ポーランドの消費者保護法を弁護士が解説

欧州連合(EU)の加盟国であり、中東欧最大の経済規模を誇るポーランド共和国(以下、ポーランド)は、多くの日本企業にとって欧州市場進出の重要な拠点となっています。しかし、同国におけるビジネス展開、特にB2C(対消費者)ビジネスやEコマース事業を検討する際、最も慎重な対応が求められるのが「消費者保護法制」です。ポーランドの消費者保護法制は、EU法との調和(ハーモナイゼーション)を基盤としつつも、国内独自の法文化に基づき、事業者に対して極めて厳格なコンプライアンスを要求する体系となっています。
その特徴は、単なる情報の開示義務にとどまらず、消費者を構造的な「弱者」と位置づけ、事業者に対して契約の正当性や広告表示の真実性を証明する「立証責任」を課している点にあります。また、強力な調査権限と制裁権限を持つ監督機関「競争・消費者保護庁(UOKiK)」が存在し、世界的な巨大IT企業に対しても、プライバシーポリシーの運用やユーザーインターフェース(UI)の設計に関して積極的な介入を行っていることは、国際的にも注目されています。
本記事では、ポーランドへの進出を検討されている日本の経営者や法務担当者の皆様に向け、現地の消費者保護法制の全体像から、遠隔取引におけるクーリングオフ、不公正商慣行への対策、デジタル市場における最新規制、そして実務上の最大のリスク要因となるUOKiKによる執行事例に至るまで、網羅的かつ詳細に解説します。
この記事の目次
ポーランド消費者保護法の法的構造とEU法との関係
ポーランドの消費者保護法制を理解するためには、まずその法源が重層的であることを認識する必要があります。ポーランドは2004年のEU加盟以降、国内法をEU指令(Directive)および規則(Regulation)に適合させる形で整備してきました。しかし、それは単なるEU法のコピーではなく、1964年に制定された「民法典(Kodeks cywilny)」の伝統と融合した独自の体系を形成しています。
主要な法源としては、消費者契約における瑕疵担保責任や不当条項の無効に関する一般原則を定める民法典に加え、EU消費者権利指令を完全実施した「消費者権利法(Ustawa o prawach konsumenta)」、および独占禁止法と消費者保護法を統合した「競争・消費者保護法(Ustawa o ochronie konkurencji i konsumentów)」が挙げられます。特に消費者権利法は、Eコマースなどの遠隔契約における情報提供義務や契約撤回権について詳細に規定しており、実務上最も参照頻度の高い法律です。
日本法との構造的な比較において特徴的なのは、ポーランド法(およびEU法)の規定が非常に具体的である点です。日本の消費者契約法や特定商取引法が包括的な規定を設け、細部をガイドラインに委ねる傾向があるのに対し、ポーランド法は「注文ボタンに記載すべき文言」や「フォントの大きさ」に至るまで法律で定めています。したがって、日本企業が現地のECサイトを構築する際は、日本の仕様をそのまま翻訳するのではなく、現地の法定要件に合わせた厳密なローカライズが必要となります。
日本法とポーランド法の構造比較
| 特徴 | ポーランド法(EU法準拠) | 日本法 |
| 法の形式 | 消費者権利法等の特別法と民法典が融合し、EU指令を国内法化 | 消費者契約法、特定商取引法、景品表示法などに分散 |
| 規制の深度 | 細かいルール(ボタンの文言等)まで法定化され、違反は即座に制裁対象となる | 包括的な規定が多く、細部はガイドラインや自主規制に委ねられる傾向 |
| 執行主体 | 競争・消費者保護庁(UOKiK)が独占禁止と消費者保護を一元管理し、強力な権限を持つ | 公正取引委員会(景表法等)と消費者庁が分担。適格消費者団体による差止請求も重要 |
ポーランドにおける消費者および準消費者の定義と適用範囲

ビジネスを行う上で最初に行うべき法的判断は、取引相手が「消費者」に該当するか否かの判定です。ポーランドでは2021年の法改正により、この境界線が大きく変化しました。本来、消費者とは「事業活動または職業活動に直接関連しない法律行為を事業者と行う自然人」と定義されています(民法典第22条1項)。これは日本の消費者契約法における定義とほぼ同義です。
