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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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オランダの海外投資規制を行う投資・合併・買収安全審査法(Vifo法)

オランダの海外投資規制を行う投資・合併・買収安全審査法(Vifo法)

オランダは、欧州の経済拠点として長らく外国投資に対して開かれた国として知られてきました。しかし、国際情勢の変化と国家安全保障上のリスク増大に対応するため、2023年6月1日に新たな投資規制法である投資・合併・買収安全審査法(Wet veiligheidstoets investeringen, fusies en overnames, Vifo法)を施行しました。この法律は、日本の「外国為替及び外国貿易法」(以下「外為法」)に基づく対内直接投資審査制度と類似する側面を持つ一方で、日本企業がオランダでのM&Aや投資を検討する際に特に注意すべき重要な相違点も存在します。

本記事では、Vifo法の核心的な内容を詳細に解説するとともに、日本の外為法との比較を通じて、日本の経営者や法務部員の皆様が予期せぬリスクを回避し、円滑な取引を進めるための実務的な視点を提供します。 

オランダVifo法の概要と導入の背景

Vifo法の目的

Vifo法は、国家安全保障上のリスクを管理することを唯一の目的として導入されました。具体的には、「重要プロセス提供者」(vitale aanbieders)「高感度技術分野」(sensitive technologies)「企業キャンパス管理者」(beheerder van een bedrijfscampus)への投資活動が国家安全保障に与えるリスクを、事前の審査(ex ante toets)を通じて評価し、必要に応じて管理することを目的としています。

これは、日本の外為法が「国の安全」「公の秩序」「公衆の安全」「我が国経済の円滑な運営」という四つの多角的な観点から審査を行う点と対照的です。日本の外為法は、国防やサイバーセキュリティといった「国の安全」に加え、電力や通信といった社会インフラの継続性(「公の秩序」「公衆の安全」)や、特定の資源産業の保護(「我が国経済の円滑な運営」)をも保護対象としています。これに対し、Vifo法は「国家安全保障」という単一の軸に焦点を絞っていると言えます。この制度目的の違いは、実務上のアプローチにも影響を与えます。Vifo法の審査はより集中的な評価に基づくと考えられる一方、対象となる事業が法令上の厳密な定義に合致するかどうかの判断が、審査の成否を分ける極めて重要な要素となります。

2023年6月1日の施行と遡及適用のリスク

Vifo法は2023年6月1日に正式に施行されました。しかし、この法律の注目すべき特徴は、2020年9月8日以降に行われた投資についても、当局が国家安全保障上のリスクがあると判断した場合、遡及的に届出を命じ、審査を行うことが可能であるという点です。

この遡及規定が実際に適用されうることを示唆したのが、半導体メーカーNowiの買収事案です。2023年1月、オランダ政府は中国企業傘下のNexperiaによるオランダの半導体企業Nowiの買収について、Vifo法の遡及規定に基づく審査の対象となる可能性を公表しました。この事案は、日本の半導体関連企業にとって特に注目すべきものでした。最終的に、2023年10月24日、Nowiの製品が軍事品や軍民両用技術(dual-use items)には該当しないとの判断が下され、遡及審査は行われないことになりました。Nowi事案は、Vifo法が過去の取引にも影響を及ぼしうることを具体的に示した一方で、当局の判断が、対象企業の製品や技術が法令上の厳密な定義(この場合はEUのデュアルユース規則)に合致するかどうかにかかっていることが明らかになりました。この事例は、デューデリジェンスにおいて、曖昧な「高感度技術」という概念ではなく、具体的な技術内容が審査リスクを判断する鍵となることを示唆しており、過去の投資についてもこの観点から再評価する重要性を浮き彫りにしました。 

オランダで審査対象となる事業

Vifo法による審査対象となる事業は、以下の三つのカテゴリーに分類されます。

重要プロセス提供者(Vital Providers)

エネルギー、空港(スキポール空港)、金融インフラ、ガス貯蔵、銀行業、水道、熱供給など、オランダ社会の基盤となる重要インフラを担う企業が該当します。

高感度技術分野(Sensitive Technologies)

