ジョージアの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ジョージアは、世界銀行の「Doing Business」レポートにおいて、世界有数の「ビジネスのしやすさ」を誇る国として高い評価を獲得してきました。その背景には、旧ソ連圏の歴史から脱却し、透明性と効率性を追求した法制度改革の歴史があります。ジョージアは、投資誘致を国家戦略の柱に据え、簡素な税制、迅速な行政手続き、そして強力な投資家保護を法的に保障することで、グローバルな資本と企業を積極的に呼び込んでいます。
本記事では、ジョージアの法制度を全体的に概観しつつ、特に会社設立、外国投資、不動産、税制、労働法、個人情報保護といったビジネスに直結する分野について、具体的な法令を根拠に、日本法との比較を交えながらその特徴と実務上の留意点を解説します。
この記事の目次
ジョージアにおける会社設立とコーポレートガバナンス
法人形態の概要と特徴
ジョージアは、迅速かつシンプルな法人登記手続きで世界的に高く評価されています。現行の「起業家に関する法律(Law of Georgia on Entrepreneurs)」に基づき、ジョージアでは様々な法人形態が認められています。代表的なものとして、個人事業主(Individual Entrepreneur)、有限責任会社(Limited Liability Company, LLC)、株式会社(Joint-Stock Company, JSC)、合資会社(Limited Partnership, LP)、合名会社(General Partnership, GP)、および協同組合(Cooperative)があります。この中でも特に有限責任会社(LLC)は、設立の容易さと出資者の有限責任性から、国内外の起業家に最も広く利用されている形態です。また、ジョージアの「起業家に関する法律」には資本金の最低額に関する具体的な要件がありません。
法人登記の手続
そして、法人登記の手続が日本と大きく異なります。日本では、会社設立にあたり、公証役場での定款認証と法務局での登記申請という手続きが必要ですが、ジョージアでは、司法省の管轄下にある「国家公的登録庁(National Agency of Public Registry, NAPR)」が一元的に登記業務を担っています。このワンストップ方式は、登記手続きの迅速化に貢献しており、申請から最短15分で特定の税務アカウント番号が発行されるなど、非常に効率的です。NAPRへの登録は、法的存在の証明であると同時に、税務登録も兼ねているため、企業側は複数の役所に足を運ぶ必要がありません。
登記前の行為に対する創業者責任
日本法においても、発起人は設立中の会社の行為について連帯責任を負うのが原則です。ジョージアでも同様に、「起業家に関する法律(Law of Georgia on Entrepreneurs)」第2条第2項は、法人登記前の企業名義で行われた行為について、行為者および設立者が「連帯債務者として、直接的かつ近接的に、その全資産をもって責任を負う」と規定しています。したがって、設立手続き中の行為について、創業者個人の無限責任が生じる可能性があり、現地で活動を開始する際に特に注意すべき点です。
ジョージアにおける外国資本からの投資と不動産法

外国人投資家保護の概要
ジョージアは、外国からの投資を積極的に誘致するため、法的に強力な保護策を講じています。その根拠となるのが「投資活動促進・保護に関する法律(Law on Investment Activity Promotion and Guarantees)」です。この法律は、外国人投資家と国内投資家の法的地位を同等に扱うことを定めており、差別的な取り扱いを禁じています。これにより、外国企業はジョージア国内の企業と同様の権利と保証を享受できます。同法は、外国人投資家に対し、自国通貨および外貨での銀行口座開設、現地での資金調達、証券・不動産等の取得、そして利益や配当の無制限な国外送金など、広範な権利を保障しています。
遡及適用免除の原則(Grandfathering Clause)
日本法にはない、ジョージア法に特有の強力な投資家保護規定として、「投資条件を悪化させる新しい法律が施行された場合、既存の投資にはその法律が10年間適用されない」という原則があります。これにより、長期的な事業計画を立てる上で極めて重要な法的安定性が実現されます。
通常、新しい法が施行されると、既存の事業もそれに従う義務が生じますが、ジョージアは例外的な保護を提供することで、投資家に対して「一度参入すれば、安定した法的環境が保証される」という強いメッセージを発していると言えます。これは、特に長期的なインフラ投資や製造業など、大規模な資本投下を伴うビジネスにとって、リスク評価を根本的に変えるほどのインパクトを持ちます。
国際紛争解決
投資家と国家機関との間の紛争は、ジョージア国内の裁判所に加え、投資紛争解決国際センター(ICSID)などの国際仲裁機関で解決できることが法律で定められています。これは、紛争解決の選択肢を広げ、外国人投資家の権利をさらに強固に保護するものです。
不動産所有権と登記
ジョージアは、外国人が不動産を所有することにほぼ制限がない、世界でも数少ない国の一つです。外国人はジョージア市民と同等の法的保護を享受でき、住宅、商業施設、その他ほとんどの不動産を無制限に購入、登録、売却することが可能です。唯一の例外は、別途許可が必要な「農業用地」です。
