弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

アルメニアの民法・不動産法を弁護士が解説

アルメニアの民法・不動産法を弁護士が解説

アルメニアの不動産法制は、外国投資に対し「極めて開放的」と評価されています。アルメニア民法典は、外国の個人や法人に対し、原則としてアルメニア国民・法人と平等の権利(ナショナル・トリートメント)を認めています。この結果、アパートメント、商業ビル、オフィス、工場といった「建物」の所有権は、日本国民や日本法人が、アルメニア国民と何ら変わることなく自由に取得し、不動産登記簿に登記することが可能です。

しかし、この寛大な原則には、日本企業が特に注意すべき重大な例外が存在します。それが「土地」、とりわけ「農業用地」に関する規制です。アルメニア共和国憲法および土地法典は、外国人(外国籍の個人および外国法人)が「農業用地」の所有権を直接持つことを、原則として固く禁じているのです。

ワイナリー経営や農産物加工工場の建設を検討する日本企業にとって、この「農地所有の禁止」という条文は、一見すると事業の根本を覆す決定的な「投資障壁」のように映るかもしれません。

しかし、本記事で詳細に解説するように、この規制は外国「資本」の排除を目的としたものではなく、外国「籍」の主体が直接登記簿に載ることを制限する「形式的」な規制に過ぎません。実務上、日本企業が100%出資して「アルメニア現地法人」を設立し、その現地法人(法的には「アルメニア法人」として扱われる)の名義で農地を所有するという、政府の投資誘致機関も公認する適法な法務戦略(ワークアラウンド)が確立されています。

本記事では、この厳格に見える「農地所有禁止」規定の法的根拠を深く掘り下げ、日本企業が適法に土地の利用権や所有権を確保するための具体的な法務戦略を詳細に解説します。

アルメニア不動産法制の全体像

アルメニア不動産法制の全体像アルメニアへの不動産投資を検討する際、まず理解すべきは、その法制度が原則として「内外平等」の精神に基づいている点です。この基本原則の根拠は、1998年5月5日に採択されたアルメニア共和国民法典(Civil Code)にあります。

同法典の第1条第2項は、民事法制によって規律される関係の当事者として、アルメニアの市民のみならず、「外国の市民(citizens of foreign states)」および「外国法人(foreign legal persons)」を明記しています。そして、「民事法制によって定められた規則は、法律に別段の定めがない限り、外国法人の参加する関係にも適用される」と規定しています。

これは、外国企業(日本法人)や日本の個人投資家が、民法上の権利(その最たるものが所有権)を享受する主体として、原則としてアルメニア国民と同等に扱われること(ナショナル・トリートメント)を法的に保障するものです。

この結果、不動産取引において、日本企業や個人は「建物(Buildings)」に関してほぼ何の制約も受けません。具体的には、都市部のアパートメントやコンドミニアム(集合住宅の区分所有権)、商業ビル、オフィス、工場、倉庫といった不動産の所有権は、外国籍のまま自由に取得し、国の不動産登記(State Real Estate Cadastre)に自らを所有者として登記することが可能です。

さらに、「土地(Land)」に関しても、その規制は限定的です。後述する「農業用地」以外の土地、例えば、住宅建設用の土地、庭園用の土地、その他(非農業)建設用の土地であれば、外国人が所有権を取得することは原則として認められています。

このように、アルメニアの不動産投資における開放性は、単なる一時的な「誘致政策(Policy)」ではなく、国の基本法である民法典に根差した「法的権利(Legal Right)」であり、投資家は政治的変動に左右されにくい、安定した法的基盤の上で資産を保有できると言えます。

重大な例外としてのアルメニア「農地」所有の禁止

前述の開放的な原則に対し、極めて重大かつ唯一とも言える例外が「農業用地(Agricultural Land)」に関する規制です。この規制の最上位の根拠は、国の最高法規であるアルメニア共和国憲法(Constitution)にあります。

2015年に改正・採択された現行のアルメニア共和国憲法は、第60条(所有権)の第6項において、「外国市民及び無国籍者は、法に定める場合を除き、土地の所有権を享受しない」と定めています(”Foreign citizens and stateless persons shall not enjoy the right of ownership over land, except for the cases prescribed by law.”)。

この条文は、土地所有に関して「外国人」を国内法上の主体から原則として除外しつつ(デフォルトでの禁止)、ただし「法律」によって特定の例外を設けることを許容する、という枠組みを設定しています。

