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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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台湾の労働法の解説

台湾の労働法の解説

台湾は、地理的な近接性や文化的親和性から、日系企業にとって魅力的な投資先として認識されています。しかし、その労働法は日本と比較して労働者保護に極めて厳格であり、安易な「日本式」の労務管理は重大な法的リスクを招く可能性があります。

本稿は、台湾労働法の基礎、特に日系企業が注意すべき主要な論点を多角的に分析し、実践的なリスク回避策とコンプライアンス強化の指針を提供します。単なる法令解説に留まらず、法改正の背景や労使紛争の現状、そして見過ごされがちな潜在的リスクについても深く掘り下げることで、読者の皆様が台湾事業を成功に導くための確固たる知識基盤を築く一助となることを目指します。

台湾労働法の全体像と基本理念

労働基準法の制定

台湾労働法の中心をなすのは、労働条件の最低基準を定め、労働者の権利を保障することを目的として1984年7月30日に制定された「労働基準法(勞動基準法)」です。この法律の規定に違反する労働条件は無効とされ、企業が労働者と交わす労働契約や就業規則は、この最低基準を下回ることは許されません。

この労働基準法の制定には、重要な歴史的背景が存在します。1970年代から1980年代にかけて、台湾が対米貿易で巨額の黒字を計上する中、米国の一部の労働組合は、台湾企業の低コスト競争力が劣悪な労働条件の上に成り立っているとして、米国貿易法301条項などを根拠に労働条件の改善を求める圧力をかけました。この国際的なコンプライアンス要請が、台湾政府に労働基準法の制定を促した要因の一つとされています。このような経緯から、台湾の労働法は、単なる国内政策ではなく、国際的な規範と労働者保護が当初から強く意識されているという特徴を持っています。したがって、日系企業は、日本の国内法基準ではなく、より厳しい国際的な労働規範に照らして自社の慣行を評価する必要があるといえます。これは、単なる法的義務の履行を超え、企業の社会的責任(CSR)の一環として捉えることが、台湾事業における持続可能性を確保する上で不可欠であることを意味します。 

労働基準法の適用対象と主要な内容

労働基準法は、医師や外国人介護労働者など一部の例外を除き、国籍を問わずすべての労働者に適用されます。また、公務部門においても、臨時職員や技工、司機などには労働基準法が適用される場合があります。

労働基準法は、労働契約の締結から、賃金、労働時間、休日、休暇、災害補償、就業規則、解雇、退職金に至るまで、労働条件の広範な事項を網羅しています。1996年の初改正以降、適用範囲の拡大、変形労働時間制の導入、賃金・退職金規定の修正など、社会経済の変化に対応するための改正が繰り返されてきました。

近年、台湾では労働紛争が活発化しており、労働組合の活動も顕著になっています。たとえば、2019年のチャイナエアラインや長栄航空での大規模なパイロットや客室乗務員のストライキは、メディアでも大きく取り上げられました。これは、法制度の整備と同時に、労働者の権利意識が高まっていることを明確に示唆しています。労働基準法の厳格な労働者保護主義は、意図せぬ副作用を生み、労使双方の不満を招くこともありますが、それが迅速な法改正へと繋がり、常に法律が動的なものとして存在していることを意味します。このため、日系企業は台湾労働法を静的な法規集として捉えるのではなく、常に最新の動向を追うことが不可欠です。高まる労使紛争や頻発する労働検査は、法改正の波に乗り遅れることのリスクが極めて高いことを示しており、コンプライアンス体制を継続的に見直し、柔軟に対応する「動的な法務管理」が必須となります。

台湾労働基準法の改正(2017年・2018年)

台湾労働基準法の改正(2017年・2018年)

2017年の改正と「一例一休」の導入

2016年12月、労働者の週休二日制を徹底することを目的として「一例一休」(週休二日制)が導入されました。この改正では、休息日における残業代の計算方法が、実労働時間ではなく「4時間以内は4時間で計算、4時間を超え8時間以内は8時間で計算、8時間を超え12時間以内は12時間で計算」という厳格な「時間単位切り上げ方式」が採用されました。この制度は、企業側には人件費増加と労務管理の柔軟性欠如を招き、労働者側には休息日に働く機会が減り、収入が減少したことに対する不満をもたらしました。

このような労使双方からの強い反発を受け、台湾政府はわずか1年後の2017年11月に再改正案を提出し、2018年1月に可決、同年3月1日に施行しました。この一連の法改正の歴史は、台湾の労働環境が単なる法令遵守を超えた、動的で政治的なバランスの上に成り立っていることを示しています。法律が現実の経済活動や労働慣行と乖離すると、意図せぬ副作用が生じ、それが迅速な再改正につながるというサイクルは、日系企業が常に最新の法動向を注視する必要があることを示唆します。 

