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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

システム開発の納期の遅れと法律上の履行遅滞の関係

システム開発の納期の遅れと法律上の履行遅滞の関係

システム開発というプロジェクトは、ある意味常に納期との戦いです。システム開発における「納期」に関して、法律的な観点からは、「万一納期に間に合わなかった場合に顕在化するリスク」について考察することができます。

本記事では、こうした「納期の遅延」が、どのような場合に履行遅滞として扱われ、債務不履行等の法的責任を生じさせることになるかを解説していきます。

システム開発における納期とは

一般論としての納期

一般的な意味の「納期」とは、顧客から求められたプロダクトを納品するための期日を指します。予想外のトラブル等に見舞われることがある意味前提となっている開発現場においても、納期は厳守とされる場合が少なくありません。受注者側と発注者側で力関係に差があるような場合には、納期厳守の傾向は一層顕著なものとなることが多いと考えられます。もしくは、納期に遅れた場合には、超過分に応じて割引を行なったり、超過作業分については請求せずに無償化を行なったりという場合もあるかもしれません。いずれにしても一般的に納期とは、取引先との信頼関係の維持のために重視されるものです。

法律上の「仕事の完成」という概念や納期については、別記事でも説明しています。

法律的な観点からみた納期とは

法的な観点からは、そもそもベンダー側とユーザー側で契約を交わした時点で、ベンダーにはシステムを納品する義務(=債務)が発生します。そして、その債務を履行すべき時期について、制限を設けたものが納期であるといえます。すなわち、納期の遅延は、債務不履行の一類型でもある、履行遅滞にあたるものであるといえます。つまり、ベンダー側の故意・過失を原因とする納期の遅延に対しては、履行遅滞による債務不履行責任(民法412条)を負うことになります。

1.債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う
2.債務の履行について不確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来したことを知った時から遅滞の責任を負う
3.債務の履行について期限を定めなかったときは、債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う

民法第412条

この条文にいうところの「責任を負う」というのは、簡単に言ってしまえば、損害賠償責任のことです。

債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

民法第415条

またさらに、ユーザーからベンダーに対して、「相当な期間」を定めたうえで、その日までに納入をするように催告したにもかかわらず納入しなかった場合には、契約の解除も行うことができます。

当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる

民法第541条

なお、こうした場合における「解除」というオプションについての一般的な解説については、以下の記事で詳細に行なっています。

すべての納入遅れが法律上の債務不履行なわけではない

法律上の履行遅延となりうる基準・条件とは?

もっとも、「納期に間に合わなかった」という表面的な事実は、必ずしも債務不履行としての履行遅滞を意味するわけではありません。たんなる納入遅れという事態が法律上の履行遅滞となるためには、以下に示すように、いくつかの条件を満たす必要があります。

・納期が単なる目安などではなく、契約内容の一部として、契約を結ぶ当事者間で確約されたものであること。
→納期に沿った履行が、法律上の「義務」として扱うべきものであるからこそ、納期の遅れが法律上も「債務」の不履行となりうるわけです。
・納期の遅れが、ベンダーの側の故意・過失に基づくものであり、ベンダー側に帰責事由があること。
→システム開発はそもそもベンダーだけでなくユーザーも協力義務を負って取り組むものです。したがって、ユーザーの側の協力義務の違反のせいで納期に間に合わなかったような場合には、履行遅滞としてベンダー側に帰責することはできません。

なお、システム開発がユーザー側とベンダー側両方が義務を負って行うプロジェクトとなることが通常であることからすれば、ベンダー・ユーザーともに義務違反が認定され、損害賠償が相殺されるというかたちに決着がつく場合もあるでしょう。

さらにこの話題に付け加えると、通常納期の間近に行われることになるのは、成果物の「検収」です。検収については、以下の記事で詳細に取り扱っています。ここでは、ユーザーが検収に応じないことが理由で納品が完了しないといった事案について解説を行なっています。

話の要点としては、「納期に間に合わない=債務不履行」というほど話は単純ではないということです。一口に納期の遅れといっても、それがベンダーのせいである場合もあれば、ユーザーのせいである場合まで、理由は様々なものが考えられます。形式的事実としての「締切の遅れ」と、実質的な義務違反を構成する「履行遅滞」では、概念としてもだいぶ開きがあるのです。

履行遅滞をめぐる裁判例


納期をめぐる債務不履行責任の追及が可能か否かが争われた裁判例 について、説明していきます。

以下に、納期の遅延が発生したことから、履行遅滞に基づく債務不履行責任の追及が可能か否かが争われた裁判例を見ていきましょう。納期をめぐる争いであるとはいえ、その本質は「ユーザーの協力義務」、「プロジェクトマネジメント義務」しかり、システム開発の基礎を踏まえた事案の整理が重要である点は、その他の紛争と変わるところはありません。

履行遅滞がユーザーの協力義務違反と過失相殺された例

以下に引用する判決文の事案では、ベンダーの納期が遅れたことから、ユーザーが原告となって訴訟を提起したものです。この訴えは部分的には裁判上も受け入れられましたが、同時に、ユーザーの側の適切な協力がなかった点も一因であるとし、納期に遅れたことによる損害の四割分はユーザーの責任とする旨が判示されました。

