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Nasdaq アイスランドと上場基準を弁護士が解説

Nasdaq アイスランドと上場基準を弁護士が解説

アイスランドは、北極圏に位置する人口約39万人の小さな島国でありながら、革新的な経済活動と、独自の金融システムを構築してきました。特に2008年の世界金融危機では、主要銀行の破綻という壊滅的な打撃を経験したものの、その経験から得た教訓を活かし、市場の健全性と透明性を重視する厳格な法的枠組を再構築しました。

本記事では、アイスランドの金融市場の中核を担うNasdaqアイスランドに焦点を当て、その歴史、法的背景、上場基準、そして日本企業が同市場に進出する際に考慮すべき特有の論点を詳細に解説します。

Nasdaqアイスランドの概要と歴史的変遷

Nasdaqアイスランドの歴史は、1985年に複数の銀行と証券会社が共同で設立したアイスランド証券取引所(ICEX:Kauphöll Íslands)に始まります。当初は国債の取引から始まり、1991年に初の株式取引が開始されました。1998年にはアイスランド議会で可決された新法により、ICEXは株式会社に改組されました。その後、2000年には北欧の主要な取引所が参加するNOREX(Nordic exchanges’ cooperation framework)に加わり、共通の取引システム「SAXESS」を導入することで、市場の国際的な流動性が大きく向上しました。

市場の転換点は、2006年のOMXへの買収と、その翌年のNasdaqによるOMXの買収でした。これにより、アイスランドの証券取引所は「Nasdaqアイスランド」として、Nasdaqグループが運営する北欧・バルト諸国の市場ネットワークの一部となりました。

しかし、そのわずか1年後の2008年に、市場は未曾有の危機に直面します。2007年7月にピークを迎えた市場は、銀行セクターが時価総額の大部分を占めていたこともあり、同年10月にアイスランドの主要銀行3行(Kaupthing、Landsbanki、Glitnir)が相次いで破綻したことで、壊滅的な打撃を受けました。主要な株価指数であるOMX Iceland All-Shares Indexは、2007年7月の高値からわずか1年半後の2009年4月までに95.2%も暴落しました。この結果、市場の流動性はほぼ枯渇し、2007年に3兆ISKを超えていた取引額は、2009年にはわずか500億ISKにまで急減し、上場企業数も10社にまで激減しました。

この危機に際して、アイスランド政府は主要銀行を「Too big to save(救済するには大きすぎる)」と判断し、破綻処理を選択するという、世界でも珍しい大胆な対応を取りました。これにより、納税者の負担は国内の預金保護に集中され、国際的な債権者には大きな損失がもたらされました。この歴史的な経験から、アイスランド市場の再建には厳格な法的執行と透明性の確保が不可欠であるという認識が醸成されたと言えるでしょう。現在では、市場の再建が進み、上場企業数も回復し、2021年には取引額が危機後初めて1兆ISKを超えました。現在、市場には小売、漁業、輸送、銀行、不動産など、アイスランド経済を反映した多様な企業が上場しています。

アイスランドの法的・監督体制におけるEU指令に基づく枠組

アイスランドの法的・監督体制におけるEU指令に基づく枠組

アイスランドは欧州連合(EU)の加盟国ではありませんが、欧州経済領域(EEA)協定の締約国であり、これによりEUの単一市場に参加しています。この協定を通じて、EUの金融サービスに関する主要な指令がアイスランドの国内法に取り込まれており、Nasdaqアイスランドの法的枠組は、EUの規制に準拠しています。

アイスランドの証券市場を支える主要な国内法には、「証券取引所法」第110号/2007 (Act No. 110/2007 on Stock Exchanges)や、「証券取引法」第108号/2007 (Act No. 108/2007 on Securities Transactions)があります。これらの法律は、Nasdaqアイスランドの運営ライセンス要件、資本要件、および情報開示義務などの法的基盤を確立しています。 

