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チェコの不動産法制度を弁護士が解説

チェコの不動産法制度を弁護士が解説

チェコ(正式名称、チェコ共和国)は、安定した法的枠組みと経済を背景に、魅力的な不動産市場を提供しています。しかし、その法制度には、日本の商慣習や法体系とは異なる独自のルールが存在します。

チェコの不動産法制度は、主に二つの主要な法令によって支えられています。一つは、所有権や契約に関する基本的な原則を定める民法典(Zákon č. 89/2012 Sb., občanský zákoník)であり、もう一つは、不動産に関する権利の登録を専門に扱う地籍法(Zákon č. 256/2013 Sb., katastrální zákon)です。この二本柱の構造は、日本の民法と不動産登記法が果たす役割と本質的に共通するもので、不動産取引の法的安定性を確保するための基盤となっています。 

チェコの不動産法制度、特に日本人が留意すべき所有権移転の核心や、地籍簿(不動産登記制度)の役割、法人を通じた不動産所有の利点に焦点を当てて解説します。

チェコの不動産法制度

日本の法制度では、土地と建物はそれぞれ独立した不動産として扱われ、別個に所有権を設定し、売買することが可能です。これに対し、チェコでは2014年の新民法典施行により、superficies solo cedit(土地は建物を従える)という原則が64年ぶりに復活しました。これは、土地に永続的に固着した建物や地下構造物(特定の目的を持つ場合)は、法的に土地の一部となることを意味します。この原則の下では、土地と建物を別個に処分することは原則としてできません

この原則の復活は、日本の不動産取引に慣れた皆様にとって、特に重要な留意点となります。旧法が適用されていた1950年代から2013年までは、土地と建物は独立した不動産として扱われていたため、現在も土地と建物の所有者が異なる不動産が多数存在します。このような複雑な状況に対処するため、新民法典は、土地と建物の所有者が異なる場合に備え、互いに相手方の所有物を購入する法定の先買権を規定しています。また、土地所有者が他者に土地上の建物の所有を許可するための新制度として、právo stavby(地上権)を創設しました。この地上権自体が地籍簿に登記される独立した不動産として扱われ、最長99年間の期限付きで設定が可能です。この複雑な歴史的経緯と新旧制度の共存は、不動産取引における法的なデュー・デリジェンスの際、土地と建物の権利関係を詳細に確認することが不可欠であることを意味します。 

チェコの地籍簿(Katastr nemovitostí)の役割と登記の「創設的効力」

地籍簿の公開原則と内容

チェコの不動産に関する権利情報は、地籍簿(Katastr nemovitostí)に一元的に記録され、これは誰でも閲覧可能な公開リストです。日本の不動産登記簿謄本と同様に、チェコの地籍簿も、不動産の所有者、権利関係(担保権、地役権など)、そして土地の区画や建物の位置といった事実情報が詳細に記載されています。基本的な情報はオンラインで無料で確認でき、より詳細な法的証明書は、所定の手数料を支払うことで取得が可能です。この公開性と透明性は、不動産取引における法的安定性を高める重要な要素となっています。 

所有権移転における登記の法的意味

日本の法制度における不動産登記は、不動産売買契約の成立によって所有権が移転した後、その所有権の取得を第三者に対抗するための「対抗要件」に過ぎません。これは一般に「宣言的効力(Declaratory Effect)」として知られています。

一方、チェコ法制度の核心をなす原則は、この点において日本と大きく異なります。チェコでは、不動産の所有権は、売買契約を締結しただけでは移転せず、地籍簿への「vklad(登録)」が完了した時点で初めて法的に効力を生じます。この原則は「創設的効力(Constitutive Effect)」と呼ばれ、不動産取引におけるリスク管理を考える上で、日本人が最も深く理解すべき点です。

「信善の原則(princip dobré víry)」

「創設的効力」と密接に関連するのが、「信善の原則(princip dobré víry)」です。この原則の下では、地籍簿に記載された情報が「真実の状態と一致している」と法的に推定されます。この推定により、地籍簿の記載を信頼し、対価を支払って不動産を取得した善意の買主は、たとえ売主が真の所有者でなかったとしても、所有権を取得できる可能性があります。

これは、真の所有者が常に優先される日本の法制度とは根本的に異なる点です。チェコの「信善の原則」は、地籍簿の記載内容に対する信頼を基盤とすることで、不動産取引の法的安定性を高める効果がありますが、同時に、もし地籍簿の記載に誤りがあった場合、その是正が複雑な法的課題を伴う可能性を示唆しています。したがって、取引を検討する際には、この原則が取引の成否を左右しうる重要な要素であることを認識し、地籍簿の情報が最新かつ正確であることを確認することが不可欠です。

チェコ不動産所有権の移転手続きと実務上の留意点

チェコ不動産所有権の移転手続きと実務上の留意点

売買契約の締結から所有権登記までの流れ

チェコにおける不動産売買は、二段階のプロセスを経て完了します。

第一段階は、当事者間で書面による売買契約書(Kupní smlouva)を締結することです。この契約書には、売買当事者の氏名(法人の場合は名称と所在地)、不動産の特定情報、そして売買代金と支払い方法を明確に記載する必要があります。