以上、検討したところによれば、原告ユーザーは、被告から解決を求められた懸案事項を目標期限までに解決しないなど、適時適切な意思決定を行わなかった点において、適切な協力を行わなかったところがあるということができる。
しかし、原告ユーザーの機能の追加や変更の要求に関する被告の協力義務違反の主張については、原告ユーザーが結果として本件基本設計書において想定されていた開発内容の追加、変更等をもたらす要求をした事実は認められるものの、そのことが原告ユーザーの協力義務違反を構成するということはできず、被告の主張は理由がない
また、原告ユーザーの過剰な要求に関する被告の協力義務違反の主張についても、原告ユーザーが本件電算システム開発契約等の委託料に照らし過剰な要求をしたとは認められず、理由がない。
むしろ、被告が平成11年1月以降になって処理数(同年7月ないし8月時点における「処理」数)を把握したこと、同年5月31日以降になって不相当な内容の追加委託料の負担や処理の削減の申入れをしたことについて、告のプロジェクトマネージメントには、不適切な点があったということができる

東京地判平成16年3月10日

上記の判決は、ベンダーの納期遅れについて履行遅滞を認めつつ、その原因の一部は、ユーザーがベンダーから出された懸念事項を解決しなかった点などにもあるとして、ユーザーが主張した損害のうち、6割分を「カット」する形でユーザーの請求を認めました。これは、被害者側にも非のある交通事故などと同じ、「過失相殺」という処理です

本判決文には、全文で目次含めて「協力義務」という文言が計40回以上も登場してきます。法律上の論点としてはむしろ、ベンダーのプロジェクトマネジメント義務とユーザーの協力義務の切り分けこそが本質であったとも言えます。

履行遅滞が完全に認められた裁判例

また、以下に引用するのは、納期の遅延について、ベンダー側の責任が完全に立証され、履行遅滞として債務不履行責任が認められた事案の判決文です。本件では、システムの完成間近にユーザーから契約を解除されたことから、ベンダー側から提訴がなされましたが、ユーザーは納期の遅れが原因であるとし争いになりました。

被告がデザインシステムについて,種々変更指示をし,それによって,ある程度完成が遅れたことは否定できない。特に被告は,平成17年6月23日にも最終的な変更指示をしているので,その指示に基づく「脇石の明細項目についての自動計算」機能が完成していないことは,原告の責めに帰すことはできないと認められる。
しかし,それ以外の被告の指示変更は,同年4月上旬までになされており,認定のとおり,(中略)デザインシステムを完成させる予定が変更されたと解すべき事情は認められない(被告の同年6月23日の変更指示による部分は除く)。
原告が,平成17年6月末時点で,上記同月23日の変更指示による部分を除いて,デザインシステムを,実際の稼働運用が可能な程度に完成させていたとは認められず,画像が表示できないとか検索機能が動作していないなどのシステムの重要部分が未完成であったと認められる。
(中略)原告がシステム開発に伴う作業手順の管理を十分していなかったことが窺われる。
以上によれば,原告が納期を遵守できなかった主な原因が被告の指示にあるとは認められず,原告に責めに帰すべき事由がないとは認められない。

東京地判平成19年2月16日

本判決においては、納期の約一週間前に仕様変更の指示が出ていた点などについて、この機能が未完成である点はベンダーの責めに帰すことはできないと判示しました。しかしながら、

  • 数ヶ月以上前に出された変更指示にまだ応じられていない点
  • 上記指示が出て以降、ベンダーからも完了予定日を告げるメールが出されている点
  • 未完成部分は、画像の表示や検索機能の実装などのシステムの重要部分であり、これに応じられていない点はプロジェクトマネジメント義務の違反を裏付ける要素である点

などを踏まえて、履行遅滞に基づく債務不履行が認められました

両判決の内容からわかること

両判決を踏まえると、システム開発における「納期」の問題とは結局のところ、ユーザーの協力義務とベンダーのプロジェクトマネジメント義務の境界をいかに引くかの問題であるといえます。すなわち、法律上の履行遅滞は、債務不履行責任の一種である以上、ベンダー側に何らかの義務違反があったか否かが自ずと争点になってくるというわけです。そして、結果として顕在化した被害事実(=納期の遅れに伴って発生するユーザー側の損失)が、ベンダーに帰責可能か否かを検討するためには、同時にユーザーの側の協力義務をいかに解するかもみていく必要があるというわけです。

まとめ

「履行遅滞」というと、その言葉の意味合いから、たしかに一見すると、「納期の遅れ」という形式的事実の言い換えのようにも思えてしまうかもしれません。しかし履行遅滞は債務不履行の一種です。したがって、むしろ「プロジェクトマネジメント義務の違反」という位置付けで理解するほうが適切です

システム開発プロジェクトをめぐる「納期」の問題は、表面的な納期の前後だけにとらわれるのではなく、ベンダーのプロジェクトマネジメント義務と、ユーザーの協力義務の問題に置き換えて整理することが大切であると考えられます。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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