この憲法の規定を受け、具体的な規制内容を定めているのが「アルメニア共和国土地法典(Land Code of the Republic of Armenia)」です。土地法典は、外国籍の個人(foreign citizens)および外国法人(foreign legal entities)が「農業用地」の所有権を取得することを明確に禁止しています。

この農地所有禁止の規定は、2018年の土地法典改正によって、より明確化されました。この改正の背景を理解することは、アルメニアの法規制の「真の意図」を読み解く上で非常に重要です。

当時の法務副大臣による議会答弁などによれば、この改正がターゲットとしていたのは、アルメニアから海外に移住し、移住先の国籍を取得した(=アルメニア国籍を喪失し「外国人」となった)元国民でした。これらの人々が、出国前に所有していた農地を「外国人」として保有し続けた結果、その農地の多くが耕作放棄地となり、国内の農業生産性の阻害要因となっていたのです。2018年の改正は、こうした元国民(現・外国人)が保有する農地を、コミュニティ(地方自治体)が競売にかけるなどして、国内の耕作者に再配分する法的根拠を整備するものでした。

この立法経緯から分析できることは、アルメニアの農地規制の真の目的は、日本企業によるワイナリー経営のような、外国からの「資本」投下や「投資」そのものを阻止することにあるのではない、ということです。むしろ、その目的は、国の法的手続きが及ばない(あるいは及びにくい)「外国籍の所有者」が土地登記簿上で直接資産を保有し、結果としてその土地が非効率に利用されたり、放棄されたりする事態を防ぐことにあったと解されます。

アルメニア法と日本法の比較

アルメニアの規制が、日本企業の法務担当者にとって特異に映る理由を、日本の農地法と比較して考察します。

日本の「農地法」は、農地の取得に関して、その取得希望者の「国籍」を直接の規制要件とはしていません。外国籍の個人であれ、あるいは外国資本が100%出資する「日本法人」であれ、農地法が定める一定の要件(例えば、農地所有適格法人としての要件)を満たし、農業委員会の許可を得る限りにおいて、農地を取得することは法的に可能です。

実際に、農林水省が公表している統計によれば、外国法人(外国企業が一定割合以上の議決権を持つ日本法人を含む)や外国籍の個人による農地取得の事例は、少数ながら毎年報告されています。

つまり、日本の農地法における規制は、「誰が買うか(国籍)」という形式的な属性よりも、「その土地が取得後に適正に耕作されるか(用途・能力)」を重視する「実質的」な規制であると言えます。

これに対し、アルメニアの土地法典による規制は、その性質が全く異なります。アルメニアの規制は、「その外国企業がどれほど優れた技術を持ち、適正にブドウを栽培するか」といった実質的な能力や意思を問う以前に、「外国籍の主体か否か」という「形式的」な属性のみをもって、一律に所有権の取得を禁止するものです。

100%外国資本の「アルメニア法人」による農地所有

100%外国資本の「アルメニア法人」による農地所有

アルメニア憲法と土地法典が禁じているのは、あくまで「外国市民」および「外国法人」による農地の直接所有です。この「形式的」な規制を適法にクリアし、実質的に日本資本による農地所有を実現する最も一般的かつ確実な法務戦略が、「アルメニア現地法人」の設立です。

まず、アルメニアの外国投資に関する法律(Law on Foreign Investments)や会社法(Law on LLCsなど)は、外国企業(日本法人)が100%の資本を出資して、アルメニア国内に現地法人(通常はLLC=有限責任会社)を設立することを全面的に許可しています。現地パートナーの参加や、アルメニア居住者の株主・役員を強制する規定もありません。

ここが法務戦略上、最も重要な部分です。たとえその資本(株式)が100%日本企業によって所有されていたとしても、アルメニアの法律に基づいて設立・登記された法人は、アルメニアの法体系上、「外国法人(foreign legal entity)」ではなく、法的に完全な「アルメニア法人(domestic legal entity)」として扱われます。

そして、「アルメニア法人」は「外国法人」ではないため、土地法典が定める「外国法人に対する農地所有禁止」という規制の適用対象外となります。

したがって、日本企業がアルメニアに設立した100%子会社(法的には「アルメニア法人」)は、アルメニア国民や他のアルメニア企業と何ら変わることなく、農地の所有権者として適法に登記簿に記載され、完全な所有権(fee simple)を取得することが可能となるのです。

この手法は、法律の条文の裏をかいた「グレー」な手法では決してありません。むしろ、アルメニア政府が外国からの投資を農業分野に誘致するために、公式に認めている「ホワイト」な手法です。

