インドにおけるソフトウェア・AI発明の特許性:Section 3(k)の壁

インド市場でビジネスを展開するにあたり、自社のソフトウェアやAI(人工知能)技術を特許として適切に保護することは、競争優位性を確立するための重要な課題です。しかし、インド特許法には「コンピュータプログラムそれ自体」などを特許対象外とするSection 3(k)という独自の厳格な規定が存在し、日本の特許実務と同じ感覚で出願すると拒絶されるリスクが高くなります。近年、インド特許庁はAIなどの新興技術に対応すべく「2025年コンピュータ関連発明審査基準(CRI Guidelines)」を施行し、裁判所でもハードウェア要件や技術的効果に関する重要な判断が次々と下されています。
本記事では、インド特許法で「特許対象外」とされるソフトウェアやビジネスモデルの境界線を2025年の最新判例に基づき紐解きながら、権利化の可能性を最大化するためのクレーム作成のコツを解説します。
この記事の目次
インド特許法Section 3(k)の基本構造と日本特許法との比較
インドでソフトウェアやAI技術の特許取得を目指す際、最大の障壁となるのがインド特許法(The Patents Act, 1970)のSection 3(k)です。同法Section 3は「発明とはみなされないもの(特許対象外)」を列挙しており、その中の項(k)において「数学的方法、ビジネスモデル、コンピュータプログラムそれ自体(per se)、またはアルゴリズム」が特許の対象から明確に除外されています。
この規定は、基礎的な原理や抽象的なアイデアの独占を防ぐことを趣旨とするものです。ここで最も重要なキーワードは、コンピュータプログラムに付加されている「それ自体(per se)」という修飾語です。法律上、純粋なソースコードやソフトウェア単体は特許の対象外となりますが、これが特定の技術的課題を解決し、実証可能な「技術的効果(Technical Effect)」を生み出すシステムや方法に組み込まれている場合は、特許化への道が開かれています。一方で、数学的方法やビジネスモデル、アルゴリズムについては「それ自体」という限定がないため、インド特許庁(IPO)や裁判所はこれらを絶対的な除外事由として厳格に解釈する傾向があります。
インドにおいて効果的な特許戦略を構築するためには、日本の特許法との根本的な違いを正確に理解しておく必要があります。以下の表は、日本とインドにおけるソフトウェア・AI発明の特許性の違いを整理したものです。
| 比較項目 | 日本の特許法および審査基準 | インド特許法(Section 3(k)および関連基準) |
| ソフトウェアの特許適格性 | ソフトウェアによる情報処理が、ハードウェア資源を用いて具体的に実現されていれば「発明」として認められる。 | コンピュータプログラム「それ自体」は不可。技術的課題を解決し、計測可能な「技術的効果」をもたらす実証が必要。 |
| ビジネスモデルの扱い | ハードウェア資源を活用して実現されるビジネス手法(いわゆるビジネスモデル特許)は特許化が比較的容易。 | コンピュータ上で実行されるものであっても、ビジネス手法そのものを目的とする発明は絶対的に特許対象外となる。 |
| アルゴリズムの要件 | アルゴリズムを用いたデータ処理方法がハードウェアと協働していれば特許適格性を有する。 | アルゴリズムそのものは不可。現実世界の技術的課題を解決するための具体的な技術的実装の開示が必須要件となる。 |
| AI発明の要件 | AIモデルの学習方法や推論モデル自体が、ハードウェアと結びついていれば特許化可能。 | モデルの数学的抽象性を超え、処理速度向上やメモリ削減などの技術的効果の立証と、詳細な技術要件の開示が必要。 |
| 発明者の定義(AI) | 自然人に限られ、AI自体を発明者とすることはできない。人間による発明のツールとしての利用は可能。 | 自然人に限られ、AIが自律的に生成した発明は特許対象外。人間がAIをツールとして用いたAI支援発明のみ対象となる。 |
日本の審査実務では、ソフトウェアとハードウェアが協働して情報処理を行っていることが特許請求の範囲(クレーム)上で読み取れれば、比較的緩やかに特許適格性が認められます。これに対し、インドではハードウェアとの単なる組み合わせだけでは不十分であり、そのソフトウェアがシステム全体に対してどのような「技術的効果」や「技術的進歩」をもたらしているのかが厳格に問われます。
