弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

スイスの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スイスの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

スイスは、その安定した経済と政治体制、そして国際的な中立性から、多くの国際企業、投資家、そして個人にとって魅力的な拠点となっています。しかし、その法制度は多層的であり、特定の分野では独自の規制が存在しています。

本記事では、スイスの法体系の基礎から、企業法、知的財産法、データ保護法、不動産法、税法、雇用法といった主要分野における最新の動向と具体的な規制内容までを網羅的に解説します。特に、2023年に発効した企業法改革や、AIおよびデータ保護法制における独自の取り組みなど、近年の重要な変化にも焦点を当ててます。

スイスの法制度の基盤

連邦制と民法典

スイスの法制度を理解する上で、その根幹をなす二つの原則、すなわち連邦制と民法典(大陸法)の体系を把握することが不可欠です。スイスは連邦国家であり、法律は連邦(Confederation)、26の州(Canton)、および基礎自治体(Municipality)の3つのレベルで構成されています。

連邦法は連邦議会によって制定され、州法は州議会、自治体法は自治体議会によって制定されます。連邦憲法によって明確に権限が付与されている事項は連邦が管轄し、それ以外の事項は州が管轄権を保持しています。この連邦制の原則に基づき、連邦法は州法や州憲法に優越します。

スイスの法制度は、ドイツやフランスの法体系から影響を受けた大陸法システムに属しています。特に、スイス民法典(ZGB)は1912年に発効し、ドイツ民法典やナポレオン法典の経験から学びつつ、スイス固有の要素を多く取り入れて作られました。この民法典は、家族法、相続法、物権法といった市民間の関係を包括的に規定しています。また、スイス債務法典(OR)は民法典の第5部として位置づけられ、契約法、不法行為法、商事法、会社法などを網羅しています。

スイス民法典と債務法典は、その明確で理解しやすいスタイルから、国際的にも高く評価されており、トルコやペルーの法典に影響を与えたほか、日本、韓国、台湾といった東アジア諸国の法典にもその影響が見られます。

ただ、連邦制故の複雑さもあり、例えば、民事・刑事訴訟においては、各州が独自の訴訟手続き法を持っています。連邦法の統一的な適用を確保する役割を担っているのが連邦最高裁判所で、連邦最高裁判所は、下級の州裁判所が連邦法を正しく適用したかについて審査を行うことで、法解釈の統一性を図っています。

裁判所制度と司法の構造

スイスの裁判所制度は連邦制を反映した多層的な構造になっています。各州には、第一審および上訴審の裁判所が設置されています。これらの州裁判所が、大部分の民事および刑事事件を管轄します。

連邦レベルでは、スイス連邦最高裁判所(Swiss Federal Tribunal)、スイス連邦刑事裁判所(Swiss Federal Criminal Court)、スイス連邦行政裁判所(Swiss Federal Administrative Court)の3つの主要な裁判所が設置されています。

連邦最高裁判所は、スイスの最高司法機関であり、州の最高裁判所や連邦下級裁判所の判決に対する上訴を審査します。その主要な役割は、事実関係を再検証することではなく、法的な問題に焦点を当て、連邦法の統一的な適用を確保することにあります。一方、連邦刑事裁判所は、特定の連邦管轄権に属する刑事事件を第一審として審理します。この役割は、州の管轄権からの逸脱として機能し、連邦レベルでの専門的な司法機能を提供しています。

スイスは大陸法体系に属するものの、連邦最高裁判所は、法律に明確な規定がない場合に判例を通じて法を形成する重要な役割を担っています。これにより、法典中心主義と判例法主義の要素を組み合わせた、柔軟な法制度が実現されています。

スイスの企業法とコーポレート・ガバナンス

スイスの企業法とコーポレート・ガバナンス

スイス企業法改革2023の要点

2023年1月1日に発効したスイス企業法改革は、企業運営の柔軟性の向上と少数株主権の強化という二つの主要な目的を掲げています。この改革は、特に非上場企業に大きな影響を与えるものであり、以下のような主要な変更点が含まれています。

