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インドにおけるM&A手続き:株式譲渡の承認と外為法(FEMA)報告

インドにおけるM&A手続き:株式譲渡の承認と外為法(FEMA)報告

インドにおけるM&Aは、世界最大の人口動態と急速な経済成長を背景に、極めて魅力的な投資機会を提供していますが、その法務手続きは非常に複雑であり、多岐にわたる規制が交錯しています。本記事では、インド企業を買収する際の法的なプロセスを網羅的かつ詳細に解説します。具体的には、対象企業を買収する際の株式譲渡や資産譲渡(スランプセール)のスキーム選択基準をはじめ、外為法(FEMA)に基づくインド準備銀行(RBI)への厳格な事後報告義務であるFC-GPRやFC-TRSの要件について詳述します。

また、2020年の法改正により全国統一された株式譲渡の印紙税と、依然として州ごとに異なる資産譲渡の印紙税負担の違いを比較分析します。さらに、非居住者間の株式譲渡における価格制限ルールの特例や、買収後のコンプライアンス是正に向けた法務デューデリジェンスの重要性、そして株主間契約における表明保証の設計方法まで、実務的な視点から網羅的な情報を提供します。インド特有の規制環境と背後にある政策意図を正しく理解し、円滑なM&Aを実現するための最新の実務ガイドとしてご活用ください。

インドM&Aにおける法務デューデリジェンスの重要性とリスク評価

コンプライアンス是正とM&A実行前の潜在的リスクの特定

インドにおけるM&Aを成功に導くためには、取引の初期段階において徹底的な法務デューデリジェンスを実施することが不可欠です。インドの法体系は連邦法と州法が複雑に絡み合っており、対象企業が過去に犯した法令違反が買収後の重大なペナルティや事業停止につながるリスクが常に存在します。特に、外為法(FEMA)に基づく報告義務の遅滞や法定帳簿の不備、または過去の取引における印紙税の納付漏れなどは、インド企業において極めて頻繁に見られる瑕疵です。法務デューデリジェンスでは、対象企業の設立に関する基本文書や株主名簿の確認から始まり、現在係争中の訴訟リスク、知的財産権の帰属状況、労働法務や環境規制の遵守状況に至るまで、広範な調査が行われます。

過去の株式発行や株式譲渡において、FEMAが規定する報告手続きが適時に行われていたか、あるいは遅延提出手数料(LSF)を支払って法的に是正されているかを確認することは、買収後の財務的および法定的リスクを完全に遮断するために極めて重要です。仮に重大なコンプライアンス違反が発見された場合、買手は取引実行の前提条件として、売手に対して違反状態の是正を義務付けるか、譲渡価格の減額交渉を行うなどの戦略的対応が求められます。インドの法務当局は、過去の些細な手続き的瑕疵に対しても厳格な制裁を科す傾向があるため、事前にリスクを洗い出し、契約上の手当てを行うことがM&Aの成否を分けます。

日本の法律との違い:外資規制と印紙税の厳格な構造的差異

インドにおけるM&A実務を理解する上で、日本の法律との構造的な違いを認識することは極めて重要です。日本のM&A実務における外資規制は、主に外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、一定の指定業種に対する事前の届出と審査が中心となります。日本の外為法では、国家の安全保障に関わるコア業種に対して厳格な事前審査が行われますが、多くの一般業種においては事後報告で足りる場合が一般的であり、当事者間の合意による柔軟な価格決定が尊重されます。これに対し、インドのFEMAに基づく外国直接投資(FDI)規制では、多くの業種で政府の事前承認が不要な自動ルートが採用されているものの、事後の報告義務と価格規制が厳格に運用されています。インドにおいては、取引が実行された後であっても、FEMAに基づく事後報告がRBIに正式に受領されない限り、法的な手続きは完結しません。

