ロシア連邦の「高度専門家(VKS)」のビザ・労働許可制度

ロシア連邦が特定の外国籍専門家を対象に設けている「高度専門家(Highly Qualified Specialist、以下「VKS」)」制度は、専門知識や技術を持つ外国人材を迅速かつ円滑に受け入れるための強力な法的枠組みとして機能しています。この制度には、通常の労働許可制度と比較して、手続きの簡素化、許可期間の長期化、税制上の優遇など、多くの点で大きな優位性があります。
本記事では、VKS制度の全体像や、制度の概要から、取得要件、税制上の特例、さらには家族帯同に関する規定について、特に、日本の「高度専門職ビザ」制度との共通点や重要な相違点に焦点を当てながら解説します。
なお、ロシア連邦の包括的な法制度の概要は下記記事にてまとめています。
この記事の目次
ロシア「高度専門家(VKS)」制度の全体像と法的根拠
VKS制度の定義と目的
ロシア連邦の「高度専門家」制度は、特定の専門的技能や経験、または顕著な業績を持つ外国人材を迅速に受け入れることを目的に創設されました。この制度の根拠となるのは、ロシア連邦の「外国人の法的地位に関する法律」(連邦法第115号)第13条2項です。同法は、高度専門家が特別な労働許可証(VKSカード)を取得することで、ロシア国内での就労活動が可能となることを定めています。この法的枠組みは、日本の「出入国管理及び難民認定法」に相当する位置づけであり、制度の信頼性を担保する基盤となっています。
通常の労働許可では、雇用主が外国人の雇用割当(クオータ)を取得する必要があり、手続きに数ヶ月を要することが一般的です。しかし、VKS制度はクオータの対象外とされており、雇用許可の取得が不要となります。この大幅な手続きの簡素化は、特定の事業目的達成のために優秀な人材を迅速にロシアで稼働させたい企業にとって、極めて大きなメリットと言えるでしょう。
資格要件の評価に関する独自性
VKS制度における資格の評価方法には、日本の制度と明確な違いが見られます。ロシアの法令は、学歴や職歴の公証コピーやアポスティーユ認証を必須としておらず、雇用主が専門家の資格を「独自の基準で評価する」ことを認めています。雇用主は、専門家の学歴、職歴、受賞歴、研究業績、学会での発表実績などを総合的に勘案し、その人材がVKSとしての要件を満たすか否かを自律的に判断することが求められます。これは、学歴や職歴、年収などの客観的な基準に基づき、法務省令で定められたポイント計算によって政府が厳格に審査を行う日本の高度専門職ビザ制度とは対照的です。
迅速な手続き期間
VKS制度のもう一つの大きな優位性は、その手続きの迅速性です。VKS労働許可証とマルチ就労ビザの招待状は、当局に申請書を提出してから最短で14労働日という異例の速さで同時に処理されます。
ロシアのVKSステータス取得の具体的要件と手続

VKS制度の核心的な要件は、最低報酬額です。これについて、年間200万ルーブルという基準がよく知られていましたが、最新の法令改正により、この基準は変更されています。2024年3月1日からは、標準的なVKSの最低給与額が「四半期あたり75万ルーブル」へと引き上げられました。これは、年換算で300万ルーブルに相当し、従来の年間200万ルーブルから大幅な上昇となります。
しかし、すべてのVKSに一律でこの基準が適用されるわけではありません。特定の専門分野では、より低い基準が設定されています。
- アカデミックな研究者や大学講師、認定IT企業の専門家:月額83,500ルーブル
- 技術実装型経済特区(SEZ)のVKS:月額58,500ルーブル
- 「スコルコボ」や「シリウス」のような特定のイノベーションプロジェクト参加者:報酬要件なし
こうした給与要件の多層化は、ロシア政府がITや学術研究といった特定の産業を国家の成長戦略の柱と位置づけ、これらの分野への外国人材の流入を特に強く奨励していることによるものです。日本の高度専門職ビザ制度が特定の分野(金融分野など)に加算点を設けるのと同様の政策思想だと思われますが、より明確な給与基準で差別化が図られています。
ロシアにおけるVKS制度の税制上の特例
VKS制度の最も特筆すべき優位性の一つは、その税制上の特例措置にありました。これは、ロシアにおける労働契約に基づく所得に対する個人所得税(NDFL)の取り扱いに顕著に現れていました。
従来の特例措置と日本法との異同
ロシア連邦税法第224条1項およびその関連規定により、VKSは、ロシアにおける課税居住者(通常は12ヶ月間に183日以上ロシアに滞在した者)であるか否かに関わらず、労働契約に基づく所得に対して入国初日から一律13%の所得税率が適用されていました。
これは、日本の所得税法における外国人労働者の課税制度とは根本的に異なるアプローチです。日本の所得税法では、課税居住者は「日本に住所を有し、または現在まで引き続き1年以上居所を有する個人」と定義され、全世界所得に対して課税されます。一方、非居住者は「居住者以外の個人」とされ、日本国内で生じた所得(国内源泉所得)にのみ課税されます。この日本の制度では、滞在日数が課税区分を判断する重要な基準となります。対してロシアのVKS制度は、滞在日数に関わらず「ロシア源泉所得」に優遇税率を適用するという点で、極めて例外的な制度であったと言えます。
2025年以降の税制改正
しかし、最新の法令改正により、VKSに対する税制は大きな転換点を迎えています。2025年以降、VKSの所得に対しても、ロシアの一般的な個人所得税と同様の累進課税が適用されるようになりました。
所得階層(年間所得) | 適用税率 |
年間240万ルーブルまで | 13% |
年間240万〜500万ルーブル | 15% |
年間500万〜2000万ルーブル | 18% |
年間2000万〜5000万ルーブル | 20% |
年間5000万ルーブル超 | 22% |
その他雇用関係以外の所得(配当、不動産賃貸収入など) | 30% |
例えば、月額25万ルーブル(年間300万ルーブル)の標準的なVKS給与は、年収240万ルーブルを超えた部分が15%で課税されることになります。
ロシアでの家族帯同と在留上の優遇措置

VKS制度は、外国人専門家本人だけでなく、その家族の在留も大幅に簡素化します。VKSの帯同家族(配偶者、子、養父母、祖父母、孫など広範囲の親族が対象)は、VKS本人と同じく、雇用契約期間に連動する最長3年間のマルチビザ(数次ビザ)が発給され、これは何度でも更新可能です。また、VKS本人と同様に、入国後90日以内の滞在登録が免除されるという特例も享受できます。ただし、家族が就労を希望する場合には、別途、個別のVKSカードを取得する必要があります。
ロシアでのVKS雇用における雇用主の義務
VKS制度を用いる雇用主には、いくつかの義務が課せられます。
まず、雇用主は四半期ごとにVKSに定められた最低報酬額を確実に支払わなければなりません。これに加え、VKS本人およびその帯同家族のために、ロシア国内で有効な医療保険(VHI)を確保する義務があります。この保険は、雇用契約期間全体をカバーする必要があり、これがない場合、労働許可が無効になる可能性もあります。
また、雇用主は、VKSの労働許可の有効期間中に、四半期ごとにVKSへの給与支払いを証明する報告書を当局に提出しなければなりません。
まとめ
ロシアのVKS制度は、迅速な手続き、長期の在留期間、そして特定の産業への優遇といった点で強力な手段です。特に、事業のスピードを重視し、特定の高スキル人材を短期間で獲得したい場合には、大きな価値があると言えるでしょう。
関連取扱分野:国際法務・ロシア連邦
カテゴリー: IT・ベンチャーの企業法務