介護事故訴訟の実態と予防策:施設経営者のための総合ガイド
介護サービスを提供する施設では、介護事故の防止対策やリスク管理は必要不可欠です。介護事故や事故訴訟の実態を把握し、介護事故訴訟に備えておくことで、介護事故や訴訟にも適切な対応が可能です。
本記事では、介護サービスの提供における介護事故や事故訴訟についての実態を詳しく説明します。また、介護事故訴訟に備えてのリスク管理や予防策、運営体制の仕組みを構築するポイントなどを詳しく解説します。
この記事の目次
増加傾向にある介護事故訴訟
厚生労働省が平成29年(2017年)度に初めて実施した全国調査によると、全国の特別養護老人ホーム(特養)と介護老人保健施設(老健)での介護事故によって亡くなった入居者が、少なくとも1,547人にのぼると公式に発表されました。
介護事故の中で訴訟までに至った件数に関しては、裁判所や行政機関などが具体的な統計をとっているわけではありません。しかし、介護事故に関する訴訟は概ね増加傾向にあります。
近年、介護事故の訴訟件数が増加している原因は以下のとおりです。
- 国民のおよそ25%が65歳以上の超高齢社会であり、介護サービスが普及していることにより絶対数が増加している
- 介護保険制度の施行からおよそ20年が経過して、サービスを受ける側の権利意識が高まっている
- 介護職の人材不足や介護施設の経営の悪化により、サービスの質の低下が増加している
今後も少子高齢化が進むにつれて、介護事故の訴訟件数はますます増えていくと推測できます。
代表的な介護事故訴訟事例
介護施設で起こる介護事故で訴訟に発展するケースの中でも、訴訟件数が多い代表的な事故内容が転倒事故と誤嚥事故です。ここでは、転倒事故の裁判例と誤嚥事故の訴訟事例や特徴などについて解説します。
転倒事故の裁判例
介護事故訴訟で圧倒的に件数が多いのは転倒事故です。転倒事故は、段差につまずく、歩行時にバランスを崩す、ベッドから車いすへ移動するときに転倒するなど、あらゆる場面で起こり得ます。
転倒したことによって脱臼したり骨折したりなど大きなけがを負った場合は、治療や日常生活への影響など重大な損害が発生したことで訴訟に発展するケースが多いです。
転倒事故での死亡に関する訴訟の裁判例として、大阪高裁での平成19年3月6日判決の事例があります。この事例では、認知症対応型共同生活介護施設で利用者が転倒・骨折し、およそ2年後に死亡しました。
判決では、利用者が日常ではしない不安定な歩行をする可能性があったことを認識できたが、職員が安全配慮を怠ったために転倒事故が起きてしまったとされ、施設側の安全配慮義務違反が認められて損害賠償の支払いが命じられました。
誤嚥事故の裁判例
転倒事故のほかに多いのが誤嚥事故です。誤嚥(ごえん)は、食べ物をうまく飲み込めずに喉に詰まらせてしまう事故で、毎日の食事や軽食の際にいつでも起こり得ます。
誤嚥事故は、気管に食べ物を詰まらせることで最悪の場合は窒息死に至るケースもあり、死亡した場合は訴訟で損害賠償が命じられるとその支払い額は高額になります。
誤嚥事故での死亡に関する訴訟の裁判例として、名古屋地裁での令和5年8月7日判決の事例があります。この事例では、要介護認定を受けて特別養護老人ホームに入所していた当時88歳の男性が朝食のロールパンを誤嚥して気管に詰まらせて死亡しました。
裁判では、男性が亡くなる1カ月半前にも朝食を気管に詰まらせてむせ込んだことがあったことなどから、同じように食事を提供すれば誤嚥をする危険性を認識できたとされ、裁判所は施設側の過失を認めて2490万円の支払いを命じました。
訴訟に至るまでのプロセス
介護事故は、転倒事故や誤嚥事故だけでなく外出中の事故や入居者間でのトラブルによるけがなど内容はさまざまです。しかし、どのような事故であったとしても、発生してしまうと訴訟となるリスクが生じます。介護事故訴訟がどのような流れで進んでいくのかを解説します。
介護サービスで事故が発生した場合は、自治体への報告義務があるため、事故原因について調査をしなければなりません。介護中の事故であるため、施設の職員が原因を正しく調査して利用者やその家族に説明をしなければいけません。
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施設に原因があったとしても、いきなり訴訟を起こすことあまりなく、まずは施設と利用者やその家族の間で話し合いを実施するケースが一般的です。両者が直接話し合うこともあれば、弁護士などの第三者を介入させての話し合いという方法もあります。
