トルコの外国直接投資法(FDI法)に基づく投資規制を解説

トルコ共和国(以下、トルコ)は、欧州、中東、中央アジアを結ぶ地政学的な結節点に位置し、多くの日本企業にとって戦略的な生産・輸出拠点としての地位を確立しています。若年人口の多さと旺盛な国内需要に加え、2024年から2028年にかけての「外国直接投資(FDI)戦略」の下、デジタルおよびグリーン変革(Twin Transformation)を軸とした高付加価値産業の誘致が進められています。2024年にはハイテク投資支援プログラム「HIT-30」が発表され、半導体やモビリティ分野への大規模なインセンティブが強化されました。
一方で、トルコへの進出を検討する日本企業にとって、頻繁な法改正や独特の行政手続きは無視できないリスク要因です。特に2024年1月より会社設立時の最低資本金要件が大幅に引き上げられたことや、高インフレに対応するためのインフレ会計の強制適用、輸出代金の一定割合を中央銀行へ売却する義務(Export Proceeds Surrender Requirement)などは、日本の法制度やビジネス慣行とは大きく異なる点であり、事前の綿密なデューデリジェンスが不可欠です。
本稿では、トルコの投資規制の根幹をなす「外国直接投資法(FDI法)」の基本原則から、最新のインセンティブ制度、セクター別の外資規制、不動産取得における軍事区域の制限、そして労働許可取得における特有の要件まで、実務的な観点から網羅的に解説します。日本の法律との比較を交えながら、現地の法的環境を正確に理解するための一助となることを目指します。
この記事の目次
トルコの外国直接投資法に基づく法的枠組みと基本原則
トルコにおける外国投資の基本法は、2003年に制定された「外国直接投資法(法律第4875号)」です。この法律は、それまでの「許可制」から「届出制」への転換を決定づけた画期的なものであり、投資環境の自由化を象徴しています。
内国民待遇と参入の自由
FDI法第3条は、外国投資家に対して「内国民待遇(National Treatment)」を保障しています。これは、外国投資家がトルコの国内投資家と同等の権利と義務を有することを意味し、法律や国際条約で別段の定めがない限り、原則としてあらゆる分野への投資が自由化されています1。
日本においても外為法(外国為替及び外国貿易法)により、国の安全等に関わる特定業種を除き対内直接投資は原則自由とされていますが、トルコのFDI法も同様のスタンスを取っています。しかし、トルコではこの「原則自由」の例外として、放送、海運、航空などの特定セクターにおいて厳格な外資比率制限(ネガティブリスト)が存在するため、進出予定の事業がこれに該当しないか事前の確認が必要です。
利益送金の自由とその実務的制約
FDI法上、外国投資家は、利益、配当、清算残余財産、ライセンス料などを自由に海外へ送金する権利が保障されています。しかし、日本の実務と大きく異なるのが、近年の通貨防衛策の一環として導入された「輸出代金売却義務」です。
トルコ中央銀行および財務省の通達により、輸出業者は輸出で得た外貨収入の一定割合(時期により変動しますが、2024年から2025年にかけては30%〜25%程度で推移)をトルコ中央銀行に売却し、トルコリラに転換することが義務付けられています。日本では外貨の保有や処分にこのような強制力のある規制は存在しないため、資金管理や為替リスクヘッジの観点から特に注意を要する制度です。
トルコの会社法制と法人設立における留意点
トルコで事業を行うための法人形態は、主に「株式会社(Anonim Şirket – A.Ş.)」と「有限会社(Limited Şirket – Ltd. Şti.)」の2種類が選択されます。これらは日本の株式会社および合同会社に類似していますが、設立要件や責任範囲において重要な相違があります。
2024年の最低資本金要件の引き上げ
2024年1月1日より、トルコ商法に基づく会社設立の最低資本金が大幅に引き上げられました。これは急激なインフレに対応するための措置です。
| 会社形態 | 改正前の最低資本金 | 改正後の最低資本金 (2024年以降) |
| 株式会社 (JSC) | 50,000 トルコリラ | 250,000 トルコリラ |
| 有限会社 (LLC) | 10,000 トルコリラ | 50,000 トルコリラ |
日本では会社法改正により最低資本金制度が撤廃され、理論上は1円起業も可能ですが、トルコでは依然として法定の最低資本金が存在し、かつその額が経済情勢に合わせて改定される点に留意が必要です。既存企業に対しても、資本欠損(テクニカル・バンクラプシー)のリスクを回避するため、新基準に合わせた増資が推奨されています。
有限会社における株主の責任範囲
特に日本企業が注意すべきは、有限会社(LLC)における「公的債務に対する責任」です。トルコの法制度上、有限会社の株主は、会社が納税や社会保険料などの公的債務を履行できない場合、その出資比率に応じて個人の私財をもって二次的に責任を負うとされています。
これは、出資額を限度とする有限責任が徹底されている日本の会社制度とは決定的に異なるリスク要因です。コンプライアンス上の懸念や親会社へのリスク遮断を重視する場合、よりガバナンスが厳格ですが株主責任が限定される株式会社(JSC)の形態を選択することが一般的です。
トルコの投資インセンティブとHIT-30プログラム
