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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

ネパール連邦民主共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ネパールの法制度は、歴史的にヒンドゥー哲学の影響を受けつつも、過去50年で民主化と経済発展に伴い、現代的なハイブリッドシステムへと進化してきました。特に2015年の新憲法制定以降、法の支配、基本的人権の保護、司法の独立といった民主主義の原則が確立され、法整備が進められています。近年では、IT分野の急速な発展に対応するため、政府の「デジタルネパールフレームワーク」に示されるように、電子取引やデータ保護、Eコマースに関する新たな法整備も活発に進められています。

本記事では、会社設立から外国投資、契約、労働、知的財産、そしてIT分野に特化した電子取引、データ保護、Eコマース、電気通信に関する最新の法規制まで、ネパールの主要な法制度とその概要を、日本の法律との比較を交えながら解説します。

ネパール法制度の概要と特徴

ネパールの法制度は、歴史的にヒンドゥー哲学と宗教的文書に深く根ざして発展してきました。しかし、革命以降、民主主義の規範と価値観に基づく新しい政治システムが確立され、過去50年間で法制度の近代化が進み、ハイブリッドな法体系へと変貌しました。このためその法制度は、日本の純粋な大陸法系とは異なる、複数の法的伝統が融合したものとなっています。

特に、1990年の憲法制定以降、「法の支配」「基本的人権」「司法の独立」がネパール法制度の基本原則となりました。その後、2015年に公布された現行のネパール憲法は、ネパールを「独立した、不可分な、主権を有する、世俗的で、包括的で、民主的で、社会主義志向の連邦民主共和制国家」と宣言しています。これは、かつての立憲君主制(1990年憲法)からの大きな変化を示しています。

ネパールの法制度は発展途上にあり、IT分野を含む多くの新しい法律が作られ、または、作られようとしています。そして、主要法令の公式英語テキストが入手困難な場合が多く、現地語での確認が必須になるケースが多い、という実務上の障壁があります。

また、ネパールでは、西暦とは別にビクラム暦という独自の暦が使われています。ビクラム暦は紀元前57年を起年とし、西暦の4月半ばを新年とします。例えば、西暦2000年はビクラム暦では2057年です。このため、例えば、後述する「Eコマース法2025年」は、現地語文献では「(Eコマース法の現地語)2081年」と表記されています。この点も、現地語での法令等の確認を難しくしている要素です。

ネパールにおける会社法と企業設立

会社形態の種類

海外資本がネパール国内に会社を設立する場合、設立の容易さから、Private Limited Company(非公開有限会社)が選ばれることが一般的です。この形式では株式の公募ができず、株主数は50名までに制限されます。株式の公募が可能なPublic Limited Company(公開有限会社)の場合は、最低7名の発起人と最低払込資本金1,000万ネパールルピー(NPR)が必要です。

ネパール国外で設立された外国会社は、ネパールで事業を行う場合、支店または駐在員事務所を登録する必要がありますが、駐在員事務所は収益活動ができません。また、外国会社はネパール国内で株式や社債を発行できません。

特徴Private Limited Company(非公開有限会社)Public Limited Company(公開有限会社)One Person Company(一人会社)
株主数最大50名最低7名、上限なし1名
株式公開不可(公募禁止)可能(証券取引所上場可能)不可
最低資本金規定なし(実質的要件あり)NPR 1,000万上限あり
設立の容易さ比較的容易複雑比較的容易
報告義務比較的緩やか厳格比較的厳格
利益分配可能可能制限あり
株式譲渡制限あり(コンセンサス合意による)自由不可(事業承継規定による)

会社設立の要件と手続き

会社設立の申請は、会社登記所(Company Registrar’s Office, CRO)に必要書類を添えて行います。CROは申請受理後15日以内に登録し、会社登録証明書を発行します。登録が完了すると、会社は法人格を持つ法人となります。日本の会社設立手続きと類似していますが、外国会社が支店などを設立する際に、関係当局からの事前許可が求められる点が異なります。