  • 外貨建て株式資本:スイスの株式会社(AG/SA)は、もはや株式資本をスイスフラン(CHF)で設定する必要がなくなりました。代わりに、事業の機能通貨であり、財務諸表で使用されている場合に限り、EUR、USD、GBP、Jpyなどの主要外貨で設定することが可能になりました。この変更は、会計上の報告通貨と株式資本の通貨を一致させることで、為替変動による不整合を解消することを目的としています。
  • 資本バンド(Capital Band):従来の「授権資本」に代わり、新設された制度です。この制度では、株主総会が、取締役会に対して、最長5年間、株式資本を上下50%の範囲内で増減させる権限を付与できます。これにより、資金調達や資本構造の変更をより迅速かつ柔軟に行うことが可能になります。資本削減の権限を付与する場合、債権者保護の観点から、小規模企業であっても監査義務の免除(opting-out)が不可能となります。
  • バーチャル株主総会:会社定款に明記することで、バーチャル形式の株主総会や、リモート参加者がいる物理的な総会を開催することが明示的に許可されました。
  • 少数株主の保護:少数株主権が強化されました。例えば、非上場企業では、資本または議決権の10%以上を保有する株主は、株主総会外でも取締役会に書面で質問する権利を得ました。

これらの改革は、スイスを国際的なビジネス拠点としてより競争力のあるものにしようとする意図によるものでしょう。特に、外貨建て株式資本の導入は、国際企業にとっての利便性を大きく向上させます。また、現物出資に関する規則の廃止は、会社設立や増資をより効率的にします。資本バンドの導入は、取締役会に柔軟性を与える一方で、株主や債権者の保護を考慮した設計となっています。

変更点改革の概要適用範囲関連法規
外貨建て株式資本株式資本をEUR, USD, GBP, JPYなどの主要外貨で設定可能該当通貨が事業の機能通貨であり、財務諸表の報告通貨であること債務法典(CO)第621条  
資本バンド取締役会に最長5年間、株式資本を上下50%の範囲で増減させる権限を付与従来の授権資本に代わる新制度債務法典(CO)第653s条以下  
バーチャル株主総会定款に規定することで、完全なバーチャル総会やハイブリッド総会が開催可能となる組織の運営の柔軟性を大幅に向上債務法典(CO)第701d条以下  
少数株主保護少数株主が総会外でも質問権を行使できる権利などを強化非上場企業:資本または議決権の10%  債務法典(CO)第697条以下  
その他中間配当の明文化、現物出資規制の廃止、紛争仲裁条項の定款への記載許可など会社設立や資本調達の効率化を目的とする  債務法典(CO)第675a条、第713条など  

主要な会社形態

スイスで事業を行う上で最も一般的な会社形態は、株式会社(AG/SA)と有限会社(GmbH/SARL)です。これらの資本会社は法人格を有し、負債に対する責任は会社の資産に限定されます。

  • 株式会社(AG/SA):株式を発行する形態であり、最低資本金は100,000 CHFです。設立時に最低50%を払い込む必要があります。株主総会、取締役会、外部監査役の3つの機関が法律上必須とされています。
  • 有限会社(GmbH/SARL):より小規模な企業に適した形態で、最低資本金は20,000 CHFです。最低1名の役員がスイス居住者である必要があります。

株式会社は、法人所得と株主の配当所得に対する二重課税という側面がありますが、近年の税制改革により、配当のパーシャル課税が導入され、この負担は軽減されています。

項目株式会社 (AG/SA)有限会社 (GmbH/SARL)
最低資本金100,000 CHF  20,000 CHF  
払い込み設立時に50%以上  設立時に100%  
責任範囲会社の資産に限定  会社の資産に限定  
必須機関株主総会、取締役会、外部監査役  社員総会、経営陣
監査必須一定の規模を超える場合に必須で、小規模企業はオプトアウト可能
居住者要件少なくとも1名の代表者がスイス居住者であること  少なくとも1名の代表者がスイス居住者であること  

スイスのオープンソースソフトウェア(OSS)政策

スイスはオープンソースソフトウェア(OSS)に関して積極的な政策を打ち出しています。スイスは「政府の任務遂行のための電子的手段の利用に関する連邦法(EMBAG)」を制定し、「公金は公開コード(public money public code)」の原則を掲げました。