日本の金融商品取引法が、米国証券取引法の影響を強く受けつつ独自の発展を遂げてきたのに対し、アイスランドの法制はEUの調和に強く影響を受けているという違いがあります。この影響は、市場濫用規制(MAR:Market Abuse Regulation)など、インサイダー情報や市場操作に関する詳細な規制が、EUの包括的な規制体系の下で運用されているといった点に顕著に表れています。 

監督機関についても重要な違いが見られます。日本では金融庁が監督権限を持ち、東京証券取引所(東証)は自主規制機関としての役割を担います。一方、アイスランドでは、2020年1月1日に旧金融監督庁(FME)がアイスランド中央銀行に統合されており、金融市場の監督が一元化されています。

アイスランドがEU指令を国内法に導入していることは、単に法的な互換性があるという以上の意味を持ちます。それは、グローバルな投資家コミュニティからの信頼を確保するための「品質保証」としての役割を果たしていると言えます。この文脈では、コンプライアンスは単なる法令遵守にとどまらず、EU全体の市場動向や監督機関であるESMA(欧州証券市場監督機構)のガイダンス、さらには各国の判例を常に意識する必要があります。したがって、日本の企業がアイスランド市場に進出する際には、単にアイスランドの法律を理解するだけでなく、より広範なEUの金融規制を包括的に捉える専門的な視点が必要となります。

アイスランド上場制度の詳細

Nasdaqアイスランドには、企業の規模や成長段階に応じて「メイン市場(Main Market)」と「ファーストノース・グロース市場(First North Growth Market)」という二つの主要な市場区分が設けられています。

メイン市場(Main Market)

メイン市場は、Nasdaq Nordicが運営する「規制市場」として位置づけられ、「Nasdaq Nordic Main Market Rulebook for Issuers of Shares」に準拠し、最高水準の情報開示と透明性が要求されます。上場審査では、以下の基準が厳格に評価されます。 

  • 財務基準:直近3年間の監査済み財務諸表の提出が必須であり、上場後12ヶ月間の事業計画を遂行するための十分な運転資金を有していることが証明されなければなりません。
  • ガバナンス基準:取締役会は、上場企業としての義務を遵守する上で必要な能力を備えたメンバーで構成されることが求められます。
  • 公開性・流動性基準:一般投資家向けの株式の流通比率(フリーフロート)が、原則として25%以上(または時価総額に応じた10%以上)であることが求められます。これは、東証プライム市場の流通株式比率35%以上 と異なるものの、投資家保護のための重要な共通基準です。 
  • 目論見書:EUの目論見書規則に従い、国内の金融監督当局(アイスランド中央銀行)によって承認された目論見書の作成と公表が義務付けられます。

ファーストノース・グロース市場(First North Growth Market)

ファーストノース・グロース市場は、EUのMiFID II(金融商品市場指令)において「SMEグロース市場」として分類される、中小・成長企業向けの市場です。メイン市場と比較して、より簡素化されたルールブックが適用され、成長段階にある企業が資本市場へアクセスしやすくなっています。たとえば、財務報告は半期ごとで足りるなど、開示要件が緩和されています。

この市場の最も特徴的な制度の一つが、認定アドバイザー(Certified Adviser)制度です。この市場に上場する企業は、Nasdaqが認定する専門家を任命することが義務付けられています。この認定アドバイザーは、単に上場申請のプロセスを支援するだけでなく、上場後も企業が継続的に情報開示義務やガバナンス要件を遵守しているかを確認し、助言する役割を担います。この制度は、上場準備期間に集中して審査を行う日本の主幹事証券会社の審査とは対照的に、上場後も継続的な「外部コーチ」としてのサポートを制度として組み込んでいる点に大きな違いがあります。この仕組みは、未成熟な企業が成長過程で直面する可能性のあるコンプライアンスリスクを低減し、市場全体の信頼性を高めることを目的としていると言えます。 

