ウズベキスタンの法体系と司法制度を弁護士が解説

ウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)の法体系は、日本の法体系と同じく大陸法(シビル・ロー)を基盤とする法典主義を採用しており、民法(Civil Code)、労働法(Labor Code, 2022年制定)、税法(Tax Code, 2020年制定)といった主要法分野が法典として整備されています。この構造的な類似性から、日本の法務担当者にとって法の「骨格」は比較的理解しやすいと言えるでしょう。
しかし、ウズベキスタンでのビジネス展開において真に留意すべきは、この共通の骨格の下に深く残る旧ソ連法の解釈の遺産と、日本とは根本的に異なる司法制度の構造にあります。特に、ウズベキスタンの司法制度は、最高裁判所を頂点とする三審制(原則)を採用しつつも、企業間紛争と投資家と行政機関との間の紛争(許認可の取消しや税務処分など)を専門的に一元管理する経済裁判所(Economic Courts)を中核としています。これは、日本の一般裁判所と行政裁判所の機能を分離した構造とは一線を画します。さらに、投資額が2,000万米ドルを超える「大規模投資家」に対しては、最高裁判所(Supreme Court)が第一審として直接審理するという、国家の最高機関による迅速かつ権威ある判断を保証する極めて異例かつ強力な特例メカニズムが存在します。近年の法改革は投資環境の信頼性を高める方向で進んでおり、2023年11月には、最高裁判所のプレナム決議により、外国仲裁裁定の執行がニューヨーク条約に基づき確実に履行されるべきことが明確化されました。
本記事では、これらの日本の法務実務と異なる特異な構造と、日本企業が遵守すべき具体的な法律上の義務について、法令を根拠に詳細に解説します。
この記事の目次
ウズベキスタン法体系の構造的理解:大陸法典と旧ソ連法の融合がもたらす独自性

法典主義の利便性と残存する旧社会主義法の解釈的影響
ウズベキスタンの法体系は、独立後の1992年憲法採択以降、旧ソ連の社会主義法モデルを脱却し、現代的なシビル・ロー・モデルに基づく司法構造を導入しました。この過程で、日本の法制度と同様に、契約法や財産法を含む主要な法分野が、1995年・1996年制定の民法などの法典として体系的に整備されています。体系的な法典が存在し、その基本的な構成が理解しやすい点は、日本の法務担当者にとって現地法を把握する上での構造的利点となります。
しかし、法の文言や体系が大陸法モデルに基づいていたとしても、その運用と解釈の歴史的背景が日本とは根本的に異なります。ウズベキスタンは長期にわたりソ連邦を構成する社会主義共和国であったため、法はイデオロギー的ツールであり、経済活動は計画経済の一部として統制されていました。
この旧ソ連法の遺産は、現代においても、裁判所や行政機関の法解釈に影響を及ぼす可能性があります。具体的には、形式的な私法原則を超えて、国の経済政策や行政指導、あるいは「公共の利益」を強く重視する傾向が見られる場合があります。日本の裁判所が私法上の権利を厳格に保護し、契約の履行を重視する姿勢とは異なり、ウズベキスタンの司法実務においては、行政の裁量や国家の政策目標が、予期せぬ形で契約関係や行政処分を巡る判断に影響を及ぼすリスクが内在しています。したがって、日本企業は契約書を作成する際、この歴史的背景がもたらす行政介入の余地を最大限に排除し、リスクを低減するための慎重な工夫が求められます。
外国投資に関する法律上の優遇と戦略的な規制
ウズベキスタンは、外国投資を誘致するため、「投資及び投資活動に関する法律」において、外国投資家に対し、法的保護と経済的優遇を提供しています。同法は、投資資金や利益(配当、ロイヤルティ等)の国外への無制限な送金を保証し、arbitraryな理由による収用に対しては、譲渡可能な通貨での公正な補償を政府に義務付けています。また、国籍、居住地、原産国に基づく外国投資家への差別は法的に禁じられています。
一方で、ウズベキスタン政府は、投資誘致の自由化を進めつつも、資本の流れや主要産業への影響力を維持しようとしています。政府は、主に「輸入代替、輸出志向型の工業化、インフラ開発」に焦点を当てた投資プロジェクトを強く推奨しており、これらの政策に合致しない、特に輸入集約的なプロジェクトに対しては、実質的な行政サポートをほとんど期待できない可能性があることが指摘されています。
