フランスの外国直接投資(FDI)審査制度を解説

フランス(以下、フランス共和国)は、伝統的に資本の自由な移動を原則としていますが、国家の安全保障と公共の秩序を保護するため、特定の外国直接投資(FDI)に対して厳格な審査制度を設けています。この制度は、日本の外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく対内直接投資の「事前届出」制度とは根本的に異なり、経済・財務大臣による「事前認可」を必要とします。特に、近年は度重なる法改正によりその適用範囲と大臣の権限が大幅に強化されており、日本企業がフランス企業への投資を検討する際には、この複雑な法的枠組みを正確に理解することが不可欠です。
本稿では、最新の法令、特に2023年末に導入された変更点を踏まえ、フランスの外国直接投資審査制度の全貌と、日本の制度との重要な相違点、そしてM&A実務における具体的な留意点について詳細に解説します。
この記事の目次
フランスの外国直接投資審査制度
フランスの外国直接投資に関する法制度は、金融・通貨法典にその根拠を有します。同法典第L.151-1条は、フランスと海外との間の金融取引の自由を原則として定めています。これは、投資を含む資本の自由な移動が基本的な考え方であることを意味します。しかし、この原則には、国家の安全保障、公衆衛生、および公共の秩序を保護するための重要な例外が設けられています。同法典第L.151-3条は、これらの「国家の利益」に影響を及ぼす特定の活動への外国投資を、経済・財務大臣の事前認可の対象と定めています。この「原則自由、例外規制」という構造は、日本の外為法における考え方と類似しています。
近年、フランスのFDI審査制度は、国家の経済主権を確保する目的から、継続的にその適用範囲と厳格性を高めてきました。その流れは、2019年に制定されたPACTE法(企業成長と変革のための行動計画法)に端を発します。PACTE法は、経済・財務大臣に、違反者に対する罰金賦課や投資の原状回復命令といった強力な権限を付与しました。その後、2019年12月31日付デクレ第2019-1590号が、欧州連合全体でのFDIスクリーニング規則(EU)2019/452の採択と連動する形で、FDI審査制度を全面的に刷新しました。この改正は、審査手続きに二段階プロセスを導入するなど、実務上の運用を大きく変えることとなりました。
2024年1月1日以降のフランスFDI制度変更
近年のFDI制度強化の潮流は、2023年12月28日付デクレ第2023-1293号と同年同日付の命令によって、さらに加速し、恒久的なものとなりました。この法改正は、特に日本の投資家が注意すべき以下の重要な変更を含んでいます。
第一に、議決権閾値の恒久化です。新型コロナウイルスの経済的影響に対処するため、2020年7月に一時的な措置として導入されていた、上場企業への非EU/EEA投資家による議決権10%以上の取得を事前認可の対象とするルールが、2024年1月1日以降、恒久的な制度となりました。これにより、従来の上場企業への25%という閾値は事実上適用されなくなり、より少額の投資であっても審査の対象となる可能性が高まりました。
第二に、審査対象となる機微分野のリストが拡大されました。特に、重要原材料の抽出・加工・リサイクル活動、低炭素エネルギー、フォトニクス、そして刑務所警備サービスが新たに加わりました。これらの分野の追加は、地政学的な緊張の高まりや、EU全体での重要サプライチェーン確保の必要性といった、より広範な背景に基づいています。
第三に、審査対象となる投資の類型が拡大されました。以前は、フランス法に準拠する法人が設立した企業への投資のみが対象でしたが、2024年1月1日以降は、フランス国内で登記された外国法人の商業支店の買収も審査対象に含まれるようになりました。これは、FDI審査を回避しようとする試みを防ぐ意図があると言えます。これらの継続的な制度強化の動きは、フランスのFDI審査制度が単なる国内的な規制にとどまらず、EUの安全保障戦略と密接に連動し、特定の外的要因(パンデミック、地政学的緊張)に迅速に対応する柔軟なシステムとして進化していることを示唆しています。したがって、日本の投資家は、フランスの制度を理解するだけでなく、欧州の広範な安全保障および経済政策の動向にも目を向ける必要があります。
フランスFDIで審査対象となる「投資家」と「投資」

「外国投資家」の広範な定義
フランスの金融・通貨法典第R.151-1条は、事前認可の対象となる「外国投資家」を広範に定義しています。これには、以下のいずれかに該当する個人または法人が含まれます。