また、日本では非上場企業の株式譲渡における価格決定は当事者間の自由な合意が原則として最大限に尊重されますが、インドでは国際的な評価基準に基づく適正市場価格(FMV)の算出が法的に義務付けられており、当事者の合意のみで譲渡価格を自由に決定することはできません。さらに、日本の印紙税法において株式譲渡契約書は原則として非課税文書として扱われ、印紙税の負担は発生しませんが、インドではすべての証券譲渡に対して譲渡対価に応じた印紙税が厳密に課されます。印紙税の納付漏れがある場合、インドではその株式譲渡の証拠能力が裁判所や行政機関で完全に否定され、譲渡そのものが無効とされるという重大な違いが存在します。日本の実務感覚で事後的な対応や柔軟な解釈が可能であると判断することは、インドにおいては取引全体の頓挫を招く致命的な誤りとなり得ます。

インドにおける株式譲渡と資産譲渡のスキーム比較と戦略的選択

インドにおける株式譲渡と資産譲渡のスキーム比較と戦略的選択

インドにおける株式譲渡の手続きと法定要件

インドにおけるM&Aの最も一般的かつ合理的な手法は、対象企業の株式を取得する株式譲渡です。株式譲渡によるM&Aは、対象企業の法人格をそのまま維持し、事業運営に必要な許認可や契約関係、従業員の雇用などを包括的かつシームレスに引き継ぐことができるため、事業統合が比較的スムーズに進行するという多大な利点があります。

インド会社法(2013年)に基づく株式譲渡手続きでは、譲渡人と譲受人の間でForm SH-4と呼ばれる所定の法定株式譲渡証書を作成し、両当事者が署名する必要があります。この証書には、後述する適正な印紙税を納付し、印紙を貼付または電子的に証明する措置が求められます。譲渡証書は実行日から60日以内に対象企業に提出され、対象企業の取締役会による承認を経て株主名簿が更新されることで法的に譲渡が完了します。株式譲渡の手法は、取引コストの予測可能性が高く、個別の契約移転手続きが不要であるため、スケジュールの遅延リスクを最小化できる点が最大のメリットです。

このインド会社法における株式譲渡の手続き要件に関する公式な規定は、インド政府の法令データベースで確認することができます。

参考:THE COMPANIES ACT, 2013(India Code公式PDF)

資産譲渡とスランプセールの法的枠組みおよび税務上の課題

株式譲渡に代わるM&Aの手法として、特定の事業部門や資産のみを切り出して買収する資産譲渡が用いられることがあります。インドでは、事業全体を継続企業(ゴーイングコンサーン)として一括譲渡する手法をスランプセールと呼びます。インド所得税法第2条(103)によれば、スランプセールとは、個別の資産や負債に個別の価値を割り当てることなく、一つまたは複数の事業(undertaking)を一時金で一括して譲渡する取引と定義されています。スランプセールの最大の利点は、買収対象外の偶発債務や不要な資産を切り離して、優良な事業部門のみをクリーンな状態で取得できる点にあります。過去の税務リスクや未知の訴訟リスクを完全に遮断したい場合に、非常に有効な手段となります。

しかしながら、スランプセールには手続き面と税務面の両方で固有のリスクが伴います。

手続き面では、資産・負債・従業員・契約関係を包括的に移転する事業譲渡契約(BTA)の締結が必要となりますが、個別の同意取得や許認可の再取得が求められる場合があり、株式譲渡と比較して手続きが著しく煩雑化します。

税務面では、売却益はインド所得税法第77条に基づきキャピタルゲインとして課税されます。課税対象となる対価は譲渡日における公正市場価値(FMV)とみなされ、取得費用にはnet worth(純資産価値)が用いられます。保有期間が36ヶ月を超える場合は長期キャピタルゲイン、それ以下の場合は短期キャピタルゲインとして高い税率が適用されます。また、印紙税・登録免許税その他類似の税・手数料の支払いのみを目的とした個別資産の価値算定はスランプセールの定義を損なわないと法定されていますが(同法第2条(103)(b)(ii))、契約書上で資産ごとに価格を割り当てた場合は個別の資産売却として扱われるため、BTAのドラフティングには高度な専門性が要求されます。

