クロアチア共和国の法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ヨーロッパ諸国との取引や進出を検討する企業にとって、クロアチア共和国の法律制度を理解することは重要です。本記事では、法制度の基礎から裁判制度、企業活動に関連する主要法まで、クロアチアの法律全体像を弁護士の視点からわかりやすく解説します。EU加盟国としての法的特徴や、周辺国との違いにも触れながら、クロアチアでのビジネスや法的対応の出発点となる情報を提供します。
この記事の目次
はじめに
クロアチアの法制度は、オーストリア、ハンガリー、ユーゴスラビア法の影響を受けた大陸法体系(Civil Law System)に属しています 。これは、判例法主義の要素が強い英米法系とは異なり、成文法を主たる法源とする点で日本の法体系と共通しています。
EU加盟に伴い、クロアチアの法制度はEU法(EU acquis)と広範に調和されています 。特にIT分野では、一般データ保護規則(GDPR)やネットワーク・情報システムセキュリティ指令(NIS2指令)の国内法化が進められています。法源の階層は、憲法 を最高規範とし、その下に憲法関連法、通常の法律、国際条約、その他の規制が位置付けられています。
また、同国はデジタル経済への積極的な取り組みを示しており、これはIT分野を含む外国投資にとって魅力的な要素となっています。特に、サイバーセキュリティ分野における地域的リーダーシップや、ギガビット接続へのアクセス増加は、IT企業の進出を後押しする重要な要因です。クロアチア政府は、ICTシステムおよびソフトウェア開発センター向けの投資優遇措置を設けるなど、IT分野の成長を特に重視してします。
クロアチアの司法制度と裁判所の構造
クロアチアの司法権は、独立した裁判所によって行使され、憲法、法律、国際条約に基づいて司法を執行します 。裁判所は三審制を採用しており、最高裁判所(Supreme Court: Vrhovni sud)が最上位の控訴審および破棄院です。
憲法裁判所(Constitutional Court: Ustavni sud)は、法律の合憲性審査を行い、最高裁判所の決定を覆すことも可能ですが、司法府の一部ではなく、「sui generis(独自の)」裁判所と位置付けられています。これは、日本の司法制度における最高裁判所の役割とは異なる点です。日本の最高裁判所が最終審として憲法判断を含む全ての法的判断を行うのに対し、クロアチアでは憲法適合性に関する最終判断は憲法裁判所が担います。
下級審は、地方裁判所(municipal courts: općinski sudovi)と郡裁判所(county courts: županijski sudovi)からなる通常裁判所と、商事裁判所(commercial courts: trgovački sudovi)、行政裁判所(administrative courts: upravni sudovi)、軽罪裁判所(misdemeanour courts: prekršajni sudovi)などの専門裁判所に分かれています。
クロアチアにおける事業設立と企業法務

事業形態の選択肢
クロアチアの会社法は、主に以下の事業形態を認めています。
- 個人事業者 (Sole Traders): 最もシンプルな形態であり、個人が事業の債務に対して無限責任を負います。
- 人的会社 (Companies of Persons):
- 合名会社 (General Partnerships: j.t.d.): 2人以上のパートナーが共同で事業を行い、債務に対して無限連帯責任を負います。最低資本金は不要です。
- 合資会社 (Limited Partnerships):
- 経済的利益共同体 (Economic Interest Groupings):
- 物的会社 (Companies of Capital):
