ウズベキスタンの労働法を弁護士が解説

中央アジアにおける経済改革の要衝として急速な発展を遂げるウズベキスタン共和国(以下、ウズベキスタン)は、日本企業の進出先として大きな注目を集めています。しかし、その事業環境において経営者が最も慎重な判断を迫られるのが、2023年4月30日に全面施行された新労働法典に基づく労務管理、とりわけ「雇用契約の終了(解雇)」に関する規制です。ウズベキスタンの旧労働法制はソビエト連邦時代の保護主義的な色彩を強く残していましたが、新労働法はその骨格を維持しつつ、市場経済への適合を図るために大幅な改正が行われました。
日本企業が特に留意すべき点は、解雇の要件と手続きが依然として極めて厳格であり、かつその内容が法律によって詳細に「成文化」されていることです。日本の労働法制において、解雇の有効性は「解雇権濫用の法理」という判例法理によって、個別の事情を総合的に考慮して判断される傾向が強いのに対し、ウズベキスタンでは「法律で定められた正当な理由」への該当性と、「厳格な事前通知期間」および「法定退職金」の支払いが、解雇の有効要件として形式的に求められます。特に、経営上の必要性に基づく整理解雇(人員削減)を行う場合、少なくとも2ヶ月前の通知義務に加え、勤続年数に応じて最大で平均月給の200%に達する法定退職金の支払いが義務付けられています。これは、企業にとって解雇が単なる雇用調整ではなく、「2ヶ月分の通知期間給与」と「高額な退職金」という二重のコストを伴う重大な財務的負担となることを意味します。
本稿では、ウズベキスタンへの進出を検討、あるいは既に事業展開している日本企業の経営者および法務担当者の皆様に向けて、新労働法典における解雇規制の全貌を、最新の最高裁判所決議や実務慣行、そして日本の法律との比較を交えながら、文章と表を用いて詳細に解説します。
この記事の目次
ウズベキスタン新労働法典の導入背景と法的枠組み
新労働法典の施行とその意義
ウズベキスタンでは、長らく1995年に制定された旧労働法典が適用されてきましたが、シャフカト・ミルジヨエフ大統領の推進する開放政策と経済改革の一環として、労働市場の現代化が急務となっていました。これを受け、数年にわたる議論を経て採択された新労働法典が、2023年4月30日に施行されました。この新法典の制定は、単なる条文の修正にとどまらず、ウズベキスタンの労働市場を国際基準、特に国際労働機関(ILO)の条約や勧告に適合させるという明確な意図を持っています。旧法典に比べて条文数が大幅に増加しており、その規定の密度と範囲が拡張されたことからも、立法府の並々ならぬ決意が読み取れます。
日本企業にとって重要なのは、この新法が「使用者の権限拡大」と「労働者保護の強化」という、一見矛盾する二つの要素を同時に追求している点です。例えば、有期雇用契約の締結事由が明確化されたことで、柔軟な雇用が可能になった側面がある一方で、本稿の主題である解雇規制に関しては、手続きの透明性と金銭的補償の充実が図られ、使用者にとってのコストとハードルはむしろ高まったと言える部分もあります。
新労働法典の全文(ウズベク語・ロシア語)は、ウズベキスタンの公式法令データベース「Lex.uz」で確認することができます。
法源の階層構造と最高裁判所決議の重要性
ウズベキスタンの法体系を理解する上で、法の階層構造を把握しておくことは不可欠です。最上位に「憲法」が位置し、その下に「労働法典」が存在します。これに続き、大統領令、内閣決議、そして各省庁の命令や規則が続きます。日本企業の実務において特に注意を払うべきは、「ウズベキスタン共和国最高裁判所総会決議」の存在です。これは、法律の解釈や適用に関して、下級裁判所を拘束する実質的なガイドラインとして機能します。条文上は抽象的に書かれている「正当な理由」や「体系的な違反」といった概念が、具体的にどのような事実をもって認定されるのか、その判断基準はこの決議によって示されます。特に解雇紛争に関しては、2023年11月20日に採択された「雇用契約終了を規制する法律の裁判所による適用実務に関する最高裁判所総会決議第26号」が、極めて重要な実務指針となっています。
日本の労働法制との構造的比較
日本企業がウズベキスタンの労働法に接した際、最も違和感を覚えるのが「解雇の自由」に対するアプローチの違いでしょう。日本の労働契約法では、解雇の有効性が「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」という、裁判官による総合的な評価に委ねられています。これに対し、ウズベキスタンの労働法は「限定列挙主義」を採用しており、労働法典第161条において使用者が主導して雇用契約を終了できる事由が具体的にリストアップされています。
