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ハンガリーの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ハンガリーの法律の全体像とその概要を弁護士が解説

ハンガリーは、ヨーロッパ大陸の中心に位置する国として、その地理的優位性と、法人税率の低さに代表される競争力の高い経済政策により、外国からの直接投資(FDI)を積極的に誘致しています。ハンガリー経済は、高所得で輸出志向型の混合経済を特徴としています。国際通貨基金(IMF)によると、2024年の年間GDPは2190億ドル(名目GDP)と推定され、世界第57位の経済規模を有します。購買力平価(PPP)ベースの一人当たりGDPでは世界第42位にランクされ、高い人間開発指数と熟練した労働力を誇ります。自動車製造、バッテリー生産、エレクトロニクス、医薬品、情報技術(IT)が主要な産業であり、輸出の大部分(79%)は欧州連合(EU)向けです。経済は近年、インフレの沈静化と実質賃金の伸びに牽引され、プラス成長に転じました。

ハンガリーの法制度は、日本と同様に大陸法系に属し、主要な法分野が民法典や会社法典などの成文法によって体系的に定められています。本記事では、ハンガリーの法律の全体像や、商事・民事法務、対外投資規制、先端技術関連法、そして人事・税務・許認可といった実務に直結する分野に関する法律について解説します。

ハンガリー法体系の土台と「枢要法」

ハンガリーの法制度は、ドイツ法をルーツとする大陸法系に分類され、民法典(Act V of 2013)、刑法典、会社法典といった包括的な成文法が、法的関係の基礎を形成しています。この点は、同様に大陸法系である日本と共通する基盤です。

しかし、ハンガリーの法体系には、日本法には見られない独自の要素として「枢要法(sarkalatos törvény)」が存在します。これは、基本法(憲法)によって定められた特定の重要事項、例えば国籍、国旗・国章、個人情報保護のための独立機関、宗教共同体などを規律する法律です。枢要法を制定・改正するためには、議会に出席する議員の3分の2以上の賛成が必要とされます。これは、日本の憲法改正に匹敵する厳格な要件です。枢要法は、通常の法律とは異なり、政権交代後も容易に変更されないため、特定の分野における法的安定性を一定程度確保する役割を果たします。しかし、これは同時に、通常の過半数で制定される日本の法律よりもはるかに硬性的な性質を持つということで、一度制定された枢要法の変更には政治的調整とコンセンサスが必要となります。

ハンガリーの会社設立とコーポレートガバナンス

ハンガリーの会社法は、EU加盟国と共通の主要な会社形態を定めています。日本企業が最も一般的に利用するのは、有限責任会社(Korlátolt felelősségű társaság、Kft.)であり、これは日本の株式会社に類似した形態です。Kft.の最低資本金は300万フォリント(約1万6000ユーロ)と定められています。

会社設立手続きは、効率的かつ簡素化されています。設立にはハンガリーの弁護士が作成した書類が必要となり、登記裁判所への電子申請を通じて完了します。このプロセスは「ワンストップショップ」方式を採用しており、会社の登記と同時に税務番号や統計コードが自動的に取得されます。

コーポレートガバナンスにおいては、取締役は会社にとって最善の利益となるよう行動し、法令(税法や労働法を含む)を遵守する義務を負います。株主は、合併や買収などの重要な意思決定に対して議決権を行使する権利を有します。

ハンガリーの契約法と不動産法

ハンガリーの契約法と不動産法

契約法

ハンガリーの契約法は、民法典(Act V of 2013)によって規律されており、その根幹には「契約自由の原則」が据えられています。これは、法律に違反しない限り、当事者が自由に契約内容を定めることができるという、日本法と共通の考え方です。契約は、当事者間の相互かつ全会一致の意思表示によって成立し、重要な事項について合意がなされる必要があります。また、契約交渉中や履行中においても、当事者は誠実に協力し、重要な事項について互いに情報提供する義務を負います。

不動産法

ハンガリーの不動産制度は、中央集権的に組織された公的な土地登記制度を特徴とします。この制度は、不動産に関する権利や事実(所有権、抵当権、用益権など)を登録し、公開することで、権利関係の公信力を担保しています。この機能は日本の不動産登記制度と同様です。ただし、賃貸借契約は土地登記簿に登録できないため、その存在を独立した情報源から確認することはできません。

日本企業が特に注意すべきは、外国人による土地所有に関する規制です。EU市民やEU法人以外の外国人が非農業用不動産を取得する際には、政府機関の許可が必要です。さらに、農業用土地の所有については、EU市民であってもハンガリー市民と同様の厳しい条件が課され、EU法人や非EU市民は原則として取得が禁止されています。この厳格な規制は、国土の保全や食料安全保障といった特定の価値観を保護する目的があると見られます。日本の法務担当者は、不動産取引を検討する際、対象となる土地の種類をまず確認し、国籍や法人形態による規制の有無を詳細に検討する必要があります。

また、ハンガリーの不動産登記制度は、2025年に重要な法改正が予定されており、電子化と行政手続きの効率化が図られる見込みです。これにより、将来的には外国人投資家にとっても利便性が向上する可能性があります。

ハンガリーの対内直接投資(FDI)規制

ハンガリーは、2022年の政令に基づき、外国投資家によるM&A取引に対して、非常に広範なFDIスクリーニングと承認義務を導入しています。この規制は、防衛や金融といった真の戦略的産業に限定されず、M&Aや資本増加、資産の使用権移転など、多くの取引に適用されます。EU・EEA諸国やスイスの投資家であっても、取引額が3億5千万フォリント(約87万5千ユーロ)を超え、かつ過半数の支配権を取得する場合は適用対象となります。