日本の感覚で「サーバ上で実行される販売管理システム」といった出願をインドで行うと、Section 3(k)の「ビジネスモデル」または「コンピュータプログラムそれ自体」の除外規定に抵触し、審査の初期段階で拒絶されるリスクが高くなります。
インド特許庁の2025年最新審査基準が示す特許性の境界線

インド特許庁は、急速に進化する人工知能(AI)、機械学習(ML)、ブロックチェーン、量子コンピューティングなどの新興技術に対応し、Section 3(k)の解釈に透明性と予測可能性をもたらすため、2025年7月29日に「コンピュータ関連発明審査基準(Revised Guidelines for Examination of Computer Related Inventions (CRIs))」を施行しました。
CRI Guidelines 2025では、ソフトウェアやAI関連の特許出願がSection 3(k)の壁を越えるための核心として「技術的効果(Technical Effect)」の存在を明確に定義しています。技術的効果とは、単なる計算の実行やビジネスプロセスの自動化ではなく、技術的システムにおける具体的で再現可能な改善を指します。具体的には、プロセッサの処理速度の向上、メモリ使用量の削減、ネットワーク通信の最適化、ハードウェア機能の制御向上、データ処理におけるレイテンシ(遅延)の低減、暗号化によるセキュリティの強化などがこれに該当します。
さらに、同ガイドラインではAIおよび機械学習モデルに関するクレームを審査するための構造化されたアプローチが導入されました。審査官は個々のコンポーネントを切り離して評価するのではなく、発明全体を一つのシステムとして解釈し、情報コンテンツ(単なるデータの提示や診断結果の出力)の抽象的な改善にとどまっていないかを厳しくチェックします。技術的課題に対する具体的な技術的解決策としてクレームが構成されていれば、Section 3(k)の除外規定を回避し、新規性や進歩性の実体審査へと進むことが可能になります。また、従来一部の審査官が求めていた「新規のハードウェア(Novel Hardware)」との結びつきを必ずしも要求しない方針が明文化された点は、ソフトウェア企業にとって実務上の大きな前進といえます。
インドのソフトウェアおよびAI関連発明における「技術的効果」
インドにおいてソフトウェアやAI発明の特許を取得するためには、出願書類(明細書)の中で「技術的効果」をいかに論理的かつ具体的に証明するかが鍵となります。CRI Guidelines 2025では、AIや機械学習発明に対する「開示の十分性(Sufficiency of Disclosure)」の要件が特許法Section 10(4)に基づいて高く設定されています。
AIモデルは本質的に数学的かつアルゴリズム的な性質を持つため、単に「AIを用いてデータを予測するシステム」といった機能的でブラックボックスな記載では、抽象的すぎるとして特許は認められません。明細書には、当該AIモデルが技術的効果を達成するために不可欠な具体的な技術構成を開示する必要があります。例えば、ニューラルネットワークの具体的なアーキテクチャや層の構造、学習用データセットの特性、前処理のパイプライン、最適化手法、パラメータの設定、検証マトリクスなどを、当業者が過度な実験を行わずに再現できるレベルで詳細に記載することが求められます。
ビジネスモデルとの境界線にも細心の注意が必要です。例えば「機械学習を用いて顧客の購買確率を予測し最適な広告を配信するシステム」は、技術的手段を用いているものの、目的が商業的なビジネススキームの改善であるため、インド特許法下では絶対的除外事由である「ビジネスモデル」として拒絶される可能性が高いです。一方で、「機械学習を用いてネットワークトラフィックの異常をリアルタイムで検知し、サーバの負荷分散を最適化することでシステムの遅延を30%削減する手法」であれば、対象がネットワークシステムという技術的分野であり、結果として遅延の削減という計測可能な技術的効果をもたらすため、特許適格性が認められやすくなります。
最新判例から読み解くインド特許実務の動向

インドの裁判所は、特許権の強力な保護と国内産業界の健全な発展のバランスを取るため、厳格かつ論理的な司法判断を下しています。2025年以降の最新判例から、インドにおける権利化と権利行使の実務的傾向を読み解くことができます。
マドラス高等裁判所判決:AI発明における開示の十分性
AI分野における開示の十分性(Enablement Test)に関して画期的な判断基準を示したのが、マドラス高等裁判所による2025年1月29日の判決(当事者:Caleb Suresh Motupalli v. Controller of Patents)です。