スランプセールの定義と税務上の取り扱いに関する公式な基準は、インド所得税法の条文で詳細に確認できます。

参考:Income-tax Act, 2025

インド外為法(FEMA)に基づく価格規制と報告義務の深層

非居住者と居住者間の株式譲渡における価格制限ルール

インドのM&Aにおいて取引構造そのものを左右する最も重要な規制が、FEMAに基づく価格ガイドラインです。2019年外国為替管理(非負債証券)規則(FEM(Non-debt Instruments)Rules, 2019)第21条によれば、非居住者(日本企業などの外国投資家)とインド居住者との間で株式譲渡を行う場合、適正市場価格(FMV)に基づく厳格な価格制限が適用されます。この規制の背景には、インド国内の資産が不当に安く海外に流出することを防ぐとともに、過度な外貨流出をコントロールするというマクロ経済的な政策意図が存在します。譲渡価格の算定においては、勅認会計士(CA)、SEBIに登録されたマーチャントバンカー、またはコスト会計士(Practicing Cost Accountant)が、国際的に認められた評価手法を用いてFMVを証明する評価報告書を作成することが義務付けられています。

譲渡人の属性譲受人の属性適用されるFEMA価格規制(Pricing Guidelines)
インド居住者非居住者(日本企業等)譲渡価格はFMVを「下回ってはならない」(FMV以上での取得が必須)
非居住者(日本企業等)インド居住者譲渡価格はFMVを「上回ってはならない」(FMV以下での売却が必須)
非居住者非居住者原則として価格規制の適用なし(当事者間の合意価格による譲渡が可能)

この非対称な価格規制は、日本の実務には存在しないインド特有のものであり、例えば経営不振に陥ったインド企業を、日本の買手企業がディスカウント価格で救済買収しようとする場合に大きな障壁となります。インド居住者から非居住者への譲渡価格はFMVを下回ることができないため、簿価やDCF法で算出されたFMVより低い金額での株式譲渡は法的に認められません。このような場合、既存株式の譲渡ではなく、対象企業に対する新規の第三者割当増資を通じた資金注入など、別のアプローチを検討する必要があります。

非居住者間の株式譲渡における特例とFOCC規制の影響

一方で、非居住者(例えばアメリカ企業)から別の非居住者(日本企業)への株式譲渡においては、原則としてFEMAの厳格な価格ガイドラインは適用されず、当事者間の自由な合意に基づく価格での譲渡が可能です。グローバル企業間でのインド子会社の再編や外国投資家同士の持分譲渡は、この特例により比較的柔軟に実行できます。ただし、対象となるインド企業が属する業界の外国投資上限(セクターキャップ)政府承認の要否といった基本ルールは、引き続き遵守する必要があります。

さらに、海外投資家によるM&Aの結果、インド企業が非居住者によって所有または支配される企業(FOCC)に該当することとなった場合、重大な規制の変化が生じます。2025年1月のRBIマスターディレクションの更新により、対象企業が資本移動によりFOCCのステータスを取得した場合、その日から30日以内にForm DIを提出してステータスの変更を公式に報告することが新たに義務付けられました。FOCCとなったインド企業がさらに別のインド国内企業に株式投資(ダウンストリーム投資)を行う場合、その投資行為自体が間接的な外国投資とみなされ、FDI規制に準じた価格規制やセクター規制が全面的に適用されることになります。これは、外国投資規制を迂回する目的での国内ダミー企業の利用を防ぐための強力な網羅的規制であり、グループ再編を行う日本企業は特に留意する必要があります。

ダウンストリーム投資やFOCCに関する最新の規制枠組みは、インド準備銀行のマスターディレクションで確認できます。

参考:インド準備銀行公式ウェブサイト

インド準備銀行へのFEMA報告義務の厳格な運用(FC-GPRおよびFC-TRS)

インド企業が外国投資家から資金を受け入れて新規に株式を発行する場合、あるいは既存株式を居住者・非居住者間で譲渡する場合には、RBIに対する極めて厳格な事後報告義務が課されます。手続きの遅滞は即座に法令違反とみなされ、厳しいペナルティの対象となります。

