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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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日本企業がマルタの現地法人を買収するM&Aの法務・税務

日本企業がマルタの現地法人を買収するM&Aの法務・税務

地中海に浮かぶ島国マルタ(正式名称、マルタ共和国)は、EU加盟国としての地位、柔軟で魅力的な税制を背景に、特にiGaming、FinTech、ブロックチェーンといった革新的な分野において注目を集める投資先となっています。しかし、その買収プロセスには、日本とは異なる独自の法的・規制的課題が潜んでおり、これらを正確に理解することが必要です。

マルタにおけるM&Aは、会社法に基づく一般的な手続きに加え、安全保障や公共の秩序を理由とする外国直接投資(FDI)審査、株式譲渡益課税の特例、そして特定の分野に特有のライセンス規制など、複数のレイヤーからなる複雑な法務・税務リスクを内包しています。

本稿では、M&A全般に適用される会社法や税務上の論点から、特定の業界に特有のライセンス規制までを包括的に解説し、日本企業が安全かつ円滑にマルタM&Aを進めるための指針を提供いたします。

マルタの外国直接投資(FDI)審査制度

買収における事前届出の要否

マルタは、安全保障や公共の秩序を理由とする外国からの直接投資を審査する独自のFDI審査制度を導入しています。この制度は、EUの対内直接投資審査規則に準拠しており、National Foreign Direct Investment Screening Office Act (Cap. 620, Laws of Malta)に基づいて設立された国家外国直接投資審査局(National Foreign Direct Investment Screening Office)がその業務を担当します。この制度の対象となるのは、EU域外の「第三国」、すなわち日本からの投資家による投資です。

このFDI審査は、すべての買収案件に自動的に適用されるわけではありません。まず、投資家は、特定の要件を満たす場合にのみ、事前届出の義務を負います。届出の義務が生じるのは、買収対象となる企業が以下のいずれかの「重要分野」で事業を行っている場合です。

  • 重要インフラ:エネルギー、運輸、水、保健、通信、メディア、データ処理、航空宇宙、防衛、選挙、金融などの物理的または仮想的なインフラストラクチャー。
  • 重要技術:人工知能、ロボット工学、半導体、サイバーセキュリティ、量子技術、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど。
  • 重要なインプットの供給:エネルギー、原材料、食料安全保障など。
  • 機密情報へのアクセス:個人データを含む機密情報へのアクセス、またはそれらを制御する能力。メディアの自由と多元性。

加えて、特定の株式取得比率も届出の義務をトリガーする重要な要素です。マルタの法律では、投資家が「永続的かつ直接的なつながり」を確立または維持することを目的とした投資、または「議決権の10%超を取得したり、支配権を取得したりした場合」 に事前届出の義務が発生するとされています。

審査局による審査

届出がなされた後、審査局は5営業日以内に審査の要否を判断します。ここで審査対象となると判断された場合、より詳細な「審査」プロセスに移ります。この審査において、特に重視されるのは、投資が国の安全保障や公共の秩序に影響を与える可能性があるか否かという点です。審査局がその判断を下す上で考慮する要素には、以下のようなものが含まれます。

  • 投資家が第三国の政府(国営機関や軍隊を含む)によって直接的または間接的に支配されているか。
  • 投資家が過去に安全保障や公共の秩序に影響を与える活動に関与していたか。
  • 投資家が違法または犯罪的活動に関与している深刻なリスクがあるか。

この審査の上で、60日以内に可否が決定されます。

日本の外為法(外国為替及び外国貿易法)にも同様の事前届出制度が存在しますが、マルタのFDI審査制度が異なるのは、EU全体を巻き込む可能性がある点です。マルタでの投資案件が、他のEU加盟国の安全保障や公共の秩序に影響を与える可能性があると判断された場合、EU全体の「協力メカニズム」が発動されます。これにより、特定のEU加盟国における競争力のある技術やインフラへの買収は、単一国家の規制を超えた審査の対象となり、予期せぬ地政学的・政治的リスクがM&Aプロセスに加わることが考えられます。