- 有限責任会社 (Private Limited Liability Companies: d.o.o.): クロアチアで最も一般的な会社形態です。1人以上の国内または外国の法人または個人が出資し、出資額に応じた有限責任を負います。会社は全資産で債務に責任を負います。最低授権資本金は20,000 HRK(約2,650ユーロ)以上です 。2012年の改正では、最大3つの事業活動、3人の社員、1人の取締役で設立可能な「j.d.o.o. (simple limited liability company)」も導入されました。
- 公開有限会社 (Public Limited Companies: d.d.): 株式資本に基づき、株主は出資額に応じた有限責任を負います。会社は全資産で債務に責任を負いますが、株主は会社の債務に対して責任を負いません。最低授権資本金は200,000 HRK(約26,540ユーロ)以上です。
- 支店 (Branch Offices): 外国企業の支店開設・運営は国内企業と同様の規制を受け、法的には独立した法人格を持たない形態です。
クロアチアの主要な会社形態の概要は以下の通りです。
特徴/項目 | d.o.o. (有限責任会社) | d.d. (公開有限会社) |
法的根拠 | Companies Act | Companies Act |
法人格 | 有 | 有 |
最低資本金 | HRK 20,000 (約€2,650) | HRK 200,000 (約€26,540) |
設立の容易さ | 最も一般的で比較的容易 | 複雑、高コスト |
設立費用 | €5,250 (法人設立のみ) | €13,220 (パッケージ) |
出資者の責任 | 有限責任 (出資額まで) | 有限責任 (出資額まで) |
ガバナンス構造 | 社員(メンバー)が取締役会メンバーを任命。監督委員会は必須ではないが、存在しうる。 | 経営委員会(Management Board)、監督委員会(Supervisory Board)、総会(General Meeting)で構成。経営委員会が事業を管理し、監督委員会が監督。 |
株式発行 | 不可 | 可 |
税務上の扱い | 通常の法人税 | 通常の法人税 |
日本の会社形態と比較すると、クロアチアのd.o.o.は日本の合同会社に、d.d.は株式会社にそれぞれ類似しています。主な違いとして、d.o.o.の最低資本金が約2,650ユーロであるのに対し、日本の合同会社や株式会社は実質的に1円から設立可能である点、またガバナンス構造において、日本の株式会社が株主総会、取締役、取締役会を必須とするのに対し、クロアチアのd.o.o.では社員が取締役会メンバーを任命し、監督委員会は必須ではない点が挙げられます。
会社設立手続きと必要書類
クロアチアでの会社設立は、オンラインでの手続きも可能になっていますが、外国企業の場合は物理的な手続きも必要となる場合があります 。主要なステップは以下の通りです。
- 会社名の決定: 商業登記所での確認が必要です。
- 公証人による定款の認証: 設立者が複数の場合、または電子形式での宣誓書の場合に必要です。
- 資本金の仮口座への払い込み: d.o.o.の場合、最低€2,500を銀行またはFINAの仮口座に払い込みます。設立後1年以内に全額を払い込む必要があります。
- 商業登記所への登録: 公証人によって準備された書類と資本金払い込み証明書を管轄の商業裁判所に提出します。
- 国家活動分類への登録: 中央統計局に申請書を提出します。
- 銀行口座の開設: 商業登記所の決定書などを用いて銀行口座を開設します。
- 年金保険機関(HZMO)および医療保険機関(HZZO)への登録: 関連する申請書を提出します。
- 税務署への法人納税者登録およびVAT登録: 会社の登記地を管轄する税務署に申請書を提出します。
クロアチア政府は商業登記のデジタル化を推進しており、一部の手続きはオンラインで可能になっています。しかし、会社設立の初期段階では、定款の公証や資本金の払い込みなど、依然として物理的な手続きや公証人の関与が求められます。オンラインで完結しない部分について、現地の専門家(弁護士、会計士)の支援が不可欠になります。
M&A関連法規の概要