両者の話し合いによって示談などの解決に至らない場合は、利用者や家族が訴訟を起こす場合があります。
介護事故訴訟での主な争点
介護事故で利用者や家族が施設に対して訴訟を起こした場合、裁判所で両者が争うこととなります。介護事故の裁判では、発生した事故に対する責任の有無や損害賠償額など、争点が多くなります。介護事故訴訟では、主にどの部分が争点になるのかを解説します。
事故の発生状況
介護事故が発生した状況について整理します。いつ、どこで、何をしているときにどんな事故が発生したのかの状況をはっきりさせる必要があります。
事故がどのように発生したのかの具体的な状況を明確にすることが重要で、そのためには客観的な証拠が必要です。
因果関係の存在
介護事故が発生した際に、その場では死亡までは至らずにけがのみであったとしても、その後に死亡するケースもあります。
その際は、介護事故と死亡との因果関係があるかどうかが争点になります。死亡との因果関係を証明するには、治療をした医療機関の診療記録などの証拠が必要です。
介護事業者の責任の有無
その事故の発生について施設側に安全配慮義務の違反等があったかどうかが問われます。安全配慮義務違反を争点にする際は、介護記録や職員の証言が重要です。
事故発生当時の介護記録やその場にいた職員の証言を照らし合わせ、施設が安全配慮義務を怠っていたのかどうかを裁判所が証拠に基づいて判断します。
賠償金額の算定
施設側の安全配慮義務違反の責任やけがと死亡の因果関係が証明された場合は、実際にかかった治療費や肉体的・精神的苦痛などに対して損害賠償金の支払が命じられます。賠償金額を算定するにあたっては、原告(被害者)側が損害額の根拠を具体的に示す必要があります。
訴訟の場合には、双方の主張や提出された証拠から裁判所が損害賠償金額を判断します。
介護事故訴訟に備える
介護事故が発生して訴訟にまで発展すると、賠償金などの支払いが発生するリスクがあります。これらのリスクを回避するには、介護事故を起こさないように、あらかじめ備えておくことが重要です。介護事故を防ぎ、訴訟に備えるためのポイントを解説します。
リスクアセスメントの重要性
介護事故の発生を予防するには、リスクアセスメントが重要となります。リスクアセスメントとは、危険性の特定、リスクの見積り、優先度の設定、リスク低減措置の決定についての一連の手順を指します。
入居者の身体状況を把握し、個別に適切なケアプランを作成することで、介護事故の予防につながります。転倒事故では各利用者がどの場所で何をするときが危険かを把握したうえでケアプランを作成したり、誤嚥事故ではどのような食べ物を誤嚥しやすいかなどの情報を職員間で共有することも重要です。
職員教育と体制整備
リスクアセスメントを実施してリスクや対策などを明確にしたら、施設の職員全体で共有して介護事故のリスクに対する意識を高めます。
また、職員に対する安全対策の教育や緊急時の対応訓練を実施し、事故発生時の対応を迅速に取れる体制の整備も大切です。職員へのリスク教育と事故対応の体制整備によって、介護事故の防止と事故発生時の対応力を高められます。
記録と報告の仕組み作り
職員教育のほかに、日々の記録や事故報告書の作成などの体制を整備しておくことで、迅速に事故発生時の対応を図れます。
日々の記録をつける体制を整えておくことで、介護事故のリスクへの意識をさらに高められます。また、訴訟の際には、この記録は施設側で適切な対応をしていたことの証拠にもなります。
日々の記録と事故発生時の報告書を作成する仕組みを適切に作成しておくことで、万が一の介護事故にもあわてず迅速で丁寧な対応が可能です。
まとめ:介護事故訴訟のリスクを理解し、適切なリスクアセスメントを
重大な介護事故が発生すると、利用者やその家族から訴訟を起こされる可能性があります。介護サービスを提供するにあたり、これらの介護事故や訴訟に備えておくことは必要不可欠です。
介護事故訴訟の流れや争点になりうることを理解し、適切に備えておくことで、適切な対応を取ることが可能です。介護サービスの提供において介護事故や訴訟の対応に不安があれば、介護・福祉分野に詳しい弁護士への相談をおすすめします。
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