事前届出のない買収のペナルティ

このプロセスを怠り、事前届出なく投資が実行された場合、National Foreign Direct Investment Screening Office Act第16条により、その取引は自動的に違法とみなされます。その結果、投資の取り消しを含む措置が取られる可能性があり、この場合、投資家はいかなる補償も受ける権利が認められていません。この厳しい罰則は、日本企業がマルタでのM&Aを進めるにあたり、FDI審査の要否を取引の極めて初期段階で検討し、適切な手続きを厳格に遵守しなければならないことを強く示しています。

マルタの会社法と株式譲渡の手続き

マルタの会社法と株式譲渡の手続き

株式譲渡証明書の提出

マルタにおけるM&Aは、主にCompanies Act (Chapter 386 of the Laws of Malta)によって包括的に規制されています。株式譲渡による買収は、マルタ商業登記簿(Malta Business Registry、以下「MBR」)への登記を通じて実行されます。具体的には、株式譲渡証明書(Form T)をMBRに提出することが義務付けられており、この提出は、譲渡が会社に登録された日から14日以内に行われなければなりません。また、MBRがForm Tを受理するためには、内国歳入庁(Commissioner of Inland Revenue)に譲渡の通知が完了し、その受領印が押されていることが必須とされています。

対象会社が不動産を所有している場合

買収対象となる現地法人がマルタ国内の不動産を所有している場合、株式譲渡の手続きはより複雑になります。この場合、資本譲渡税務局(Capital Transfer Duty Department)が物件の価値を評価する特別なプロセスが加わります。提出された書類に基づき、当局の内部委員会が不動産評価の妥当性を審査し、もし申告された価値が受け入れられないと判断した場合、当局所属の建築家が現地調査を行い、不動産の市場価値を再評価することがあります。この評価プロセスは、M&Aのタイムラインに不確実性をもたらすだけでなく、最終的な税負担に影響を与える可能性を考慮する必要があります。

M&Aに関連するマルタ会社法の重要ポイント

株式比率による規制と少数株主の保護

マルタの会社法は、M&Aにおける少数株主の保護にも配慮しています。特に、議決権付株式の90%以上(ただし100%未満)を取得するM&Aにおいては、反対した少数株主に対して、買収会社に自らの株式を公正な価値で買い取ってもらう権利が認められています。

この制度は、日本法の株式等売渡請求制度と重要な違いがあります。日本法においては、特別支配株主が90%以上の株式を保有すれば、一方的に少数株主の株式を強制的に買い取ることができます。これに対し、マルタ法は買い取りを強制する権限ではなく、少数株主が自ら買い取りを請求する権利を定めているのです。これは、買収会社が一方的に少数株主を排除する権限を持つわけではなく、少数株主の意思決定に依存する要素があることを意味します。この違いは、M&Aのクロージング手続きや価格決定の交渉において、少数株主との関係をより慎重に管理する必要があることを示唆しています。

株式譲渡益に関する税務上の論点

マルタは、非居住者による株式譲渡益に対する税務上の優遇措置を設けており、日本企業にとって魅力的な点の一つです。マルタの税法では、非居住者がマルタ国外で受領した株式譲渡益は、マルタでは課税されません。この規定は、適切な取引ストラクチャーを構築することで、マルタにおけるキャピタルゲイン課税を回避できる可能性を示しています。 

しかしながら、この非課税措置には重要な例外があります。譲渡対象となる会社がマルタ国内の不動産を主要な資産として保有している場合、その会社の株式譲渡益は、マルタにおいて課税の対象となり得るのです。このため、M&Aのスキームを策定する際には、対象会社の資産構成を事前に精査することが不可欠となります。単に非居住者であるというだけで非課税と判断するのではなく、対象会社の事業実態と資産内容を詳細に把握し、専門家と連携して税務リスクを回避する戦略的な視点が欠かせません。 

なお、日本とマルタの間には、「日本国とマルタ共和国との間の租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための協定」が締結されています。この条約は、二重課税を回避し、両国間の資本取引を円滑化するための重要な枠組みです。この条約の適用関係を慎重に確認することで、国際的な取引における税務リスクをさらに軽減することが可能になります。 