- 外国籍の個人
- フランス国内に税法上の住所を持たないフランス籍の個人
- 外国法に準拠する法人
- 上記個人または法人に支配されるフランス法に準拠する法人
この定義は、投資ファンドを通じて投資を行う場合、ファンドマネージャーやファンドを支配する個人・法人の身元も開示が求められるなど、最終的な支配者まで遡及して審査されることを意味します。
事前認可の対象となる「投資」の類型
金融・通貨法典第R.151-2条は、事前認可の対象となる投資を以下の4類型に分類しています。これらのうち、いずれか一つに該当すれば審査の対象となります。
- 支配権の取得(Control Test):商法典第L.233-3条に定める「支配権」を取得する取引が対象となります。日本の会社法では、議決権の過半数保有が子会社とみなされる原則的な要件ですが、フランスの商法典では議決権の過半数以外に、株主間協定に基づく支配や取締役会における多数派形成能力なども「支配権」とみなされることがあります。さらに、議決権の40%以上を保有すると支配権があると推定されることもあります。
- 事業部門の取得(Asset Test):フランス法人が設立した事業部門の全部または一部を取得する取引が対象となります。
- 議決権25%の取得(Threshold Test):非EU/EEA投資家が、フランス法人の議決権の25%以上を単独で、または共同して取得する取引が審査対象となります。
- 議決権10%の取得(Listed Company Threshold):2024年1月1日以降、非EU/EEA投資家が、機微分野の活動を行うフランス上場企業の議決権の10%以上を取得する取引が恒久的に審査対象となりました。
フランスの制度における「支配権」の概念は、日本の法務担当者が通常想定する範囲を超えて広範です。これは、単に議決権比率を見るだけでなく、会社の定款や株主間契約に基づく特別な議決権や支配権限、または間接的な支配構造を詳細に分析しなければならないことを意味します。例えば、親会社に対する議決権閾値の超過が、そのフランス子会社における間接的な議決権閾値の超過とみなされることもあり、取引全体のリスク評価に多層的な視点が不可欠です。
フランスFDIの審査対象となる「機微分野」
審査対象となる機微分野は、金融・通貨法典第L.151-3条および関連デクレで詳細に定められています。そのリストは、伝統的な分野に加え、時代の変化に合わせて継続的に更新されています。これには、国防・軍事、公安、公衆衛生、エネルギー、通信、データ保存、交通、食料安全保障といった分野が含まれます。
研究開発(R&D)活動への注力
近年のFDI審査において、当局は特に研究開発活動を持つ企業への投資に注力していることが報告されています。2024年の年次報告書によると、R&D活動を持つ企業への投資のうち、61%が条件付き認可を受けています。これは、当局が将来の国家の競争力に直結する技術や知的財産の確保をFDI審査の重要な目的としていることを示しています。当局が課す条件の例として、特許ポートフォリオをフランス法人に保有させる義務や、当局への情報提供義務などがあります。
実務上の不確実性への対応
審査対象となる機微分野の定義は包括的であり、個々の事業活動がこれに該当するかどうかの判断は容易ではありません。このような不確実性に対応するため、金融・通貨法典第R.151-4条は、投資家が対象企業との合意に基づき、経済・財務大臣に「事前相談(demande d’avis)」を求めることができる制度を定めています。大臣は2か月以内に回答する義務があり、この制度を利用することで、正式な認可申請に入る前に取引のFDI審査該当性を確認することが可能となります。
フランスFDIの事前認可手続き
二段階の審査プロセス
FDI認可の申請は、経済・財務省のオンラインプラットフォームを通じて行います。審査は原則として二段階制が採用されています。
- フェーズ1:申請受理後、30営業日以内に大臣が以下のいずれかを決定します。
- 審査対象外であると判断する。
- 無条件で認可する。
- 詳細な審査(フェーズ2)が必要であると判断する。
- フェーズ2:フェーズ1で詳細な審査が必要と判断された場合、大臣は追加で45営業日以内に、認可(条件付きを含む)または拒否を決定します。
日本の外為法と同様、フランスの制度においても、審査期間は情報要求があった場合に中断されます。特に、フェーズ1の審査期間は、当局からの情報要求があった時点で中断され、情報提供が完了するまで再開されません。これにより、実際の審査期間は大幅に長期化する可能性があります。