しかし、日本企業が特に留意すべき点は、2021年1月1日から施行された改正により、一定の要件を満たす個人事業主(Sole Trader / Jednoosobowa działalność gospodarcza)に対しても、消費者保護規定の一部が適用されるようになったことです。これを実務上「準消費者」と呼びます。具体的には、個人事業主が事業者と契約を締結する場合であっても、その契約が自身の事業活動には関連するものの、「職業的な性質(professional nature)」を持たない場合には、消費者と同様の保護を受けます。
例えば、家具職人(個人事業主)が業務用の木材切断機を購入する場合は「職業的な性質」があるためB2B取引となりますが、同じ家具職人が工房で使用するコーヒーメーカーを購入する場合は、家具製造という専門的スキルとは無関係であるため、消費者保護法が適用されます。日本の特定商取引法では、契約当事者が事業者(個人事業主含む)である場合、原則としてクーリングオフ等は適用除外となります。しかしポーランドでは、相手が個人事業主であっても、購入品目によっては14日間の無条件返品権を行使される可能性があるため、ECサイトの購入フローにおいて相手方の法的地位を確認する仕組みが不可欠です。
ポーランドび遠隔取引におけるクーリングオフ制度
ポーランドにおけるEコマースや電話勧誘販売などの「遠隔契約」において、消費者の権利保護の中核を成すのが「契約からの撤回権(Prawo do odstąpienia od umowy)」、いわゆるクーリングオフ制度です。消費者権利法第27条に基づき、消費者は商品を受け取った日から14日以内であれば、理由を告げることなく契約を撤回することができます。
日本の通信販売には法的なクーリングオフ権が存在せず、返品特約の表示に従うのが原則ですが、ポーランドではこの権利は強行法規であり、事業者が特約で排除することはできません。消費者が撤回権を行使した場合、事業者は通知を受けてから14日以内に、商品代金および最初の配送料(事業者が提示した最も安価な配送方法の料金相当額)を含む全額を返金する義務があります。返品にかかる送料については、原則として消費者が負担しますが、事業者が「返品送料も負担する」と明示した場合、あるいは「消費者が返品送料を負担しなければならない」という事実を事前に告知しなかった場合は、事業者が負担しなければなりません。
さらに重要なリスクとして、情報提供義務違反時のペナルティがあります。事業者が契約締結前に、消費者に対して撤回権の存在や行使条件について明確な情報を提供しなかった場合、撤回権の行使期間は本来の14日間から、契約締結後12ヶ月間に延長されます(同法第29条)。つまり、適切な表示を怠ると、販売から1年後に返品を求められ、拒否できないという事態が発生し得るのです。
ポーランドにおける不公正な商慣行と立証責任の転換
ポーランドの消費者保護法制において、日本法と決定的に異なる概念が「不公正な市場慣行(Unfair Market Practices)」に関する規制と、それに伴う「立証責任の転換」です。「不公正な市場慣行への対抗法」は、誤解を招く行為や攻撃的な販売手法を禁止していますが、日本企業にとって最も衝撃的なのは第13条の規定でしょう。
同条は、「ある市場慣行が誤解を招く不公正な慣行に該当しないことの立証責任は、当該不公正な市場慣行を用いたと訴えられた事業者が負う」と定めています。
通常の民事訴訟では「主張する者が立証する」のが原則ですが、ポーランドの消費者紛争においては、消費者が「この広告は誤解を招く」と主張すれば、事業者が「誤解を招くものではない」という事実を証明しなければなりません。日本で広告を展開する際も景品表示法などで根拠資料の保管が求められますが、ポーランドでは訴訟や行政手続きにおける立証責任そのものが転換されているため、すべての広告表現(「No.1」「最高品質」など)について、客観的な裏付け資料を事前に確保しておくことが法務上の絶対条件となります。もし事業者が証明できなければ、その商慣行は不公正と認定され、損害賠償や契約無効の対象となります。