このリストに該当する事由があるか否かが最大の争点となり、リストにない理由(例えば、漠然とした「相性が合わない」といった理由)での解雇は直ちに違法となります。また、手続き面での形式要件も日本より厳格です。日本では解雇予告手当を支払えば即時解雇が可能ですが、ウズベキスタンでは解雇理由ごとに異なる「通知期間」が法律で固定されており、労働組合との事前協議や雇用センターへの通知といった手続きを欠けば、解雇が無効と判断されるリスクが高いのです。
使用者主導によるウズベキスタン雇用契約の終了事由と要件

新労働法典において、使用者のイニシアチブ(一方的な意思表示)によって雇用契約を終了させる場合、第161条に規定された「正当な理由」の存在が不可欠です。ここでは、日本企業が直面する可能性の高い主要な解雇事由について解説します。
組織の清算および人員削減
日本における「整理解雇」に相当するのがこの類型です。新労働法典第161条は、組織(またはその支店・駐在員事務所等の分離独立した部門)の清算、および技術、生産組織、業務量の変更に伴う従業員数または定員の変更(リストラクチャリング)を解雇事由として認めています。
日本法では「整理解雇の四要件」として解雇回避努力義務が厳しく問われますが、ウズベキスタンにおいては、人員削減を行う場合、使用者は「当該従業員を別の職務に配置転換する可能性」を検討する義務を負います。社内に空席がある場合、その従業員の資格や健康状態に見合った職務を提示しなければなりませんが、日本のように「希望退職の募集」までが法的な必須プロセスとして厳格に求められるわけではありません。むしろ、ウズベキスタンでは「実際にそのポジションが廃止されたか」という客観的な事実が重視されます。
従業員の資格不足または健康上の理由
第161条は、「従業員の資格不足または健康状態により、遂行すべき業務に適合しない場合」も解雇事由として挙げています。日本における能力不足解雇は極めて高いハードルがありますが、ウズベキスタンにおいても、主観的な評価だけで「能力不足」と認定することはできません。
最高裁判所の実務指針によれば、資格不足を理由とする解雇には、「アテスト(査定)委員会」の決定や、業務遂行能力の欠如を客観的に証明する証拠(製造不良の記録、試験結果など)が必要です。単に上司の評価が低いだけでは不十分であり、委員会形式での審査を経て結論を書面化するプロセスが不可欠です。また、ここでもより低いスキルの職務への配置転換の提示が前提条件となります。
従業員による労働義務の違反(懲戒解雇)
従業員の非違行為を理由とする解雇は、退職金の支払いが免除される唯一のケースであり、企業にとってはコストの低い終了方法ですが、その要件は厳格です。これは大きく二つの類型に分かれます。
一つ目は「労働義務の体系的な違反」です。これは、過去1年以内に懲戒処分を受けた従業員が、再び労働規律違反を犯すことを指します。一度の遅刻やミスだけでは解雇できず、懲戒処分の累積が必要となります。二つ目は「一回限りの重大な違反」です。正当な理由のない欠勤、横領、飲酒状態での出勤などが該当しますが、この事由で解雇するためには、「何をもって重大な違反とするか」のリストが、就業規則や雇用契約書に明記されていることが絶対条件です。具体的な違反行為がリストアップされていなければ、即時解雇は違法となるリスクがあります。
ウズベキスタンの解雇手続きと通知期間:厳格なタイムライン管理
解雇の正当な理由が存在したとしても、法律で定められた手続き、特に「事前通知期間」を遵守しなければ、その解雇は無効となります。ウズベキスタンでは解雇理由ごとに通知期間が詳細に区分されています。
解雇理由ごとの法定通知期間
新労働法典に基づき、使用者は以下の期間、書面をもって従業員に解雇を予告する義務があります。
| 解雇の理由 | 最低通知期間 | 特記事項 |
| 整理解雇(組織変更、人員削減) | 2ヶ月前 | 日本は原則30日。2ヶ月は人件費負担が大きい。 |
| 企業の清算 | 2ヶ月前 | 同上。 |
| 所有者の変更(特定管理職のみ) | 2ヶ月前 | 新オーナーによる経営体制刷新のための期間。 |
| 能力・資格不足 | 2週間前 | 業務不適合を理由とする場合。 |
| 懲戒解雇(重大な違反、体系的違反) | 3日前 | 日本では除外認定が必要だが、ウズベキスタンでは「3日」と規定。 |
| 試用期間中の解雇 | 3日前 | 試用期間満了前に通知が必要。 |
通知期間中の従業員の権利と金銭補償による代替
ウズベキスタンの労働法制において特徴的なのは、解雇通知を受けた従業員が、通知期間中、通常の賃金を受け取りながら「週に少なくとも1日」、新しい仕事を探すために仕事を休む権利を有することです。
しかし、使用者は従業員との合意により、「通知期間に相当する期間の賃金を支払うことで、通知期間を短縮(即時終了)させる」ことが可能です。例えば、人員削減のためにある従業員を解雇する場合、本来なら2ヶ月前に通知して勤務させる必要がありますが、会社側が「2ヶ月分の給与」を追加で支払うことで、即時に雇用契約を終了させることができます。多くの外資系企業は、職場環境への影響を考慮し、この金銭解決を選択する傾向にあります。
