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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

IT・ベンチャーの企業法務

インドの会社設立および法人運営に関する包括的解説

日本企業がグローバルな成長戦略を描く上で、インド共和国(以下、インド)は、その巨大な人口市場と高い経済成長率により、不可欠な進出先としての地位を確立しています。しかし、インドにおけるビジネス展開、とりわけ現地法人の設立と運営は、日本とは根本的に異なる法体系(コモン・ロー)や、複雑かつ厳格なコンプライアンス要件により、予期せぬ法的リスクを伴うのが実情です。

近年、インド政府は「Ease of Doing Business(ビジネスのしやすさ)」を国家戦略として掲げ、会社設立プロセスのデジタル化を急速に推進してきました。特に、統合ウェブフォーム「SPICe+(スパイス・プラス)」の導入により、商号予約から法人登記、納税番号の取得に至る一連の手続きは、形式上、劇的に簡素化されています。しかし、この「手続きの簡素化」を「法的要件の緩和」と混同してはなりません。むしろ、デジタル化によって行政側の監視能力が向上したことで、居住取締役の設置義務や外国為替管理法(FEMA)に基づく報告義務、事業開始届(Commencement of Business)の提出といった実体的なコンプライアンス違反が、より厳格に摘発される傾向にあります。

本稿では、インドへの進出を検討する日本企業の経営者および法務担当者を対象に、最も一般的な進出形態である「非公開会社(Private Limited Company)」の設立プロセスを、最新の法令および判例に基づき詳説します。単なる手続きの解説にとどまらず、日本法との比較法的視点を用いながら、実務上の落とし穴となるポイントや、取締役の法的責任に関する最新の司法判断を網羅的に分析し、インドにおける強固な法的基盤構築のための指針を提供します。具体的には、デジタル化されたSPICe+フォームによる設立実務、日本とは対照的な居住取締役要件の厳格さ、資本金注入と事業開始届の厳密な順序、そして取締役個人に及びうる刑事責任の範囲について、2025年の最高裁判決を含む最新の法状況を交えて解説します。

インド法制度の基礎と日本法との構造的差異

インドの会社法制を理解する上で、まず認識すべきは、その法体系が日本のそれとは根本的に異なるという点です。日本の法体系がドイツ法の影響を強く受けた大陸法(Civil Law)系に属し、制定法(条文)の解釈を主軸とするのに対し、インドは英国法を基礎とするコモン・ロー(Common Law)系に属します。

コモン・ロー体系においては、国会が定めた制定法(Act)と同等、あるいはそれ以上に、裁判所の判決(Case Law)が法的拘束力を持つ法源となります。したがって、会社設立や運営の実務においては、2013年会社法(The Companies Act)の条文を確認するだけでは不十分であり、「類似の事案において裁判所がどのような判断を下したか」という先例(Precedent)の調査が不可欠です。条文上は曖昧な規定であっても、裁判所の解釈によって非常に厳格な運用がなされているケースが多々あるため、日本的な「条文に書いていないから問題ない」という発想は、インドでは重大なリスク要因となります。

現在のインドの会社法制の根幹を成すのは、「2013年会社法(The Companies Act)」です。これは、半世紀以上にわたり運用されてきた1956年会社法を全面的に改正したものであり、現代的なコーポレート・ガバナンスの強化、少数株主の保護、企業の社会的責任(CSR)の義務化などが盛り込まれています。特に日本企業が留意すべきは、2013年会社法が取締役の責任(Liability of Directors)を大幅に強化している点です。「不履行責任者(Officer in Default)」の概念が明確化され、コンプライアンス違反が発生した場合、実質的に経営に関与している取締役は、それが非常勤であったとしても、刑事責任を含む重い責任を負う可能性があります。

インドへの進出形態の選択と非公開会社の特性

日本企業がインドに拠点を設ける場合、駐在員事務所(Liaison Office)、支店(Branch Office)、プロジェクトオフィス(Project Office)、有限責任事業組合(LLP)、そして現地法人(Company)といった選択肢があります。その中でも、圧倒的多数の日本企業が選択するのが「非公開会社(Private Limited Company)」です。

非公開会社と公開会社の比較

公開会社(Public Limited Company)」という名称から、上場企業のようなイメージを持たれがちですが、インドにおける公開会社は、必ずしも上場企業を意味しません。しかし、コンプライアンス要件は非公開会社に比べて著しく厳格です。日本企業が100%子会社(またはそれに近い形態)として現地法人を設立する場合、意思決定の迅速性とコンプライアンスコストの観点から、あえて公開会社を選択するメリットは、将来的な現地での大規模資金調達や上場を具体的に視野に入れている場合を除き、限定的です。

以下の表は、非公開会社と公開会社の主な要件を比較したものです。

項目非公開会社 (Private Limited Company)公開会社 (Public Limited Company)
最低株主数2名(最大200名)7名(上限なし)
最低取締役数2名3名
株式譲渡定款(AOA)により譲渡が制限される自由に譲渡可能
資金調達公募(IPO等)は禁止公募が可能
コンプライアンス比較的緩やか非常に厳格(独立取締役の選任義務等)