ポーランドのデジタル市場規制とオムニバス指令

2023年1月1日より、EUの「オムニバス指令(Omnibus Directive)」を国内法化した改正法がポーランドで施行され、Eコマースにおける透明性要件が劇的に強化されました。その中でも特に影響が大きいのが価格表示に関する「30日ルール」です。
事業者が「セール」「割引」「値下げ」を表示する際には、現在の販売価格と併せて、「過去30日間における当該商品の最低価格」を表示することが義務付けられました。これは、セールの直前に価格を不当に引き上げ、そこから割引を行うことでお得感を演出する「二重価格表示」の一種を防止するためです。例えば、「ブラックフライデーセール 50%OFF」と表示する場合、その割引率の基準となる価格は、直近の定価ではなく、過去30日以内の最安値でなければなりません。違反した場合は、最大20,000ズウォティ(PLN)の過料、またはUOKiKによる売上高の最大10%の制裁金が科される可能性があります。
また、オンラインショップやプラットフォームが消費者のレビュー(口コミ)を表示する場合、そのレビューが「実際に商品を購入または使用した消費者によるものであること」を確認するための合理的措置を講じているか、およびその方法を開示する義務があります。偽のレビューの購入や、否定的なレビューのみを削除する行為は厳禁されており、システム的な検証プロセスの導入が求められます。
ポーランドにおける決済保護と強力な顧客認証(PSD2)
デジタル取引の増加に伴い、決済の安全性確保は消費者保護の最重要課題の一つとなっています。ポーランドでは、EUの「第2次決済サービス指令(PSD2)」に基づき、電子決済において「強力な顧客認証(SCA:Strong Customer Authentication)」が義務付けられています。
SCAとは、「知識(パスワード等)」「所持(スマホ等)」「生体情報(指紋等)」の3要素のうち、少なくとも2つを用いた多要素認証を指します。日本企業がポーランド向けのECサイトでクレジットカード決済を導入する場合、3Dセキュア2.0などのSCA対応プロトコルを実装していなければ、現地のカード発行会社によって取引が拒否されるリスクが高まります。
また、SCAの導入は不正利用発生時の責任(ライアビリティ)の所在にも影響を与えます。SCAを適切に実施した取引において不正が発生した場合、そのチャージバック(売上取消)の損失責任はカード発行会社に移転します(ライアビリティ・シフト)。逆に言えば、事業者がSCAを回避した場合、不正利用のリスクと損失はすべて事業者が負うことになります。
ポーランドの広告およびマーケティング規制
広告表現については、「不公正競争防止法」および「不公正な市場慣行への対抗法」に基づく厳格な規制が存在します。比較広告については、客観的に検証可能な特徴を比較する場合に限り適法とされますが、競合他社を中傷したり、誤解を招いたりする比較は禁止されています。
近年、UOKiKが特に監視を強化しているのがインフルエンサーマーケティングにおける「ステルスマーケティング(Kryptoreklama)」です。インフルエンサーが報酬を受け取って商品を紹介する場合、その投稿には「#Reklama(広告)」「#Współpraca(協力)」といった明確なタグ付けが必要です。単に「#Ad」とするだけでは不十分とされる場合もあり、消費者が一目で広告であると認識できる表示が求められます。違反した場合、インフルエンサーだけでなく、依頼した広告主(事業者)に対しても責任が追及されます。
ポーランドの監督機関:競争・消費者保護庁(UOKiK)とその権限

ポーランドの消費者保護において、最も意識すべき存在が監督官庁であるUOKiK(Urząd Ochrony Konkurencji i Konsumentów)です。UOKiK総裁は、独占禁止法の執行と消費者保護の執行を一元的に担っており、立入検査権やミステリーショッパーによる調査権など、極めて強力な権限を有しています。
