弁護士法人 モノリス法律事務所03-6262-3248平日10:00-18:00(年末年始を除く)

法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

イタリア共和国の会社法が定めるコーポレートガバナンスの全体像

イタリア共和国の会社法が定めるコーポレートガバナンスの全体像

イタリアで事業を展開する日本企業の経営者や法務担当者にとって、現地のコーポレートガバナンスと役員に課される法的義務を深く理解することは、事業成功の鍵となります。イタリア法は、事業活動の自由を尊重しつつも、役員に対して極めて厳格な注意義務を課し、その義務違反に対する責任追及においては、独自の厳しい基準を適用します。予期せぬ法的リスクを回避し、持続的な成長を実現するためには、日本の法制度との重要な違いを正確に把握し、適切な経営体制を構築することが不可欠です。

本稿では、イタリアの主要な法的枠組みとガバナンスモデルを解説し、特に日本の法制度とは異なる、取締役の注意義務、責任、そして「経営判断の原則」の適用基準について詳述します。

イタリアのコーポレートガバナンスの法的基盤と3つのモデル

イタリアの株式会社(S.p.A.)のコーポレートガバナンスは、主にイタリア民法典(Codice Civile)会社法関連規定(Articoli 2380-2409 c.c.)に法的基盤を置いています。上場企業には、統合金融法(Testo Unico della Finanza)などの特別法 や、ボルサ・イタリアーナ(Borsa Italiana)が発行する「コーポレートガバナンス・コード」が追加の規制として適用されます。後者は「Comply or Explain」(遵守せよ、さもなくば説明せよ)という原則を採用し、企業の柔軟な対応を促しています。

イタリア法は、企業がその規模や事業特性に応じて、以下の3つのガバナンスモデルの中から機関設計を選択できる柔軟性を提供しています。

  • 伝統的モデル(Sistema tradizionale):経営を担う「取締役会」(Consiglio di amministrazione)と、それを監督する「法定監査役会」(Collegio sindacale)が明確に分離しているモデルです。日本の株式会社の一般的な機関設計に最も類似しています。
  • 二元モデル(Sistema dualistico):ドイツ法を参考に、経営を担う「管理委員会」(Consiglio di gestione)と、それを監督する「監督委員会」(Consiglio di sorveglianza)に権限が分かれています。
  • 一元モデル(Sistema monistico):英米法を参考に、単一の「取締役会」(Consiglio di amministrazione)の内部に、監督機能を担う「管理監督委員会」(Comitato per il controllo sulla gestione)を設置するモデルです。

これらのモデルは機関の構成こそ異なりますが、取締役が負うべき注意義務や責任、そして監督機関が果たすべき役割といった本質的な原則は共通しています。

モデル名機関構成経営・監督機能の分離日本法との比較
伝統的モデル取締役会、監査役会明確に分離最も類似している
二元モデル管理委員会、監督委員会最も明確に分離日本法には存在しない
一元モデル取締役会(内部に管理監督委員会)取締役会内部で分離監査等委員会設置会社に類似

イタリアの取締役に課される厳格な「プロフェッショナルの注意義務」

イタリアの取締役に課される厳格な「プロフェッショナルの注意義務」

取締役の注意義務

イタリア民法典第2392条は、取締役の注意義務を明確に規定しています。同条第1項は、「取締役は、職務の性質と個々の専門的能力に見合った注意義務をもって、法令および定款により課された職務を遂行しなければならない」と定めています。これは、伝統的モデル、二元モデル、一元モデルのいずれにおいても、その根幹をなす原則として妥当するものです。

この基準は、日本の民法が定める「善良な管理者の注意義務」(善管注意義務)よりも厳格です。日本の基準が一般的な社会人の平均的な注意義務を要求するのに対し、イタリア法は取締役を「専門家」と位置づけ、その専門性に応じたより高度な「プロフェッショナルの注意義務」(Diligenza professionale)を課しています。これは、取締役が単に善良であるだけでなく、情報に基づいた合理的な意思決定を行う専門家としての役割を強く期待されていることを意味します。この厳格な基準は、ミラノ裁判所が2011年に、取締役の責任は「経営全体の結果」ではなく「個々の行動」の注意義務に基づいて評価されるべきであると判断した判例からも見て取れます。

責任追及における立証責任の転換

取締役がこの義務に違反し、会社に損害を与えた場合、会社に対して連帯責任を負います。ここで日本法と大きく異なるのは、責任追及における立証責任の所在です。  

イタリア法において、取締役の責任は契約上の責任と解釈されます。そのため、会社(または会社を代表する者)は、取締役の義務違反と損害の因果関係を証明すれば足り、取締役は自らに過失がないことを証明しなければ責任を免れません。これは、取締役により重い立証責任を課すものです。  