新規株式発行によるM&A(第三者割当増資など)においては、インド企業は海外からの投資資金を受領した日から60日以内に株式の割当てを完了しなければなりません。そして、株式の割当日当日から30日以内にForm FC-GPRを提出する義務があります。一方で、既存株式の譲渡によるM&Aの場合には、株式譲渡日または譲渡対価の受領日のいずれか早い方から60日以内にForm FC-TRSを提出する必要があります。(なお、非送金ベースで株式を保有する非居住者からインド居住者への売却による譲渡については、FC-TRS報告義務は適用されません。)

これらの報告は、現在RBIが運用するFIRMSポータルを通じて、公認ディーラー銀行経由で電子的に行われます。万が一これらの提出期限を徒過した場合には、ただちにRBIが規定する遅延提出手数料(LSF)を支払い、コンプライアンスの是正手続きを行う必要があります。LSFの支払いを怠ったまま放置すると、FEMA違反として重大な法的制裁を受けることになり、対象企業の事業継続に致命的な影響を及ぼします。

FC-GPRおよびFC-TRSの報告規則に関する公式なガイドラインは、インド準備銀行のポータル情報で確認できます。

参考:インド準備銀行公式ウェブサイト

インド会社法に基づく株式譲渡の承認手続きと実務的判例

インド会社法に基づく株式譲渡の承認手続きと実務的判例

取締役会による株式譲渡の承認と会社法第58条の解釈

FEMAの規制をクリアし、外資規制上の要件を満たしたとしても、インドの会社法上、株式譲渡を最終的に完了させるためには、対象企業の取締役会による正式な承認手続きが不可欠です。日本においては、定款に株式譲渡制限の定めがない限り、当事者間の合意のみで株式の譲渡が成立しますが、インドでは手続きの適法性が厳しく審査されます。当事者間でForm SH-4が適切に実行され、後述する印紙税が納付された後、この証書と元の株券原本が対象企業に対して提出されます。

対象企業の取締役会、または権限を委任された譲渡承認委員会は、提出された書類がインド会社法に準拠しているか、定款や締結済みの株主間契約の規定(第一拒否権や事前同意などの譲渡制限)に適合しているかを厳密に審査し、株式譲渡を承認する決議を行います。承認が得られた後、企業は法定帳簿である株主名簿を更新し、譲受人の名前を正式な株主として登録した上で、譲渡登録から1ヶ月以内に譲受人に対して新しい株券を発行しなければなりません。この一連の手続きにおいて一部でも不備がある場合、取締役会は譲渡の登録を法的に保留、または拒否することができます。

株式譲渡の承認拒否と不服申立てに関する判例

インド会社法第58条に基づき、対象企業の取締役会は、正当な理由がある場合、株式譲渡の登録を正式に拒否する権限を有しています。特にPrivate Company(以下、「非公開会社」とする。)においては定款による株式譲渡制限が強く保護されていますが、Public Company(以下、「公開会社」とする。)であっても、株主間契約に基づく特定の譲渡制限条項が定款に明確に組み込まれている場合には、当該条項が法的効力を持ちうることが裁判例で認められています。もっとも、会社法第58条第2項は公開会社の株式の自由譲渡性を原則とし、契約上の制限は「契約として執行可能」とするにとどまるため、定款への組み込みの方法や範囲については専門家への確認が推奨されます。

取締役会によって株式譲渡が不当に拒否された場合、譲受人は、非公開会社の場合は拒否通知を受け取った日から30日以内(通知がない場合は60日以内)に、公開会社の場合は拒否から60日以内(通知がない場合は90日以内)に、インド全国会社法審判所(NCLT)に対して不服申立てを行う法的権利を有しています。

