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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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モロッコの会社法が定める会社形態と会社設立の解説

モロッコの会社法が定める会社形態と会社設立の解説

モロッコ(正式名称、モロッコ王国)は、地理的に欧州とアフリカ、中東を結ぶ要衝に位置し、近年、ビジネス法制の近代化と外国投資の誘致に積極的に取り組んでいます。その法体系は、大陸法系に属し、日本の会社法と共通の理念を持つ一方で、事業の基盤を築く上で見過ごせない重要な相違点も存在します。

本記事では、モロッコにおける事業展開の基盤となる有限会社(Société à Responsabilité Limitée:S.A.R.L.)と株式会社(Société Anonyme:S.A.)、簡易株式会社(Société par actions simplifiée:S.A.S.)の三つの主要な会社形態に焦点を当て、日本の会社法との決定的な違い、会社設立手続きの全容、そして設立後の運営において特に留意すべき実務上のポイントを、具体的な法令を根拠に詳細に解説します。

モロッコにおける主要な会社形

モロッコでは、企業活動の規模や目的に応じて様々な会社形態が認められていますが、外国企業が現地法人を設立する際に最も一般的に選択されるのは、有限会社(S.A.R.L.)株式会社(S.A.)、そして簡易株式会社(S.A.S.)です。これらの法形式は、日本の合同会社や株式会社に類似した特徴を持つものの、設立要件や運営上の義務において、日本の制度とは一線を画す部分があります。

有限会社(Société à Responsabilité Limitée:S.A.R.L.)

モロッコの有限会社(S.A.R.L.)は、中小企業(PME)に最も適した会社形態として広く利用されています。その法的枠組みは、主にLoi n° 5-96(法律第5-96号)によって定められています。この会社形態の大きな特徴は、出資者(associés)の責任が、その出資額に限定されることにあります。これにより、事業リスクを限定した上で企業活動を行うことが可能となります。

S.A.R.L.は、出資者1名から50名までで設立することが可能です。出資者が1名の場合は「SARL à associé unique」と呼ばれ、単独の創業者にとっても柔軟な選択肢となっています。これは日本の合同会社(LLC)が1名から設立可能であることと類似しています。

日本法との重要な違いとして、最低資本金と会計監査人に関する要件が挙げられます。日本の合同会社が1円から設立できるのに対し 、モロッコのS.A.R.L.には法律上の最低資本金額は定められていません。しかしながら、実務上は、資本金が10万ディルハム(約130万円)を超えるS.A.R.L.を設立する際には、その全額を設立時に銀行に払い込む必要があります。払込が完了すると、銀行は「attestation de blocage」と呼ばれる払込証明書を発行します。資本金が10万ディルハム未満の場合は、設立時の払い込みは義務ではありません。この要件から、モロッコの法制度は、形式的な最低資本金は求めないものの、企業が一定の財務的信用を持つことを実務上の要件として捉えていることがうかがえます。 

また、会計監査人の選任義務についても、日本とは異なる点が挙げられます。日本の合同会社は原則として会計監査人の設置は不要ですが、モロッコのS.A.R.L.は年間売上高(chiffre d’affaires)が5,000万ディルハム(約6億5,000万円)を超える場合に、会計監査人(commissaire aux comptes)の選任が義務付けられています。さらに、近年の報道からは、この会計監査人の設置義務基準が、将来的に2,000万ディルハムへと引き下げられる可能性が議論されていることがわかります。この動きは、モロッコ当局が、より広範な企業に対し、財務の透明性と健全性を強化しようとする政策的な意図が背景にあることを示していると考えられます。 

株式会社(Société Anonyme:S.A.)

株式会社(S.A.)は、大規模な事業や株式公開を視野に入れた企業に適した会社形態であり、その設立と運営は、より厳格な法規制、主にLoi n° 17-95(法律第17-95号)によって管理されています。出資者(actionnaires)の責任は、S.A.R.L.と同様に、その出資額を限度とする有限責任です。S.A.の設立には、日本の株式会社が1人から設立可能である点 とは異なり、最低5人の出資者が必須とされています。

また、最低資本金要件にも大きな違いがあります。日本の株式会社が1円から設立可能である点 とは対照的に、モロッコのS.A.は、非公開会社であっても最低30万ディルハム(約390万円)の払込資本金が法律で義務付けられています。公開会社(Bourse des valeursに上場する企業など)の場合は、最低300万ディルハム(約3,900万円)の払込資本金が必要となります。この高額な最低資本金は、S.A.が「公的な信用を伴う」大規模事業体であるというモロッコの法制度の考え方を象徴していると言えるでしょう。これは、ベンチャー企業などの柔軟な設立を後押しするために資本金規制を緩和した日本とは対照的であり、両国の会社法が異なる政策目標を持っていることが分かります。 

さらに、会計監査人の選任義務は、規模や売上高を問わず、設立時から必須とされています。これは、日本の大会社や公開会社に会計監査人の設置が義務付けられているものの、それ以外の株式会社では原則として不要であることと大きく異なる点です。モロッコ法におけるS.A.の会計監査人設置義務は、企業のガバナンスと透明性を確保するための、より厳格な要件であると解釈できます。調査資料からは、会計監査人の職務は財務監査に留まらず、法令順守(コンプライアンス)の監査や、場合によっては情報セキュリティ診断にまで及ぶことがあることが示唆されています。その役割は、日本の監査役や会計監査人のそれを包括する広範なものと言えるでしょう。 

簡易株式会社(Société par actions simplifiée:S.A.S.)

