タイ王国における2026年6月時点の最新のノミニー規制

タイ王国(以下「タイ」)でのビジネス展開を検討する際、外資規制を回避するための名義借り(ノミニー)ストラクチャーは長年にわたり活用されてきました。商務省事業開発局(DBD)の認可やタイ投資委員会(BOI)の投資奨励を受けられない業種において、タイ人51%、外国人49%の合弁会社を形式的に構築し、株主間契約(SHA)や取締役の代表サイン権を外国人が独占することで、実質的な支配権を握る手法です。しかし、2026年前半、タイ政府および商務省は不法な名義貸しを実質的に排除するための劇的な規制強化を相次いで施行しました。本記事では、タイにおけるノミニー規制の基本を前提としつつ、2026年前半に導入された最新のDBD命令および土地局(DOL)との連携による実務上の大激変を解説します。
具体的には、会社設立時のタイ人株主に対する3ヶ月分の個人銀行口座明細の提出義務化(DBD命令第2/2568号)、設立後の変更登記手続き(株式譲渡や外国人取締役の追加)時に「投資確認書(Investment Confirmation Letter)」の提出を求める迂回スキーム封鎖策(DBD命令第1/2569号)、そして土地局と商務省のデータ連携による不法土地所有法人の自動摘発システムです。
なお、ノミニー規制の全体像については、下記記事にて詳細に解説しています。
2026年前半の改革から言えることは、従来の紙面上の体裁を整えるだけの名義借りスキームは完全に終焉を迎えたということです。今や当局は、名義上の株主構成の裏にある実際の資金移動や誓約書、そして公的データベースの自動照会システムを組み合わせ、多角的に「実質的支配権」をあぶり出す仕組みを完成させています。これに伴い、不適切な合弁ストラクチャーによるタイ進出や不動産保有は、企業にとって致命的な民事・刑事上のリスクシナリオへと変貌しています。
この記事の目次
会社設立時におけるタイ人株主の自己資金検証(DBD命令第2/2568号)

商務省事業開発局(DBD)は、2025年12月1日に発出され、2026年1月1日に施行された「DBD命令第2/2568号」により、新会社設立時の登記プロセスを、形式的な手続きから実質的な資金裏付けの検証ゲートへと変貌させました。本命令は、従来の「中央パートナーシップ・会社登記局命令第205/2555号」を廃止・置換するものであり、外資の関与が疑われる企業設立に対して極めて厳格な立証責任を課しています。
具体的には、以下のいずれかの条件に該当するパートナーシップまたは非公開株式会社の設立登記申請時に本命令が発動します。
- 外国人株主の合計持分比率が50%未満である合弁会社(タイで極めて一般的であった「タイ人51%・外国人49%」のストラクチャーを含む)
- 外国人株主は一切存在しないものの、代表取締役(またはサイン権を持つ取締役)に外国人が指定されている会社
本命令の適用対象となった場合、名義上のタイ人株主全員に対し、その持分比率や出資額の大小にかかわらず、資本金の払い込みが行われた日の直前3ヶ月分をカバーする「個人銀行口座明細(バンクステートメント)」の提出が義務化されました。提出された口座明細においては、登記申請された出資金の金額および出資日と「完全に一致する引き出し、または送金履歴」が取引レベルで厳格に照合されます。
従来の制度(中央パートナーシップ・会社登記局命令第205/2555号)では、出資額に見合う預金残高を示す銀行発行の「残高証明書」を1回提出すれば足りました。しかしこれでは、外国人が一時的にタイ人名義人の口座に資金を融通して残高証明書を発行させた後、すぐに資金を回収するという「一時的な見せ金スキーム」を防止することができませんでした。今回の3ヶ月分の取引履歴の要求は、まさにこの一時的な見せ金を遮断し、タイ人株主自身が本当に自己の資産・名義で資金を拠出したかを追跡することを狙っています。この要件を満たせない、すなわち実質的な資金力を持たない「名ばかりのタイ人株主(シェルコーポレーションの構成員)」を用いた設立登記は、システム上完全に遮断されることになります。
日本の会社法および商業登記実務と比較すると、その違いは顕著です。日本では株式会社を設立する際、発起人の口座に資本金が払い込まれたことを示す通帳のコピー等を提出しますが、法務局が「その資金がどこから調達されたか」「過去3ヶ月間の資金流動プロセスは正当か」といった個人の資金源にまで踏み込んで審査することは通常ありません。タイにおけるこの規制は、外資制限を潜脱するためのノミニー・シェルコーポレーションの設立登記を、水際で遮断するための極めて強力な制度的特徴と言えます。