支店形態のリスクと現地法人の優位性

日本企業の中には、当初は支店形態での進出を検討するケースもあります。しかし、インドにおいては、支店は外国親会社と同一の法人格とみなされるため、支店が抱えた法的責任(契約不履行、不法行為責任、税務訴訟等)が、直接日本の親会社に及ぶという重大なリスクがあります。契約社会であり訴訟リスクが高いインドにおいて、別法人格である現地法人(Subsidiary)を設立し、親会社へのリスク遮断(Limited Liabilityによる保護)を図ることは、法務戦略上の定石と言えます。また、製造業など多くの業種において、支店形態では活動範囲が制限される場合があるため、事業の拡張性という観点からも現地法人が推奨されます。

デジタル化されたインド会社設立手続き:SPICe+の運用実務

デジタル化されたインド会社設立手続き:SPICe+の運用実務

インドにおける会社設立手続きは、以前は複数の書類を物理的に提出し、各省庁の承認を順次取得していく煩雑なものでしたが、現在は「SPICe+(Simplified Proforma for Incorporating Company Electronically Plus:Form INC-32)」と呼ばれる統合ウェブフォームに一元化されています。これにより、会社設立登記、DIN(取締役識別番号)、PAN(納税者番号)、TAN(源泉徴収番号)などの取得が単一のプロセスで完結するようになりました。

SPICe+を用いた設立プロセスは、大きく「Part A(商号予約)」と「Part B(設立申請および各種登録)」の2段階に分かれます。

設立プロセスの全体像

段階手続き内容法的留意点
事前準備デジタル署名証明書 (DSC) の取得
取締役候補者のDSCを取得する。
2021年以降、最高レベルの「Class 3 DSC」が必須。日本在住者の場合、本人確認書類の公証・アポスティーユ認証が必要。
Part A商号予約 (Name Reservation)
会社登記局 (ROC) へ商号の承認申請を行う。
類似商号の審査は非常に厳格。既存の会社名や商標と発音が似ているだけでも拒絶される可能性がある。
Part B統合申請
設立登記、DIN、PAN、TAN、EPFO/ESIC、銀行口座開設等を一括申請。
親会社からの商号使用許諾書 (NOC) や、定款 (MOA/AOA) の提出が必要。外国株主の場合はアポスティーユ認証された書類が必須。
設立後設立証明書 (COI) 取得
審査完了後、デジタル形式で発行される。
COI発行日が法人の成立日となる。これをもって法人格を取得する。

定款作成における戦略的視点

インドの会社法において、定款は「基本定款(Memorandum of Association:MOA)」と「附属定款(Articles of Association:AOA)」の二つの文書に分かれます。これらは会社の憲法とも言うべき最重要文書です。

特にMOAの「目的条項(Object Clause)」は、会社の活動範囲を法的に画定します。コモン・ローには「ウルトラ・ビレスの法理(Doctrine of Ultra Vires)」という概念があり、会社はMOAに記載された目的以外の行為を行う法的能力を持たないと解されます。もし会社がMOAの範囲外の契約を締結した場合、その契約は無効(Void)となり、取締役は権限外行為としての責任を問われる可能性があります。したがって、現在予定している事業だけでなく、将来的に行う可能性のある事業も含めて、目的条項を包括的かつ具体的にドラフティングする必要があります。

また、AOAは会社の内部規則を定めます。合弁事業(JV)などで株主間契約(SHA)を締結している場合、その内容(拒否権、株式譲渡制限等)をAOAに明記することが極めて重要です。インドの判例において、株主間契約の内容はAOAに反映されて初めて会社を拘束するという原則が確立されているためです。

日本企業が直面するインド固有のコンプライアンス課題

デジタル化により設立手続き自体は迅速化しましたが、日本企業にとって実質的なハードルとなる法的要件がいくつか存在します。ここでは、日本法との違いが際立つ主要な論点を解説します。

居住取締役(Resident Director)の確保と法的要件

2013年会社法第149条第3項は、「すべての会社は、前暦年において合計182日以上インドに滞在した取締役を、少なくとも1名置かなければならない」と規定しています。

日本では、2015年の法務省通達およびその後の運用変更により、代表取締役の全員が日本非居住者であっても日本法人の設立が可能となりました。これにより、外資系企業は日本に居住する代表者を置くことなく進出できるようになりました。しかし、インドでは逆に、必ず1名は「居住者」を取締役として選任しなければなりません。これは、コンプライアンス違反や税務上の問題が発生した際に、インドの管轄権内で責任を追及できる人物を確保するという政策的意図があります。

新設会社の場合、設立日からその会計年度末までの期間における滞在日数で比例計算(Pro-rata)されます。日本から駐在員を派遣する場合、設立直後はその駐在員がまだ滞在日数の要件を満たしていないことが一般的です。そのため、設立当初は現地のコンサルタントや信頼できるインド人従業員を一時的に取締役として選任し、駐在員が要件を満たした時点で交代するという手法が採られることがあります。