クロアチアのM&A法規は、関連当局と法規制、ターゲット企業の防御策、入札者の保護、買収の仕組みなど、一般的なM&Aにおける課題をカバーしています。株式取得の代替案として、過半数株主との合併、過半数株主の株式取得、経営契約を通じた支配権獲得、増資を通じた所有構造への参入などが挙げられます。
買収者は、同種の全株式に対して同一価格を提示する義務があり、その価格は義務発生前1年間に買収者が取得した最高価格、または規制市場で実現された株式の最高平均価格を下回ってはなりません。買収対価は、現金、交換株式、またはその組み合わせが可能です。
クロアチアはEU加盟国であるため、そのM&A法規はEUの競争法(Merger Regulationなど)と整合性が取られています。EUの競争法は、一定の売上高基準を満たす企業結合に対して、欧州委員会による事前審査を義務付けています。
外国投資優遇措置
クロアチアは、経済成長と競争力強化を目的として、国内外の法人・個人による投資を促進するための優遇措置を定めています。
対象分野: 製造・加工、開発・イノベーション、ビジネスサポート、高付加価値サービスなどが対象となります。
優遇措置の種類:
- 税制優遇: 企業所得税(CIT)の減税。投資額と新規雇用創出数に応じて、50%から100%の減税が10年間適用されます 。例えば、€300万以上の投資と15人以上の新規雇用で100%減税が可能です。
- 雇用奨励金: 新規雇用創出にかかる費用に対する返還不要の補助金。失業率の高い郡での投資に対しては、従業員1人あたり最大€9,000の奨励金が支給されます。
- 教育・研修奨励金: 従業員の職業教育・再訓練費用に対して、最大50%(中小企業は最大70%)の補助金が支給されます。
- 開発・イノベーション活動への奨励金: ハイテク機械の購入費用に対して、最大€500,000の返還不要の補助金が提供されます。
- 設備投資奨励金: €500万以上の投資と50人以上の新規雇用を伴うプロジェクトに対し、適格費用の10%から20%の追加補助金が支給されます。
条件: 最低投資額と新規雇用創出の要件が設定されており、例えば一般投資プロジェクトでは最低€150,000の投資と5人の新規雇用が必要です。ICTシステム・ソフトウェア開発センターは最低€50,000の投資と10人の新規雇用で優遇措置の対象となります。
クロアチアの投資促進法は、ICTシステム・ソフトウェア開発センターに対し、一般的な投資プロジェクトよりも低い最低投資額で、より多くの新規雇用を条件に税制優遇措置を適用しています。
外国為替規制と利益送還
クロアチアはEU加盟国であり、2023年1月1日よりユーロを公式通貨として採用しています。これにより、ユーロ圏内での資本移動は基本的に自由です。
「Foreign Exchange Act」が、居住者と非居住者間の外国通貨およびユーロ建て取引、居住者間の外国通貨建て取引、およびクロアチアとの間の資産の一方的な移転を規定しています。
- 直接投資: 非居住者によるクロアチアへの直接投資、および居住者による海外への直接投資は、特別法で別段の定めがない限り、無制限です。これには、子会社設立、支店開設、既存企業の買収、または議決権の10%以上の取得などが含まれます。
- 利益送還: 直接投資によって非居住者が得た利益の海外送還は、クロアチアで関連する全ての利益税が支払われている限り、無制限です。清算または破産財産における資産残高の海外送還も、全ての税金およびその他の法的義務が満たされている限り、無制限です。
- 通貨管理: 外国為替、外国現金、小切手による支払いや回収、外国通貨資産の送金に制限はありません。ただし、外国現金による支払いや回収は、マネーロンダリング対策やテロ資金供与対策、税務規制に準拠する必要があります。
- 報告義務: 居住者は全ての国境を越える取引についてクロアチア国立銀行に報告する義務があります。
クロアチアがユーロ圏に加盟したことで、外国為替管理は欧州中央銀行(ECB)の管轄下に置かれ、ユーロ圏内での資本移動の自由が保証されます。これは、日本企業がクロアチアで得た利益を日本に送還する際に、為替リスクがユーロ/円間に限定され、クロアチア国内の通貨規制による障壁が実質的に存在しないことを意味します。一方、日本は独自の外国為替及び外国貿易法(FEFTA)を有し、特定産業への外国直接投資には事前届出や事後報告が義務付けられています。この違いは、日本企業がクロアチアから日本への投資を行う場合、日本のFEFTAを遵守する必要があるものの、クロアチア側からは利益送還や資本移動に関する大きな規制がないという非対称性を示します。