このFDI規制の動向は、複雑かつ流動的です。2025年8月19日以降、従来の非常事態に基づく政令が廃止され、恒久的な新法に移行すると報じられています。この新法は、審査期間の短縮や、ブロックされた取引に対する国家の先買権の撤廃など、一部の規制緩和を謳っています。

日本企業がハンガリーでのM&Aを検討する際には、この複雑なスクリーニング制度を取引の初期段階から考慮に入れる必要があります。承認手続きは、交渉が完了し、契約が締結された後にしか開始できないため、数ヶ月にわたる準備やデューデリジェンスが無駄になるリスクが存在します。特に太陽光発電分野では、国家の先買権が維持され、審査期間も延長されるため、この分野への投資を検討する際は、より慎重な法的デューデリジェンスが求められます。

ハンガリーの広告規制とインフルエンサーマーケティング

ハンガリーの広告規制はEUの消費者保護指令に準拠しており、虚偽または誤解を招く広告は厳しく禁止されています。特に、医薬品、医療機器、医療サービスに関する広告には厳格な規制が適用されます。処方箋薬の一般向け広告は禁止されており、プロモーション活動は医療専門家向けに限定されます。これは日本の医療広告ガイドラインに相当する規制と言えます。

さらに、2023年6月30日以降に施行された新しい広告倫理規定では、インフルエンサーマーケティングに関する具体的な規則が追加されました。これにより、インフルエンサーは、広告主との商業的な関係を消費者に「極めて明白に」表示する義務を負います。ハッシュタグを使用する場合は、「#advertisement」などを冒頭に記載することが求められます。この点は、日本におけるステルスマーケティング規制の強化と同様の傾向ですが、ハンガリーの規制はより具体的かつ厳格な表示方法を定めており、実務上の注意が必要となります。

ハンガリーの労働法と雇用契約

ハンガリーの労働法と雇用契約

雇用契約は、書面での締結が義務付けられており、基本給と職務内容の2点が最低限の合意事項となります。これを満たせば、その他の労働条件は労働法典の規定が適用されます。雇用契約は、原則として無期雇用ですが、有期雇用も可能であり、その最長期間は5年と定められています。試用期間は最長3ヶ月で、この期間中は理由の提示なく雇用関係を終了させることができます。

雇用関係の終了(解雇)に関しては厳格な運用が求められます。ハンガリー法では、雇用主が正当な理由(労働者の不品行、能力不足、組織上の問題など)なくして無期雇用契約を終了させることは認められていません。解雇通知には、理由の明確性、真実性、因果関係が求められ、その立証責任は雇用主側にあります。また、解雇予告期間は勤続年数に応じて延長され、勤続20年以上の従業員の場合、最大90日となります。さらに、勤続3年以上の従業員が解雇された場合、勤続年数に比例した法定解雇手当が支払われます。

ハンガリーの税制の概要と特徴

ハンガリーの税制は、外国企業の誘致を目的とした競争力の高い法人所得税率を特徴としています。

税目概要と税率特徴
法人所得税9%。EU内で最も低い水準。企業を誘致する最大の魅力。
個人所得税一律15%。欧州で最も低い部類に入るフラットレート。
付加価値税(VAT)標準税率27%。軽減税率(18%, 5%)あり。EU内で最も高い水準。
現金引き出し税銀行ATMからの現金引き出しに対し0.6%の金融取引税。月2回、合計15万フォリントまでは非課税。
国民健康製品税高塩分・高糖分・高カフェイン食品に課される税。製造業者・輸入業者に課税される。通称「ポテトチップス税」。

ハンガリーは、法人所得税を低く抑える一方で、付加価値税を高く設定することで、企業誘致と国内消費からの税収確保という独自の税制戦略を採っています。これは、消費者に直接販売するビジネスモデルにおいて、価格戦略に大きな影響を与える可能性があります。

また、現金引き出し税や健康製品税といったユニークな税制は、単なる税収目的だけでなく、国民のキャッシュレス化や健康的な食生活を促すという政治的意図が背景にあると考えられます。

ハンガリーでの事業遂行に必要な許認可

ハンガリーでは、多くの事業活動は特別なライセンスを必要とせず、会社設立手続きを通じて事業を開始できます。しかし、金融、保険、医薬品製造、資本市場活動などの特定の「戦略的」産業では、関連当局からの特別な許可が必須となります。

外国人による事業展開に関しては、非EU/EEA市民が90日以上就労するには、就労・在留許可(「単一許可」)が必要となります。また、会社設立を目的とした在留許可(ビジネスレジデンス)は、会社形態、最低資本金、そして事業計画が厳格に審査されます。外国人を雇用する際は、まずハンガリーの労働局に15日間求人広告を掲載し、ハンガリー国民やEU市民がいないことを証明する手続きが必要となります。これは、外国人の雇用に際して、国内労働市場の保護が強く図られていることによるものです。

まとめ

ハンガリーは、低い法人所得税率や効率的な会社設立手続きといった魅力的な投資環境を提供する一方で、政治的な価値観を強く反映した法制度や、流動的で予測不能なFDI規制など、日本企業が直面しうる特有の法的リスクを内包しています。また、厳格な外国人による土地所有規制や、外国人雇用における国内市場保護の要件など、日本とは異なる実務上のルールを事前に把握することも重要です。

関連取扱分野:国際法務・海外事業

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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