日本法における「経営判断の原則」の下では、取締役の過失を会社側が立証するのが原則であるのに対し、イタリア法ではその負担が転換される側面があります。したがって、イタリアで取締役を務める者は、意思決定の過程で十分な情報を収集・分析し、そのプロセスを適切に文書化しておくことが、自らの責任を免れるために極めて重要となります。

この厳格な「プロフェッショナルの注意義務」と、それを免れるための厳しい立証責任の転換は、取締役の行動を萎縮させる可能性があります。このリスクを軽減するために、「経営判断の原則」(Business Judgment Rule)が裁判実務で発達したという経緯があります。BJRは、取締役が健全なリスクテイクを行えるよう、法的・実務的バランスを取るための重要な概念であると言えるでしょう。

項目日本法イタリア法
注意義務の基準善良な管理者の注意義務(一般的な注意基準)プロフェッショナルの注意義務(専門家としての高度な注意基準)
責任の法的性質不法行為責任(判例上)契約上の責任
立証責任の所在会社(原告)が取締役の過失を証明するのが原則会社が義務違反と損害の因果関係を証明すれば、取締役(被告)が無過失を証明しなければならない

イタリアにおける「経営判断の原則」と意思決定プロセスの重要性

原則の趣旨と保護の範囲

イタリアの法体系でも、取締役の経営判断そのものについては、「経営判断の原則」(Business Judgment Rule、以下「BJR」)が認められています。この原則は、取締役が善意で、十分な情報に基づき、会社の最善の利益を追求するために行った判断については、たとえ結果が思わしくなかったとしても、その判断の「内容」を裁判所が事後的に審査し、責任を追及しないというものです。この原則は、取締役が不確実な事業活動において、萎縮することなくリスクを取ることを奨励するために存在します。これも、伝統的モデル、二元モデル、一元モデルのいずれにおいても、その根幹をなす原則として妥当するものです。

ただし、BJRは万能の盾ではありません。イタリアの裁判所は、経営判断そのものの当否ではなく、その判断に至る「意思決定プロセス」が不合理であったか否かを厳しく審査します。特に、意思決定プロセスに不備があった場合や、判断が明らかに不合理であると判断された場合には、BJRの保護は適用されません。  

この原則は、以下に示すように、近年の判例によってその境界線がより明確になっています。

ローマ裁判所2020年判例(Tribunale di Roma, 8 aprile 2020)

経営判断の原則は、会社の組織体制の適切性に関する決定にも適用されることを認めつつ、その判断が「合理的」でなければならないとしました。これは、経営判断の対象が多岐にわたる一方で、その判断プロセスに合理性が求められるという、BJRの厳格な適用姿勢を示唆しています。  

カッサツィオーネ(最高裁判所)2024年判例(n. 10742/2024)

経営判断の不可審性は「合理性の原則」によって乗り越えられない限界を持つと判断し、BJRが取締役の責任を完全に免除するものではないことを強調しました。この判例は、経営判断が以下の3つの要件を満たしているかを評価する「合理性テスト」を適用することを示しました。

  1. Ex-ante評価:決定は、その判断が下された時点の状況に基づいて評価されるべきであり、後になって判明した結果から判断してはならない。
  2. 意思決定プロセス:取締役が適切な情報を収集し、必要に応じて専門家に相談し、代替案を評価し、そのプロセスを文書化していたか。
  3. 比例性:決定が会社の規模、経済状況、予見可能なリスクおよび潜在的な利益に対して比例していたか。

アリタリア航空事件(Tribunale di Roma n. 16839/2015)

この事例は、裁判所が経営判断そのもの(事業の失敗)は不問に付した一方で、CEOの報酬に関する条項を承認した取締役については「最小限かつ基本的な予防措置と注意義務を完全に欠いていた」(total deprivation of precautions and diligence)として責任を認定しました。これは、経営判断の「内容」が問題視されたのではなく、その判断に至る「プロセス」のずさんさが厳しく問われた典型的な例です。

判例の示す教訓

これらの判例から、イタリア法におけるBJRの核心が明確に見て取れます。それは、BJRが「プロセス」を無視して「結果」だけを不問にするルールではないということです。この理解は、イタリアでの取締役の法的リスクを管理する上で最も重要な点の一つです。この厳格なプロセス審査をクリアするためには、意思決定プロセスを適切に「文書化」することが決定的に重要となります。取締役会での議論内容、収集した情報、専門家からの意見、検討した代替案、そして最終的な判断理由を議事録に詳細に記録しておくことは、法的責任を回避するための有効な手段となります。  

