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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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ジョージアの法体系と司法制度を弁護士が解説

ジョージアの法体系と司法制度を弁護士が解説

ジョージアは、古くからの文化的・歴史的伝統と、現代の民主化および欧州連合(EU)統合という大きな目標が交錯する中で、独自の法制度を発展させてきました。同国の法体系は、日本と同じ大陸法系(Civil Law System、成文法主義)に属しており、法律、規則、行政行為が厳格な階層構造に基づいて適用されます。この大陸法の基盤は、日本の法務部員や経営者にとって理解しやすい構造と言えます。

司法制度は、第一審、控訴審、最終審(最高裁判所)からなる三審制を基本としています。しかし、近年のジョージアは、EU加盟候補国として民主的な制度改革を求められている一方で、国内政治的な緊張により、その改革が停滞している状況が見られます。

特に、最近成立した「外国の影響力の透明性に関する法律」(通称:「外国の代理人」法)は、外国企業が同国での事業展開において、予期せぬコンプライアンス負荷と、情報公開に伴う政治的なリスクをもたらしています。また、司法の独立性に関して国際社会から継続的に懸念が示されており、大規模な商事紛争の予見性に影響を与える可能性があります。

ジョージアでのビジネス展開を検討するにあたっては、大陸法という共通基盤を理解するだけでなく、これらの現代的なリスク要因、特に司法の現状と最新の規制環境に対する深い理解が不可欠です。本記事では、ジョージアの法体系の基礎から、日本企業が直面し得る重大な相違点とリスクについて詳細に解説します。

ジョージアの法体系の基盤と法源の明確な階層性

成文法主義の原則と法源の厳格な適用順位

ジョージアの法体系は、大陸法系の中心的な特徴である成文法主義を採用しています。これは、法源が議会によって制定された法令を中心とし、憲法が最高規範として全ての法体系の頂点に位置づけられる構造であり、日本法と根本的な共通性を持ちます。

ジョージアの私法の分野において、その適用順位は民法典に明確に規定されています。まず、民法典、その他の私法行為、およびそれらの解釈は、ジョージア憲法に適合しなければなりません。憲法は、自由な政府の原則を永続させ、全ての国民に正義を保障するために制定されています。

法規範が同等のランクで衝突する場合の適用原則についても規定されており、特別法が一般法に優先し、最新の法律が古い法律に優先するという原則が明確に示されています(民法典第2条第2項)。この特別法優先、最新法優先の原則は、日本における法適用原則と概ね類似しています。

特に注目すべきは、下位の規範的行為(行政規則など)の適用に対する制限です。これらの下位規範は、法律の規範を補完する目的でのみ適用が許容されており、もしそのような行為が法律に反する場合には、法律が優先されることが規定されています(民法典第2条第3項)。また、慣習法は、普遍的に受け入れられた正義、道徳、または公の秩序に反しない場合にのみ適用されます(民法典第2条第4項)。

さらに、ジョージアの民法典は、法律に明示的な規定がない関係(法の隙間)をどのように埋めるべきかについて、裁判官の役割を明確にしています。民法典第5条では、まず最も類似した状況を規定する法規範(法の類推)を適用することが義務付けられています。そして、法の類推が使用できない場合に限り、正義の一般原則、公平性の要件、善意(good faith)、および道徳といった抽象的な原則(法の正義の類推)に基づいて関係を規制すると定められています。この規定から、法律がまだ未整備な新しいビジネスモデルや技術に関連する紛争においては、裁判官が形式的な契約内容だけでなく、取引の合理性や衡平の原則に基づいて広範な裁量権を行使する可能性があることが読み取れます。

判例の特殊な地位:日本法よりも強い解釈の拘束力

大陸法系であるジョージアでは、伝統的に判例は公式な法源とはみなされていません。しかし、この点に関して、ジョージア法は日本の法体系とは一線を画す、実質的にコモン・ロー(判例法主義)に近い要素を成文法の中で導入しています。

ジョージアの最高裁判所(Supreme Court of Georgia)は、国の最終審としての役割を担い、法の解釈を統一し、法の発展を促進する重要な機能を果たしています。そして、2010年の法改正によって、最高裁判所大法廷が示す法規範の解釈(Legal Interpretations)は、全ての一般裁判所(下級審)に対して法的に拘束力を持つことが明確に規定されました。

日本の最高裁判所の判例は、下級審に対して事実上の拘束力を持つものの、法的な拘束力(stare decisis)は持たないと解釈されます。これに対し、ジョージアでは大法廷の解釈が「法的に拘束する」と明文化されているため、法解釈の統一性と安定性がより強力に強調されていることが分かります。特定の法分野について最高裁判所大法廷による解釈が存在する場合、日本企業はその解釈を法律の条文と同等、あるいはそれ以上に重い規範として捉え、コンプライアンスおよび法務戦略を構築する必要があります。

