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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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インドの外国直接投資規制と実質的受益者を解説

近年、インド市場は巨大な人口ボーナスとデジタル経済の急成長を背景に、日本企業にとって不可欠な投資先となっています。しかし、2020年にインド政府が導入した「プレスノート3(2020年シリーズ)」(以下「PN3」)は、インドへの投資を検討する外国企業にとって、予見可能性を著しく低下させる規制の壁として立ちはだかっています。この規制は、表向きにはCOVID-19パンデミックによる経済的混乱に乗じた「日和見的な買収」を防止することを目的として導入されましたが、実質的にはインドと陸上の国境を接する国、とりわけ中国からの投資を厳格に管理・制限することに主眼が置かれています。

本規制の最大の特徴であり、かつ日本企業にとっての最大の懸念点は、その適用範囲が「中国企業による直接投資」にとどまらず、多国籍な資本構成を持つ「日本企業による投資」にまで、「間接的」かつ「網羅的」に及ぶ可能性がある点です。「実質的受益者(Beneficial Owner)」という概念の解釈を巡る法的不透明性や、承認プロセスの長期化は、M&Aや合弁事業の組成において看過できないリスク要因となり得ます。

本稿では、PN3の法的構造、実務上の運用実態、日本法(外為法)との比較、そして最新の判例や事例に基づき、日本企業の経営者および法務担当者が押さえておくべき法的論点を詳説します。

本件規制の核心:2020年に導入されたPN3により、インドと陸上の国境を接する国の事業体、またはそれらの国の国民が「実質的受益者」である場合、すべてのセクターにおいて政府の事前承認が必須となりました。これは、日本企業であっても、その株主構成の中に中国企業が含まれている場合などに、規制の対象となるリスクからディールが長期化する要因となり得ます。

インド「プレスノート3」の導入背景と法的枠組み

インドにおける外国直接投資(FDI)は、1991年の経済自由化以降、原則として「自動ルート(Automatic Route)」による事前承認不要の投資を拡大する方向で進められてきました。政府の承認が必要な「政府ルート(Government Route)」は、防衛や通信などの機微なセクターや、パキスタンおよびバングラデシュからの投資に限定されていました。しかし、2020年4月、COVID-19の感染拡大に伴う株価暴落を受け、インド商工省産業国内取引促進局(DPIIT)はFDI政策を抜本的に見直すPN3を発出しました。

PN3は、財務省による「外国為替管理(非負債性商品)規則(Foreign Exchange Management (Non-debt Instruments) Rules)」(以下「NDI規則」)の改正(NDI規則第6条)を通じて法的拘束力を持ちました。この改正により、以下の条件に該当する投資は、セクターを問わず全て政府の事前承認が必要となりました。

  1. 投資元の事業体が、インドと陸上の国境を接する国(以下「制限対象国」)の事業体である場合。
  2. インドへの投資の「実質的受益者(Beneficial Owner)」が、制限対象国の居住者または国民である場合。
  3. 既存または将来のFDIの所有権移転により、実質的受益者が制限対象国の居住者または国民となる場合。

ここでいう制限対象国とは、中国、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、ミャンマー、アフガニスタンの7カ国を指します。条文上、特定の国名は明記されていませんが、実務上は中国(香港・マカオを含む)からの投資を抑制することが主たる目的であると解されています。

インドNDI規則における「実質的受益者」の定義と法的空白

PN3およびNDI規則において、最も実務上の混乱を招いているのが「実質的受益者(Beneficial Owner)」の定義およびその閾値(Threshold)が明記されていない点です。日本企業がインド子会社を設立する場合や、インド企業に出資する場合、自社の株主に中国企業が含まれていると、この規制の網にかかる可能性があります。

会社法およびPMLAとの交錯

NDI規則自体に定義がないため、実務上は他の法令における定義を参照してリスク評価が行われます。主に参照されるのは、2013年会社法(Companies Act)における「重要な実質的受益者(SBO)」の定義と、2002年マネーロンダリング防止法(Prevention of Money-laundering Act, 2002:PMLA)における定義です。

