離する欧米のモデルとは異なり、フランスの「ライシテ(laïcité)」に近い概念を採用しており、国家が宗教に対する統制および法的規制を積極的に行う姿勢を意味するとされています。これは「積極的な中立性」を伴うとも言われます。

この原則に基づき、国家は宗教庁(Diyanet İşleri Başkanlığı)を設置し、イスラム教の信仰、礼拝、倫理に関する業務を執行し、宗教的慣習を管理下に置いています。このような国家イデオロギー的な背景は、客観的な成文法の解釈を超え、特に政治的または社会的に論争の的となる分野において、行政裁判所や憲法裁判所の判断に影響を与える可能性があります。法的な決定や公共政策が、世俗主義の原則を堅持しようとする国家的な枠組みによってフィルタリングされる可能性があるため、外国投資家がトルコでの事業を評価する際には、このイデオロギー的側面も法的な予見可能性の要素として考慮する必要があるのです。

トルコの主要法源と私法の構成

トルコは大陸法典主義を採用しており、法令が主要な法源となります。特に、商事活動を規制する法典間の関係性と、外国投資に対する保護枠組みは、国際ビジネスにとって極めて重要です。

民法典と商法典の統一性

トルコの私法関係の基礎は、スイス法をモデルとする民法典(Turkish Civil Code No. 4721)に存在し、これが私法関係全般に適用される一般規定を含んでいます。

これに対し、商事活動は商法典(Turkish Commercial Code No. 6102)によって規制されますが、2012年に施行された現行の商法典は、その第1条において、同法典がトルコ民法典(No. 4721)の不可分の一部であると明文で規定しています。

商事法廷が紛争を裁定する際の法適用には階層が存在します。商事に関する取引や行為について商法典やその他の法律に特別規定がない場合、裁判所はまず商事慣習に従って決定を下し、それが存在しない場合に初めて民法典の一般規定が適用されます。この法典間の統一性と適用階層の明確化は、純粋な大陸法モデルへの強い依拠を示すものであり、法的な安定性と予測可能性を重視する外国投資家にとって重要な基礎を形成しています。商法典は、外国投資家が一般的に選択する企業形態である株式会社(Anonim Şirket)有限会社(Limited Şirket)の設立および運営を規定しています。

外国直接投資(FDI)の保護枠組み

トルコは外国直接投資(FDI)の誘致に積極的であり、関連する国内法および国際条約を通じて投資家保護の枠組みを提供しています。主要な保護原則には、以下の点が含まれます。

  1. 内国民待遇の原則:FDI法に基づき、外国投資家は、国内投資家と比較して、その国籍のみを理由としてより重い負担を課されることはなく、国内投資家と平等に扱われます。
  2. 収用および補償の保証:外国または国内投資家の資産や企業は、適正な法的手続きおよび公正な補償なしに収用または国有化されることはないと保証されています。憲法裁判所も、財産権の侵害を防ぐため、正式な収用手続なしに公共サービス目的で財産を没収することを可能にする規定を違憲として無効にしています。
  3. 利益の本国送還:投資家は、利益、配当、補償金などの送金を銀行を通じて海外へ自由に実行できることが保証されています。

イスラム金融(参加銀行)の法的処理

トルコは世俗主義国家ですが、イスラム教の原則である利子(Riba)の受領と支払いの禁止 に準拠した金融機関、すなわち「参加銀行(Participation Banks)」が存在します。

参加銀行は、従来の銀行が預金を集めて利子を支払うのに対し、「参加資金(participation funds)」を集め、その資金の投資から生じた利益または損失の一部を資金提供者と共有する「利益・損失共有(Profit-Loss Sharing:PLS)原則」を採用しています。形式的には利子を排除しているものの、トルコの金融市場における分析は、参加銀行の利益分配率(PLS)が、従来の市場金利と高い相関性と一貫性を持つことを示しています。

トルコ司法府の三部門構造と裁判所ヒエラルキー

トルコの司法権は、憲法第9条に基づき、トルコ国民の名において独立した裁判所に帰属しています 20。司法制度は、大陸法の伝統に従い、大きく分けて司法部門、行政部門、憲法部門の三つの主要な部門に分かれている点が特徴的です。さらに、裁判官・検察官会議(HSK)、および最高選挙委員会も司法制度の一部と見なされます。

司法部門(民事・刑事裁判所)

司法部門(Adli Yargı)は、民事および刑事事件を管轄します。この部門は、第一審裁判所、地方裁判所(上訴裁判所)、そして最終審である最高控訴裁判所(Court of Cassation, トルコ語:Yargıtay)で構成されます。

最高控訴裁判所(Yargıtay)は、刑事事件および民事事件の判決を審査する最終審であり 、その判決は、全国の第一審裁判所における法的判断の先例として機能し、法適用の統一性を確保する上で極めて重要な役割を担います。Yargıtayは民事法廷と刑事法廷に分かれています。