これは、ウズベキスタンへの投資において、形式的な法令遵守だけでなく、当該プロジェクトが国の掲げる「投資政策」(「投資及び投資活動に関する法律」第3条に定義)と戦略的に一致していることが、許認可の迅速化や優遇措置の適用といった行政からの実質的なサポートを受けるための決定的な要件となることを示唆しています。例えば、投資企業に対する優遇税制を受けるためには、企業が承認された産業リストに特化し、タシケント市以外の地域に所在すること(旅行サービスや廃棄物管理サービス提供会社を除く)、外国資本の比率が33%以上であること、および投資がハードカレンシーまたは新しい技術設備で行われることなどが求められます。日本の法務担当者は、初期の戦略策定段階で、ウズベキスタンの産業・地域開発政策との整合性を確保する必要があります。
ウズベキスタン司法制度の核心:専門裁判所制度と投資紛争の特例メカニズム
経済裁判所(Economic Courts)による商事・行政紛争の一元管理の特異性
ウズベキスタンの司法制度における最も重要な構造的特徴の一つは、専門裁判所である経済裁判所の存在です。この裁判所は、企業間、個人事業主間の一般的な商事紛争を管轄するだけでなく、投資紛争全般、および投資家と行政機関との間の紛争を管轄する広範な権限を有しています。
日本の司法制度では、商事紛争は一般の裁判所が、行政処分に対する争訟は行政裁判所の手続きを通じて審理されますが、ウズベキスタンでは、投資関連の紛争解決が、商業的な専門知識を持つ裁判官によって、単一の専門裁判所(経済裁判所)に集約されています。この管轄権には、政府による収用の決定や、税務処分、許認可の取消しなど、投資家の権利に直接影響を及ぼす行政の行為の合法性を争う訴訟が含まれます。この一元的な管轄権は、外国投資家が行政の不当な行為に直面した場合でも、専門的知見を持つ裁判官による迅速な司法審査を受けられるよう設計されており、投資家保護に特化した構造と言えます。
また、経済裁判所では、訴訟コストと時間を削減するため、当事者間の和解に基づく調停(メディエーション)による紛争解決が積極的に促進されています。統計によれば、2018年から2021年の間に、経済裁判所が受理した訴訟のうち2,489件が、当事者間の調停合意により却下されたという実績があり、これはADR(裁判外紛争解決)の機能が有効に働いていることを示しています。
最高裁判所による大規模投資紛争の直接審理特例
経済裁判所の上位に位置する最高裁判所(Supreme Court of the Republic of Uzbekistan)は、大規模投資紛争において、日本法には見られない極めて異例な特例管轄権を有しています。
ウズベキスタンの法令は、投資額が2,000万米ドル以上である「大規模投資家」(Large Investor)が要求した場合、最高裁判所が、当該投資紛争を第一審裁判所(Trial Court)として直接審理する特別な司法手続きを認めています。日本の最高裁判所が原則として法令解釈に限定された最終審であるのに対し、この特例は、司法の最高機関が自ら事実認定を含む第一審の審理を行うことを可能にするものです。
この特例制度は、大規模な国家経済プロジェクトや高額な投資紛争に対し、地方レベルでの判断の遅延や政治的影響リスクを排除し、国家の最高意思決定機関に近い場所で、最高の透明性と権威をもって紛争を解決する機会を投資家に提供します。これは、ウズベキスタン政府が、大規模な外国投資に対して、極めて強力な司法的な安定性と予測可能性を保証するための、強力な優遇措置の表れであると言えるでしょう。
また、経済裁判所が下した収用などの決定に対する不服申し立て(上訴)についても、経済訴訟法典に基づき、最高裁判所に係属されることとなります。
Table 1:ウズベキスタン司法制度における主要裁判所と管轄権の特異性(日本法との比較)
| 裁判所種別 | 管轄範囲(日本法務担当者向け) | 日本法との重要な対比 | 根拠法令/制度 |
| 経済裁判所 (Economic Courts) | 企業間商事紛争、投資紛争全般、投資家と行政機関間の紛争(税務処分、許認可等) | 日本では商事と行政の紛争が分離されるのに対し、これらを統合し、商業的専門性のもとに一元管轄。 | 経済訴訟法典 |