DBD命令第2/2568号のより具体的な適用範囲については、以下のリソースが参考になります。
参考:Better than FreeholdによるDBD命令第2/2568号の解説
設立後の変更登記を狙った迂回スキームの完全封鎖(DBD命令第1/2569号)
設立時の厳しい自己資金源確認を回避するため、これまでの実務で頻繁に用いられていたのが、「Register Thai First, Amend Later(まずタイ人100%で設立登記を行い、その後に株式譲渡や取締役変更を行って外資を参入させる)」という迂回スキームでした。設立時には外国人が関与しないため、DBD命令第2/2568号の口座確認プロセスを完全にバイパスすることが可能だったのです。
タイ政府はこの盲点を完全に封殺するため、2026年4月1日施行の「DBD命令第1/2569号」を発出しました。本命令の下、会社が変更登記(外資比率の変更、株式譲渡、資本金増資、あるいは外国人の代表取締役の新規登録など、外国人にサイン権や代表権を付与するすべての企業再編手続き)を申請する場合、申請書類の署名者となる代表取締役等に対し、商務省が指定する以下の誓約内容を含む「投資確認書(Investment Confirmation Letter / หนังสือยืนยันการลงทุน)」の署名提出を義務付けました。
- すべての株主が実際に自己資金からフルに資本金を払い込んでおり、ノミニー契約は一切存在しないこと
- 外国人の違法な事業経営を支援・助長(外国人事業法(FBA)第36条に定める違法支援行為)する意図のものではないこと
- 虚偽の確認書を提出した場合、刑法第137条(公務員に対する虚偽申告)および第267条(公簿への不実記録)に基づく最大3年の禁錮刑、およびFBA第36条/37条に基づく重い刑事責任(最長3年の禁錮、10万〜100万バーツの罰金、および裁判所による事業停止命令)を負うこと、さらにマネーロンダリング対策極(AMLO)や国税局への銀行データ照会・データ共有に全面的に同意すること
この確認書は、DBDが指定する厳格な公式テンプレートを用いる必要があり、独自の文面変更は認められません。
日本法において、商業登記申請時に虚偽の書類を提出して不実の登記をさせた場合は、刑法第157条の「公正証書原本不実記載等罪」(5年以下の懲役又は50万円以下の罰金)に問われる余地があります。しかし、タイの最新規制のように、登記申請時に「私は犯罪を犯していません。虚偽であれば直ちに刑事罰を受け、銀行口座をマネーロンダリング当局や税務当局に開示することに同意します」という自己申告の誓約書の提出を義務付ける運用は存在しません。これは、名義借りを用いた迂回登記に対するタイ政府の並々ならぬ取り締まりの決意から言えることでしょう。
本命令の変更登記実務に与える影響については、現地法人PKFタイランドの解説サイトに詳しく記載されています。
土地局と商務省のリアルタイム情報連携に伴う不動産所有スキームの崩壊
不動産の買収や工場用地の確保を検討している日本企業にとって、2026年4月下旬に導入された新しいスキームは、実務上極めて重大な影響を及ぼします。
タイの土地法(Land Code B.E. 2497)第86条は、原則として外国人が土地を所有することを禁止しており、例外的な恩典(BOI奨励等)がない限り、外資系法人が土地を所有することは認められていません。このため、不動産を所有する目的で、タイ人51%の合弁会社を名義借りによって作り、その会社名義で土地を購入するスキームが横行していました。
2026年4月、土地局(DOL)と商務省事業開発局(DBD)は、複数の政府機関が連携するマルチエージェンシー・データ共有協定を締結しました。これにより、土地を所有するタイ企業の株主構成や取締役に少しでも外国人が加わった場合、土地局の窓口で登記手続きを行う際に、商務省のデータベースとリアルタイムでクロスチェックが行われる仕組みが構築されました。
このシステムにより、名義借りであることを示す指標(株主の収入に見合わない巨額の出資、形骸化した取締役会、不自然な優先株比率など)が自動的に検知されます。こうした指標が確認された場合、土地局はその不動産取引の登記手続きを直ちに保留し、実際の支配権(Actual Control)や資金拠出ルートの調査を開始します。不法な名義貸しによる土地所有の疑いが濃厚であると判断された場合、調査は即座にタイ警察の中央捜査局(DSI)やマネーロンダリング対策極(AMLO)等の捜査当局に引き継がれ、組織的な摘発へと移行します。