ジョージア司法制度の構造:三審制と深刻化する司法独立性の問題

ジョージア司法制度の構造:三審制と深刻化する司法独立性の問題

一般裁判所の階層と憲法裁判所の独立性

ジョージアの一般裁判所システムは、第一審、控訴審、最終審の三階層で構成されています。

  1. 第一審裁判所(District and City Courts):地区裁判所および市裁判所がこれにあたり、民事および刑事の幅広い事件に対する第一審の管轄権を持ちます。特定の裁判所では、破産(Insolvency)事件などを扱う専門裁判官が割り当てられることもあります。
  2. 控訴裁判所(Appellate Courts):トビリシとクタイシの二箇所に設置されており、第一審からの上訴を審査します。
  3. 最高裁判所(Supreme Court):唯一のカセーション(破棄)裁判所であり、法の最終的な適用と解釈を担います。

この一般裁判所システムとは独立して、憲法裁判所(Constitutional Court)が設けられています。憲法裁判所は、法律や国際条約の合憲性を審査するほか、公的機関間の憲法上の紛争を解決し、人権を保護する役割を持ちます。憲法裁判所の判決は最終的なものです。

裁判官の選任と司法独立性への国際的な懸念

ジョージアの司法制度において、日本企業が最も注意を払うべき点は、その理論上の独立性と実態との間のギャップです。

ジョージアはEU加盟を目指し、司法改革を推進するよう求められていますが、国際社会から司法の独立性に関する深刻な懸念が繰り返し表明されています。米国務省や国際的な市民社会組織(CSO)からの報告によれば、政治的な動機に基づくと広く見なされる捜査や訴追の報告があり、司法の独立性に重大な問題が存在することが指摘されています。

最高裁判所の裁判官は、高等司法評議会(High Council of Justice:HCoJ)によって指名され、議会によって選出されます。このHCoJは、裁判官のみで構成される事実上の司法運営主体ですが、その運用における透明性の欠如が問題視されています。

特に、2021年の一般裁判所組織法改正により、HCoJに司法運営や裁判官の不正行為に関する手続きにおいて、さらなる支配権が与えられました。この改正は国際的な司法基準から逸脱していると見なされており、司法の独立性を損なう措置として挙げられています。最も懸念されるのは、HCoJが裁判官の同意なしに、最大4年間、専門分野や現在の役職、場所に関係なく、国内の任意の裁判所へ異動させることが可能になった点です。これは、裁判官に対し、特定の事件での判断を巡って政治的な圧力をかける手段として機能する可能性があり、大規模な商事紛争や政治的な側面を持つ訴訟において、外国企業が公正で予見可能な判断を得るための環境を悪化させる要因となります。

このようなHCoJによる権力の集中は、特定の大規模訴訟において、裁判官が独立した判断を下すことへの圧力を高め、結果的に外国企業対国内企業や政府機関の紛争において、外国企業が不利な状況に置かれるリスクを増大させることにつながります。したがって、ジョージアでの事業展開における法的安定性を確保するためには、国内司法システムへの依存度を抑えるための、第三国での仲裁や準拠法指定といった戦略的なリスクヘッジが不可欠となります。

欧州人権裁判所による是正作用の事例

ジョージアの司法判断の公正性を担保する一つの外部的なメカニズムとして、欧州人権裁判所(ECHR)の存在があります。

ジョージアは欧州評議会の加盟国であり、ECHRの管轄下にあります。2025年2月21日のBakradze v. Georgia事件の判決では、裁判官の任命手続きにおける差別に関する申立てが扱われました。ECHRは、ジョージアの国内裁判所が、高等司法評議会(HCoJ)の決定における恣意性の疑いを払拭するためにHCoJ側に立証責任を転嫁させる義務を果たさなかったことが、申請者の権利(欧州人権条約第14条など)を侵害したと認定しました。

この事例は、ジョージア国内の司法手続きが適切に機能しなかった場合でも、国際的な枠組みが司法判断の恣意性を是正する外部的な監視・是正メカニズムとして機能することを示しています。外国企業が国内で不当な判決や手続き上の不利益を被った場合、国内での救済手段を尽くした後、ECHRのような国際機関に訴える道が法務戦略上の重要な選択肢となり得ます。

ジョージアにおける事業展開の重要論点:会社法制と現代的な規制リスク

会社法(企業家法)における有限責任原則と濫用責任

ジョージアにおける主要な事業体は、日本の株式会社に相当するジョイント・ストック・カンパニー(JSC)や、合同会社に近いリミテッド・ライアビリティ・カンパニー(LLC)です。これらの法人のパートナーや株主は、原則として会社の債務に対して責任を負いません。