マルタ会社法に関する裁判例

マルタ会社法におけるコンプライアンスの重要性は、いくつかの判例からも見て取ることができます。

例えば、Companies Act, Chapter 386第325条に基づく会社の登記抹消に関する裁判では、マルタ商業登記簿(ROC)が、法定書類の提出を怠ったり、罰金の不払いをしたりした企業を登記から抹消する権限を持つことが示されています。Pierre Galea vs Registratur tal- Kumpaniji, FHCC, 18/04/2013の事例では、法定書類の不提出が登記抹消の引き金となりうるということが言えるでしょう。一方、登記が抹消された企業が、裁判所の命令により事業再開のために復旧を認められた事例も存在します。

また、Midgal Insurance Co Ltd vs Paul Mizzi noe, FHCC, 18/05/2001の判決では、廃止された会社に対する仲裁手続きを継続させるために、裁判所が会社の名称を登記簿に戻すことを認めています。

これらの判例は、日常的なコンプライアンスの不履行がM&Aにおける予期せぬリスクとなりうる一方で、法的な救済手段も存在することを示唆しており、対象会社のデューデリジェンスにおいては、過去のコンプライアンス状況を慎重に確認することが不可欠です。 

特定分野の企業買収に伴うマルタ特有の規制

仮想金融資産(VFA)を扱う企業のM&A

マルタは「ブロックチェーン・アイランド」という国家戦略を掲げ、仮想金融資産(Virtual Financial Assets, VFA)を扱う企業を積極的に誘致してきました。VFA事業を行う企業は、マルタ金融サービス庁(MFSA)からライセンスを取得することが必要です。この分野のM&Aにおいては、ライセンスの継続性確保が最も重要な論点となります。 

このVFA規制は、EUの包括的な暗号資産規制であるMiCA(Markets in Crypto-Assets)規則の導入に向けて、大規模な法改正を経験しています。この法改正により、従来の「VFAエージェント」制度が廃止され、VFAサービス提供者や発行者は、当局に直接申請を行う義務を負うことになりました。この変化は、日本企業が対象会社とのM&Aを通じてVFA事業を引き継ぐ際に、M&A後のコンプライアンス体制を再構築する必要があることを示唆しています。 

ゲーム(iGaming)企業のM&A

マルタのゲーム業界は、マルタ・ゲーミング庁(MGA)が厳格に規制しており、M&A取引にも特別な要件が課せられます。株式譲渡や支配権の変更はMGAへの届出が義務付けられており、ライセンスの継続には当局の承認が不可欠です。

MGAは、株式の75%を超える持分変更を「主要な変更(Major Change)」とみなしています。この場合、買収者である日本企業は、新規ライセンス申請に準じる形で、MGAによる「Fit and Proper」テストを改めて受ける必要があります。このテストでは、買収企業の財務的健全性、経営陣の信頼性や能力などが厳格に審査されます。したがって、M&Aの完了がライセンスの自動的な継続を保証するものではないという点を十分に理解し、M&Aのタイムラインとリスク管理にこの当局の再審査プロセスを織り込むことが極めて重要となります。 

まとめ

地中海に位置するマルタは、EU市場へのアクセス、魅力的な税制、そして特定分野における規制の明確性を背景に、日本企業に多くの投資機会を提供しています。しかしながら、そのM&Aプロセスには、日本とは異なる法務・税務上の特有の障壁が存在します。特に、EU準拠のFDI審査制度による予期せぬ不確実性、不動産を保有する会社M&Aにおける厳格な政府評価プロセス、そしてゲームや仮想金融資産といった特定の規制産業におけるライセンス継続性の課題は、入念な計画と専門的な知見がなければ乗り越えがたいものです。

M&Aの成功は、これらの複雑な要素を取引の初期段階から正確に評価し、リスクを適切に管理できるかにかかっています。特に、本稿で指摘したような日本法との違いが大きい点については、現地の法制度と慣行に精通した専門家との連携が不可欠です。当事務所は、マルタ法と日本法の双方に精通した専門家として、このような複雑な国境を越えるM&A取引の計画から実行に至るまで、お客様のビジネスをサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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