事業開始届(Commencement of Business)と資本金注入のタイミング

設立証明書(COI)を取得しても、法的に事業を開始できるわけではありません。2019年の会社法改正により復活した第10A条に基づき、設立から180日以内に、以下のプロセスを経て「事業開始届(Form INC-20A)」をROCに提出する必要があります。

  1. 銀行口座の開設:COI取得後、速やかに法人口座を開設する。
  2. 資本金の送金:各株主(発起人)は、引受株式の全額を会社の銀行口座に送金する。
  3. INC-20Aの提出:取締役が、株主からの払込が完了したことを宣言し、銀行の入金証明等を添付して提出する。

日本での会社設立(発起設立)では、設立登記申請時に資本金の払込証明書を添付するため、登記完了時点で資本金の払込は完了しています。対照的に、インドでは「設立登記(COI発行)→ 銀行口座開設 → 資本金送金 → 事業開始届」という順序になります。

もし180日以内にINC-20Aを提出しなかった場合、ROCは「会社が事業を行っていない」とみなし、会社法第248条に基づき会社の登記を職権で抹消(Strike Off)する権限を持っています。近時の Sita Ram Singhal v. Registrar of Companies (NCLAT, 2023) などの判例において、事業実態がない、あるいはコンプライアンスを怠っている会社に対する裁判所の姿勢は厳格であることが示されています。

外国為替管理法(FEMA)に基づく報告義務

インドにおける外国企業による投資は、インド準備銀行(RBI)が所管する外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act, 1999:FEMA)および関連規則によって厳格に規制されています。会社法上の手続きとは別に、RBIへの報告義務が存在するという二重構造が、コンプライアンスを複雑にしています。

日本親会社からインド子会社へ資本金を送金し、株式を割り当てた場合、その割当日から30日以内に、RBIのポータルサイト(FIRMS)を通じて「Form FC-GPR」を提出しなければなりません。提出遅延はFEMA違反とみなされ、RBIに対して違反を認め、和解金(Compounding Fee)を支払う「コンパウンディング(Compounding)」手続きが必要となります。RBI compounds FEMA case against Genpact India のような事例からも分かるように、大手多国籍企業であっても手続きの遅延によりペナルティを課されるケースが散見されます。

インドにおける取締役の法的責任に関する最新の司法判断

インドにおいて取締役を務めることは、日本以上に重大な法的責任を伴います。特に「みなし責任(Vicarious Liability)」の適用範囲については、最新の最高裁判決を踏まえた理解が必要です。

会社法第2条第60項は、「不履行責任者(Officer in Default)」を定義しており、会社が法令違反を犯した場合、関与した取締役だけでなく、全取締役が責任を問われる可能性があります。しかし、取締役であるという地位のみをもって自動的に刑事責任を負わせることができるかという点については、司法判断が揺れ動いてきました。

この点に関し、2025年の最高裁判決 Sanjay Dutt v. State of Haryana (Supreme Court of India, 2025) は極めて重要な指針を示しました。本判決において最高裁判所は、特別法(環境法関連)違反の事案において、取締役の「みなし責任」を認めるためには、以下のいずれかが必要であると判示しました。

  1. 当該取締役が犯罪行為に積極的に関与した、または共謀したという具体的な証拠があること。
  2. 当該特別法において、取締役の責任を明示的に規定していること。

この判決は、単に取締役であるという理由だけで刑事訴追されるリスクに対し、一定の歯止めをかけるものです。しかし、逆に言えば、業務執行権限を持つ常勤取締役(Managing Director等)については、「業務を掌握している」とみなされ、厳しい責任追及がなされる可能性が依然として高いことを示唆しています。

まとめ

インドにおける会社設立は、SPICe+フォームの導入により、手続きの入り口こそデジタル化され、迅速かつ透明性が高いものになりました。しかし、その背後には、コモン・ローに基づく厳格な定款解釈、居住取締役の確保、FEMAによる外資規制、そして事業開始届の提出期限といった、日本法とは異なる法的概念と厳格なコンプライアンスの壁が幾重にも存在しています。

これらは単なる事務手続きの問題ではなく、違反すれば取締役個人の刑事責任や、最悪の場合は会社の抹消(Strike Off)につながる重大な経営リスクです。特に、居住取締役の選任や、合弁事業における株主間契約の定款への反映といった論点は、ビジネス戦略と法務が密接に交錯する領域であり、初期段階での適切な設計が将来の紛争予防の鍵となります。

モノリス法律事務所では、インドの法制度に精通した知見に基づき、設立手続きの支援のみならず、MOA/AOAの戦略的ドラフティング、FEMAコンプライアンスへの対応、そして設立後の取締役のリーガルリスク管理に至るまで、日本企業の皆様が安心してインドでのビジネスに専念できる強固な法的基盤の構築をサポートいたします。インドへの進出をご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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