特筆すべきは、不動産登記手続の迅速さです。費用を支払うことで、最短1時間で登記を完了させることも可能です。これは、日本における不動産登記手続きと比較して、圧倒的な効率性と利便性だと言えます。
ジョージアの税法
税体系の概要
ジョージアの税制は、そのシンプルさと低負担で知られています。個人所得税は、収入額にかかわらず一律20%のフラットタックス制度を採用しています。日本の累進課税制度とは対照的です。
外国からの非居住者に対する税制も明確です。非居住者は、ジョージア国内で発生した所得に対してのみ課税されます。また、非居住者が個人的な目的で所有する不動産には固定資産税が課されないという優遇措置も存在します。このシンプルな税制により、税務計画の複雑性が大幅に軽減され、特に会計・税務の専門家を雇う余裕のない中小企業にとって大きなメリットとなります。
中小企業向け優遇措置
ジョージアは、中小企業の成長を強力に後押しするための特別な税制優遇措置を設けています。年間売上高が50万ラリ(GEL)以下の個人事業主は「小規模事業者」として、売上に対してわずか1%の税率で課税される優遇措置を利用できます。さらに、年間売上高が3万ラリ(GEL)未満で従業員がいない場合は「マイクロビジネス」として、事業所得が非課税となります。
ジョージアの労働法
労働契約と労働時間
「ジョージア労働法典(Labor Code of Georgia)」は、雇用主と従業員の自由な意思と平等に基づいた労働関係を規定しています。労働契約は、口頭または書面で、有期または無期で締結することが可能です。労働時間は、特に規定がない限り、週41時間を超えないと定められています。年次有給休暇は最低24暦日とされており、さらに15暦日の無給休暇を取得する権利が労働者に保障されています。
日本法との比較
日本の労働法が差別禁止の対象を限定的に列挙する傾向があるのに対し、ジョージア労働法典は、人種、肌の色、言語、年齢、性別、性的指向、障害など、極めて広範な項目に基づくあらゆる種類の差別を明文上で禁止しています。
また、労働法典は、雇用主が、従業員の職務遂行を妨げたり、競合する企業での兼業を制限したりする権利を、労働契約に盛り込むことで認めています。これは、日本の判例法理に基づく競業避止義務の考え方と類似していますが、より明確に法律に規定されている点が特徴的です。
その他のジョージアの法律

個人情報保護法
2024年3月1日に施行されたジョージアの新しい「個人情報保護法」は、EUのGDPR(一般データ保護規則)の枠組みと「ほぼ同じ」であると明記されています。
ジョージア進出を検討する日本企業は、日本の個人情報保護法を遵守するだけでは不十分であり、GDPRに準拠したデータ保護責任者(Data Protection Officer, DPO)の任命、データ処理活動の内部記録、データ保護影響評価(Data Protection Impact Assessment, DPIA)の実施など、GDPRに求められる義務を負うことになります。また、データ主体は、自身のデータが処理されているかどうか、どのようなデータが共有されたかなどを確認する権利を持ち、異議を申し立てた場合、データ管理者は5日以内に処理を停止する義務があります。
広告規制
ジョージアの広告法は、広告が虚偽や誤解を招くものであってはならないと定めており、虚偽の原産地表示、新品であるかのように偽る行為、十分な在庫がないにもかかわらず広告を出す行為などを禁止しています。また、医薬品、医療機器、アルコール、タバコなど特定の製品の広告には、特別な許可や制限が課されます。
資金決済法
ジョージアには「決済システムおよび決済サービスに関する法律(Law of Georgia on Payment System and Payment Services)」が存在し、国立銀行が規制・監督を担っています。この法律は、決済サービスの安全で効率的な機能を促進し、利用者の権利を保護することを目的としており、特定の条件下で強力な顧客認証(Strong Customer Authentication, SCA)を義務付けています。また、仮想通貨サービスを提供する事業者の中には、マネー・トランスミッターとしてライセンスが必要となる場合があります。
裁判所の構造
ジョージアの裁判所は、地方裁判所、州裁判所、ビジネス裁判所、少年裁判所など、複数のレベルで構成される階層的な構造を持っています。日本の三審制と似ており、第一審の裁判所と、控訴院、最高裁判所という二つの上訴裁判所が存在します。さらに、法律の合憲性を審査する独立した憲法裁判所も存在します。
まとめ
ジョージアの法制度は、世界でも有数のビジネスフレンドリーな環境を提供しています。特に、「ワンストップ」で行うことができる迅速な会社設立、外国投資家に対する10年間の法的安定性、そして不動産取引の効率性は、日本企業にとって大きな魅力です。
一方で、この機会を最大限に活かすためには、日本法との違いを正確に理解し、管理することが不可欠です。市場参入後の予期せぬトラブルを回避するためには、事業開始前のデューデリジェンスを徹底することが必要です。
関連取扱分野:国際法務・海外事業
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務