この法律は、連邦当局が自ら、または第三者のために開発したソフトウェアのソースコードを、第三者の権利やセキュリティ上の懸念がない限り、公開することを義務付けています。この義務化は、政府のIT運用における透明性、セキュリティ、効率性を高め、ベンダーロックインを減らすことを目的としています。この法律は、デジタル主権を強化し、OSSの利用を促進することで、イノベーションと公共サービスにおける協力を促すというスイスの積極的な政策を示しています。ただし、この法律は連邦政府にのみ適用され、州や自治体には適用されない点に注意が必要です。

スイスのデータ保護法とプライバシー規制

2023年9月1日に発効した改正連邦データ保護法(FADP)は、スイスのデータ保護法制を大幅に刷新しました。この法律は、EUのGDPR(一般データ保護規則)と互換性を持つように設計されており、EU・EEA(欧州経済領域)との間で安全なデータフローを確保することを目的としています。

改正FADPの最も重要な特徴は、データ保護違反に対する罰金が、原則として違反を犯した個人に課される点です。これは、組織に罰金を科すGDPRとは根本的に異なる法的哲学であり、個人に対する厳格な責任追及を目的としています。この罰金は、保険でカバーされたり、会社が肩代わりしたりすることができず、違反を犯した個人が直接責任を負うことになります。罰則の適用には「意図的な」違反が要件となりますが、これは「犯罪の実現を可能であると認識し、それを受け入れた」場合も含まれます。

項目改正FADPGDPR
罰金上限額250,000 CHF  2,000万EURまたは企業の全世界売上の4%の高い方  
罰金対象者原則として違反を犯した個人  違反を犯した企業(法人)  
DPO要件任意(推奨)  特定の条件下で義務  
プライバシー通知GDPRと比較して少ない通知・情報開示で済む  詳細な通知・情報開示が必須  
国際データ転送連邦参事会が十分性を判断、または同意が必要  EU標準契約条項(SCC)または拘束的企業準則(BCR)などの適用が必要  

スイスの不動産法と外国人の不動産取得規制

不動産登記制度とカダストル

スイスの不動産登記制度は、土地の所有権や物権(抵当権、地役権など)を公的に登録するシステムです。連邦政府が不動産登記制度全体の監督責任を負いますが、実際の登記所の設置・運営は各州が担当しています。全国統一の中央データベースは存在せず、この点にもスイスの連邦制が反映されています。

外国人の不動産取得に関するレックス・コラー法

スイスは、外国人による不動産取得を制限する「連邦不動産取得法(通称:レックス・コラー法)」を制定しています。この法律は、不動産投機を防ぎ、国内の不動産価格の安定と景観の保護を目的としています。

  • 規制の対象者:スイスの有効な居住許可証(BまたはC)を保有しない外国人が「レックス・コラー法上の外国人」とみなされます。
  • 規制の対象となる不動産:原則として、居住用不動産の取得が厳しく制限されており、管轄の州当局からの許可が必要となります。
  • 例外:一方で、商業用不動産(オフィス、工場、ホテル、レストランなど)は、事業目的であれば一般的に許可は不要です。

外国人による居住用不動産の投機を抑制し、国内の居住環境を保護しつつ、商業目的の投資には比較的寛容であるというバランスです。

スイスの税法制度

スイスの税制度は、連邦、26の州、および約2,200の地方自治体という3つのレベルで構成されています。各レベルで独自の税法と税率が適用されるため、居住地や事業所の選択は、個人の生活や企業の経営において重要な税務計画となります。

  • 法人税:法人所得税は、連邦レベルでは全土で統一されており、実効税率は7.83%です。しかし、州および地方自治体によって税率が大きく異なるため、所在地によって合計の税負担は大きく変動します。
  • 個人所得税:個人所得税も連邦、州、地方の3レベルで課税され、州や自治体によって税率が大きく異なります。

州や自治体が独自の税率を設定できるスイスの連邦制は、「タックス・コンペティション(税率競争)」を引き起こしています。これにより、法人税率が低いツーク州のように、特定の州がビジネス拠点として非常に魅力的になっています。ただし、近年、OECDがグローバル最低法人税率(15%)を導入したことに伴い、一部の低税率州では、税収を維持するために税率を引き上げる動きが見られます。