ネパールにおける外国投資・技術移転法

ネパールにおける外国投資は、「外国投資・技術移転法2019年」(Foreign Investment and Technology Transfer Act, FITTA 2019)によって規律されています。

外国投資の承認プロセス

FITTA 2019では、外国投資の承認を行う機関が投資額によって分かれています。60億ネパールルピー以下の投資は産業省(DOI)が、これを超える投資はネパール投資委員会(IBN)が承認します。申請書が完備していれば、承認機関は申請受領後7日以内に承認する義務があります。承認後、投資家はネパール中央銀行(NRB)に通知し、投資資金をネパールに持ち込むことができます。

最低投資額と利益・資本の送金(Repatriation)

FITTA 2019では、最低投資額は5,000万ネパールルピー(約45万米ドル)に設定されています。外国投資家は、ネパール法に基づきすべての適用税金を支払った後、NRBの承認を得て、投資資金、利益、配当などを送金できます。ただし、送金には「法律、契約、および義務を遵守した」ことの証明が求められる点が、日本の投資家が最も注意すべき相違点の一つです。技術移転契約に基づくロイヤルティ送金には上限が規定される場合があります。

ネパールにおける契約法

契約の成立と有効性

契約は、当事者間で合意が成立したときに締結されます。16歳未満の者や精神上の障害を持つ者以外のあらゆる者が契約締結能力を有します。日本の民法における契約の成立要件と類似していますが、ネパール契約法では「当事者の自律性」が強調され、契約の形式、内容、対価などを自由に選択できると明記されています。

無効な契約(例:公序良俗違反、履行不能)と取消が可能な契約(例:強迫、詐欺、不当な影響)の概念は日本の民法と似ていますが、ネパール法では「不当な影響」が取消事由として定義されています。また、ネパール契約法には「間接的な契約」の概念があり、書面による明確な合意がなくても、特定の行為や状況によって契約関係が成立する、と定められていることも特徴的です。

契約違反と救済措置

契約違反があった場合、被害当事者は実際の損失または損害の賠償を請求できます。金銭賠償が適切でない場合は、特定履行(契約通りの履行)を請求することも可能です。日本の債務不履行に基づく損害賠償請求や特定履行請求の概念と類似していますが、ネパールでは損害賠償の範囲が「直接的かつ実際の損失・損害」に限定され、「間接的または想像上の損失・損害」は補償されないと明記されているため、日本と比較して賠償責任の範囲が狭い可能性があります。

ネパールにおける労働法

ネパールにおける労働関係は、労働法2017年(2074年)によって規定されています。

雇用形態と差別の禁止

労働法は、常用雇用、業務ベース雇用、期間ベース雇用、臨時雇用、パートタイム雇用の5つの主要な雇用形態を定めています。雇用契約は原則書面で締結され、6ヶ月の試用期間を設けることができます。外国人労働者の雇用には、当該外国人が理解できる言語または英語で雇用契約を締結し、労働許可証を取得することが義務付けられています。

雇用形態定義特徴・留意点
Regular employment(常用雇用)業務ベース、期間ベース、臨時雇用以外のあらゆる雇用形態最も一般的な雇用形態。雇用契約が必要。
Work-based employment(業務ベース雇用)特定の業務またはサービスを遂行するための雇用業務完了時に雇用終了。書面契約が推奨される。
Time-based employment(期間ベース雇用)特定の期間内にサービス提供または業務遂行を義務付ける雇用契約期間満了時に雇用終了。プロジェクトベースの場合、期間延長あり。
Casual employment(臨時雇用)1ヶ月以内に7日以下の期間サービスを提供または業務を遂行する雇用書面契約は不要。雇用主または労働者の意思で終了可能。
Part-time employment(パートタイム雇用)週35時間以下の業務を遂行する雇用労働時間に基づく柔軟な雇用形態。

労働法は、宗教、肌の色、性別、カーストなどに基づく労働者に対する差別を禁止し、「同一価値労働同一賃金」の原則を定めています。日本の労働基準法や男女雇用機会均等法と概ね一致します。

