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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ギリシャの会社法が定める会社形態と会社設立の解説

ギリシャの会社形態と会社設立の解説

ギリシャ(正式名称、ギリシャ共和国)は、欧州連合(EU)の加盟国として、また東欧や中東への玄関口として、国際的なビジネスにおいて戦略的に重要な位置を占めています。近年、同国の法制度は、外国からの投資を呼び込むために大幅な改革を遂げており、会社設立のプロセスは簡素化され、より柔軟な選択肢が提供されるようになりました。ギリシャでの事業展開を検討されている日本の経営者や法務担当者にとって、自社の事業目的や規模に最適な会社形態を正しく理解し、適切な手続きを踏むことは、ビジネスを成功させるための重要な第一歩となります。

本稿では、ギリシャの主要な会社形態について、日本の会社法との異同を比較しながら、その特徴と実務上の注意点を詳細に解説します。特に、日本の株式会社に相当する「アノニミ・エテリア(AE)」、日本の合同会社に類似する「エテリア・ペリオリスメニス・エフティニス(EPE)」、そしてスタートアップ向けの革新的な新形態である「イディオティキ・ケファライオウヒキ・エテリア(IKE)」を中心に、事業形態の選択に役立つ情報を提供します。

ギリシャの会社法体系

ギリシャの法体系は、ローマ法およびフランス法の影響を強く受けた大陸法系(Civil Law)に属しており、成文法(Commercial Code, Civil Codeなど)が主要な法源となります。これは日本の法体系がドイツ法と英米法の影響を受けているのと同様に、判例法よりも法令の条文が重視される共通点を示しています。 

ギリシャの会社形態は、大きく「資本会社(Capital Companies)」と「人的会社(Partnerships)」に分類されます。資本会社は、会社が負う債務について、その資産のみをもって責任を負い、出資者の責任は原則として出資額に限定されるため、外国からの投資家が事業体を設立する際には、有限責任が認められる資本会社が一般的に選択されます。

近年のギリシャの会社法は、ダイナミックな改革の最中にあります。2012年に導入された革新的なIKE(Law 4072/2012) 、2018年にAE(Law 4548/2018)EPE(Law 4541/2018)の関連法が改正されたこと 、さらには2024年に贈収賄に関する法人責任が導入されたこと(Law 5090/2024)など、短期間で重要な法令が次々と施行されています。これらの法令は、それぞれ異なる会社形態や分野に関するものですが、共通して「簡素化」「柔軟性の向上」「EU規制との整合」といった目的を掲げており、これはギリシャ政府が特定の課題に対応するだけでなく、国全体としてビジネス環境を近代化し、対外開放を戦略的に推進していることの明確な表れと言えます。したがって、ギリシャでの事業を検討する日本の経営者は、同国が旧来の法制度を持つ国ではなく、投資を積極的に呼び込もうとしている活発な市場であると認識することが重要です。 

日本の株式会社・合同会社に相当するギリシャの資本会社

日本の株式会社・合同会社に相当するギリシャの資本会社

資本会社は、出資者の責任がその出資額に限定される会社形態であり、日本企業にとって最も馴染みやすい選択肢です。

アノニミ・エテリア(AE)

AEは、日本の株式会社に相当する形態であり、「Anonymi Etairia」または略称で「AE」と呼ばれます。大規模な事業や公的な資本調達、将来的な上場を計画している企業に最も適した選択肢です。

AEの設立には、最低資本金が求められる点が、日本の会社法と大きく異なります。最新の情報では、最低25,000ユーロの資本金が必要です。

AEの資本は株式に分割されます。重要な違いとして、2018年のLaw 4548/2018の施行により、それまで認められていた無記名株式(Bearer shares)が廃止され、記名株式(Registered shares)のみの発行が義務付けられました。日本の会社法では無記名株式は原則として認められていないため、この点において日本とギリシャの法制度が合致したと言えるでしょう。 

経営組織に関しては、AEは取締役会(Board of Directors, BoD)による経営が義務付けられており、株主総会(General Meeting, GM)が最高意思決定機関となります。日本の会社法と同様に、取締役会の構成(執行、非執行、独立非執行)や運営に関する詳細な規定が存在します。

エテリア・ペリオリスメニス・エフティニス(EPE)