行政部門(行政・税務裁判所)

行政部門(İdari Yargı)は、個人と政府機関との間の紛争を管轄します。この部門は、行政裁判所、地方行政裁判所、および最終審である国務院(Council of State, トルコ語:Danıştay)で構成されます。

国務院(Danıştay)は、行政および税務裁判所の最終審として機能し、公的機関が法原則を遵守しているかを監督し、行政行為に対する苦情を審査しています。

憲法部門(憲法裁判所)

憲法裁判所(Anayasa Mahkemesi)は、トルコ司法制度の頂点に位置し、法律や政令の合憲性を審査します。また、2010年の憲法改正により、個人からの人権侵害に関する申請(個人申請制度)も審査する権限が付与されました。憲法裁判所の決定は最終であり、いかなる方法でも修正することはできません。

憲法裁判所は、財産権の保護に関し、正式な収用手続なしに公共サービスのために指定された財産を没収することを可能にする規定を違憲とし、無効にした事例があるなど、行政府や立法府の行為に対する重要な監視機能を果たしています。このような判決は、法的な予見可能性と安定性を維持する上で、重要なチェック・アンド・バランスの役割を果たしていると言えます。

最高裁判所(最終審)トルコ語名称主要な管轄事項
司法部門最高控訴裁判所Yargıtay (Court of Cassation)民事、刑事事件の終審。判例による法適用統一の確保。
行政部門国務院Danıştay (Council of State)行政訴訟、税務訴訟の終審。政府機関の法令遵守監督。
憲法部門憲法裁判所Anayasa Mahkemesi法令の合憲性審査、個人申請による人権侵害の審査。決定は最終的。

陪審制度の欠如

トルコの裁判制度には、日本の裁判員制度や英米法圏に見られるような陪審制度はありません。民事・刑事事件ともに、裁判官、または通常は3人の裁判官の合議体によって判決が下されます。裁判官がすべての法的判断を下すため、裁判官の選定と懲戒を監督する機関の独立性が、司法の公正性に直接的な影響を及ぼします。

トルコにおける判例法の位置づけとYargıtayの影響力

トルコにおける判例法の位置づけとYargıtayの影響力

トルコは大陸法典体系を採用しており、成文法が主要な法源となります。このため、原則として、個々の裁判所の判決(判例)には、他の裁判所を拘束する形式的な力はありません。裁判官は、既存の法典や法令を解釈し、適用する役割を担います。

しかし、トルコの法実務においては、最高控訴裁判所(Yargıtay)の決定が、法体系の統一性を保つために極めて大きな影響力を有しています。Yargıtayの判決は、全国の第一審裁判所における法的判断の先例として機能し、下級裁判所はこれを強く尊重せざるを得ません。

さらに特筆すべきは、Yargıtayの合同会議で下される「統一判決」(İçtihadı Birleştirme Kararı)です。この統一判決は、トルコ法において法律と同様に下級裁判所に対する一般的な拘束力を持つ主要な法源として明確に位置づけられています。

したがって、トルコ法制度は、法典中心主義という厳格な大陸法の枠組みを堅持しつつも、Yargıtayを通じた法解釈の統一化メカニズム(統一判決の拘束力)を組み合わせた「ハイブリッド」モデルとして理解されるべきです。日本の実務家がトルコ法を扱う際、成文法だけでなく、Yargıtayの最新の判例、特に統一判決を継続的に監視することが、正確な法的リスク評価と戦略立案のために不可欠となります。

トルコ司法行政の構造と司法の独立性

トルコにおける司法行政は法務省が担当しますが、裁判官と検察官の人事、昇進、懲戒、監督、転任といった、司法の運営と構成に決定的な権限を持つのは、独立した「裁判官・検察官会議(High Council of Judges and Public Prosecutors, HSK)」です。

HSKの権限と構造的懸念

HSKは、裁判官と検察官の任命、昇進、懲戒、解任といった全権を担っており、その独立性は憲法上保証されています。

しかし、欧州評議会の諮問機関であるヴェネツィア委員会(Venice Commission)は、HSKの構造について重大な懸念を指摘しています。問題の核心は、HSKのメンバー選出プロセスに、行政府が圧倒的な影響力を持つ点です。

  • 大統領による直接任命:HSK(総数13名)のメンバーのうち、大統領が直接6名を任命する権限を持ちます。
  • 議会による選出:残りのメンバーの一部は、与党が大きな影響力を持つトルコ大国民議会(議会)によって選出されます。
  • 職権上のメンバー:法務大臣および法務省次官がHSKの職権上のメンバーに含まれます 24