クロアチアにおけるIT分野に特化した法制度
IT企業が海外進出する際、自社のコアビジネスに直接影響を与えるIT関連法規の差異は特に重要です。データ保護、サイバーセキュリティ、電子商取引、知的財産権は、ソフトウェア開発、クラウドサービス、オンラインプラットフォームなどのITビジネスにおいて不可欠な法的要素です。
データ保護
クロアチアのデータ保護法は、EUの一般データ保護規則(GDPR)が直接適用されることに加え、「Law on the Implementation of the General Data Protection Regulation 2018」によって補完されています。この国内法は、子どもの同意、生命保険に関連する遺伝子データの処理、民間部門における生体認証データの処理、ビデオ監視、統計目的での個人データ処理など、GDPRが加盟国に委ねた特定の領域に関する追加のルールを定めています。
データ管理者または処理者は、特定の条件(公共機関である場合、大規模なデータ主体監視が中核活動である場合、大規模な機微な個人データの処理が中核活動である場合)を満たす場合、データ保護責任者(DPO)を任命する義務があります。DPOは、データ保護に関するすべての問題に適切かつタイムリーに関与し、最高経営層に直接報告し、その職務の遂行において指示を受けない独立性を有する必要があります。
個人データ侵害が発生した場合、管理者は不当な遅延なく、かつ可能であれば認識後72時間以内に監督機関(クロアチア個人データ保護庁:AZOP)に通知する義務があります。個人の権利と自由に高いリスクをもたらす可能性のある重大な侵害については、影響を受けるデータ主体にも不当な遅延なく通知する必要があります。AZOPはGDPR違反に対して罰金を科しており、その執行は活発です。
データ主体は、アクセス権、訂正権、消去権(忘れられる権利)、処理制限権、データポータビリティ権、異議申立て権など、GDPRに基づく広範な権利を有します。
EU域外へのデータ移転については、十分性認定を受けた国(日本を含む)への移転は許可されています。十分性認定がない国への移転は、拘束的企業準則(BCRs)や標準契約条項(SCCs)などの適切な保護措置が講じられている場合にのみ許可されます。
サイバーセキュリティ
クロアチアのサイバーセキュリティ法は、EUのNIS2指令(Directive (EU) 2022/2555)を国内法化した「Cybersecurity Act」(2024年2月15日施行)によって規定されています。この法律は、サイバーセキュリティの高い共通レベルを達成するための手続きと措置、および「必須事業者(Essential Entities)」と「重要事業者(Important Entities)」の分類基準を定めています。
「必須事業者」には、高重要度セクター(Annex I)に属し、中堅・中小企業の基準を超える企業、または規模に関わらず適格なトラストサービスプロバイダー、ccTLD名登録機関、DNSサービスプロバイダーなどが含まれます。一方、「重要事業者」には、その他の重要セクター(Annex II)に属し、中堅・中小企業の基準を超える企業、またはAnnex Iに属する中堅・中小企業などが含まれます。公共部門や教育システムに属するエンティティも、その重要性に応じて分類されます。
これらの事業者は、サイバーセキュリティリスク管理措置を適切かつ比例的に実施する義務があります。これには、リスク分析、インシデントハンドリング、事業継続性、サプライチェーンセキュリティ、システム調達・開発・保守におけるセキュリティ、サイバー衛生習慣、暗号化、多要素認証などの措置が含まれます。経営層はこれらの措置の実施に責任を負い、関連トレーニングへの参加も義務付けられています。
