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スイスの会社形態と会社設立について弁護士が解説

スイスの会社形態と会社設立について弁護士が解説

スイス連邦(以下、スイス)は、その経済的安定性、魅力的な税制、そして明確な法規制により、国際的な事業展開の拠点として非常に人気があります。特に、株式会社(Aktiengesellschaft, AG/SA)と有限会社(Gesellschaft mit beschränkter Haftung, GmbH/SARL)は、外資系企業にとって最も一般的な選択肢です。これらの資本会社は、負債に対する責任が会社の資産に限定されるという点で、日本の会社法における株式会社や合同会社と共通の利益を提供します。しかし、スイスでの事業展開を成功させるためには、日本の制度との重要な相違点を深く理解する必要があります。

本稿では、AGとGmbHそれぞれの法的特性、設立時に必須となる高額な最低資本金要件、そしてコンプライアンスを確保するためのスイス居住役員の義務付けといった、日本法との決定的な異同点について、スイス債務法典(Obligationenrecht, OR)に基づき詳細に解説します。さらに、AG選択の大きな動機となる、配当所得に対する部分課税制度(Teilbesteuerung)が、2020年の税制改革(STAF)後にどのように優遇されるようになったのか、その具体的な仕組みを掘り下げます。

スイス資本会社の法的特性と日瑞会社法の構造的比較

スイスで事業を展開する上で主要な法的基盤となるのが、スイス債務法典(OR)です。この法典に基づき設立される株式会社(AG)有限会社(GmbH)は、いずれも負債に対する責任が会社の資産に限定される法人格を有しており [User Query]、これは日本の株式会社(K.K.)や合同会社(G.K.)における出資者責任の限定という原則と共通しています。

スイス会社法の基礎:有限責任の原則と法人格の確立

AGとGmbHは、出資者(株主または社員)の個人財産を事業リスクから隔離するという基本的な保護を提供します。これは国際的な資本取引における標準的な仕組みですが、スイス法の下では、設立に際して日本法には見られない厳格な形式要件と資本要件が課せられています。特に、日本法との比較において、以下の2つの点が最も戦略的な考慮を要する相違点となります。

最低資本金要件:日本の「1円設立」との決定的な相違点

日本の会社法が2006年の改正以降、株式会社、合同会社ともに最低資本金1円での設立を認めているのに対し、スイスの資本会社は、設立時に十分な資本を確保することを義務付けており、この点で日瑞の会社法は大きく異なります。この資本要件の厳格さは、スイス法人の信頼性を高める一方で、初期投資の負担を増大させます。

株式会社(AG/SA)の資本要件

AGは、大規模な事業や公的な信頼性を重視する企業を対象とした形態であり、その最低資本金は100,000スイスフラン(CHF)と定められています(OR第621条)。設立時においては、この最低資本金のうち、総引受資本の20%以上、かつ最低でもCHF 50,000を払い込む必要があります。これは、日本の株式会社と比較して非常に高額であり、特にスタートアップや中小企業にとって初期の資金計画における重要な論点となります。

有限会社(GmbH/SARL)の資本要件

GmbHは、より小規模で設立手続きが簡便な形態ですが、最低資本金としてCHF 20,000が必要です。AGと決定的に異なるのは、GmbHの場合、この最低資本金全額(100%)を設立時に払い込むことが義務付けられている点です。日本の合同会社(G.K.)が実質的に1円から設立可能であることと比較すると、GmbHであってもスイス進出には相応の初期資本が求められることが理解できます。

スイス居住役員の義務付け:コンプライアンス上の最重要要件

日本の会社法では、代表取締役などの役員に日本国内の居住を義務付ける規定は撤廃されています。しかし、スイスでは、AGとGmbHのいずれの形態を選択した場合でも、その会社がスイス国内で確実に機能することを担保するため、居住要件が必須とされています。

この義務はスイス債務法典に明確に規定されており、AG(OR第718条第4項)およびGmbH(OR第814条第3項)は、少なくとも1名の取締役(または経営者)をスイスに居住させ、商事登記簿に署名権限者として登録することを義務付けられています。

この要件は、単なる形式的なものではなく、会社がスイスの税務当局や社会保障機関と円滑に連携し、国内に経済実体を持つことを保証する目的があります。外国企業がこの要件を満たすためには、スイス居住の専門家を役員として選任することが一般的ですが、この選任された役員は、OR第754条に基づき、職務上の故意または過失による損害について個人責任を負う可能性があるため、その選定と責任範囲の明確化は極めて重要となります。

スイスの株式会社(AG/SA):国際的な優位性と厳格な機関設計

AGは、その高い柔軟性、匿名性、そして市場での認知度の高さから、国際的な企業活動や大規模な資金調達を志向する企業に最適です。

機関設計とガバナンス構造の必須性

スイスのAGは、日本の株式会社と同様に、権限分立に基づく厳格なガバナンス構造を求められます。法律上、以下の3つの機関の設置が必須とされています。

  1. 株主総会:最高の意思決定機関。
  2. 取締役会(Board of Directors, Verwaltungsrat):業務執行および代表権を有し、少なくとも1名のスイス居住取締役を含める必要があります。
  3. 外部監査役(Auditors):会計監査を担う機関。