UOKiKが「消費者の集団的利益を侵害した」と認定した場合、事業者に対して前会計年度の売上高の最大10%に相当する制裁金を科すことができます。これはグローバルな売上高が基準となる場合もあり、企業規模によっては甚大な経済的損失となります。さらに、違法行為を主導または放置した経営陣個人に対しても、最大200万PLNの制裁金を科す権限を持っています。
ポーランドにおける具体的な摘発事例
UOKiKの法執行がいかに厳格か、近年の主要な摘発事例を通じて解説します。これらの事例は、日本企業がデジタル市場で活動する際の重要な教訓となります。
米Apple社のプライバシーポリシーに関する調査
UOKiKは、米Apple社がiOSに導入した「App Tracking Transparency(ATT)」機能について、競争法および消費者保護の観点から調査を開始しました。ATTはアプリがユーザーを追跡する際に許可を求める機能ですが、UOKiKはこれが「プライバシー保護」を名目としつつ、実際にはApple自身の広告ビジネスを有利にする一方で、サードパーティの広告事業者を排除している可能性を問題視しています。また、表示が消費者に誤った印象を与えている(誤解を招く商慣行)可能性についても調査が進められています。これは、プラットフォーマーのポリシー変更が、直ちに当局の監視対象となることを示しています。
Amazonに対する制裁金(ダークパターン規制)
2024年3月、UOKiKはAmazon EU SARLに対し、約3,100万PLN(約12億円※レートによる)の制裁金を科しました。違反とされたのは、ウェブサイト上で「あと〇時間〇分以内に注文すれば明日お届け」というカウントダウンタイマーを表示していたにもかかわらず、実際には納期が保証されていなかった点や、注文ボタンを押した時点ではなく発送通知をもって契約成立とする規約の運用などが、「ダークパターン」を用いて消費者を誤認させたと判断されたためです。
この決定に関する公式なプレスリリースは、UOKiKの公式ウェブサイトで確認することができます。
Allegroに対する制裁金(不当条項)
2022年12月、ポーランド最大のECプラットフォームであるAllegroに対し、総額約2億1,000万PLN(当時のレートで約60億円以上)という巨額の制裁金が科されました。問題となったのは、有料会員サービス「Allegro Smart!」の利用規約において、事業者が一方的に条件を変更できる条項が含まれていたことです。UOKiKは、変更の理由を具体的かつ客観的に明記しない一方的な変更条項は不当条項(Abusive Clauses)であり無効であると断じました。
まとめ
ポーランドにおける消費者保護法制は、EU指令を基盤としつつも、国内法による独自の解釈と、UOKiKという極めて活動的な執行機関によって、世界でも有数の厳格な運用がなされています。特に「立証責任の転換」ルールは、日本法とは根本的に異なる法的リスクを事業者にもたらします。日本企業がポーランド市場で成功を収めるためには、以下の3点を遵守することが不可欠です。
- 立証責任への対応:広告や商品説明におけるすべての主張について、客観的な証拠資料を常に準備すること。
- デジタル・コンプライアンス:オムニバス指令に基づく価格表示(30日ルール)、レビュー検証、SCAの実装を行うこと。
- 規約のローカライズ:「準消費者」への対応や不当条項の排除を含め、ポーランド法に適合した規約を作成すること。
これらの規制への対応は、単なるコストではなく、権利意識の高いポーランドの消費者からの信頼を獲得するための投資でもあります。モノリス法律事務所では、現地の最新法令に基づいた契約書のドラフティング、Eコマースサイトの法的監査、およびUOKiK対応に関するサポートを行っております。EUおよびポーランド市場への進出に伴う法的課題について、ぜひお気軽にご相談ください。
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務

