スイスの雇用法と労働者の権利

スイスの雇用法と労働者の権利

雇用契約と法的義務

スイスの労働時間に関する法定上限は、特定の職種に応じて週45時間から50時間と定められています。有給休暇は、勤続1年後には最低年4週間、20歳未満の従業員には5週間が保証されています。また、雇用主は、年金、障害保険、失業保険(UI)などの社会保障拠出金を従業員の給与から控除し、支払う義務を負います。特に失業保険は、自営業者を除くすべての被雇用者に強制的に加入が義務付けられています。失業手当の受給資格は、過去2年間に最低12ヶ月の被雇用期間があることなど、厳格に定められています。

解雇に関する法制度

スイス法では、私的な雇用関係における解雇の自由が原則とされています。これは、雇用主が特定の理由なく従業員を解雇できることを意味します。ただし、雇用主は、法律で定められた通知期間を遵守する必要があります。通知期間は、試用期間中は7日間、勤続年数に応じて1ヶ月から3ヶ月に延長されます。

解雇が「濫用的(abusive)」とみなされた場合、解雇自体は有効に成立しますが、雇用主は最大6ヶ月分の給与を上限とする補償金の支払いを命じられる可能性があります。性差別、報復、または不適切な理由に基づく解雇は、濫用的であると判断される典型例です。この補償金制度は、雇用主が恣意的に従業員を解雇することを抑制し、労働市場の健全性を保つセーフティネットとして機能しています。また、妊婦や病気・怪我の従業員は一定期間解雇から保護され、50歳以上で20年以上勤務した従業員には法定の退職金が支払われる場合があるなど、特定の従業員に対する保護規定も存在します。

特定の産業に関するスイスの法規制

金融サービス

スイス金融市場監督局(FINMA)は、スイスの金融市場を監督する独立した機関であり、銀行、資産運用会社、保険会社など、金融サービスを提供するすべての事業体にライセンスを付与し、監督する役割を担っています。スイスは、伝統的な金融ハブとしての地位を維持しつつ、新しい技術やビジネスモデルに適応するため、要件を緩和した「フィンテック・ライセンス」を導入しています。外国企業がFINMAライセンスを取得するには、相互主義原則の遵守、スイス子会社や支店の設立、およびスイス国内に居住する役員の配置が求められます。

広告規制

医薬品広告は、治療製品法(TPA)および医薬品広告条例(OMPA)によって厳格に規制されています。特に、処方薬の事前承認プロモーションや一般消費者向け広告(DTC)は禁止されています。インターネット上の広告も、処方薬の場合、医療専門家(HCP)に限定され、パスワードで保護されている必要があります。

スイスの医薬品監督機関であるスイスメディック(Swissmedic)は、医薬品の広告や報道を定期的に監視し、患者の安全を確保する役割を担っています。誤解を招く広告、誇大な表現、不正な使用を促すような広告は禁止されており、違反が証明された場合、警告、罰金、製品回収、刑事訴訟などの措置を取ることができます。

また、スイスメディックは、広告と「健康や疾病に関する一般的な情報」を厳密に区別しています。例えば、患者の体験談や成功事例、価格比較、推奨事項は、客観的でバランスの取れた情報ではなく、広告とみなされるため、これらの表現には細心の注意が必要です。

まとめ

スイスの法制度は、連邦、州、地方自治体の各レベルで法律が制定される連邦制を基盤としており、法制度が複雑である一方、地域社会の多様性を尊重し、税率競争を通じてビジネスの柔軟性を生み出しています。また、企業法改革に見られるように、スイスはビジネスの柔軟性を高める一方で、少数株主や労働者の権利といった市民の保護も同時に強化しています。データ保護法における、個人に対する厳格な罰金制度も、この「保護」の哲学の表れと言えるでしょう。

総じて、スイスの法制度は安定しており、予見可能性が高いものの、州ごとの差異や、デジタル化に伴う法改正の動向など、専門的な知見がなければ把握しにくい側面も併せ持ちます。スイスでの事業展開、投資、または居住を検討する際には、専門家によるサポートが必要だと言えるでしょう。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る