2018年の再改正と「四不変」「四弾性」

2018年の再改正は、「四不変」(正常工時、週休二日原則、加班総工時、加班費率)と「四弾性」(加班弾性、排班弾性、輪班間隔弾性、特休運用弾性)を掲げ、労働者保護の原則を維持しつつ、企業経営に一定の柔軟性を持たせることを目指しました。具体的な変更点は以下の通りです。月の残業上限は原則46時間で維持されますが、労働組合または労使会議の合意があれば、単月で54時間まで延長可能となりました。ただし、3ヶ月の総時間の上限は138時間を超えてはなりません。休息日における残業代の計算方法は、旧来の「時間単位切り上げ方式」が撤廃され、実際の労働時間に応じた「実労働時間ベース」に回帰しました。特別休暇については、労働者と使用者双方の合意があれば、未消化分を翌年度に繰り越すことが可能になりました。ただし、繰り越した休暇が翌年度末までに消化されなかった場合、使用者は賃金として買い取る義務が生じます。輪班制勤務の場合、原則として11時間の連続休息時間が要求されますが、特別な理由がある場合には、当局の許可と労働組合または労使会議の合意を経ることで、休息時間を8時間まで短縮できる例外規定が設けられました。これらの改正と並行して、労働検査の強化と違反過料の引き上げが実施されました。特に、従業員が30人以上の企業は、残業時間、輪班制勤務、休日に関する変更について、主管官庁への届け出義務が新たに追加されました。

台湾の就業規則(工作規則)と懲戒・解雇

就業規則(工作規則)の承認制度

台湾の労働基準法第70条および施行規則第37条、38条によると、30人以上の労働者を雇用する企業は、その事業の性質に応じて就業規則(工作規則)を作成し、30日以内に事業所の所在地を管轄する主管官庁に届け出る義務があります。

ここで特に注意すべきは、台湾の就業規則制度が、日本の労働基準監督署への「届出制」とは本質的に異なるという点です。台湾では、提出された就業規則は主管官庁による「核備」、すなわち実質的な承認を得て初めて効力が発生します。主管官庁は、企業が作成した規則が法令に違反していないか、また不当な労働条件を含んでいないかを事前に精査する役割を担っています。この制度は、企業コンプライアンスを監視し、労働者保護を実効的に担保する目的があります。したがって、日本の就業規則を安易に翻訳して転用する行為は、台湾の法律や文化に合致しない内容が多く含まれているため、核備を得られないリスクが非常に高く、台湾の厳格な労働検査において罰則の対象となる可能性が非常に高いです。日系企業は、台湾の法律と実情に精通した専門家の助言を得て、一から就業規則を作成することが不可欠です。 

台湾の解雇法理

台湾では、労働者は労働基準法によって手厚く保護されており、法定の事由がなければ解雇は認められません。解雇は大きく分けて予告解雇(労働基準法第11条・第20条)即時解雇(労働基準法第12条)の2種類に分類されます。予告解雇は、事業の閉鎖、譲渡、損失、業務縮小、不可抗力による事業停止、事業性質の変更による人員削減、または労働者の能力不足といった、主に経営上の事由に基づく解雇です。この場合、勤続年数に応じて予告期間を置く義務があり、3ヶ月以上1年未満で10日、1年以上3年未満で20日、3年以上で30日です。予告期間を置かない場合は、その期間分の賃金を支払う必要があります。一方、即時解雇は、労働者の重大な過失、具体的には労働契約時の虚偽申告、暴行や侮辱行為、会社の機密漏洩、正当な理由のない無断欠勤などがある場合に、予告期間や退職金なしで即時に解雇することが可能です。ただし、即時解雇は事由を知ってから30日以内に行う必要があります。 

台湾の解雇規制は、日本の判例法理に基づく「解雇権濫用法理」よりも、法定事由の限定と厳格な手続き要件によって、より明示的に労働者を保護しているのが特徴です。日本では「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」という抽象的な基準で判断されるのに対し、台湾では法律に定められた特定の事由に厳密に該当することを企業が証明しなければなりません。これにより、企業は安易な解雇が労使紛争に直結し、敗訴すれば多額の費用と時間、そしてブランドイメージの毀損を招くことを深く理解する必要があります。問題社員への対応は、解雇ではなく、まずはパフォーマンス改善計画(PIP)の策定や配置転換など、解雇以外の手段を尽くすことが最善の策となります。 

外国人雇用の要件と実務手続

台湾で外国人を雇用する際の基本法は「雇用サービス法(就業服務法)」です。原則として、外国人を雇用する企業は、事前に労働部(労動力発展署)に「就労許可」を申請し、許可を得る必要があります。就労が可能な職種は、雇用サービス法第46条第1項に定められており、専門・技術職、外国投資企業の役員・管理者、教師、スポーツ選手、宗教・芸術・演芸職など、特定の分野に限定されています。なお、一部の職種では最低賃金が適用される場合もあります。 