雇用終了の条件

労働者の雇用は、労働法に従い、適切かつ十分な理由がある場合にのみ終了させることができます。期間満了、自己都合退職、能力不足、健康上の理由、整理解雇、定年退職(58歳)などが終了事由となります。整理解雇の場合、1年以上勤務した労働者には勤務年数1年につき1ヶ月分の基本報酬が支払われ、原則として外国人労働者が優先的に解雇されます。日本の解雇規制は厳格ですが、ネパールでは定年年齢が比較的低い点や、整理解雇における外国人労働者の優先順位付けが異なります。

ネパールにおける電子取引法とサイバー犯罪

ネパールでは、電子取引の信頼性とセキュリティを確保し、サイバー犯罪に対処するために「電子取引法(2008年)」(Electronic Transaction Act, ETA)が制定されています。

電子記録とデジタル署名の法的有効性

ETAは、電子記録およびデジタル署名の認証と規制に関する法的枠組みを提供し、電子取引の信頼性と完全性を高めることを目的としています。電子形式で維持される情報、文書、記録は法的に有効とみなされ、個人のデジタル署名も法的に認識されます。

サイバー犯罪の定義と罰則

ETAは、ハッキング、オンライン詐欺、知的財産権侵害、機密情報の開示など、様々なサイバー犯罪を定義し、それに対する罰則を規定しています。例えば、コンピューターシステムへの不正アクセスには最長3年の懲役または最大20万ネパールルピーの罰金が科せられます。ETAは、コンピューターおよびサイバー犯罪に関する事件を専門的に扱うためのIT Tribunal(IT裁判所)およびAppellate Tribunal(控訴審裁判所)の設置を想定しています。

ETAは2008年に制定された法律であり、新しい技術や決済システムに対応するための定期的な改正が必要であるという指摘があります。2025年に制定されたEコマース法には、この部分を補完しようとする性質があると言われています。

ネパールにおけるデータ保護とプライバシー法

データ保護とプライバシー法

ネパールにおけるデータ保護とプライバシーは、データ法(2022年)、個人情報保護法(2018年)(以下「プライバシー法」)、個人情報保護規則(2020年)、および国家刑法典(2017年)など複数の法令によって規律されています。また、ネパール憲法第28条が、個人のプライバシーの基本権を保障しています。

プライバシー法は、個人情報および機微情報を定義し、法律に基づき認可された者またはその許可を得た者のみが個人情報を収集、保管、保護、分析、処理、または公開できると定めています。情報を収集する前に、収集の目的、内容、性質などを通知し、同意を得る必要があります。収集されたデータは、収集目的のためにのみ利用でき、個人の生活を侵害または侮辱するような利用は厳しく禁止されています。

ネパールには一般的なデータ保護機関が存在せず、データ移転に関する具体的な規制も不足しています。ただし、ソーシャルメディア法案(提案段階)は、ソーシャルメディアプラットフォームに対し、ユーザーの個人情報のプライバシー保護のための必要なセキュリティ対策を講じることを義務付けています。

ネパールにおけるEコマース法

ネパールでは、急速に成長するデジタル市場を規制し、オンライン取引のために構造化された法的枠組みを作るため、2025年3月16日に「Eコマース法2025年」(Electronic Commerce Act, 2025)が制定されました。これは、ネパール初の包括的なオンライン取引規制法です。

Eコマース法2025年は、デジタル取引の規制、消費者保護の強化、オンライン取引の透明性と信頼性の促進などを目的としています。この法律は、ネパール国内外を問わず、電子プラットフォームを通じてネパールの顧客に製品やサービスを提供するあらゆる個人または事業体に適用されます。

  • 義務的登録: すべてのオンラインビジネスは、商務・供給・消費者保護省(DoCSCP)に登録しなければなりません。既存のビジネスは、法律施行から3ヶ月以内(2025年7月16日まで)に登録が必要です。未登録の場合、1万~5万ネパールルピーの罰金が科せられます。
  • 消費者権利: 顧客は、商品が発送されるかサービスが提供されるまで注文をキャンセルでき、手数料はかかりません。記載された説明と異なる、または欠陥がある商品やサービスについては、全額返金を受ける権利があります。
  • 情報開示義務: プラットフォームは、事業名、登録証明書、連絡先、製品の詳細(名称、価格、配送料、支払い方法など)を明確に開示しなければなりません。
  • データプライバシー義務: Eコマースプラットフォームは、取引に関わる個人の個人情報(PII)を保護し、プライベートに保つ義務があります。
  • 罰則: 法令遵守を怠ったビジネスに対しては、5万~50万ネパールルピーの罰金、または6ヶ月~3年の懲役、またはその両方が科せられる可能性があります。