ヴェネツィア委員会は、この構成は「行政府に、司法の独立を保障するはずの機関に対する完全な支配権を与えている」と指摘しています。国際的な基準では、司法評議会のメンバーの少なくとも半数は、独立性を確保するために裁判官自身による選挙(ピア選挙)によって選出されることが推奨されていますが、トルコではこの原則が欠如しています。

司法の独立性と法的予見可能性への影響

HSKの構成に端を発する行政府の「圧倒的な支配力」 は、憲法が謳う「独立した司法権」の原則と構造的な矛盾を抱えています。この政治的な影響力は、裁判官や検察官が、懲戒や解任の報復を恐れることで、政治的に敏感な事件、特に政府や政府関連機関が当事者となる行政紛争や大規模な商事紛争において、独立した判断を下すことを躊躇する可能性を生みます。

したがって、外国投資家がトルコで政府機関との係争を抱える場合、このHSKを通じた司法への政治的影響力が、公正な裁判を受ける権利(Due Process)の実現を潜在的に脅かす「法廷地リスク(Forum Risk)」として、事業リスク評価の最重要テーマの一つと認識されるべきです。

紛争解決とトルコ国内裁判所の管轄権

外国仲裁判断の承認と執行に関する歴史的見解

トルコは国際仲裁条約(ニューヨーク条約など)に加盟していますが、国内裁判所は歴史的に国際仲裁に対して慎重な姿勢を示してきた背景があります。初期の事例として、1976年のKeban Dam事件において、Yargıtay(当時の第15民事法廷)は、国際商工会議所(ICC)の仲裁規則の適用や、仲裁判断の認証がトルコの公序(Public Policy)に違反すると見なす判決を下したことがあります。

その後、Yargıtayはこの見解を修正し、国際仲裁に対する姿勢はより開放的になりました。しかし、1994年のYargıtay合同会議の統一判決では、ニューヨーク条約の締約国内で下された仲裁判断であっても、準拠法がトルコ法である場合、トルコ法の誤適用があった範囲で、Yargıtayが仲裁判断の実体的なメリット(是非)を審査する権利を主張しました。この主張は、国際仲裁の最終性(Finality)の原則に異議を唱える可能性を秘めており、国際的な仲裁コミュニティとの間で潜在的な摩擦要因となります。

投資家対国家紛争解決(ISDS)における国内法の主張

トルコは、近年の外国投資を巡る係争において、ICSID(国際投資紛争解決センター)仲裁を含むISDS事案の当事者となっています。

特に、国内の司法手続きが投資紛争に絡む場合、トルコ国内裁判所は国際仲裁廷の権限に対して主権的な判断を下す傾向が観察されます。あるISDS事件において、仲裁廷が出した暫定措置の決定に対し、トルコの国内刑事裁判所は、当該紛争が国内事件と無関係であること、および仲裁廷の決定は「勧告的な性質」を持つに過ぎないことを理由に、暫定措置の申請を拒否した事例が報告されています。

この事実は、国際ビジネスにおける契約締結時、特にトルコでの大規模投資や長期契約において、国際仲裁条項を採用する際に、その執行可能性について国内法上のリスク(公序良俗違反の主張や国内裁判所の管轄権主張)を慎重に評価する必要があることを示唆しています。

まとめ

トルコの法制度は、1926年のスイス民法典継受を基礎とする欧州大陸法の堅牢な法典構造の上に成り立っています。外国投資家に対して内国民待遇や財産収用に対する公正な補償を保証する枠組みを整備している点も特徴的です。

しかしながら、実務上のリスク評価においては、以下の3つの構造的課題が存在します。

第一に、法源の二重性です。トルコは大陸法体系ですが、最高控訴裁判所(Yargıtay)の判決は事実上の先例として機能し、特に「統一判決」は下級裁判所を拘束する法源となります。日本の実務家の皆様には、成文法だけでなく、Yargıtayの法解釈を継続的に監視することが、正確なリスク評価に不可欠である点をご留意いただきたいと考えます。

第二に、司法の独立性に関する構造的な懸念です。憲法上、司法権は独立していますが、裁判官・検察官会議(HSK)のメンバー選出において、大統領および議会(行政府)が広範な任命権を持つ構造となっています。この行政府による支配は、政府関連の紛争において、裁判の公正さに影響を与える可能性があり、法廷地リスクを増大させる要因となり得ます。

第三に、国際紛争解決に対する国内法の主張です。トルコは国際仲裁に積極的に参加していますが、国内裁判所が仲裁判断の有効性や執行に介入を試み、国内法の優越性を主張する事例が報告されています。

これらの構造的課題を踏まえた上で、憲法裁判所が提供する財産権の保護などの法的セーフガードを信頼しつつも、契約締結時には、国際仲裁の執行可能性を含む、契約構造と紛争解決メカニズムについて、綿密な評価を行うことが求められます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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