ブラジルの医薬品・医療機器関連法(ANVISA)の解説

ブラジル(正式名称、ブラジル連邦共和国)は、中南米最大のヘルスケア市場として、日本の企業にとって大きな魅力を持つ一方、その複雑な法規制は進出の障壁となり得ます。ブラジルにおける医薬品・医療機器の許認可を管轄する国家衛生監督庁(Agência Nacional de Vigilância Sanitária、通称ANVISA)の規制は、日本の薬機法と多くの共通点を持ちながらも、特に「外国企業の現地責任主体」に対する要求において、根本的な違いが存在します。
本稿では、このANVISA規制の全体像を、日本の薬機法との比較を交えて詳細に解説します。製品のリスク分類に応じた異なる認証手続き、そして最も重要な「ブラジル登録保有者(BRH)」制度の戦略的意味を深く掘り下げ、ブラジル進出を成功させるための具体的な法的・戦略的アドバイスを提供します。本記事を、貴社のブラジル市場参入に向けた最初の、そして最も重要な一歩としてご活用ください。
この記事の目次
ANVISAの法的地位と医薬品・医療機器規制の全体像
ブラジルの国家衛生監督庁(ANVISA)は、保健省に属する独立した行政機関(autarquia vinculada ao Ministério da Saúde)であり、製品の安全性と品質を確保するための公衆衛生管理を担います。その権限は、医薬品、医療機器、食品、たばこ製品から、港湾や空港、国境での衛生管理に至るまで広範に及び、その役割は米国のFDAに匹敵するものです。
ANVISAの規制は常に進化しており、最新の動向を把握することが不可欠です。近年では、医療機器規制の基礎となるRDC No. 751/2022が製品の技術的要件や規制手続きを定めており、さらにRDC No. 936/2024が新たな指針を確立するなど、継続的な法改正が行われています。これらの法改正は、国際的な規制動向、例えば米国のFDAや欧州のMDR(Medical Device Regulation)との整合性を高めることを目的としています。これらのことから、ブラジル当局がグローバルスタンダードへの準拠を目指していることがうかがえます。このような背景から、外国企業はブラジルの規制を孤立したシステムとして捉えるのではなく、国際的な規制動向の一部として理解することが重要です。
ブラジル登録保有者(BRH)制度

日本の薬機法とブラジルのANVISA規制を比較する上で、最も重要な違いが、ブラジル登録保有者(Brazil Registration Holder:BRH)制度です。ブラジル国内に物理的な拠点を有しない外国の医療機器製造業者は、BRHを指名することが法的に義務付けられています。この義務は、当局が製品に関する明確な責任主体をブラジル国内に求めていることの表れです。
BRHの役割と法的責任の範囲
BRHは単なる連絡窓口ではありません。ANVISAとのあらゆるやり取り、製品の許認可申請、更新手続きを管理する役割を担います。その責任は製品の市場参入後も継続し、具体的な範囲は以下のように多岐にわたります。
- 許認可手続きの主導:BRHは、ANVISAとの連絡窓口として、製品の登録申請やB-GMP(ブラジル優良製造所規範)認証の申請を主導します。
- テクニカルドキュメントの保管:ANVISAによる査察要請に備え、製品の技術文書(Technical Dossier)を国内で維持管理する責任を負います。
- 市販後安全管理(テクニック・ビジランス):製品の技術的な問題や有害事象、リコール、公衆衛生上の危機など、あらゆる事象について保健当局に責任を負います。特に、市販後監視に関する定期的な報告義務も含まれます。
日本の薬機法との相違点
日本の薬機法における「外国製造医療機器等特例承認」制度と比較することで、BRH制度の独自性がより明確になります。日本の薬機法では、外国製造業者は自ら選任した「製造販売業者」(Marketing Authorization Holder:MAH)を介して、直接、厚生労働大臣の承認を得ることができます。この制度では、外国製造業者自身が承認の「取得者」となるため、承認そのものの所有権は外国製造業者が保持します。選任された国内のMAHは、製品の輸入・販売を担うとともに、国内における品質管理および市販後安全管理(GQP/GVP)の責任を負う形です。