この分野は、さらに「高感度技術」と、より厳格な審査基準が適用される「高度に高感度な技術」に分けられます。まず、「高感度技術」には、軍事品(EU Common Military Listに掲載)や、軍民両用技術(dual-use items、EU Dual-Use Regulation 2021/821に掲載)が含まれます。そして、「高度に高感度な技術」には、量子技術、半導体技術、高信頼性技術、フォトニクス技術などが指定されています。

2023年の「高感度技術範囲令」(Sensitive Technology Scope Decree)の改正案では、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、AIシステム、医療用原子力技術なども「高度に高感度な技術」に追加されることが提案されました。この動きは、Vifo法が単に既存の技術を規制するだけでなく、新たな脅威に対応するため、常にその適用範囲を拡大する傾向にあることを示唆しています。日本の投資家は、自社が関わる技術が現在の法律では対象外であっても、将来的に規制されるリスクを考慮する必要があり、先手を打ったデューデリジェンスが不可欠となります。 

企業キャンパス管理者(Business Campuses)

官民が連携して経済的・戦略的に重要な技術開発を行う場所を管理する企業も審査対象となります。アイントホーフェン・ハイテク・キャンパス(High Tech Campus Eindhoven)の事例が参考になります。このカテゴリーは、単一の企業だけでなく、エコシステム全体への影響を保護する意図を示唆しています。 

オランダVifo法における届出義務と審査プロセス

オランダVifo法における届出義務と審査プロセス

届出義務のトリガー

Vifo法における届出義務は、対象企業に対する「支配権(control)」または「重大な影響力(significant influence)」を取得または増加させる場合に発生します。特に、「高度に高感度な技術分野」に属する企業では、届出基準が緩和され、議決権の10%、20%、25%を取得または増加するごとに届出義務が生じます。

日本の外為法が、上場企業への1%以上の投資や、非上場企業への1株の取得という、非常に低い閾値を原則とするのに対し 、Vifo法は議決権の「支配権」や「重大な影響力」という、より実質的な影響力を基準としています。この違いは、両法の設計思想を反映しています。外為法が広範な投資を「事前届出」という形で捕捉し、個別に免除基準を設けることで管理する一方、Vifo法は最初から国家安全保障上の「リスク」が存在する投資活動に焦点を絞っていると言えるでしょう。日本の投資家は、この閾値の違いを正確に理解した上で、オランダでのM&A戦略を構築する必要があります。 

広範な「取得活動」の定義

Vifo法は、株式取得のみならず、合併、分割、資産取得など幅広い「取得活動」を対象としています。投資審査庁(BTI:Bureau Toetsing Investeringen)のガイダンスによれば、知的財産権や特定の顧客・サプライヤーとの契約、主要な人員など、対象企業が重要プロセス提供者または高感度技術分野の企業として機能するために不可欠な資産を取得する場合も、届出義務の対象となり得ます。

この「資産取得」も対象となるという点は、日本の外為法には見られない独特な広がりであり、実務上、特に注意が必要です。Vifo法下のデューデリジェンスは、従来の財務・法務監査に加えて、取引の対象となる資産が「切り離された事業体」として機能するかどうか、あるいは重要技術の継続性に不可欠な知的財産権が含まれていないかなど、Vifo法に特化した精緻な審査が求められます。単に企業全体を買収する場合だけでなく、特定の事業部門や資産のみを取得するケースでも、Vifo法への対応が必要になることを示唆しています。

オランダVifo法と日本の外為法の相違点

投資家属性の「中立性」と「外国投資家」

日本の外為法が「外国投資家」を対象とする制度であるのに対し 、Vifo法は「投資家属性中立性(investor-agnostic)」の原則を掲げています。これは、オランダの投資家やEU域内の投資家を含む全ての投資家が、Vifo法の審査対象となりうることを意味します。