簡易株式会社(S.A.S.)は、2021年にLoi n° 19-20(法律第19-20号)によって導入された比較的新しい会社形態であり、既存の法律(Loi n° 5-96やLoi n° 17-95)を改正・補完する形で枠組みが設けられました。その名称が示す通り、この形態の最大の利点は「契約の自由」に重きを置いた柔軟な設計にあります。日本法における合同会社と株式会社の双方の柔軟性を併せ持つ形態とも言えるでしょう。

S.A.S.は、自然人または法人からなる1人以上の出資者で設立が可能であり 、これは日本の株式会社と同様、単独での事業設立を可能にする柔軟な要件です。資本金については、法律上の最低金額は定められておらず 、定款で自由に設定できます。また、払込資本金のうち、設立時に現金で払い込まれる部分については、その4分の1以上を払い込めば良く、残りは設立から最長3年以内に払い込むことが認められています。この点は、設立時の負担を軽減する大きな利点です。さらに、S.A.S.は、現金出資や現物出資に加えて、「ノウハウ」や「技術」といった労務出資(apport en industrie)も認められている点が特徴的であり 、これは日本の会社法にはない大きな違いです。 

ガバナンスの面では、S.A.S.は、社長(président)の選任が必須であるものの、それ以外の機関については定款で自由に設計することが認められています。これにより、日本の株式会社のような厳格な取締役会を設ける必要はなく、事業の規模や目的に応じて柔軟な経営体制を構築することが可能です。会計監査人の選任は、年間売上高が法令で定められた基準を超える場合にのみ義務付けられます。ただし、S.A.S.は株式を公開することはできず 、この点がS.A.との明確な違いとなります。 

その他の会社形態

モロッコには、上記3つ以外にも、以下のような会社形態が存在します。

  • 合名会社(Société en nom collectif:SNC):すべての出資者が会社の債務に対して無限責任を負います。
  • 合資会社(Société en commandite simple:SCS):無限責任社員と有限責任社員で構成される会社形態です。
モロッコ有限会社(S.A.R.L.)モロッコ株式会社(S.A.)簡易株式会社(S.A.S.)日本の合同会社(LLC)日本の株式会社
根拠法Loi n° 5-96Loi n° 17-95Loi n° 19-20他会社法会社法
最低資本金定めなし30万DH(非公開) 300万DH(公開)定めなし1円〜1円〜
出資者数1人〜50人5人〜1人〜1人〜1人〜
会計監査人選任義務売上高が50M DH超の場合のみ必須定められた基準を超える場合のみ原則不要大会社、公開会社は必須

モロッコでの会社設立手続きの詳細と「CRI」

モロッコでの会社設立手続きの詳細と「CRI」

モロッコでの会社設立手続きは、日本の手続きと比較して煩雑に感じられるステップが多数存在します。しかし、近年導入された政府の施策により、その効率化が大きく図られています。

ワンストップサービス「CRI」の役割

モロッコ政府は、地方投資管理センター(Centres régionaux d’investissement:CRI)を全国に設置し、会社設立に関する複数の行政機関への手続きをワンストップで行えるサービスを提供しています。これにより、従来個別に必要だった登記や登録手続きがCRIへの一回の申請で完了できるようになったことから、調査資料によると、迅速な場合は7日程度で会社設立が完了することも可能とされています。

CRIは単なる手続きの窓口ではなく、外国投資を誘致し、地域の経済活性化を推進するためのモロッコ政府の戦略的な取り組みの一環であると考えられます。CRIが全国に配置され、それぞれが地域の投資促進ウェブサイトを運営していることは、国全体として外国企業を歓迎し、円滑な事業開始をサポートしていることの証左です。CRIに書類を提出することで、会社は商業裁判所での商業登記、税務局での法人税・付加価値税・事業税の登録、そして社会保険センター(CNSS)への登録を同時に完了することができます。