もし名義借りストラクチャーによる土地所有が立証された場合、外国人事業法に基づく刑事罰にとどまらず、土地法第86条等に基づき、購入した土地の所有権(登記)そのものが無効とされ、土地の強制売却や没収が行われるという極めて深刻なシナリオが現実のものとなっています。これにより、不適切な合弁形態を通じたタイ国内での不動産取得・維持は、事実上、破滅的なリスクを伴う選択となりました。
タイ最高裁判所の判例における「実質重視主義」の司法判断

タイの裁判所は、形式的な書類上の持分比率にとどまらず、企業の「実質的支配権」や「経済的実体」に着目して違法性を判断する「実質重視主義(Substance over Form)」の立場を一貫してとっています。この傾向を明確に示す代表的な最高裁判所の判例を紹介します。
タイ最高裁判所判決第17923/2557号(2014年)は、観光地サムイ島での土地取得において、外国人夫婦がタイ人名義の会社を利用して実質的に土地を所有していたケースです。最高裁判所は、名義上のタイ人株主には実質的な出資能力がなく、すべての買収資金が外国人側から出ていたことを精査した上で、この会社を「外国人事業法および土地法の規制を潜脱するためのノミニー・ツール」であると認定しました。その結果、タイ人被告をノミニー行為(外国人事業法第36条違反)で、外国人被告を不法事業運営(同法第37条違反)でそれぞれ有罪判決に処し、土地取引自体を公序良俗に反するもの(民商法典(Civil and Commercial Code)第150条)として無効化し、土地登記を抹消しました。
また、タイ最高裁判所判決第5457/2560号(2017年)では、外国人がコントロールするストラクチャーを隠蔽するために用いられた「借入契約(ローン契約)」や「株式質権設定」の適法性が争われました。原告である外国人は、被告であるタイ人に対して資金を「貸し付け」、その担保としてタイ企業の株式を質入れさせ、実質的な支配権を確保していました。最高裁判所は、この借入契約が実際には会社の売買と実質的支配権の移転をカモフラージュするための「虚偽表示(Simulated Transaction)」であると看破しました。そして、外国人事業法の脱法を目的とした契約は、民商法典第150条に基づき「当初から無効(Void ab initio)」であると判断し、貸付金の返還請求権や担保権の実行を一切認めないとの厳しい判決を下しました。
さらに、タイ最高裁判所判決第2252/2560号(2017年)では、プーケットにおける不動産開発案件において、外国法人(BVI会社)の持分比率が35%という少数株主の範囲内であったにもかかわらず、その外国法人が資金調達や実際の事業運営・管理を一手に担っていた実態が精査されました。最高裁判所は、株主名簿上の比率が制限内であっても、実質的な事業運営主体が外国人である以上、外国人事業法上の制限対象に該当すると判断し、当該外国法人が被告らに対し詐欺を理由とする損害賠償を求めた訴えについて、違法な事業運営に基づく請求として原告適格を否定し棄却しました。
これらの判例から言えることは、たとえ借入契約や優先株スキームなどの複雑な法的書面で形式的な合法性を装ったとしても、裁判所や捜査当局はそれを容易に見抜き、民事上も刑事上もストラクチャー全体を無効化するということです。
全ての登記手続きにおける「ユニバーサルチェック」の常時稼働
2026年の法改正において日系企業が最も警戒すべき隠れた変更点は、前述した「トリガーに該当する合弁企業」だけでなく、あらゆる企業登記手続きに自動適用される「ユニバーサルチェック(Universal Checks)」の導入です。DBD命令第3/2568号、第4/2568号、および第5/2568号の規定に基づき、たとえBOI奨励企業や米国アミティ条約適用企業、あるいは100%外資の合法的な法人であっても、些細な登記変更(役員の住所変更など)を行うだけで、商務省のシステムバックグラウンドで以下のチェックが自動実行されます。
第一に、DBD命令第3/2568号に基づく「AMLO(マネーロンダリング対策極)監視リスト」との相互照会です。登録されている取締役や株主が、オンライン詐欺等の疑いのある口座名義人リスト(AOCリスト)やAMLOの警戒対象リストに登録されていた場合、その人物が実際に商務省の窓口に身分証明書を持って直接出頭し、本人確認を終えるまで一切の登記申請が却下されます。