その証拠に、アルメニア政府の投資誘致機関である「Enterprise Armenia」は、外国投資家向けに公開している公式のガイドライン(FDI Legislation)において、「土地所有権(Land Ownership)」の項目で次のように明確に案内しています。

「外国市民によってアルメニアに登録された会社は、土地を所有し、長期リース契約を結ぶ権利を有する」(”Companies registered by a foreign citizen in Armenia have the right to own land and have long-term lease contracts.”)。

アルメニアにおける「農地所有禁止」規制は、外国「資本」の流入を実質的に阻害する「投資障壁」として機能しているのではなく、外国投資家に対し、「現地法人を設立する」という特定の法務ストラクチャーを採用することを要求する「手続的・形式的な要請」として機能しているに過ぎない、と言えます。

日本企業が農業ビジネスを開始するにあたっては、法務上、「アルメニアLLCの設立」というステップが一つ追加で必須になる、と整理しておけば十分でしょう。

長期リース契約による土地利用権の確保

現地法人の設立は、あらゆるケースでの唯一の解ではありません。もう一つの選択肢として、あるいは現地法人を設立した場合であっても、所有権の取得ではなく「利用権」の確保を目的とする場合、長期リース契約(Long-term Lease)も有効な法務戦略となります。

土地法典や民法は、外国籍の主体(日本法人や日本の個人)が、農地の所有権を持つことは禁じていますが、その土地を利用すること(=リースすること)は禁止していません。したがって、日本法人が直接、アルメニアの土地所有者(個人の地主、あるいは国やコミュニティ)との間でリース契約を締結し、リース料を支払うことで、安定的な土地利用権を確保することは適法です。

この手法により、所有権は移転せずとも、ワイナリー用のブドウ畑や加工工場の敷地として、数十年にわたる利用権を確保することが可能です。

ただし、このリース戦略を採用する場合には、法務上、注意すべき点があります。特に、リース対象の土地が、民間の個人所有ではなく、「国」または「コミュニティ(地方自治体)」の所有である場合、土地法典がリース期間に特別の上限を設けている可能性が指摘されています。

国際連合食糧農業機関(FAO)が2017年に公表したアルメニアの土地制度に関するレポートによれば、アルメニア土地法典は、国またはコミュニティが所有する土地の一般的なリース期間の上限を99年とする一方、「農地」についてはその上限を「25年」と、より短く定めているとされています。

もし、投資対象の農地が国・コミュニティ所有であり、そのリース期間が法的に25年に制限される場合、ワイナリー経営のように、苗木を植えてからその投資が回収可能になるまでに数十年単位の時間を要するビジネスモデルにとっては、この期間は短すぎるという重大なリスクになり得ます。

したがって、リース契約を検討する際には、その土地の所有者が誰(民間か、国か)であり、いかなる期間制限が適用されるのかを、契約締結前に詳細に調査する必要があります。長期かつ高額な設備投資を伴う農業ビジネスにおいては、リースという選択肢は補助的なものに留め、前述した「現地法人を通じた完全な所有権の取得」こそが、最も堅牢で安定した法務戦略であると言えるでしょう。

まとめ

本記事で詳細に分析したように、アルメニア憲法および土地法典が定める「外国人による農地所有禁止」規制は、その条文だけを見れば非常に厳格なものです。

しかし、その規制の趣旨は、外国「資本」の投下を排斥することではなく(その証拠に、2018年の改正は元国民の耕作放棄地問題に対処するものだった)、また、日本法(農地法)のように「耕作者」としての適格性を「実質的」に審査するものでもありません。

その実態は、農地の所有権者として、アルメニアの法体系と管轄権の下にある「国内法上の主体(アルメニア国民またはアルメニア法人)」が登記されることを要求する、「形式的・手続的な規制」であると解されます。

そして、この「形式的」な要請は、「アルメニア現地法人(100%日本資本でも可)を設立する」という、アルメニア政府の投資誘致機関(Enterprise Armenia)自身が公式に認める法務戦略を採用しさえすれば、適法にクリアすることが可能です。

したがって、日本企業がアルメニアでの農業関連ビジネス(ワイナリー、農産物加工等)への進出を検討する際、この規制を深刻な「投資障壁」と捉える必要はありません。法務戦略としては、単に「進出形態として現地法人設立が必須となる」という、事業開始の前提条件として冷静に理解しておくことが、アルメニアでの成功に向けた重要な鍵となります。

当事務所は、日本企業の海外展開に関連する様々な法務課題について、その初期の調査段階から現地法人の設立、契約書のレビューに至るまで、幅広くサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る