トルコ政府は、地域開発と戦略産業育成のために強力なインセンティブ制度を設けています。これらは「一般投資インセンティブ」「地域別投資インセンティブ」「大規模投資インセンティブ」「戦略的投資インセンティブ」の4つに大別され、法人税の減免、関税免除、社会保障費の使用者負担分の国庫負担などが提供されます。
ハイテク投資支援プログラム「HIT-30」
2024年、トルコ政府は新たに「HIT-30(High Technology Investment Program)」を発表しました。これは2030年までに総額300億ドル規模の支援を行うもので、特に以下の分野が対象となります。
- 電気自動車(EV)およびモビリティ
- 半導体
- グリーンエネルギー
- 通信・宇宙技術
このプログラムでは、従来の税制優遇に加え、現金助成やエネルギーコスト支援などのより直接的な財政支援が含まれており、日本企業が強みを持つ技術分野での進出において大きなメリットとなる可能性があります。
トルコのセクター別規制と外資制限
原則自由とはいえ、特定分野では厳格な規制が敷かれています。
エネルギー分野
再生可能エネルギーはトルコの重点分野ですが、規制当局であるエネルギー市場規制庁(EMRA)によるライセンス管理は厳格です。2024年11月の規制変更により、地熱発電プロジェクトの予備ライセンスを持つ企業において株式譲渡が行われる場合、譲受人は投資コストの25%に相当する資本増強を行う必要が生じ、かつその資金が海外から調達されたものであることを証明する義務が課されるケースが出てきました。
これは投機的なライセンス転売を防ぐ目的ですが、M&Aの実務においては追加の資金負担となるため注意が必要です。
放送・海運・航空
放送分野においては、法律に基づき外国資本の保有比率が50%までと制限されています。海運分野では「カボタージュ法(法律第815号)」に基づき、トルコ国内の港湾間における物品および旅客の輸送はトルコ国籍の船舶に限定されており、外国企業による参入は認められていません。
また、航空分野に関しては、民間航空会社の株式の過半数をトルコ国民が保有する必要があり、取締役会の構成員についても国籍要件が設けられています。
トルコの不動産取得と軍事制限区域

トルコでの不動産取得において、日本企業が最も直面しやすい障壁が「軍事禁止区域および安全保障区域」の確認プロセスです。「土地登記法第2644号」第35条により、相互主義の要件は撤廃されており、日本人も不動産取得が可能ですが、取得予定地が軍事施設の近隣や戦略的地域に該当しないかどうかの照会手続きが必須となります。
この照会プロセスには数週間から1ヶ月程度を要する場合があり、日本の不動産取引のように契約即決済・引渡しとはなりません。また、外国資本が50%以上を占めるトルコ法人が不動産を取得する場合も、同様に県知事や軍当局への照会が必要となるため、工場用地の選定やオフィス購入のスケジュールには余裕を持たせる必要があります。
さらに、更地(未開発地)を取得した場合、2年以内に開発プロジェクトを当局に提出し承認を得る義務があり、これを怠ると国による強制処分の対象となる点も、日本の土地所有権の強固さとは異なる点です。
トルコの労働許可と「5対1」ルール
トルコで日本人が駐在員として働く場合、労働社会保障省から労働許可(Work Permit)を取得する必要があります。ここで最大のハードルとなるのが、いわゆる「5対1ルール」です。これは、外国人従業員1名に対し、少なくとも5名のトルコ人従業員を雇用しなければならないという要件です。
日本では、外国人の就労ビザ取得にあたり、企業の資本金要件や本人の経歴要件は審査されますが、日本人従業員の雇用数との直接的なリンク(クォータ制)は一般的ではありません。トルコのこの規定は、設立直後の小規模な駐在員事務所や支店にとっては高いハードルとなります。ただし、「特定外国直接投資(Special Foreign Direct Investment)」の要件(一定以上の輸出額や投資額を満たす場合など)に該当すれば、このルールの適用除外を受けられる例外規定があるため、進出形態の設計段階で専門的な検討が必要です。
トルコの気候変動法と新たな環境規制
2025年、トルコはEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)への対応を見据え、独自の「気候法(Climate Law)」を施行する動きを見せています。これにより、排出量取引制度(ETS)の導入が予定されており、対象となる産業(鉄鋼、セメント、電力など)に進出する企業は、炭素排出量のモニタリングと報告、および排出枠の購入義務などの新たなコスト負担に直面する可能性があります。
まとめ
トルコの投資規制は、FDI法による自由化を基調としつつも、インフレ対策や通貨防衛、産業育成といった国家戦略に基づく独自の規制が幾重にも張り巡らされています。特に、日本法とは異なる「有限会社社員の二次納税義務」、「5対1の雇用要件」、「輸出代金の強制売却」といった論点は、事業計画の根幹に関わる重要な要素です。
モノリス法律事務所では、最新の法令改正やHIT-30などのインセンティブ情報の提供、会社設立からライセンス取得、不動産取引における軍事照会対応まで、一貫した法的サポートを提供しております。トルコ市場のポテンシャルを最大限に活用し、法的リスクを最小化するためのパートナーとして、ぜひ当事務所をご活用ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