取締役会は、社内規程によって代表権を特定の取締役や第三者に委任することができますが、スイス居住役員が最低限の代表権を持つことは必須要件です。

株主の匿名性と株式譲渡の柔軟性

AGの選択が日本の投資家や経営者に大きなメリットをもたらす要素の一つが、株主のプライバシー保護です。AGの株主情報は、GmbHの社員情報とは異なり、スイスの商事登記簿に公開されることはありません。これにより、AGは高い匿名性を享受できます。

また、AGの株式は、定款で別途制限が設けられていない限り、原則として自由に譲渡することが可能です。これにより、資本の流動性が確保され、将来的な外部からの資金調達や株式公開(IPO)といった戦略的な選択肢が開かれます。

厳格な監査義務の基準

スイスのAGは、その規模に応じて厳格な外部監査義務が課せられます。これは、日本の会社法における非公開会社の監査義務が比較的緩やかな場合があることと対照的です。

  • 普通監査(Ordinary Audit):以下の3つの閾値のうち2つを2期連続で超えた場合、AGは普通監査を受けることが義務付けられます。
    • 貸借対照表合計:CHF 2,000万
    • 売上高:CHF 4,000万
    • 年間平均フルタイム従業員数:250人
  • 限定的法定監査(Limited Statutory Examination):上記の普通監査の閾値に満たないAGであっても、原則として限定的法定監査を受ける義務があります。

この義務は、AGが高い信頼性を維持し、国際的な基準に適合した会計報告を行うために不可欠な要素です。

スイスの有限会社(GmbH/SARL):小規模事業と設立後の留意点

GmbHは、AGよりも少ない最低資本金で設立が可能であり、中小規模の企業や、出資者と経営者が密接な関係を持つ「人中心」の組織運営に適しています。

GmbHの構造とAGとの本質的な差異

GmbHは、最低資本金がCHF 20,000であり、これを設立時に全額払い込む必要があります。経営は、社員(メンバー)によって任命された一人または複数の経営者(Managing Directors)によって行われます。AGと同様に、この経営者のうち少なくとも1名はスイス居住者であることが義務付けられています。

社員の公開と持分譲渡の制約

GmbHを選択する上での最大の留意点は、その所有構造の透明性にあります。AGの株主が匿名であるのに対し、GmbHの社員(出資者)の情報は、スイスの商事登記簿に公開されます。これにより、第三者は会社の所有者を容易に確認することができます。

また、GmbHの持分(Quotas)の譲渡は、AGの株式譲渡ほど柔軟ではありません。通常、定款により譲渡が制限されることが多く、実質的には日本の合同会社(G.K.)の持分譲渡と同様に、社員間の合意や制約が伴います。

スイスにおける会社設立のプロセスと税務上の重要判例

スイスにおける会社設立のプロセスと税務上の重要判例
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スイスで資本会社を設立するプロセスは、州が管轄する商事登記簿への登録が中心となりますが、AGやGmbHのような資本会社については、公証人の関与が必須とされる点で形式が厳格です。

設立手続きの形式的厳格性

AGおよびGmbHの設立には、定款の作成を含め、定められた書類を準備し、公証人による認証(Notarial Act)を受ける必要があります。その後、関連する州の商事登記簿に登録されることで、初めて会社は法人格を取得します。

スイスの商事登記簿は州ごとに管理されていますが、連邦の中央事業名称索引(Zefix)を通じて、その情報をオンラインで一元的に検索することが可能です。近年、EasyGov.swissのようなオンラインプラットフォームが設立文書の準備を支援していますが、AGやGmbHについては、公証人の関与を省略することはできず、公証手続きを経た後に商事登記簿への登録が行われます。登録が完了すると、その公式通知はスイス商業官報(Swiss Official Gazette of Commerce, SOGC)に掲載されます。

事業再編における潜在的留保利益の評価:連邦最高裁判所の判例

日本の企業がスイスに進出し、個人事業や既存の事業体からスイスのAGへ事業を移管・再編する場合、移管される資産の評価は税務上の大きなリスク要因となり得ます。特に、独立当事者間で発生しない取引においては、資産の含み益(潜在的留保利益)に対する課税評価が問題となります。

判例の概要

スイス連邦最高裁判所は、個人事業から新設された株式会社への事業譲渡に伴う清算利益の決定について、重要な判断を下しています。

  • 裁判所名および判決年月日:スイス連邦最高裁判所(Tribunal fédéral) 2025年4月8日判決 (事件番号 9C_362/2024)。
  • 争点:個人事業の事業譲渡における含み益(Réserves latentes)の評価について、納税者が主張する市場価格に基づく評価方法(例:EBITDA倍率)ではなく、スイス税務当局が慣行的に適用する「実務家の方法」(méthode des praticiens)を用いることの妥当性。
  • 判旨:連邦最高裁判所は、関連当事者間の取引における評価において、下級裁判所がスイス税会議の通達に基づく「実務家の方法」を適用して含み益を評価した判断が、連邦法に反しないことを認めました。