| 最高裁判所 (Supreme Court) | 原則三審制の最終審。特例として大規模投資紛争(2,000万USD以上)を第一審として直接審理 | 日本の最高裁は原則法令審。大規模な経済紛争を迅速に解決するため、最高司法機関が第一審管轄権を持つ極めて異例な制度。 | 裁判所法、関連法令 |
日本企業が直面し得る重要論点:ウズベキスタン労働法と紛争解決の確実性
外国人従業員における労働契約終了の厳格な義務
ウズベキスタンの労働法(2022年制定)は、外国人従業員との雇用契約の終了事由として、労働許可証の失効または取消しを明確に規定しています。
日本の労働法では、解雇の客観的合理性や社会通念上の相当性が厳しく求められますが、ウズベキスタンでは、この労働許可証の有効性が雇用関係継続の絶対的な法的要件として機能します。外国人従業員の労働許可証が失効した場合、企業は、許可証が失効した日、または取消しの通知を権限のある機関から受け取った日に、当該従業員との労働契約を義務的に終了させなければなりません。
この規定は、日本の法務・人事部門にとって、労働許可証の管理が単なる事務手続きではなく、契約終了義務が発動する最重要コンプライアンスリスクであることを意味します。許可証の期限切れを防ぐためのモニタリング体制の構築は、日本国内での実務以上に厳格な体制が求められることになります。
国際仲裁と判例に見る投資の「合法性」の要件
外国投資家にとって、投資契約や二国間投資協定(BIT)に基づく紛争を解決する上で、国際仲裁の利用は重要な手段です。ウズベキスタン最高裁判所は、2023年11月20日付のプレナム決議 No. 27において、経済裁判所に対し、外国仲裁裁定の承認および執行に関して、国際的な義務であるニューヨーク条約(1958年)の規定を遵守するよう指針を出すことで、国際的な紛争解決メカニズムの確実性を高めています。
しかし、紛争解決の手段が保証されていても、そもそも投資自体がウズベキスタン国内法に合法的に従って行われていなければ、その投資は保護を受けられません。この点を明確に示したのが、国際投資紛争解決センター(ICSID)で係争された「Metal-Tech Ltd. v. Republic of Uzbekistan」の事例(2013年10月4日裁定)です。
この事例では、仲裁廷は、投資家による汚職行為(corrupt practices)があったと認定し、その結果、当該投資はウズベキスタン法および規制に従って「実行されていない」と判断しました。仲裁廷は、投資の「合法性」が協定に基づく保護を受けるための前提条件であるとし、管轄権がないとして投資家の訴えを全面的に却下しました。
この判例は、ウズベキスタンへの投資において、いかなる汚職行為や法令違反も、投資全体が無保護の状態に置かれるという最大のリスクにつながることを示しています。投資を国際的な保護の下に置くためにも、日本企業は、透明性確保と腐敗防止法規を含めた国内法令の完全遵守を、初期段階のコンプライアンスにおける絶対的な前提条件とすることが必要です。
まとめ
ウズベキスタンの法体系は、大陸法という馴染み深い構造を持ちつつも、旧ソ連法の解釈的影響を背景に、その運用と司法制度において日本法とは異なる独自の特性を強く有しています。特に、商事・行政紛争を専門的に扱う経済裁判所による一元的な管轄、そして大規模投資紛争に対する最高裁判所の直接審理特例は、投資家保護に特化した極めて強力な司法メカニズムです。
日本企業がウズベキスタンで事業を展開し成功を収めるためには、この特異な司法構造を深く理解し、同時に外国人労働者の雇用における厳格な「労働許可証失効時の契約義務的終了」といった具体的なルールを遵守することが不可欠です。また、国際仲裁事例が示唆するように、投資が将来的に保護を受けるためにも、初期段階でのコンプライアンス徹底と投資の合法性確保が絶対条件となります。
私たちは、このような複雑で急速に変化するウズベキスタンの法制度、特に投資規制や特異な司法構造、および国際的な紛争解決メカニズムを深く分析し、お客様のビジネス戦略が法的リスクを最小限に抑えつつ展開できるようサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ウズベキスタン共和国海外事業

