外為法は「外国からの投資」を管理するという伝統的な「外国直接投資審査」の枠組みに位置付けられます。これに対し、Vifo法は「国籍を問わず、国家安全保障上のリスクとなりうる取引」を審査するという、より現代的でリスクベースのアプローチを採用しています。これは、日本企業がオランダの企業を買収する際、自社だけでなく、他のオランダ企業やEU企業との競合においても、Vifo法を考慮したM&A戦略を立てる必要があることを意味します。この「中立性」は、日本の投資家が最も注意すべき、両法間の根本的な相違点と言えるでしょう。

審査のトリガー(閾値)と対象範囲

両法律の審査対象となる産業分野は一部重なりますが、その定義と閾値に違いが見られます。日本の外為法は、国防や原子力などの「国の安全」分野に加え、電力・ガス、通信、放送といった社会インフラ(「公の秩序」)、警備業や医薬品製造業(「公衆の安全」)など、多岐にわたる指定業種を定めています。一方、Vifo法は、その唯一の目的である「国家安全保障」に直結する分野に限定されます。閾値についても、前述の通り、Vifo法の「支配権/重大な影響力」と、外為法の「1% / 1株」という明確な違いが存在します。

オランダにおける実務上の注意点と最新の動向

BTIのガイダンスとプロアクティブな対応の重要性

Vifo法の適用を担う投資審査庁(BTI)は、その実務的な解釈について、いくつかのガイダンス文書を公開しています。「内部再編」「資産取得」「事業活動(Being active in)」に関するこれらのガイダンスは、審査対象となりうる取引の範囲を明確にする上で非常に有用です。BTIは、取引の早い段階で非公式な意見照会に応じる姿勢を見せているため 、疑義がある場合は事前に当局と協議し、リスクを評価することが現実的な対応策となります。 

Vifo法下の審査プロセスは、その不透明性(決定内容が非公開であることなど)から、当事者に予見可能性の欠如をもたらすという指摘があります。しかし、BTIが公開しているガイダンスや、非公式な意見照会に応じる姿勢は、この不透明性をある程度緩和するものです。日本の投資家は、このガイダンスを活用し、必要に応じてBTIに事前相談を行うことで、審査期間の長期化(最大8週間、延長可能)といった取引のタイムラインに影響を与えるリスクを軽減できるでしょう。

注目すべき判例

Vifo法に関する初の判決として、2024年4月25日、ロッテルダム裁判所は、大臣による届出命令を差し止める決定を下しました(判決日:2024年4月25日、裁判所名:ロッテルダム裁判所、ECLI:NL:RBROT:2024:3747)。この事案では、企業が株式の過半数(66%)を取得したものの、別の株主間契約により議決権が移転していなかったため、支配権の変更はなかったと主張しました。裁判所は、大臣が十分な調査をせずに届出命令を出したことを指摘し、命令を無効としました。 

この判決は、Vifo法における「支配権」の判断が、単なる株式の過半数取得ではなく、実質的な議決権の移転や支配関係の変更に基づかなければならないという重要な法的示唆を与えました。また、審査命令の正当性を証明する責任が当局にあることも明確になりました。これは、日本の投資家にとって、安易な自己判断ではなく、議決権構造株主間契約まで含めた詳細な法務デューデリジェンスの重要性を改めて示すものです。

まとめ

オランダVifo法は、日本の外為法と多くの共通点を持ちつつも、「投資家属性中立性」や「支配権/重大な影響力」を基準とする審査トリガーなど、本質的な違いが存在します。特に「高度に高感度な技術分野」への投資は、より低い閾値で届出義務が発生し、M&A取引のタイムラインやデューデリジェンスに大きな影響を与える可能性があります。

Vifo法への対応は、単に法令を形式的に遵守するだけでなく、対象企業の技術内容、事業活動、そして取引がもたらす実質的な影響を多角的に評価する、より高度なデューデリジェンスを必要とします。本稿で解説した通り、当局の最新のガイダンスや判例動向を注視し、疑義のある場合は早期に専門家の意見を求めることが、予期せぬリスクを回避する鍵となります。こうした複雑な法的課題に直面された際は、我々モノリス法律事務所にご相談いただくことで、スムーズな取引の実現に向けた最適なサポートを提供できることをお約束します。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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