株式譲渡の拒否と株主間契約の有効性に関する重要な判例として、NCLTムンバイベンチが2020年5月26日に下したRiverdale Infrastructures Private Limited v. Kirloskar Ebara Pumps Limited, Ebara Corporation and Kirloskar Brothers Limitedの判決があります。この事件において、当事者間の合弁契約および会社の定款には、株式譲渡に関する事前の書面による同意および第一拒否権(RoFR)の条項が明記されていました。原告は株式譲渡の手続きを進めようとしましたが、会社側は合弁パートナーの事前同意が得られていないことを理由に譲渡の登録を拒否しました。NCLTはこれらの譲渡制限条項を有効と認め、定められた手続きを経ずに第三者への譲渡を試みた当事者に対する取締役会の譲渡登録拒否を適法と判断し、不服申立てを棄却する命令を下しました(なお、本件命令はNCLATに上訴中)。

この判決は、インドにおいて当事者間で合意された株主間契約の譲渡制限条項が、公開会社であっても強力な法的効力を持つことを示しており、M&Aにおける事前の契約精査と手続きの厳格な遵守の重要性を明確に裏付けています。この判例に関する公式な決定文書は、インド全国会社法審判所のウェブサイトで確認することができます。

参考:Riverdale Infrastructures Private Limited v. Kirloskar Ebara Pumps Limited & Ors,
Company Appeal No. 221/58(4)/MB/2017, Order dated 26 May 2020, National Company Law Tribunal, Mumbai Bench.(出典:NCLT Official Archive)
 CaseMineによる非公式ミラー

インドM&Aにおける印紙税の州別負担と実務的影響

株式譲渡に関する印紙税の統一税率とその影響

インドにおいてM&Aを実行する際に、見落とされがちでありながら重大なコストと法的リスクを伴うのが印紙税です。日本の印紙税法では、株式譲渡契約書は非課税文書として扱われるため印紙税の負担は実質的に生じませんが、インドでは証券取引に対して厳格な印紙税が課されます。2020年7月1日に施行された財政法2019年(Finance Act, 2019)による1899年インド印紙税法の改正により、これまで州ごとに分断されていた証券取引に関する印紙税の賦課と徴収システムが全国で一元化されました。法改正以前は、株式の形態(物理的証券か電子形態か)や取引が行われる州管轄によって印紙税率が複雑に異なっていましたが、改正後は全国一律の税率が適用されるようになり、取引の予測可能性が大きく向上しました。

取引の性質適用される統一印紙税率(2020年改正後)
株式の新規発行0.005%
物理的形態による株式譲渡(注)0.015%
電子(デマット)形態による株式譲渡0.015%
(注)Finance Act 2019のSection 9B(b)により、証券取引所・デポジトリを介さない譲渡にも同税率が明文化されているが、旧税率からの移行期の実務運用については専門家への確認が推奨される

インドでは、取引の市場価値(譲渡対価)に比例して印紙税が確実に発生します。未納付、または納付額が不足している譲渡証書は、裁判所や行政機関において法的な証拠能力を持たず、会社法上の株式譲渡手続きを完了させることができません。このため、譲渡代金の支払いに併せて、正確な印紙税の算出と納付手続きを確実に行うことが、M&Aクロージングにおける絶対的な要件となります。2020年の印紙税法改正に関する公式文書は、インド政府の法令データベースで確認できます。

参考:インド政府法令データベース公式ウェブサイト

資産譲渡における州別の印紙税負担の非対称性

株式譲渡の印紙税が国レベルで統一された一方で、事業全体を譲渡するスランプセールや個別の資産譲渡に適用される印紙税は、現在でもインド憲法に基づく各州の管轄下にあり、州ごとに税率体系が異なります。ここに、事業譲渡型のM&Aを選択する際の最大のジレンマが存在します。事業譲渡契約(BTA)は、対象となる資産に不動産が含まれるか否か、またその契約書が法的に権利を移転させる譲渡証書として扱われるか、単なる取引の合意書として扱われるかによって、印紙税の負担額が数パーセント単位で大きく変動します。

例えば商業の中心地であるマハラシュトラ州やデリー首都圏などでは、BTAが実質的な権利移転を伴う譲渡証書とみなされる傾向が非常に強く、譲渡される資産の総額に対して非常に高額な印紙税(場合によっては5パーセント以上)が課されるリスクがあります。資産譲渡は、過去の簿外債務を切り離せるという多大なメリットがある一方で、この高額な印紙税負担がディールを頓挫させる原因となるケースも少なくありません。したがって、インドで資産譲渡型のM&Aを検討する場合には、対象資産の所在地である州の印紙税法を事前に詳細に分析し、税負担を合法的に最小化するためのスキーム構築や契約書の緻密なドラフティングを行う、高度な税務・法務戦略が不可欠となります。