ネパールのEコマース法は、上述の各要素を一つの法律に集約した点が特徴です。特に、ソーシャルメディア上の販売者を含むすべてのオンラインビジネスに義務的登録を課す点、および違反に対する罰則が比較的厳しい点は、ECを営む事業者にとって新たなコンプライアンス負担となる可能性があります。

ネパールにおける電気通信法

ネパールの電気通信セクターは、「電気通信法1997年」(Telecommunications Act, 1997)および「電気通信規則1998年」に基づき、ネパール電気通信庁(Nepal Telecommunications Authority, NTA)によって規制されています。NTAは、ネパールの電気通信に関するすべての事項を規制する自律的な機関です。

NTAの使命は、ネパールの電気通信セクターの発展に最適な条件を創出し、品質、選択肢、費用対効果の面で公共の利益に資すること、サービスプロバイダー間の健全な競争を促進すること、そして国の社会経済発展を支援することです。NTAの主な機能には、電気通信サービスの信頼性確保、農村部へのサービス提供、国内外の民間セクター投資家の巻き込み、サービスプロバイダー間の競争促進、ライセンス付与、料金承認・規制、周波数管理、新技術の研究などが含まれます。

電気通信法1997年の施行後、ライセンスを取得せずに電気通信サービスを運営することは禁止されています。NTAは、申請を受理後、通常90日以内にライセンスを発行します。ライセンスの最大期間は25年ですが、一度に10年を超えて発行されることはありません。

ネパール政府は、2019年の「デジタルネパールフレームワーク」において、ITとデジタルガバナンスシステムの導入を通じて公共サービス改革を積極的に推進しており、これは電気通信インフラの整備とデジタルサービスの普及が、国の経済発展とガバナンス改革の重要な柱と位置付けられていることを示しています。

ネパールにおける紛争解決(仲裁)

ネパールでは、仲裁は伝統的な裁判制度の外で紛争を解決するための重要な代替的紛争解決(ADR)メカニズムとして認識されており、主に「仲裁法(1999年)」(Arbitration Act, 1999)および「仲裁規則」によって規律されています。

仲裁は、特に商事、建設、投資関連の紛争で近年注目を集めています。仲裁プロセスは、当事者が私的かつ柔軟で迅速な方法で意見の相違を解決することを可能にし、多くの場合、法的に強制力のある拘束力のある判断(仲裁判断)を生み出します。

ネパールで利用可能な仲裁の種類には、国内仲裁、国際商事仲裁、機関仲裁、アドホック仲裁、法定仲裁があります。ネパールは「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(ニューヨーク条約1958年)を批准しており、外国仲裁判断を承認し執行します。これは、日本の企業にとって、ネパールでの仲裁判断が国際的に執行可能であることを意味し、紛争解決の選択肢として仲裁の信頼性を高めます。

仲裁手続きは、仲裁合意の締結、仲裁人の選任、仲裁地の決定、申立書や反論書の提出、聴聞会、仲裁判断の通知、そして必要に応じた仲裁判断の執行というステップで進められます。

まとめ

ネパールは、その歴史的背景から多様な影響を受けつつも、近年、特にIT分野の発展を背景に、法制度の近代化を急速に進めており、頻繁な改正や新たな法整備が行われる流動的な環境にあります。また、公式な英語法令情報の入手が困難であるという実務的な障壁も存在します。これらの複雑な法的環境をナビゲートし、ネパールでのビジネスを成功させるためには、現地の法制度に対する深い知見と、実務経験に基づいた専門的なサポートが不可欠です。

モノリス法律事務所の取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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