Nasdaqアイスランド(メイン市場)Nasdaqアイスランド(ファーストノース市場)東京証券取引所(プライム市場)東京証券取引所(グロース市場)
財務基準3年間の監査済み財務諸表の提出が必須、12ヶ月間の十分な運転資金 簡素化されたルールブック、半期ごとの財務報告 連結純資産50億円以上、最近2年間の利益合計25億円以上等 継続的に事業を営み、高い成長可能性 
株主数公開性・流動性基準に依拠 公開性・流動性基準に依拠 800人以上 400人以上 
流通株式数/時価総額原則フリーフロート25%以上(または時価総額に応じた10%以上) メイン市場より緩和 35%以上かつ100億円以上 25%以上かつ5億円以上 
ガバナンス基準取締役会は上場義務を遵守する能力を持つこと 簡素化されたルール、認定アドバイザーが助言 全原則適用 基本原則のみ適用 
重要な要件目論見書承認、Nasdaq承認 認定アドバイザーの任命が必須 主幹事証券会社による審査 主幹事証券会社による審査 

アイスランドで上場する企業群と特有の規制

アイスランドで上場する企業群と特有の規制

Nasdaqアイスランドに上場する企業は、アイスランド経済の主要産業を反映しており、銀行(Arion banki hf.)、不動産(Reitir fasteignafélag hf.)、小売(Hagar hf.)、輸送(Icelandair Group hf.)、そして漁業・水産加工(Brim hf.)など多岐にわたります。

これらのセクターの中で、日本の投資家や企業が特に留意すべき特有の法的規制があります。それは、漁業および一次水産加工業における外国人の株式保有制限です。アイスランド国内法により、これらの産業における外国人による直接的または間接的な株式保有には厳格な制限が設けられています。

もし企業の取締役が外国人の保有比率が上限を超えたと疑う場合、経済担当大臣に通知しなければならないというプロセスが定められています。さらに、違反が確認された場合には、経済担当大臣は当該法人に対して株式の売却を命じます。もし4週間以内に売却が完了しない場合、株式は権利を喪失し、代わりに独立したブローカーによって強制的に売却されるという厳しい罰則が適用されます。

この規制に見られる保護主義は、法的なリスクとして具体的に顕在化するため、日本の経営者はこのリスクを正確に認識する必要があります。合弁会社の設立やM&Aを検討する際には、この規制が取引のストラクチャー全体を根本から変更させる可能性があり、事前の綿密な法的デューデリジェンスが不可欠です。

アイスランドの判例から見る市場の透明性と投資家保護

2008年の金融危機後のアイスランドでは、金融犯罪に対する厳格な司法的対応がなされ、これが市場の信頼性を支える重要な要素となっています。特に注目すべきは、カウプシング銀行の元経営陣による市場操作事件です。

カウプシング銀行市場操作事件(アイスランド最高裁判所2015年2月12日判決)は、元経営陣が、カタールのシェイクによる同行株式の購入を、実際には銀行自身の融資で全額賄っていたことが明らかになったことに関するものです。これは、株価に対する虚偽の需要を作り出し、投資家を欺く市場操作であると認定されました。アイスランド最高裁判所は、この市場操作罪で元CEOのHreiðar Már Sigurðssonに5年半、他の幹部や主要株主にも4年から4年半の実刑判決を言い渡しました。これらの判決は、金融詐欺に対する同国史上最も重い刑罰の一つであり、市場の健全性回復に向けた強いメッセージを示すものです。

アイスランドの司法は、EUの市場濫用規制およびこれに対応する国内法を非常に厳格に適用しており、こうした厳しい判例の積み重なりが、市場全体の透明性と信頼性を向上させていると言えるでしょう。 

まとめ

アイスランド市場は、2008年の金融危機を教訓に、EU法に準拠した厳格な法的・監督体制を確立し、健全性と透明性を重視する市場として再興を遂げたと言えるでしょう。

アイスランドの法制度はEEA協定を通じたEU法に深く影響を受けており、日本の金融商品取引法とは異なる体系を持つため、より広範なEUの法規制を理解する視点が求められます。また、漁業・水産加工業における外国資本規制など、特定の産業に特化した厳しい規制が存在し、これに対する事前の法的デューデリジェンスが不可欠です。そして、市場操作に対する厳しい判例が示すように、市場の公正性と投資家保護へのコミットメントは非常に高く、これは市場の信頼性を支える重要な要素です。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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