EPEは、日本の合同会社(GK)と類似する有限責任会社です。中小規模の事業に適しており、出資者の責任は出資額に限定されます。 

EPEの設立に関する重要な変更点は、かつて存在した最低資本金要件が、2018年の改正法(Law 4541/2018)により撤廃されたことです。これにより、AEとは異なり、低資本での設立が可能となりました。

EPEの意思決定プロセスは、日本の合同会社と異なり、より厳格な「二重多数決(double majority)」の原則を要します。これは、パートナーの過半数に加え、その出資額の過半数も必要とするものであり、機動的な意思決定が求められる場合には障害となる可能性があります。 

イディオティキ・ケファライオウヒキ・エテリア(IKE)

IKEは、「Idiotiki Kefalaiouhiki Eteria」または略称で「IKE」と呼ばれ、2012年にLaw 4072/2012によって導入された、最も柔軟性の高い会社形態です。日本の会社法に直接相当する形態はありませんが、合同会社の柔軟性をさらに発展させたものと捉えることができます。 

IKEの最大の特徴は、わずか1ユーロという極めて低い資本金で設立が可能な点です。これはスタートアップや小規模事業にとって大きな魅力となります。また、日本の会社法との決定的な相違点として、出資が金銭や現物(Capital Contributions)だけでなく、役務提供や信用の供与といった「非資本出資(Non-capital Contributions)」や、会社の債務を保証する「保証出資(Guarantee Contributions)」も認められている点が挙げられます。これにより、創業者が出資可能な資本が限られている場合でも、そのスキルや信用を会社の「資本」として組み込める画期的な仕組みが実現されています。 

IKEは、EPEに代わって、新しいビジネスを立ち上げる際の最も柔軟な選択肢として好まれています。これは、IKEが有限責任、最低資本金要件なしというEPEとの共通点に加え、非資本出資や簡素な意思決定プロセスといった優位性を持つためです。ギリシャがスタートアップや技術系企業を特に優遇し、成長を促すための制度を整備していることの現れと言えるでしょう。

無限責任を伴うギリシャの人的会社

これらの形態は、出資者が連帯して無限責任を負うため、外国企業が子会社を設立する際には通常選択されませんが、その特徴を理解することは重要です。

オモリシ・エテリア(OE)

OEは「Omorrythmi Etairia」の略称で、日本の合名会社に相当する会社形態です。これは、2人以上の個人または法人が事業を共同で運営し、すべてのパートナーが会社の債務に対し、連帯して無限責任を負う事業体です。債権者は、会社の資産だけでなく、パートナー個人の財産に対しても請求を行うことができます。OEには最低資本金の要件はありません。パートナー間で経営や利益・損失の配分について合意することができますが、特定の合意がない場合は、すべてのパートナーが対等な経営権を持ち、利益と損失を平等に分け合うことになります。設立手続きは、有限責任会社と異なり、公証人による定款の署名が必須ではなく、私的な合意書で行うことができます。

エテロリシ・エテリア(EE)

EEは「Eterorrythmi Etairia」の略称で、日本の合資会社に相当する会社形態です。この形態は、無限責任を負う「無限責任社員(general partners)」と、出資額を限度として有限責任を負う「有限責任社員(limited partners)」で構成されます。少なくとも1名の無限責任社員が必要です。有限責任社員は、出資した金額を超えて会社の債務を弁済する責任はありませんが、会社の経営や対外的な代表権を原則として持ちません。有限責任社員が会社の名称に名前を含めたり、経営に関与したりした場合、無限責任社員と同等の責任を負うことになります。OEと同様に、EEも最低資本金の要件はなく、設立は私的合意書で行うことが可能です。

ギリシャにおける会社設立手続

ギリシャにおける会社設立手続

ギリシャの会社設立手続きは、官僚主義を排除するために、近年大幅に簡素化されています。

オンラインワンストップショップ(e-YMS)

ギリシャ政府は、税務当局(AADE)のオンラインシステム「TAXISnet」の認証情報を用いた、電子的なワンストップショップ(e-YMS)を提供しています。これにより、設立手続きの多くがオンラインで完結します。日本の投資家にとっては、会社設立のために現地へ渡航する必要がないことが大きな利点となります。