設立手続きの主要なステップ

会社設立手続きは、主に以下のステップで進行します。

  1. 商号登録証明書(Certificat négatif)の取得:会社名の登録は、産業財産権庁(OMPIC)で行う必要があります。この証明書は、希望する商号が既に使われていないことを証明する最初のステップであり、その後の全ての登記手続きに必須となります。 
  2. 会社定款(Statuts)の作成:定款は会社の憲法にあたるものであり、会社の名称、事業目的、所在地、資本金額、出資者の情報などを記載します。この定款は、弁護士や公認会計士といった専門家の協力を得て作成することが一般的であり、事業内容に適した、将来的な紛争を未然に防ぐための条項を盛り込むことが不可欠です。
  3. 資本金の払い込み:S.A.R.L.は資本金10万ディルハム超の場合に、S.A.は全額を銀行の仮口座に払い込む必要があります。この手続きの後、銀行から発行される払込証明書は、登記手続きの重要な添付書類となります。 
  4. 登記・登録:定款の作成と資本金の払い込みを終えた後、CRIを通じて、税務局での登録、商業裁判所での商業登記、社会保険センターへの登録を同時に行うことができます。この一連の登録が完了すると、会社は法的実体を得て、「Registre du Commerce(商業登記簿)」に記載され、商業活動を開始する法的根拠を得ます。 
  5. 法定公告:商業登記が完了した後、会社設立の事実を、法定公告紙(Journal d’annonces légales)と官報(Bulletin Officiel)に掲載することが義務付けられています。これにより、会社の設立は第三者に対しても効力を有することになります。 

モロッコでの会社運営における法的義務と注意点

会社設立が完了した後も、事業を円滑に運営していくためには、日本の法務実務とは異なる点に注意を払う必要があります。特に、出資者の有限責任の原則が、モロッコの裁判実務においては常に適用されるわけではないという重要な点について理解しておくことが不可欠です。

有限責任の例外と経営者の個人責任

モロッコの会社法はS.A.R.L.やS.A.の出資者に対し、原則として出資額を限度とする有限責任を認めています。しかし、この原則には重要な例外が存在します。特に、経営者が不正行為や経営上の重大な過失を犯した場合、会社の破産手続き(liquidation judiciaire)において、その責任が厳しく追及され、個人資産にまで責任が拡大する可能性が高まっています。

一部の資料によると、近年の商事裁判所の判例では、こうした経営者の責任追及が全体の破産手続きの30%から40%に達しており、2000年代初頭の10%程度から大幅に増加しているとされています。このデータが正しいとすると、モロッコの司法は、形式的な有限責任原則よりも、経営者の職務遂行における誠実性とコンプライアンスを重視する傾向を強めていることがわかります。この状況は、日本の経営者や法務担当者にとって、「有限責任だから大丈夫」という安易な考えはモロッコでは通用しないことを示唆しています。モロッコでの事業運営においては、厳格なガバナンス体制を構築し、法令遵守を徹底することが、個人資産を保護する上で極めて重要であると言えるでしょう。 

外国人投資家向けの特別な留意事項

モロッコは、外国投資を積極的に奨励する政策をとっています。原則として、外国人投資家による100%の資本保有が認められており、地元のパートナーを義務付ける規定はありません。これは、中東・北アフリカ地域の一部の国で見られるパートナーシップ義務とは大きく異なる点です。また、モロッコの外貨両替規制(Foreign Exchange Office)を遵守すれば、投資資本や利益、配当金の送金(repatriation)も可能です。

外国人従業員を雇用する場合、モロッコ労働法Loi n° 65.99(法律第65-99号)に基づき、労働省から労働許可証(visa apposé sur le contrat de travail)を取得することが法律で義務付けられています。この許可証の取得は、国内の労働力を保護することを目的としていますが、高レベルの役職者や国内に人材が不足している特定の専門職(例:年5年以上の経験を持つエンジニアや建築家、企業のジェネラルマネージャーなど)については、手続きが簡素化される制度が存在します。これは、モロッコが単なる労働力の保護だけでなく、経済発展に必要な高度な人材の確保も重視していることを示しています。 

会計監査人の役割と責任の範囲

S.A.に義務付けられている会計監査人(commissaire aux comptes)の役割は、単に財務諸表の監査に留まりません。その任務は、財務監査に加えて、企業の法令順守(コンプライアンス)や内部統制の有効性評価にまで及ぶとされており、この広範な職務範囲は、日本の監査役制度の機能に近いものと言えるでしょう。

この会計監査人の包括的な役割は、前述の「有限責任の例外」とも深く関連しています。会計監査人が企業の不正やコンプライアンス違反を発見し、それを報告する義務を怠った場合、その責任が追及される可能性があります。また、監査人が発行する報告書は、経営者の職務遂行における不正や重大な過失を証明する重要な証拠となり、経営者の個人責任追及の根拠となり得ます。このように、会計監査人制度は、企業の透明性を高めるだけでなく、経営者の行動を規律する重要な機能を果たしているのです。

まとめ

本件記事では、モロッコでの事業展開に不可欠な有限会社と株式会社について、その法的枠組みと設立手続きを詳細に解説しました。特に、日本の制度と大きく異なる「最低資本金要件」や「出資者数の制限」、そして「会計監査人設置義務」について、その背景にあるモロッコの法制度の考え方を紐解きました。また、設立後の運営においては、一見すると日本と同じ「有限責任」の原則が、モロッコの裁判実務においては経営者の過失により容易に覆され、個人責任が追及される可能性があるという重要なリスクについても言及しました。これらの複雑な法務・実務上の課題を円滑に乗り越えるためには、モロッコと日本の両法に精通した専門家による的確なサポートが不可欠です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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