判例の示唆

この判例は、日本の事業者がスイスで組織再編を行う際、特に自己または関連会社間で事業を移管する場合、国際的な移転価格税制の観点だけでなく、スイス国内の税務当局が長年使用してきた慣行的な評価方法(実務家の方法)に則った含み益の算定が求められ、その結果として想定外の課税リスクが生じる可能性があることを示しています。したがって、組織再編時には、スイスの税務慣行を深く理解した上での厳格な評価が必須です。

スイス税制の戦略的論点:配当所得の部分課税制度(Teilbesteuerung)の詳細

スイス法人を設立する大きなメリットの一つは、法人レベルでの所得課税に加えて、株主レベルで課される配当所得に対する二重課税負担を軽減するための優遇措置、すなわち部分課税制度(Teilbesteuerung)が適用される点です。

部分課税制度の仕組みと適格参加の定義

部分課税制度は、自然人(個人株主)が保有する株式から生じる配当所得に対して、その課税ベースを部分的に減額する仕組みです。この優遇措置が適用されるのは、以下の要件を満たす適格参加(Qualifizierte Beteiligung)からの配当所得に限定されます。

  • 適格参加の要件:株式資本または利益・留保金の10%以上を保有する参加、あるいは市場価値がCHF 100万以上の参加である必要があります。

2020年税制改革(STAF/TRAF)後の具体的な課税率

2020年1月1日に施行された「税制改革とAHV資金調達に関する法律」(STAF/TRAF)により、適格配当所得の部分課税の基準が連邦レベルで統一され、州レベルでの最低課税割合が引き上げられました。

連邦直接税(DBG)における課税率

STAF施行後、連邦直接税においては、適格参加からの配当所得のうち、70%が課税対象となります。残りの30%は非課税として扱われます(DBG第20条第1項bis)。これは、STAF以前の連邦レベルでの課税率(60%)と比較して引き上げられたものです。

州・自治体税における課税率

州・自治体税においては、州によって課税割合が異なりますが、STAFの導入により、最低でも50%の配当所得を課税対象とすることが義務付けられました。現在の州税の課税割合は、通常50%から80%の範囲で設定されています。

課税方法の統一:部分所得方式の優位性

STAFの重要な変更点として、州および自治体税においても、配当所得の課税において部分所得方式(Teileinkünfteverfahren)の適用が義務付けられたことが挙げられます。これは、以前一部の州で採用されていた「部分税率方式」よりも納税者にとって有利に働きます。

部分所得方式では、配当所得の課税対象となる割合(例:連邦税では70%)のみが納税者の総所得に加算されます。これにより、所得全体が低く抑えられ、適用される累進課税の税率を引き上げる効果が抑制されます。

課税レベル課税対象となる割合非課税となる割合STAF以降の適用方式
連邦直接税70%30%部分所得方式
州・自治体税50%~80%20%~50%部分所得方式(最低50%課税)

配当に対する源泉徴収税の取り扱い

スイスのAGが株主に対して配当を行う際、国内配当に対しては35%の源泉徴収税が控除されますが、これは最終的な税金ではなく、納税者が正しく配当所得を申告した場合に全額が還付される「セーフガード」的な性格を持ちます。外国の源泉徴収税が適用される場合、スイスが締結している租税条約(DTA)に基づき、一部の還付または控除を申請することが可能です。

まとめ

スイスでの事業展開を検討する日本の経営者や法務担当者にとって、AG(株式会社)とGmbH(有限会社)の選択は、単なる名称の違いではなく、資本構造、ガバナンス、そして税務上の優遇措置に直結する戦略的な判断となります。

AGは、最低資本金CHF 100,000の要件や、株主の匿名性、株式譲渡の柔軟性から、将来的な成長や大規模な資金調達を志向する企業に適しています。一方、GmbHは最低資本金CHF 20,000で、より小規模な事業に適合しますが、資本の全額払込が要求され、社員情報が公開されるという点に留意が必要です。

日瑞の会社法の最大の違いは、日本の「1円設立」に対するスイスの厳格な最低資本金要件と、OR第718条および第814条に基づくスイス居住役員の義務付けです。特に居住役員の選任は、スイス当局とのコンプライアンスを維持し、会社の経済実体を担保する上で不可欠な要素です。

また、AGの適格参加からの配当所得に対する部分課税制度(連邦税70%課税、州税最低50%課税)は、二重課税の負担を軽減し、スイスを拠点とする持株会社や投資活動において大きな税務上の優位性をもたらします。さらに、事業再編を伴う場合は、スイス連邦最高裁判所の判例(2025年4月8日判決 9C_362/2024)が示すように、税務当局が慣行的に適用する資産評価方法を事前に確認し、潜在的な課税リスクを管理する必要があります。

これらの複雑なスイスの会社法、税制、および現地でのコンプライアンス要件への対応には、国際企業法務に精通した専門的なサポートが必要です。モノリス法律事務所では、貴社のスイス進出計画と最適な会社形態の選択、設立手続き、およびその後の法務・税務コンプライアンスについてサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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