PMLAおよびその関連規則(Prevention of Money-laundering (Maintenance of Records) Rules)は、2023年の改正により、法人の実質的受益者を特定するための閾値を、従前の25%から「10%」へと厳格化しました。

表1:関連法令における実質的受益者の閾値比較

法令名定義・基準閾値(所有権または利益)
NDI規則 (PN3)定義なし(実務上の解釈に委ねられる)明示なし(1株でも対象となるリスクあり)
会社法 (SBO規則)重要な実質的受益者10%以上
PMLA規則実質的受益者(KYC目的)10%以上(2023年改正後)

このPMLAの改正により、インドの認定ディーラー銀行(AD Bank)は、送金時のKYC(顧客確認)プロセスにおいて、10%以上の中国系株主が存在する場合にPN3への抵触を懸念し、政府承認の提示を求める傾向が強まっています。しかし、政府当局は「10%未満であれば承認不要」という明確なガイダンスを出していないため、極めて保守的な解釈によれば、1株でも中国資本が入っていれば規制対象となり得ると考える専門家も存在します

間接投資と所有権の移転

PN3は「直接または間接(directly or indirectly)」の投資を規制対象としています。これは、日本企業がグローバルなM&Aを行う際にも重大な影響を及ぼします。例えば、日本企業A社が、インドに子会社を持つ多国籍企業B社(本国は中国以外)を買収する場合、B社のインド子会社の「実質的受益者」が変更されるため、この取引自体がインド政府の承認対象となる可能性があります。特に、A社の株主構成や、B社の売却側に中国資本が関与している場合、ディール全体がインド政府の承認待ちによって遅延するリスクがあります。

インドPN3における承認プロセスの実態と司法判断

インドPN3における承認プロセスの実態と司法判断

PN3に基づく承認プロセスは、標準作業手順(Standard Operating Procedure:SOP)によって規定されていますが、その実態は不透明かつ長期に及ぶものです。

内務省によるセキュリティクリアランスの壁

申請はオンラインポータル(National Single Window System)を通じて行われ、各管轄省庁に割り振られますが、制限対象国が関与する案件については、内務省(Ministry of Home Affairs:MHA)によるセキュリティクリアランスが必須となります。このプロセスにおいて、投資家やその受益者の背景、過去の経歴、中国との関係性などが徹底的に調査されます。

報道によれば、PN3導入以降に提出された数百件の提案のうち、承認されたのは一部にとどまり、多くの案件が拒否されるか、あるいは審査中のまま長期間保留されています。特に、中国企業が支配権を持つ案件や、機微な技術に関わる案件では、承認取得は極めて困難な状況にあります。

関連する司法判断

PN3そのものの合憲性が正面から争われた判例はまだ限定的ですが、関連する「実質的受益者」の認定を巡る税務訴訟において、デリー高等裁判所が重要な判断を下しています。

デリー高等裁判所 2024年判決(Tiger Global International III Holdings v. Authority for Advance Rulings)

本件は、モーリシャス法人を通じた投資におけるキャピタルゲイン課税と日印租税条約の適用が争われた事案です。税務当局は、モーリシャス法人が「導管(Conduit)」に過ぎず、実質的な支配権は米国の親会社にあるとして条約特典を否定しました。しかし、デリー高等裁判所は、有効な居住者証明書(TRC)が存在する限り、当局がその背後にある実質的受益関係を探求して条約特典を否定することは原則としてできないと判示しました。

この判決は税務分野のものですが、法的な形式要件(TRCや株主名簿)を重視し、行政による過度な「実質的穿鑿」を牽制する姿勢を示した点で、FDI規制の解釈においても参考になります。しかし、FDI規制は国家安全保障に関わるため、裁判所が政府の広範な裁量をどこまで制限できるかは依然として未知数です。実際、FDI承認の遅延に対するマンダムス(職務執行命令)請求においては、裁判所は政府の政策的裁量を尊重し、介入に消極的な傾向が見られます。