一方でブラジルでは、外国製造業者は直接ANVISAに申請することはできません。許認可申請は必ずBRHによって行われ、BRHが許認可の「保有者」となります。この根本的な違いは、日本法におけるMAHの役割が「外国製造業者の承認取得を助け、国内管理を担う」ことであるのに対し、ブラジル法におけるBRHは「外国製造業者に代わって登録を取得し、法的責任の全てを担う」という、より広範な役割を持つ原因となります。この所有権の違いは、企業戦略上、極めて重要です。BRHに何らかの不都合が生じた場合、製品の登録そのものが危険に晒されることになりかねません。
日本(薬機法) | ブラジル(ANVISA) | |
---|---|---|
制度名 | 外国製造医療機器等特例承認制度 | ブラジル登録保有者(BRH)制度 |
当局への申請者 | 外国製造業者が選任製造販売業者を通じて申請 | ブラジル国内の恒久的法主体であるBRHが申請 |
許認可の保有者 | 外国製造業者 | ブラジル登録保有者(BRH) |
法的責任の範囲 | 国内の品質・安全管理責任(GQP/GVP)は国内製造販売業者が負う | 製品の市場参入から市販後まで、すべての法的責任をBRHが負う |
役割の名称 | 製造販売業者(MAH) | ブラジル登録保有者(BRH) |
BRH選定の戦略的意味
BRHは、販売代理店、現地子会社、または独立した第三者機関が担うことができます。この選択は、事業の将来にわたる柔軟性とリスク管理に直接影響します。多くの企業がコスト削減のために販売代理店をBRHに指名しますが、これは大きなリスクを伴います。BRHが登録の所有者であるため、代理店を変更したい場合でも、元のBRHの協力がなければ登録を移行することが極めて困難です。これにより、知的財産(技術情報など)が競合他社に渡るリスクや、利害の対立(リコール発生時など)が生じる可能性も排除できません。
BRHが登録の「所有者」であるため、外国製造業者は商業的な関係においてBRHに対して非常に弱い立場に置かれます。このため、BRHの選定は、単なる事務手続きではなく、知的財産権の保護、事業の継続性、そして将来的な市場戦略の柔軟性を左右する、経営レベルの重要事項です。このことから、販売代理店とは独立した第三者機関をBRHとして指名することが強く推奨されます。
ブラジルの製品リスク分類に基づく認証手続
ANVISAの認証制度は、製品のリスク分類に基づいた二つの経路に大別されます。製品の正確なリスク分類は、許認可にかかる時間とコストを決定するため、事業戦略の初期段階で行うべき最も重要な作業の一つです。
ブラジルでは、医療機器は、その使用目的やリスクに応じて、クラスⅠ(低リスク)からクラスⅣ(高リスク)までの4段階に分類されます。この分類は、IMDRF(国際医療機器規制当局フォーラム)の分類システムと整合しており、既に日本や米国、欧州などの主要市場で医療機器を展開している企業は、既存の技術文書や臨床データをブラジル向けに比較的容易に転用できる可能性があります。このことから、既存市場向けに作成した技術ドキュメントの国際的な整合性を高めておくことが、ブラジル市場への迅速な参入に繋がるということが言えます。
通知(Notificação)手続
クラスⅠおよびクラスⅡの低リスク製品に適用される簡素な手続きです。この手続きでは、ANVISAによる事前の詳細な技術文書審査は行われず、BRHが当局に通知を行うことで登録番号が付与されます。通知された製品の有効期限は無期限です。ただし、不正行為や規約違反が発覚した場合は、登録が取り消されることがあります。
登録(Registro)手続
クラスⅢおよびクラスⅣの高リスク製品に適用される、より厳格な手続きです。この手続きでは、BRHは、製品の技術的詳細、リスク管理ファイル、臨床評価データ、生体適合性試験、電気安全試験、ソフトウェア記述など、大規模な技術文書一式(technical dossier)を提出する必要があります。ANVISAはこれらの文書を詳細に審査します。登録は発行日から10年間有効であり、更新が可能です。
通知(Notificação) | 登録(Registro) | |
---|---|---|
適用クラス | クラスⅠ・Ⅱ(低リスク) | クラスⅢ・Ⅳ(高リスク) |