日本の「事前届出」との相違点
フランスのFDI審査制度は、日本の外為法に基づく対内直接投資制度と最も重要な相違点を持っています。この違いは、取引のクロージングリスクに劇的な影響を与えます。
- 日本の制度:日本の制度では、事前届出後、原則30日間の待機期間中に政府から是正命令等がなければ、投資家は投資を実行できます。これは、政府からの明示的なアクションがない限り投資は可能となる「黙示の無異議」の原則に基づいています。
- フランスの制度:フランスの制度では、審査期間内に経済・財務大臣からの明示的な「認可」を得なければ、投資を実行することはできません。期間内に回答がない場合、その申請は「黙示の拒否」とみなされます。
この法的効果の違いは、M&A取引のクロージングリスクを劇的に増大させることにつながります。日本の制度では、予見可能な待機期間の経過をもって取引が法的に有効となるため、リスク管理が比較的容易です。一方、フランスの制度では、予期せぬ大臣の沈黙(審査期間の満了)は、取引を続行できない「拒否」を意味します。このため、フランス企業へのM&Aでは、FDI認可の取得がクロージングの必須条件となり、不確実性が高まります。日本の法務担当者にとって、この「黙示の拒否」という原則は最も馴染みが薄く、重大なリスク要因として認識しておく必要があります。
フランスでの無認可投資に対する罰則と大臣の権限
厳格な罰則と無効化の法効果
事前認可が必要な投資を無認可で実行した場合、その取引は法律上「無効」(nul)となります。さらに、金融・通貨法典第L.151-4条は、大臣が以下の命令を発する権限を定めています。
- 事前認可申請の提出
- 無許可投資前の状態への原状回復(費用は投資家負担)
- 投資内容の変更
これらの命令と併せて、以下のいずれか高い額の罰金が課される可能性があります。
- 法人の場合:無許可投資額の2倍、または対象企業の年間売上高の10%、または500万ユーロ
- 個人の場合:100万ユーロ
これらの罰則は日本の外為法に比べて非常に厳格であり、安易な投資実行は致命的なリスクを伴います。
認可後の継続的な監視と大臣の権限
大臣は、条件付きで認可を与えた場合、その条件が遵守されているか継続的に監視します。投資家が条件に違反した場合、大臣は認可を取り消したり、新たな条件を課したり、原状回復を命じたりする強力な権限を有しています。
また、条件付き認可は、投資家に会社法上の義務との間で予期せぬコンフリクトを生じさせる可能性があります。フランスの会社法は、株主や取締役に対し、会社の利益(l’intérêt social)に沿って行動することを求めていますが 、政府が課した条件が会社の利益と衝突した場合、投資家はどちらを優先すべきかというジレンマに陥ります。例えば、雇用維持や特定技術のフランス国内維持といった政府の条件が、事業の合理性や会社の利益に反する場合、政府の条件を優先した結果、会社法上の義務違反として訴訟の対象となるリスクがあります。
さらに、過度な政府の介入は、外国投資家が対象会社の「事実上の経営者」とみなされ、会社の債務に対して個人的な責任を問われる可能性も生じ得ます。これは、FDI審査が単なる手続き上のハードルではなく、投資後のガバナンスと法的リスクにまで深く影響を及ぼすことを示しています。
まとめ
本稿では、フランスにおける外国直接投資審査制度について、その法的根拠、最新の制度変更、および日本の外為法との決定的な違いを解説しました。フランスのFDI審査は、日本の「事前届出・黙示の無異議」とは異なり、大臣の明示的な「事前認可」を必要とし、期限内の無回答は「黙示の拒否」とみなされる極めて厳格な制度です。また、罰則は日本の制度と比較してはるかに厳しく、無認可投資は法的に無効となるリスクを伴います。さらに、審査対象分野は地政学的緊張や技術革新を背景に継続的に拡大しており、認可後のコンプライアンス順守も厳格に監視されています。
フランス企業へのM&Aを検討する際、取引の初期段階でFDI審査の要否を判断することは、取引の成否とタイムラインを左右する最も重要な要素です。対象企業の事業内容が機微分野に該当するか否かの判断に不確実性がある場合は、積極的に大臣への事前相談(レスクリ)を求めるべきです。
また、FDI審査は、合併審査などの他の規制手続きと並行して進める必要があります。各手続きのタイムラインを正確に把握し、全体のスケジュールを綿密に管理することが不可欠です。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務