重大なインシデントが発生した場合、必須事業者および重要事業者は、管轄のCSIRT(Computer Security Incident Response Team)に不当な遅延なく通知する義務があります。この通知は、分類通知受領後30日以内に開始する必要があります。犯罪行為が疑われる場合は、法執行機関にも通知が必要です。クロアチアのセキュリティ情報庁(SOA)がサイバーセキュリティの中央国家機関として指定され、国家サイバーセキュリティセンター(NCSC-HR)が設立されています。
電子商取引
クロアチアでは、2026年1月1日より、B2B(企業間)およびB2C(企業・消費者間)の電子インボイスが義務化されます。これは「Fiscalization 2.0」プロジェクトの一環であり、キャッシュレス決済システムの導入、デジタル会計の監査、高度なオンライン会計システムの統合を目指す広範な財政近代化の取り組みです。紙のインボイスは段階的に廃止され、2027年1月1日までに完全に電子インボイスに移行する予定です。
技術要件としては、すべての電子サービスプロバイダーはAS4プロトコルでの文書交換が可能である必要があり、最終的な技術仕様がない場合はPeppolおよびEDI標準の使用が許可されています。クロアチアは、文書が政府の集中プラットフォームにリアルタイムで送信されるリアルタイム報告モデルを採用しています。不遵守の場合には罰則が適用されます。
消費者保護に関しては、クロアチアの消費者保護法が、電子商取引を含む距離契約において、情報開示義務、クーリングオフ期間(原則14日間)、および不公正な契約条項の無効化を規定しています。事業者は、製品の主要な特性、総価格、契約期間、支払い義務などについて、明確かつ包括的な情報を提供しなければなりません。クーリングオフ期間は、商品受領日または契約締結日から開始し、情報不備がある場合は延長される可能性があります。
クロアチアにおける労働法規の概要

雇用契約の基本
クロアチアでは、雇用契約の書面化が義務付けられています。契約には、当事者の氏名・住所、勤務地、職務内容、開始日、労働時間、基本給、休暇、通知期間などの必須情報を含める必要があります。書面契約がない場合、雇用関係は無期限とみなされ、雇用主には罰金が科される可能性があります。雇用主は、労働者が業務を開始する前に、雇用規則、労働組織、労働安全衛生規則について労働者に説明する義務があります。
労働時間と残業
標準労働時間は週40時間、週5日制です。労働時間には、不均等な配分が認められており、労働者は残業を含めて週最大50時間まで働くことができます。労使協定がある場合は週60時間まで延長可能です。年間残業時間の上限は180時間ですが、労使協定により250時間まで延長できます。残業代は通常賃金の150%が義務付けられています。ただし、労使協定や雇用契約で残業代の具体的な定めがない場合もあります。
休暇制度
労働者は毎年少なくとも4週間の年次有給休暇を取得する権利があります。未成年者や有害な労働条件の労働者は最低5週間の休暇が与えられます。未使用の休暇は翌年6月30日まで繰り越すことができます。
病気休暇については、雇用主は最初の42日間の病気手当を支払う義務があり、それ以降はHZZO(クロアチア健康保険機関)が給与の最低70%をカバーします。業務中の負傷や疾病の場合は、100%の有給休暇が適用されます。
育児休暇に関しては、母親は出産前28日から出産後最低70日(または子が6ヶ月になるまで)の有給出産休暇を取得できます。その後、両親は子1人につき4ヶ月(最初の子2人まで)、またはそれ以降の子や双子の場合は15ヶ月の育児休暇を取得できます。
また、結婚、近親者の重病、死別などの個人的な事由に対して、年間少なくとも7営業日の有給休暇が義務付けられています。
外国人労働者の雇用
クロアチアは、外国人労働者の流入増加に対応するため、労働法規を強化しています。主な変更点には、外国人労働者に対するクロアチア人従業員と同等の賃金支払い義務、滞在・労働許可の有効期間の延長(1年から最大3年、季節労働許可は6ヶ月から9ヶ月)、雇用主による財政保証の義務付け、住居基準の設定などがあります。