手続き名 | 通知(Notification) | 登録(Registration) |
必要書類 | 製品情報、BRH指名、B-GMP準拠確認など | 詳細な技術文書一式(technical dossier) |
審査内容 | 事前審査なし(当局は要求する権利を保持) | ANVISAによる詳細な技術文書審査 |
有効期限 | 無期限 | 10年間(更新可) |
ブラジルでの許認可取得の鍵となる追加要件と法令

ブラジル市場での許認可取得には、製品の分類に基づく手続きに加え、複数の追加要件を満たす必要があります。
ブラジル優良製造所規範(B-GMP)認証
高リスク製品(クラスⅢ・Ⅳ)については、B-GMP認証の取得が登録手続きの必須要件となります。B-GMP認証は、ANVISAによる製造所への実地査察、または文書審査によって取得されます。国際的な監査プログラムであるMDSAP(Medical Device Single Audit Program)の加盟国であるブラジルは、MDSAPの監査報告書をB-GMP証明の代替として認めています(RDC-183/2017)。これにより、ANVISAによる実地査察の待ち時間を短縮し、許認可プロセスを迅速化できる可能性があります。
製品特性に応じた追加認証
特定の機能を持つ医療機器は、ANVISAの許認可に加え、別の機関による認証が必須となります。例えば、電気医療機器など特定の製品は、国家計量標準化工業品質院(INMETRO)の認証が必要です。この認証は、製品がブラジルの規格に準拠していることを証明するものであり、ANVISAの承認前に取得しておく必要があります。また、無線通信モジュール(Wi-Fi、Bluetoothなど)を備えた医療機器は、国家通信庁(ANATEL)の認証が別途必要です。
まとめ
本稿では、ブラジルの医薬品・医療機器関連法におけるANVISAの役割と、日本の薬機法との重要な違いを解説しました。
ブラジルは、複雑で予測不可能な規制環境で知られています。高い関税、煩雑な輸入手続き、そして頻繁な法改正は、外国企業にとっての共通の課題です。このような環境下で成功するためには、単に法律を遵守するだけでなく、戦略的なアプローチが不可欠です。
ANVISAの複雑な規制、特に製品分類とBRHの法的責任の厳格さから、規制戦略と商業戦略を別々に、あるいは後から検討すると、製品登録の遅延、予期せぬコスト、そして知的財産や登録そのもののコントロール喪失といった重大なリスクにつながります。したがって、事業計画の初期フェーズにおいて、製品の正確なリスク分類を行い、登録(Registro)手続きに必要なB-GMPやINMETRO認証の計画を立てるべきです。同時に、BRHの候補を早期に選定し、法的・商業的な観点から最適なパートナーを確保することが成功の鍵となります。成功のためには、「Regulatory First」のアプローチが不可欠であり、まず法務・規制の専門家と連携し、リスクと要件を完全に理解した上で、市場参入の戦略を構築することが賢明な選択と言えるでしょう。
ブラジル進出を検討する上で、以下の二点が最も重要であるということが言えます。
第一に、BRHは単なる代理人ではなく、製品の登録を保有し、あらゆる法的責任を担う「現地の事業主体」であるという認識を持つことです。販売代理店とは独立した第三者をBRHに指名することで、事業の柔軟性と知的財産権を確実に守ることができます。
第二に、製品の正確なリスク分類に基づき、通知(Notificação)か登録(Registro)かの適切な認証経路を見極め、これに必要なB-GMPや追加認証の計画を初期段階から立てることです。
ブラジルは巨大な潜在力を持つ市場である一方で、その規制の複雑さは、経験と専門知識がなければ克服が難しい課題でもあります。モノリス法律事務所は、このような複雑な法的課題を乗り越え、貴社がブラジル市場で成功を収めるための包括的なリーガルサポートを提供しています。BRH選定の支援、規制当局への提出書類のレビュー、そして現地パートナーとの契約交渉など、当事務所の専門チームが貴社のブラジル進出を力強くバックアップします。お気軽にご相談ください。
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