ウズベキスタンの法定退職金と解雇コスト

ウズベキスタンの解雇規制において、日本企業にとって最大のインパクトとなるのが、義務的な「法定退職金(Severance Payment)」の存在です。日本の労働基準法には解雇時に支払うべき退職金の法的義務はありませんが、ウズベキスタンでは法律で支払いが義務付けられています。
支払い義務の範囲と計算式
原則として、従業員の有責行為(懲戒解雇)以外の理由で会社都合により契約が終了する場合、退職金の支払いが必要です。2023年新労働法典により、その額は勤続年数に応じて以下のように詳細に階層化されました。
| 勤続年数 | 退職金の額(平均月給に対する割合) |
| 3年未満 | 50% |
| 3年以上 5年未満 | 75% |
| 5年以上 10年未満 | 100% |
| 10年以上 15年未満 | 150% |
| 15年以上 | 200% |
整理解雇のトータルコスト
勤続15年以上の従業員を整理解雇(即時解雇を選択)する場合、会社は「通知期間分の代償給与(2ヶ月分)」に加え、「法定退職金(2ヶ月分)」を支払う必要があり、合計で4ヶ月分の給与が即座にキャッシュアウトすることになります。さらに未消化の年次有給休暇がある場合は、その分の買取も必要です。このコスト構造ゆえに、安易な人員整理は経営を圧迫する要因となり得ます。
「重大な規律違反」の定義と就業規則の重要性
前述の通り、高額な退職金を回避できる唯一の手段である「懲戒解雇」ですが、その運用は極めて繊細です。新労働法典第162条は、一回の違反で解雇とするためには、その違反行為が「重大な違反」として、社内労働規則(就業規則)等に具体的に列挙されていることを求めています。
これは、日本でいう「限定列挙」に近い考え方ですが、より厳格です。もし、就業規則に「重大な違反」の具体的なリストがなければ、たとえ従業員が重大な背信行為を行ったとしても、即時の懲戒解雇は無効となります。推奨されるリスト項目としては、正当な理由のない欠勤、業務時間中の飲酒、会社財産の窃盗、業務上の秘密の漏洩、労働安全衛生規則の重大な違反などが挙げられます。日本の就業規則にあるような「その他会社が不適切と認める行為」といった包括条項だけでは効力を持ちにくいため、具体的な違反行為を現地の言語で網羅的にリストアップし、周知させることが法務リスク管理の要諦です。
また、懲戒処分には厳格な時効が存在します。使用者が違反の事実を知ってから1ヶ月以内、かつ行為から6ヶ月以内に処分を行わなければなりません。違反が発覚したら、速やかに調査を行い、従業員から弁明書を徴収し、処分を決定するという迅速な対応が求められます。
最高裁判所決議第26号に基づく紛争解決とリスク
万が一、解雇が無効と判断された場合のリスクは甚大です。「ウズベキスタン共和国最高裁判所総会決議第26号」は、解雇紛争における裁判所の判断基準を明確化しており、企業にとって厳しい現実を突きつけています。
解雇が手続き上の不備や理由の正当性欠如により違法とされた場合、裁判所は原則として「原職復帰」を命じます。これに加え、解雇日から判決確定日までの期間の「未払い賃金(バックペイ)」の全額支払いが命じられます。ウズベキスタンの裁判は長期化することもあり、その間の給与を労働の対価なしに支払うことになるため、企業にとっては大きな損失となります。解雇の正当性に関する立証責任は全面的に使用者側にあり、文書証拠が欠けている場合、裁判所は従業員有利の判断を下す傾向にあります。
まとめ
ウズベキスタンの新労働法典は、解雇に関して「手続きの厳格さ」と「金銭的保護の手厚さ」を併せ持つ、労働者保護色の強い法律です。整理解雇における「2ヶ月前の通知」と「最大200%の退職金」という二重のコスト構造や、懲戒解雇に必要な「重大な違反」の定義づけなど、日本企業にとって想定以上の撤退障壁やコストとなり得る要素が含まれています。
しかし、これらの規定は詳細に成文化されているため、予見可能性が高いとも言えます。日本の「解雇権濫用法理」のような不透明さは少なく、ルール通りに要件を定義し、手続きを踏めば、適法な人材マネジメントは十分に可能です。重要なのは、日本法との違いを正しく理解し、現地法に適合した就業規則の整備と文書管理を徹底することです。
ウズベキスタンにおけるビジネス展開において、労務管理は成功の鍵を握る重要な要素です。現地の法改正に対応した就業規則の作成、雇用契約書のレビュー、そして万が一の解雇紛争における交渉や対応について、モノリス法律事務所は皆様の事業をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務
タグ: ウズベキスタン共和国海外事業

