第二段階は、この売買契約書を添付し、地籍簿へのvklad登録申請を行うことです。申請が地籍局に提出されると、「plomba(封印)」が打刻され、これは申請の受領を意味します。この打刻から少なくとも20日間の待機期間が設けられ、既存の所有者に変更申請があったことが通知されます。これは、不正な取引を未然に防ぐための重要な保護措置です。所有権は、この登録プロセスが完了した時点で初めて買主に正式に移転します。 

法的なデュー・デリジェンスの重要性

チェコでは、不動産取引に際して法的なデュー・デリジェンスは法的に義務付けられていませんが、実務上は絶対に欠かせないプロセスです。地籍簿の記載は「真実と推定される」ものの、古い登記記録や測量上の不備により、記載が実際の状況と異なるケースが稀に存在します。

このようなリスクを回避するため、デュー・デリジェンスは地籍簿上の所有権、担保権、地役権の確認に加えて、建築許可の有無、環境汚染リスク、ゾーニング規制などの物理的・環境的要因まで多岐にわたる調査を含みます。

地籍簿の記載に誤りがあった場合、その是正は容易ではありません。この点は、チェコ最高裁判所による2022年10月26日付判決22 Cdo 32/2022からも明確に言えることです。この事案では、地籍局の誤りによって所有権が抹消された原告が、地籍局を直接提訴しました。しかし最高裁は、地籍局は行政機関であり、訴えるべきは不当に所有権を記載されている第三者であると判断しました。この判決は、地籍簿の記載に問題があった場合、その解決には時間と費用がかかり、複雑な法的手続きを要することを物語っています。したがって、事前の徹底したデュー・デリジェンスこそが、将来的な法的紛争リスクを最小限に抑える最重要のプロセスであると言えるでしょう。 

売買代金の安全な決済方法

売買代金の決済においては、買主から売主へ直接支払うのではなく、第三者(弁護士、公証人、銀行など)が管理する信託口座(エスクローサービス)を利用することが一般的です。この方式により、所有権の登記が完了するまで代金が安全に保全され、売買当事者の双方が安心して取引を進めることが可能となります。 

外国人によるチェコの不動産所有と法人活用

外国人による不動産所有の法的制限と実態

チェコは、個人・法人を問わず、外国人による国内不動産の所有に原則として制限を設けていません。この自由な市場環境は、外国からの投資を促進する大きな要因となっています。しかし、特定の重要インフラや軍事関連企業への外国投資は、外国人直接投資法(FDI Act)に基づく事前審査の対象となる可能性があります。

法人を通じた間接所有の利点

チェコでは、地籍簿が所有者情報を公開しているため、個人の身元を公的に秘匿する目的で有限責任会社(s.r.o.)株式会社(a.s.)を設立し、法人名義で不動産を所有するケースが一般的です。この法人を通じた所有は、プライバシー保護だけでなく、税務面でも複数の重要な利点をもたらします。 

まず、賃料収入に対する税率は、個人(15%または23%の累進課税)法人(21%の法人税)で異なりますが 、どちらの場合も、減価償却費や金利、維持管理費などの費用を課税所得から控除することが可能です。

さらに、将来的な不動産売却を視野に入れた場合、法人所有は特に有効な戦略となり得ます。不動産そのものを売却した場合、個人には累進課税が適用されますが 、不動産を保有する法人の株式を譲渡した場合、税負担を大幅に軽減できる可能性があります。個人が非事業用資産として3年以上保有した株式の売却益は、原則として非課税となりますが、2025年からは年間4,000万チェココルナを超える部分に課税されるという変更が導入されました。一方、法人の場合は、EU親子会社指令の要件(親会社が子会社の株式を1年以上、10%以上保有するなど)を満たせば、譲渡益が非課税となる可能性が高くなります。このように、法人による不動産所有は、プライバシー保護に加え、特に将来的な売却時の税負担を戦略的に管理できるという重要な利点を提供します。 

以下に、個人所有と法人所有における主要税率の比較を整理します。

個人による所有法人による所有
不動産賃料収入への税率15% / 23%(累進課税)21%(法人税)
不動産譲渡益への税率15% / 23%(累進課税)21%(法人税)
株式譲渡益への税率原則非課税EU親子会社指令等の要件により非課税
配当金への源泉徴収税率該当なし15%(条約により減免あり)

まとめ

チェコにおける不動産取引は、安定した法的環境の中で行われますが、日本の法制度とは異なる重要な特性を理解する必要があります。特に、所有権が地籍簿への「vklad」によって初めて効力を生じる「創設的効力」、そして地籍簿の記載を信頼した買主を保護する「信善の原則」は、日本の皆様が最も留意すべき点です。また、不動産の所有者が個人の場合と法人の場合で、将来的な売却時の税負担に大きな違いがあるという税務上の考慮も、取引の成功を左右する重要な要素です。 

最高裁判所の判例が示すように、地籍簿の記載に問題があった場合の是正は複雑な手続きを要します。こうした法的リスクを回避するためには、チェコ国内の法制度と実務に精通した専門家のサポートが不可欠です。モノリス法律事務所は、デュー・デリジェンスの実施から、最適な法的・税務的ストラクチャーの構築、売買契約書の作成支援に至るまで、貴社のチェコにおける不動産投資をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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