イタリアの会社の健全性を支える監督機関:監査役会と会計監査人

イタリアの会社の健全性を支える監督機関:監査役会と会計監査人

監査役会(Collegio Sindacale)の役割

イタリアのS.p.A.は、原則として監査役会(Collegio Sindacale)を設置することが義務付けられています(伝統的モデルの場合)。監査役会の主な役割は、取締役が法令および定款を遵守しているかを監視すること、そして会社の組織・会計体制が適切に機能しているかを監督することです。この機関は、取締役の経営判断そのものには干渉しないものの、その経営が法規や定款に沿って行われているかをチェックします。特に、取締役の決定プロセスが「合理的な根拠に基づいているか」や、会社の資金繰りや負債の程度が事業活動に見合っているかといった点も監督範囲に含まれます。

会計監査人(Revisore Legale)の役割と連携

会計監査人(Revisore Legale)は、会社の会計記録を検証し、財務諸表が真実かつ公正に表示されているかを確認する責任を負う外部の専門家です。会計監査人の役割は、単に書類の形式的なチェックに留まらず、会社の管理会計システムや内部統制の適切性も評価します。この機能は、  

d.lgs. 39/2010という法令によって定められており、独立性と客観性が厳しく要求されます。

監査役会と会計監査人の連携

イタリア法は、監査役会と会計監査人の間の連携を制度的に義務付けています。イタリア民法典第2409条septiesは、両者がその職務を適切に遂行するために、関連する情報を遅滞なく交換しなければならないと定めています。この義務により、監査役会は会計監査人から監査計画や定期的なチェックの結果、監査過程で発見された不適切な事実などについて情報提供を受けることができます。また、監査役会も会計監査人に、自らの監督業務で発見した不正や異常な行動に関する情報を共有します。

両機関が情報共有を怠った場合、それぞれの責任が追及される可能性があることから、この義務は、監督機関間の健全な緊張関係と協力を同時に促すことで、会社の健全な運営を保つための重要な法的メカニズムとして機能しています。

  • 憲法裁判所2024年判例(Corte Costituzionale n. 115/2024):この判例は、監査役に対する責任追及の時効が、損害が外部の第三者や株主にとって「認識可能」になった時点から始まることを明確にしました。これは、監督機関の不作為による責任追及において、責任を追及する側が時効を意識すべき重要な判断基準となります。  
  • 最高裁判所(刑事)2024年判例(Corte di Cassazione penale n. 1162/24):監査役や会計監査人が、会社の財政破綻の明白な兆候に直面しながらも「不作為」であった場合の刑事責任について言及しています。この判例は、単なる民事責任に留まらず、監督機関の積極的な行動義務が刑事法上も厳格に問われる可能性があることを示しています。  

まとめ

日本企業がイタリアで事業を展開する上で、そのコーポレートガバナンスの法的な枠組みを深く理解することは成功への鍵となります。イタリアの取締役は、一般的な「善良な管理者」の基準を超える「プロフェッショナルな注意義務」を課され、その義務違反に対する責任追及においては、厳格な立証責任の転換が伴います。

この法的厳格性は、一見すると事業の足枷のように見えるかもしれません。しかし、適切な意思決定プロセスを尊重し、それを文書化することで、取締役は「経営判断の原則」の保護を享受し、萎縮することなく事業のリスクテイクに臨むことが可能となります。特に、日本法との違いとして、イタリアの裁判所が経営判断の「結果」ではなく、その「プロセス」の適正性を厳しく審査する点は、貴社の経営者や法務部員様にとって最も重要な知見となるでしょう。十分な情報収集、専門家との連携、そして意思決定の経緯を詳細に記録する実務慣行は、法的リスクを管理する上で不可欠です。

モノリス法律事務所は、イタリアの企業法務に関する深い専門知識と豊富な実務経験に基づき、貴社がイタリア市場で直面する可能性のあるあらゆる法的課題に対し、適切なアドバイスと戦略的サポートを提供します。イタリアにおける事業体の設立から、機関設計の選択、役員の法的義務に関するコンサルティング、そして万が一の法的紛争に備えたリスク管理体制の構築まで、一貫したサポートが可能です。イタリアの企業統治に関するご質問やご相談がございましたら、どうぞお気軽に当事務所までお問い合わせください。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

シェアする:

TOPへ戻る