台湾における外国人雇用は、主に以下の三段階の手続きを順に行う必要があります。まず、雇用主が労働部(労働力発展署)に就労許可を申請します。この申請は原則としてオンラインで行い、審査期間は通常7営業日とされています。紙媒体での申請は12日以上かかる場合があります。次に、就労許可取得後、当該外国人が自国の台湾在外公館(外交部領事局)に居留ビザを申請します。最後に、居留ビザで台湾に入国後15日以内に、内政部移民署に居留証を申請する必要があります。

この外国人雇用プロセスは、一見すると煩雑ですが、各官庁間の役割分担が明確に定められており、手続きのデジタル化も進んでいます。しかし、オンライン申請システムには技術的な制約(Mac非対応など)や、書類の不備による再申請で大幅な遅延が生じるリスクが存在します。これは、システムが効率的である反面、間違いに対しては非常に厳しいことを示唆します。したがって、手続きを自己流で進めるのではなく、台湾の行政手続きに精通した専門家(コンサルタントや法律事務所)のサポートを早期に得ることが、予期せぬ遅延を防ぎ、円滑な人事計画実行を可能にするための最善策となります。 

台湾の日系企業にとってのポイントと対応策

台湾の日系企業にとってのポイントと対応策

「みなし残業」制度

台湾では、日本の労働慣行や判例に基づく「みなし残業」制度を導入する企業が日系企業に多く見受けられますが 、これは労働法違反であり、重大な罰則の対象となります。また、日本の就業規則をそのまま翻訳して転用する行為も、台湾の法令に違反する内容が含まれているため、労働局の核備を得られず、問題発生時に法的効力を持たない危険性があります。その他にも、賃金からの違約金や賠償金の前控除、従業員の同意のない一方的な労働条件の変更、勤務評定における「その他」といった包括的で不明確な規定も無効とされます。

労働紛争

台湾における労務リスクの根本は、法律の条文の違いだけでなく、日台の労働文化、特に労使間のパワーバランスとコンプライアンスに対する意識の違いに起因します。台湾では、就業規則の核備制度や労働紛争処理メカニズムが明確に整備されており、労働者側が企業側の不当な行為に対して法的手段に訴えるためのアクセスが非常に容易です。企業が日本式慣行を安易に適用した場合、従業員は躊躇なく労働局に通報し、紛争に発展する可能性が高いです。実際、2022年には23,319件の労働紛争が受理されており、労使間の対立が深刻化していることがうかがえます。したがって、日系企業は、日本の慣習を捨て、台湾の法制度と文化に合わせた独自の労務管理体制をゼロから構築する必要があります。経営者自身が法律の概念を理解し、現地の専門家(法律事務所やコンサルタント)の助言を求めることが、法的リスクを軽減する唯一の道です。

近年、台湾では大規模なストライキや職場でのハラスメント・差別に関する紛争が多発しています。特に注目すべきは、2020年1月1日に施行された「労働事件法」です。この法律は、労働者が有利になるように訴訟手続きを簡素化し、労働者の立証責任を軽減することで、労働紛争が訴訟へと発展するハードルを劇的に下げました。この法律の施行は、企業に紛争予防の重要性をかつてないほど高めています。これまで口頭や不正確な記録で済ませていた労働条件(労働時間、賃金計算など)を、紛争時の証拠として通用する形で、正確かつ体系的に記録・保存する必要性が増大しました。したがって、単に法律を遵守するだけでなく、法律に準拠していることを証明するための「記録管理体制」の構築が、労務リスクマネジメントの新たな最重要課題となります。これは、タイムカードの正確な管理や、就業規則への明確な記載といった具体的な対策に直結します。

まとめ

台湾事業を成功させるためには、地政学リスクや自然災害リスクだけでなく、労務リスクを最重要課題と捉え、以下の具体的対応策を講じるべきです。日本の規則を翻訳するのではなく、台湾の法令に完全に準拠した就業規則を専門家と共同で作成し、主管官庁の核備を確実に得る必要があります。出退勤記録、残業時間、賃金計算、休日出勤の記録を正確に管理・保存することが必須です。これは労働検査において最も厳しくチェックされる項目の一つです。労使会議を定期的に開催し、従業員からの意見や苦情に真摯に対応する体制を構築することで、紛争の発生を未然に防ぐことができます。台湾法務・労務に精通した法律事務所やコンサルタントを顧問として迎え、継続的な法的助言を得ることが、予測不能な法的リスクを軽減する上で不可欠です。

台湾労働法は、労働者保護を核とする厳格な規制を企業に課しており、そのコンプライアンスと社会的責任を厳しく問います。2017年・2018年の大改正や労働事件法の施行は、労働者保護の強化と労使紛争の活性化という不可逆的な変化をもたらしました。台湾事業の成功は、単なる市場機会の追求だけでなく、現地の法的・文化的な環境に深く適応した強固な労務管理体制を構築できるかにかかっています。本稿が、日系企業の皆様が台湾で直面するであろう法的課題を克服し、持続可能な企業運営を実現するための羅針盤となることを願います。モノリス法律事務所は、台湾の法律と日本企業の実情を熟知した専門家チームが、貴社の台湾事業における労務リスクの予防と解決を包括的にサポートします。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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