参考:デリー高等裁判所判決(2024年8月):PN3に基づくFDI承認プロセスに関する司法判断

インドPN3と日本法(外為法)との比較

日本の「外国為替及び外国貿易法(外為法)」も、安全保障の観点から対内直接投資を規制していますが、その仕組みはインドのPN3とは大きく異なります。

表2:インドPN3と日本外為法の比較

比較項目インド:プレスノート3 (2020)日本:外為法 (FEFTA)
規制のトリガー特定の国(国境を接する国)の投資家または実質的受益者指定業種(国の安全等に関わる業種)への投資
対象セクター全セクター(包括的)コア業種・非コア業種に限定
事前届出の閾値明示なし(1株でも対象のリスク)上場企業の場合、発行済株式等の1%以上
実質的受益者定義が曖昧で広範に捕捉法令で基準が明確化されている
審査期間不透明(数ヶ月〜数年、事実上の拒否も)原則30日(通常短縮あり)、延長時最大5ヶ月
免除制度ほとんどなし金融機関や認定ファンドへの包括的免除あり

日本の外為法は、規制対象を「安全保障上懸念のある業種」に絞り込み、かつ「1%」という明確な数値基準を設けています。また、認定投資家に対する免除制度も整備されており、予見可能性が担保されています。対してインドのPN3は、対象国が関与する限り、セクターや金額の多寡にかかわらず規制対象となる「網羅性」と、基準の「曖昧性」が際立っています。

2024-2025年のインドPN3最新動向と対応策

2024年から2025年にかけて、インド政府内でPN3の厳格な運用による弊害、特に製造業におけるサプライチェーンの寸断や技術導入の遅れに対する懸念が表明され始めています。経済調査(Economic Survey 2023-24)では、中国からのFDIを一部容認し、輸出競争力を高めるべきだという提言もなされました。

MGモーターの事例と「インド化」

具体的な対応事例として、上海汽車(SAIC)傘下のMGモーター・インディアのケースが挙げられます。同社はPN3により親会社からの増資が困難となったため、インドのJSWグループと合弁事業を形成し、中国側の持分を49%に引き下げ、インド側が過半数(51%)を握る構造に再編しました。これにより、経営権の「インド化」をアピールし、政府の生産連動型優遇策(PLIスキーム)の適用を目指していますが、依然として政府の審査は慎重に進められています。

日本企業への提言

日本企業がインド投資を行う際は、以下の点に留意する必要があります。

  1. 詳細なKYCの実施:自社および合弁パートナーの株主構成を確認し、中国等の制限対象国の事業体や個人が「実質的受益者」として含まれていないか(特に10%以上の基準を目安に)調査すること。
  2. 契約条項による防衛:M&A契約において、PN3に基づく政府承認を前提条件(CP)とし、承認が得られない場合の解除条項や、承認取得に向けた協力義務を明確に規定すること。
  3. 当局との対話:グレーゾーンの案件については、AD銀行や現地の法律専門家を通じてDPIIT等の当局と早期に協議し、感触を探ること。

まとめ

2020年に導入されたプレスノート3は、単なる一時的な措置ではなく、インドの経済安全保障政策の中核として定着しつつあります。特に「実質的受益者」の定義の曖昧さは、日本企業を含む第三国の投資家にとっても無視できないリスクです。日本の外為法と比較しても、その適用範囲の広さと予見可能性の低さは顕著であり、インドビジネスの展開にあたっては、緻密なデューデリジェンスと戦略的な契約交渉が不可欠となります。

モノリス法律事務所では、インド現地の最新の規制動向を踏まえ、複雑化するクロスボーダー取引における法的リスクの評価や、当局対応を見据えた契約スキームの構築をサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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