株主間契約における表明保証の設計とコンプライアンス是正

株主間契約における表明保証の設計とコンプライアンス是正

M&A後のコンプライアンス違反に対する保護メカニズム

インドのM&Aにおいて買手のリスクを最小化し、投資対効果を保護するためには、株式譲渡契約や株主間契約において極めて強固で網羅的な表明保証および補償条項を設計することが必須です。前述の通り、インド企業においては、FEMAに基づく過去のFC-GPRやFC-TRSの報告漏れ、法定書類のファイリング不備、印紙税の過少申告などがデューデリジェンスの過程で高頻度で発見されます。仮にこれらの法令違反がM&A実行後になって当局から指摘された場合、多額の罰金や事業ライセンスの取り消しといった直接的な制裁を受けるのは買収後の対象企業であり、結果として新たな株主となった日本企業がその経済的損失を被ることになります。

したがって買手としては、売手に対して過去の会計、税務、法務、規制コンプライアンスに関する包括的な表明保証を行わせるとともに、デューデリジェンスで特定された特定のリスクについて、将来損害が発生した場合に売手が無条件かつ上限なしで補償するメカニズムを契約に明記する必要があります。インドの法的手続きは、日本のそれと比べて非常に時間がかかり不確実性が高いため、契約上の保護措置は可能な限り詳細かつ具体的に規定されなければなりません。

補償条項とホールドバックの戦略的活用

インド特有の実務環境として、売手からの事後的な補償金の回収が、訴訟手続きの長期化や資産の隠匿などにより実質的に困難となるケースが多々あります。これを防ぐため、譲渡代金の一部を一定期間(例えば、税務調査の時効が成立するまでの期間や特定の規制当局からのクリアランスが得られるまでの期間)エスクロー口座に留保するホールドバック条項や、将来の業績達成度に応じて譲渡代金を分割して支払うアーンアウト(Earn-out)スキームを組み込むことが、資金回収リスクを排除するための非常に効果的な防御策となります。

特にインドにおいては、税務当局による事後的な追徴課税のリスクが常に伴うため、税務に関連する特定の補償条項については、一般的な表明保証の存続期間よりも長く設定し、実効性のある担保を確保することが実務上の標準となっています。これらの契約条項の設計には、インドの法務実務に精通した専門家の関与が不可欠であり、適切なリスク配分を行うことがM&A成功の鍵を握ります。

まとめ

インドにおけるM&Aは巨大な市場へのアクセスを可能にする一方で、外為法(FEMA)に基づく厳格な報告義務や適正市場価格の算出ルール、州ごとに異なる複雑な印紙税制など、高度に専門的な法的手続きへの対応が求められます。特に、非居住者と居住者間の株式譲渡に伴う価格規制やRBIへの遅滞なき報告手続き、さらには株主間契約における強固な表明保証と補償条項の設計は、取引の成否を分ける極めて重要な要素です。対象企業の過去のコンプライアンス違反を買収前に正確に特定し、適切な法務デューデリジェンスを通じてリスクを遮断することが、買収後の円滑な事業運営の絶対的な前提となります。

モノリス法律事務所は、IT関連に深い専門性を有する法律事務所としてインド現地の有力な法律事務所と強固に提携しており、現地法令や煩雑な行政手続きに対してワンストップで対応することが可能です。インドでのビジネス展開や複雑なM&A取引を検討されている日本企業の皆様に対し、リスクを最小化し戦略的価値を最大化するための、安全かつ網羅的な法務サポートを提供いたします。

モノリス法律事務所は、インド法務に関する調査および情報提供を目的として、現地法律事務所Quest IP Attorneysと非独占的な提携関係(Associate Firm / Correspondent Firm)にあります。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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