第二に、DBD命令第4/2568号に基づく「会社の登記住所実体確認」です。これは、同一の住所に5社以上の法人が登録されている場合(ペーパーカンパニーに多く見られる特徴です)、自動的に「住所使用に関する追加の疎明資料(所有者からの使用承諾書や賃貸借契約書など)」の提出を求めるドキュメントトリガーが作動します。
第三に、DBD命令第5/2568号に基づく「国家福祉カード(State Welfare Card)保持者の確認」です。これはタイの低所得者向け公的支援カードであり、登録株主がこのカードの受給者である場合、システムが自動的にアラートを発します。低所得者が数百万〜数千万バーツ相当の株式を保有している状態は明らかに不自然であるため、このフラグが立った場合も、株主本人の出頭および過去3ヶ月の厳格な資金源立証を求められることになります。
タイ商務省(DBD)の最新の公示情報や各種命令の公式テキスト(タイ語)は、商務省事業開発局の公式ポータルサイト(https://www.dbd.go.th)にて確認できます。 また、2026年の一連のアンチ・ノミニー法制の総合的な実務解説フレームワークは、現地専門機関のレポートも参考になります。
参考:AIMバンコクによる2026年ノミニー規則フルフレームワーク
2026年最新ノミニー規制の全体構造一覧
| 従来の規制枠組み | 2026年からの最新規制枠組み | |
|---|---|---|
| 会社設立時の資金証明方法 | 銀行発行の「残高証明書(Bank Balance Certificate)」の提出のみ(一時的な預け入れで回避可能) | 過去3ヶ月間の「個人銀行口座明細(Bank Statement)」の提出が義務化(資金流動の歴史を照合) |
| 資金移動の検証レベル | 投資予定額と口座残高の全体的な整合性の確認のみ | 出資金の金額および支払日と完全に一致する引き出し・送金履歴の取引レベルでの照合 |
| 適用範囲(会社設立) | 法定の制限比率(外資49%)に近接する特定の合弁会社のみ | 外資比率50%未満のすべての合弁会社、または外国人株主が不在でも外国人がサイン権を持つすべての会社 |
| 設立後の登記変更(迂回対策) | 設立後の取締役変更や株式譲渡時の資金審査は原則として存在しなかった(抜け道として横行) | 変更登記申請時に代表取締役らによる「投資確認書(Investment Confirmation Letter)」の署名・提出を義務化(虚偽申告は禁錮刑) |
| 土地取引時のデータ連携 | 商務省と土地局は独立した紙ベースでの審査(実態把握が困難) | 商務省と土地局のデータベースが自動でリアルタイム連携。外国人の関与を自動検知してDSI等へ即時調査引き継ぎ |
| 自動適用チェック | 登記申請時の個別のリスク判断による審査のみ | 「ユニバーサルチェック」が導入され、AMLO監視リスト、登録住所、低所得者カードとの照会が全申請で自動実行 |
まとめ
タイにおける2026年前半のノミニー規制の強化は、従来の「形式的な合弁形態」による事業運営や不動産所有を完全に過去のものとしました。今や当局は、名義上の株主構成だけでなく、過去3ヶ月にわたる実際の資金移動や代表者の誓約内容を厳格に照会し、さらには土地局とのデータ連携によって実質的な支配権をリアルタイムに追跡しています。こうした劇的な規制環境の変化に対し、タイでのビジネス進出や現地法人・不動産の維持を計画している日系企業の皆様は、既存のストラクチャーに内在するリーガルリスクを早期に洗い出し、必要に応じて合法的なスキームへの再編を検討することが強く求められます。
タイで合法的な活動を行うための代替手段としては、BOIによる投資奨励の獲得、外国事業ライセンス(FBL)の取得、あるいはサービス貿易分野での合法的提携など、脱法を前提としない正規のスキーム構築が唯一の生存戦略となります。モノリス法律事務所では、タイ王国における外資法規制への適応や合法的なコーポレートガバナンス設計、最新のコンプライアンス対策に関して、皆様の実務をサポートいたします。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務



