本件で出願人は、人間の認知能力とAIを非侵襲的に統合し、人間の能力を拡張する「ペルソナ拡張システム」に関する特許を出願しました。出願人は、この発明がAIの暴走による人間の主体性喪失という課題を解決する画期的な技術的進歩であると主張しました。しかしインド特許庁はこの出願を拒絶し、出願人がこれを不服として控訴しました。マドラス高等裁判所は、AI発明を評価する際の「当業者」を、AIや関連する情報処理技術に精通した単一のソフトウェアエンジニア、または複数の専門家からなるチームであると明確に定義しました。
裁判所は、出願された明細書が抽象的な概念や理論的な枠組みを説明するにとどまっており、当業者が過度な実験を行うことなく発明を実施できるだけの具体的な技術的実装(構造的特徴、操作データ、アルゴリズムの詳細など)が開示されていないと指摘しました。その結果、インド特許法Section 10(4)(a)が定める開示の十分性を満たしておらず、かつ具体的な技術的効果を伴わない抽象的なアルゴリズムであるとしてSection 3(k)にも抵触すると判断し、特許庁の拒絶査定を支持しました。
参考:Indian Kanoon|判例 Caleb Suresh Motupalli v. Controller of Patents(2025-01-29判決, doc/16272913)
デリー高等裁判所判決:標準必須特許(SEP)侵害と証拠基準の厳格化
特許権の行使、とりわけIT機器やソフトウェアを組み込んだ製品における標準必須特許(SEP)の侵害訴訟において、インドの裁判所は厳格な証拠基準を設けています。デリー高等裁判所が下した一連のPhilips社関連の判決は、外資系企業がインドで権利行使を行う際の重要な指針となります。
2025年2月20日のデリー高等裁判所判決(当事者:Koninklijke Philips N.V. v. Maj. (Retd.) Sukesh Behl)では、DVD技術に不可欠なEFM+変調方式に関するPhilips社の標準必須特許の侵害が争われました。被告側は、ライセンスを持った第三者からスタンプを調達して機械的に複製しただけであり、自らは特許化された符号化工程を行っていないと主張しました。しかし裁判所は、被告らが特許化されたエンコードデータを含む製品を商業規模で意図的に調達・製造・販売していた事実を重く見ました。結果として、アウトソーシングを理由に責任を逃れることはできないとし、直接侵害および間接侵害の成立を認めました。
また、被告側はインド特許法Section 8に基づく外国出願情報の開示義務違反を理由に特許の無効を主張しましたが、裁判所は不作為に悪意や詐欺的意図が認められないとして無効主張を退け、Philips社の権利を保護する判断を下しました。
一方で、権利行使における証拠提示の厳格さを示したのが、2025年10月13日のデリー高等裁判所判決(当事者:Koninklijke Philips N.V. v. M. Bathla)です。この事件では、VCDのデジタル伝送システムに関する特許侵害が問われました。裁判所は、当該特許が単なる方法ではなく、送信機、受信機、伝送媒体を含むシステム(プロダクト)特許であると解釈しました。Philips社は、最終製品の機能的結果(オーディオフレーム長など)が規格と一致していることのみをもって侵害を主張しましたが、裁判所はこれを退けました。
システム全体に対する「クレームと製品の厳密なマッピング」が欠如しており、被告の複製システムに特許の全要件が具備されていることを証拠に基づいて立証できなかったとして、侵害を否定しました。さらに、標準化団体(SSO)への宣言書や比較可能なライセンス契約などの客観的証拠が提出されなかったため、標準必須特許としての認定も否決されました。
参考:Indian Kanoon|判例 Koninklijke Philips N.V. v. M. Bathla(2025-10-13判決, doc/48192506)
裁判所公式PDF
さらに、2026年5月18日のデリー高等裁判所の二審判決(当事者:K K Bansal v. Koninklijke Philips Electronics NV)では、SEP訴訟における一段と厳格な証拠基準が示されました。一審ではDVDプレーヤーのデコード装置に関するPhilips社の特許権侵害と損害賠償が認められていましたが、二審の合議体はこれを全面的に覆しました。裁判所は、クレームチャートを用いて特許クレームとDVDフォーラムの業界標準との対応関係を具体的にマッピングする作業が行われていなかったこと、および提出された必須性証明書がインド証拠法Section 45に基づく適切な証明要件を満たしていなかったことを厳しく指摘しました。