この点において、ジョージアの企業家法(Law on Entrepreneurs)には、日本法と比較して特に留意すべき規定があります。日本の会社法における法人格否認の法理は判例法理によって確立されていますが、ジョージアの企業家法では、パートナー/株主が責任の制限という法的形態を濫用した場合、会社の債権者に対して個人的に責任を負うことが法律に明文化されています。

この「濫用責任」の明確な法典化は、外資系企業がジョージア現地子会社を通じて不適切な資金移転や取引を行った場合、日本の親会社やその役員に対する責任追及が、日本国内の法人格否認の要件と比較して、より容易になるリスクを内包している可能性があります。

また、外国企業がジョージア国内で事業を行う場合、例えば支店(Branch of a foreign enterprise)を設置する際には、ジョージアの法令に基づき、起業家登録簿に登録され、識別番号を付与されなければなりません。

「外国の代理人」法:日本企業が直面するコンプライアンス負荷と政治的リスク

ジョージアにおける事業展開を検討する際、最も最新かつ重大な規制リスクは、2024年に成立した「外国の影響力の透明性に関する法律」(Law on Transparency of Foreign Influence)です。この法律は、外国の権力から資金提供を受けた組織に対し、登録と財務申告を義務付け、その情報を一般に公開することを目的としています。

この法律が日本企業に与える影響は、その「外国の権力」の定義の広範さに起因します。本法第3条によると、「外国の権力」には以下の主体が含まれます。

  • ジョージア市民ではない自然人
  • ジョージアの法令に基づいて設立されていない法人

この定義により、日本の親会社や投資法人は「ジョージアの法令に基づいて設立されていない法人」であるため、自動的に「外国の権力」に該当することになります。

したがって、日本企業がジョージアに設立した現地法人が、「外国の権力」である親会社や他の外国法人から受け取った「非商業的な収入」が、年間総収入の20%を超えた場合、その現地法人は「外国の代理人の利益を代表する組織」として登録を義務付けられるリスクが生じます。

「外国の代理人」として登録された組織は、翌年の1月に指定のウェブサイトで電子的に財務申告を行う義務を負います(第4条、第6条)。この申告情報には、外国の権力から受け取った金銭等の出所、金額、目的に関する情報が含まれ、これらの情報は直ちに政府のウェブサイトで一般公開されます。

この規制は、外国投資を阻害し、現地のビジネスの容易さを深刻に妨げるという懸念が国際社会から示されています。EU・ジョージアビジネス気候レポート(2024年)でも、EU加盟プロセスの停滞を含む政治的不安定性が、ジョージアで事業を行う企業にとっての最大の課題であると認識されており、この法律がその不安定性を増幅させていると言えます。

日本の経営層および法務部門は、この法律が現地法人にもたらすコンプライアンス負荷、情報の政治的な露出リスク、および事業環境の予見性の低下を、特に重大なカントリーリスクとして認識する必要があります。

この法律の全文(英語)は、国際労働機関(ILO)の公式ウェブサイトで確認することができます。
https://natlex.ilo.org/dyn/natlex2/natlex2/files/download/117823/GEO-117823(EN).pdf

まとめ

ジョージアの法体系は、日本と同じ大陸法の伝統を基盤としており、憲法を最高規範とする成文法の階層構造を持っています。特に、最高裁判所大法廷による法解釈が下級審に対して法的な拘束力を持つ点など、日本法とは異なる判例の強い地位も確認されています。

しかし、ジョージアでの事業展開を検討する日本企業にとって、最も重要な検討事項は、法の形式的な安定性よりも、現代の政治的・司法的な予見性の課題です。高等司法評議会(HCoJ)への権力集中に見られるように、司法の独立性が継続的に国際的な懸念として指摘されており、複雑な商事紛争の解決において、予期せぬリスクが生じる可能性があります。

さらに、最近成立した「外国の影響力の透明性に関する法律」は、日本の親会社を持つ現地法人に対し、広範な「外国の権力」の定義を通じて、コンプライアンス上の大きな負荷と、外国からの資金使途に関する情報の一般公開という政治的な露出リスクを課しています。

これらの要因を総合的に考慮すると、ジョージアは高い成長可能性を秘める一方で、法的・政治的な不安定性に対する高度なリスク管理を要求する国と言えます。モノリス法律事務所は、ジョージアの法体系に固有の専門的な知見と、最新の規制動向に関する深い洞察に基づき、貴社が同国で事業を安全かつコンプライアンスを確保して展開できるよう、戦略的なサポートを提供いたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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