手続きは、まず外国人(特にEU非居住者)の場合、TIN(税務識別番号)を取得することから始まります。その後、TAXISnetの認証情報でe-YMSにログインし、モデル定款に沿って会社の詳細情報を入力することで、設立プロセスが自動的に進行します。システムは、GEMI(商業登記所)への登録、AADEからのTIN取得、EFKA(社会保障機関)への登録といった一連の手続きを自動的に実行するため、オンラインでの手続きが完了すれば、会社は直ちに事業を開始できる状態になります。

設立費用と期間

オンラインでの設立手続きは、IKEの場合、公的費用としてわずか18ユーロ程度と非常に安価に抑えられます。しかし、弁護士や公証人を雇う場合は、数千ユーロの追加費用が発生する可能性があります。これに加え、会社の資本金1%の資本集中税(Capital Accumulation Tax)や、商工会議所への登録費用などが別途かかります。

設立期間についても、オンラインでのIKE設立はわずか数分で完了するとされていますが 、より複雑なAEの設立や、公証人や弁護士の関与が必要な場合は、数週間かかることもあります。

ギリシャにおける役員の法的責任と判例

ギリシャの現地法人に就任する日本の経営者や法務部員にとって、役員の法的責任を理解することは極めて重要です。

ギリシャ法においても、取締役は「善良な実業家の注意義務(prudent businessman rule)」を負います。これは、日本の会社法における善管注意義務の考え方とほぼ同様です。さらに、ギリシャ最高裁判所(Areios Pagos)は、ある取締役の行為や不作為によって会社に損害が生じた場合、たとえ直接関与していなくても、他の取締役が適切な監督義務を怠ったと判断されれば、連帯責任を負うという確立した法理を示しています。この原則は、責任が特定のメンバーに委譲された場合でも、取締役会全体としての集団的責任を免除しないという考え方に基づいています。 

たとえば、2022年の最高裁判所の判決では、取締役らが会社の財務諸表を意図的に作成しなかったことに対し、その義務を認識しながら怠ったとして有罪となりました。これは、単なる不正行為だけでなく、管理・監督義務の不履行も厳しく問われることを示す重要な教訓です。 

また、ギリシャの法制度は、個人には刑事責任を課すものの、法人そのものには原則として刑事責任を認めません。しかし、近年ではこの原則にも変化が見られます。2024年のLaw 5090/2024により、贈収賄罪に関しては、法人にも罰金や営業許可停止といった罰則が科されるようになりました。これは、国際的な法執行基準に適合するための重要な法改正です。

コーポレートベールの剥奪(Piercing the Corporate Veil)

会社の有限責任は厳格な原則ですが、会社と株主・経営者が実質的に一体であり、会社形態が不当な目的で利用されていると判断される場合、裁判所が会社の有限責任を否定し、個人資産にまで責任を及ぼすことがあります。ギリシャの裁判所は、船主の債務を理由に、その船主が所有する会社の資産を差し押さえることを認め、コーポレートベールの剥奪を適用しました。これは、法人が個人の債務を隠すために利用されるのを防ぐ、ギリシャ法の実務的な運用を示すものです。 

まとめ

ギリシャにおける会社設立は、事業の目的や規模に応じて最適な形態を選択する重要なプロセスです。大規模な事業や公的な信用を重視する場合はAE、小規模ながら伝統的な企業体裁を好む場合はEPE、そして特にスタートアップや少数メンバーでの設立には、その圧倒的な柔軟性と簡便性からIKEが第一の選択肢となるでしょう。

日本の類似形態責任の範囲出資形態の柔軟性設立の簡便性
アノニミ・エテリア(AE)株式会社有限低い普通(公証人必須)
エテリア・ペリオリスメニス・エフティニス(EPE)合同会社有限普通普通(公証人不要の場合あり)
イディオティキ・ケファライオウヒキ・エテリア(IKE)なし(合同会社に近い)有限高い(役務・信用も可)高い(私文書で可)
オモリシ・エテリア(OE)合名会社無限高い高い
エテロリシ・エテリア(EE)合資会社無限・有限高い高い

複雑なギリシャの会社法や実務上の手続きは、最新の法令や判例に基づいた専門家の助言なくしては、円滑な遂行が困難です。モノリス法律事務所では、ギリシャにおける会社設立手続から、取締役の法的責任に関する助言、設立後のコンプライアンス、契約法務、さらには現地での紛争解決に至るまで、日本の皆様のギリシャ事業を包括的にサポートいたします。ギリシャ進出に関するご相談は、弊所までお気軽にお問い合わせください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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