これらの証拠基準に関する判決は、インドにおけるIT関連特許の権利行使において、曖昧な権利解釈や結果だけの類似性による立証は一切通用せず、システムの構造に基づいた厳密な証拠提示が不可欠であることを示しています。
インドにおける権利化の可能性を最大化するクレーム作成法
これまでの最新審査基準と厳格な判例を踏まえ、インドにおいてソフトウェアやAI関連発明の特許化の可能性を最大化するためのクレーム作成のポイントを解説します。クレームの緻密な構成次第で、Section 3(k)の壁を越えられるかどうかが大きく分かれます。
第一のコツは、純粋なアルゴリズムや数学的公式としてクレームを記載しないことです。「データを計算する方法」や「将来の数値を予測するアルゴリズム」といった記載は、審査において直ちにSection 3(k)の絶対的除外対象とみなされます。代わりに、「プロセッサ実装手段(Processor-implemented method)」や「コンピュータ実装システム(Computer-implemented system)」といった形式でクレームを定義し、プロセッサやメモリといったハードウェアコンポーネントとソフトウェアの相互作用を明確に記載するアプローチが有効です。
第二のコツは、技術的課題と技術的解決策の因果関係をクレーム内に明記することです。どのような物理的あるいは技術的な課題が存在し、クレームに記載された具体的なステップやアーキテクチャがそれをどのように解決するのかを記述します。そして、結果としてどのような「計測可能な技術的効果(処理速度の向上、消費電力の削減、ネットワーク帯域幅の最適化など)」をもたらすのかを論理的につなげて記載することで、単なる情報処理ではないことを審査官に客観的に示します。
第三のコツは、ビジネス的な用途を主眼に置いた表現を排除することです。「売上を最適化する」「ターゲット広告のコンバージョン率を最大化する」といった表現は、ビジネスモデルへの該当性を強く示唆してしまいます。クレームの目的語は「データ処理の効率化」「ユーザーインターフェースの応答性の向上」「システム負荷の低減」など、純粋に技術的な事象に留めるべきです。また、AI発明においては前述の判例が示す通り、モデルの構造、学習データの処理方法、アルゴリズムのパラメータに関する構造的な詳細を明細書に厚く記載し、「開示の十分性」に関する拒絶理由を未然に防ぐ防御線を張っておくことが重要です。
まとめ
インドにおけるソフトウェアおよびAI発明の特許取得は、特許法Section 3(k)という独自の高い壁が存在するため、日本の実務感覚をそのまま適用することはできません。しかし、2025年に改訂されたコンピュータ関連発明審査基準(CRI Guidelines)や近年の司法判断が示す通り、決して特許化が不可能というわけではありません。抽象的なビジネスプロセスや純粋なアルゴリズムではなく、システムに対する「技術的効果」を具体的かつ実証的に開示し、ハードウェアとの相互作用を綿密に組み立てたクレームを作成することで、インド特許庁での厳格な審査を乗り越え、強力な権利を確保することは十分に可能です。さらに、権利化後を見据え、製品と特許を厳格に結びつけるマッピングなどの立証準備を怠らないことが、インド市場での競争優位性を長期的に保つための要諦となります。
モノリス法律事務所は、ITやソフトウェア、AI領域に高度な専門性を有する法律事務所です。当事務所はインド現地の有力な法律事務所と強固に提携しており、本記事で解説したような現地の最新法令や特許庁の審査実務への対応はもちろんのこと、現地での事業展開に伴う複雑な権利行使や訴訟対応の手続きまで、日本企業の皆様に包括的なサポートを提供しております。急速に変化し続けるインド市場において、最先端の技術資産の保護や法的リスクへの対応をご検討の際は、専門的な知見とグローバルなネットワークを持つ当事務所へぜひご相談ください。綿密な権利化戦略と法務サポートを通じて、皆様のインドビジネスの成功を力強く後押しいたします。
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カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務



