高度なスキルを持つ専門家を誘致するため、EUブルーカード制度も改善されています。EUブルーカードの有効期間は24ヶ月から48ヶ月に延長され、IT分野の労働者は正式な教育がなくても、労働省の委員会にスキルを証明することで資格を得られるようになりました。ただし、ブルーカード保持者はクロアチアの平均総賃金の1.5倍以上の賃金を得る必要があります。2026年1月1日からは、雇用法規に違反する企業には罰則が科され、違法な外国人雇用を行う企業はブラックリストに掲載される可能性があります。
雇用契約の終了
雇用契約は、雇用主と従業員の双方の合意、または正当な理由がある場合に終了できます。雇用主は、正当な理由がある場合に限り、雇用契約を解雇することができます。正当な理由には、事業上の理由(人員削減)、個人的な理由(従業員の職務遂行能力の不足)、従業員の不正行為、試用期間中の不十分なパフォーマンスなどがあります。
解雇は書面で行われ、雇用主による場合は理由が明記され、解雇される者に交付される必要があります。従業員の不正行為による解雇の場合、雇用主は事前に書面で職務義務違反を通知し、解雇の可能性を示唆し、弁明の機会を与える必要があります。
退職手当は、従業員が解雇前に同じ雇用主で中断なく2年以上勤務した場合に受給資格があります。退職手当の額は、原則として解雇前3ヶ月間の平均月給の6倍を超えない範囲で決定されます。ただし、従業員の不正行為による解雇の場合、退職手当は支給されません。
クロアチアにおける紛争解決メカニズム
訴訟
クロアチアの司法制度は、憲法、法律、国際条約に基づいて司法を執行する独立した裁判所によって運営されています。裁判所は三審制を採用しており、最高裁判所(Vrhovni sud)が最上位の控訴審および破棄院です。下級審は、地方裁判所と郡裁判所からなる通常裁判所と、商事裁判所、行政裁判所、軽罪裁判所などの専門裁判所に分かれています。商事裁判所は商事紛争を専門的に扱います。
仲裁
クロアチアにおける主要な仲裁機関は、クロアチア商工会議所常設仲裁裁判所(Permanent Arbitration Court at the Croatian Chamber of Economy)です。クロアチアの仲裁法は、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)のモデル法(1985年)に実質的に準拠しており、当事者自治、裁判所の非介入、仲裁手続きの機密性などの原則を特徴としています。
仲裁法は、国内仲裁、仲裁判断の承認・執行、および仲裁に関連する裁判所の権限と運用を規定しています。仲裁合意は書面で行われる必要があり、独立した合意または契約条項として含めることができます。当事者は、仲裁廷の構成、準拠法、仲裁言語などを自由に決定できます。仲裁判断は、クロアチアの裁判所の最終判決と同様の法的拘束力と執行力を持ちます。
調停・あっせん
クロアチアでは、仲裁法とは別に、2002年に独立した調停センターが設立されています。これは、紛争解決の代替手段として調停が利用可能であることを示唆しています。労働紛争においては、労使紛争を仲裁によって解決する合意が可能であり、集団労働紛争の場合には、労使協定または紛争発生後の合意によって仲裁廷の構成や手続きが定められることがあります。
まとめ
クロアチアは、EU加盟国としてEU法に高度に調和した安定した法制度を有しており、これは日本の企業がビジネス展開を検討する上で重要な基盤となります。特にIT分野においては、デジタル化の推進、サイバーセキュリティへの注力、およびICTセクターへの投資優遇措置など、魅力的な要素が多く存在します。一方で、GDPRに代表されるEU法の厳格なデータ保護規制や、NIS2指令に基づく広範なサイバーセキュリティ義務、そして2026年からの電子インボイス義務化など、日本とは異なる、あるいはより厳格な法的要件が存在します。これらは、進出を検討する日本企業にとって、既存のビジネスプロセスやITシステムの改修、新たなコンプライアンス体制の構築を必要とする可能性があります。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務