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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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NASDAQ継続上場維持基準の強化(SR-NASDAQ-2026-004)に関する解説と対策

近年、ナスダック証券取引所(NASDAQ)が提出した規則変更案「SR-NASDAQ-2026-004」は、米国証券市場への上場を維持、あるいはこれから展開しようと検討している日本企業にとって、極めて重大なガバナンス上の課題を突きつけています。本規則案は、時価総額規模が極めて小さい「マイクロキャップ(極小時価総額)」企業の株価が、ソーシャルメディアを通じた不公正な株価操作や急激な乱高下(Pump and Dump)に対して極めて脆弱であるという実態を踏まえ、市場から客観的な評価を得られていない企業を迅速に隔離して取引所全体の信頼性を高めることを狙いとしています。新規則案では、最低500万ドルの「上場有価証券時価総額(Market Value of Listed Securities, MVLS)」の維持が義務付けられ、これを下回った場合には従来の180日間の是正期間(Cure Period)を与えることなく、即時に取引停止および上場廃止(デリスティング)プロセスへと移行します。

本記事では、この厳格な新規則案の全貌や、不服申立手続において一部裁量を緩和した修正案(Amendment No. 1)の限界、および日本の東京証券取引所(東証)が定める上場維持基準の猶予プロセスとの決定的な相違点について詳しく解説します。さらに、投機的なショートセラーによる「ショートアタック(意図的な売り崩し)」の誘発リスクや、米国の判例法上における自主規制機関(SRO)の「絶対的免責特権」による司法救済の困難性といった、実務上極めて深刻な法務論点を掘り下げます。その上で、特に米国預託証券(ADR)スキーム等を活用して重複上場している日本企業が、為替相場の変動や一時的な売り圧力によるデリスティングリスクに直面した際、即時上場廃止を回避するための「株式併合」や「ADR比率変更」といった実務的な予防的法務コンサルティングの重要性を提唱します。

本記事の全体的な要点としては、以下の5点が挙げられます。第一に、MVLSが500万ドル未満の状態が30営業日連続した場合、一切の自動的な是正猶予を与えられることなく即時に取引停止となる点です。第二に、NASDAQが提出した修正案(Amendment No. 1)による Hearings Panel の例外措置も、極めて厳しい「新規上場基準」を全て満たすことが求められるため実務上の限界がある点です。第三に、日本の東証における「原則1年間の改善期間+監理銘柄・整理銘柄期間(合計で原則6か月)」という段階的アプローチとは異なり、NASDAQでは即座にOTC(店頭)市場へ隔離されるという決定的な違いがある点です。第四に、米国の強大な自主規制機関(SRO)免責特権により、不当な上場廃止に対する連邦裁判所での損害賠償や差止の訴訟救済が事実上遮断されている点です。そして第五に、これらのリスクを未然に防ぐため、企業はあらかじめ普通株式の株式併合やADR比率の機動的な変更スキームを法務コンサルタントと講じておく必要がある点です。これらのポイントを念頭に、詳細な法理と実務対策を以下に解説していきます。

ナスダック規則変更案(SR-NASDAQ-2026-004)がもたらす即時デリスティングの衝撃

NASDAQが2026年1月13日に証券取引委員会(SEC)に提出した規則変更案(SR-NASDAQ-2026-004)は、従来のデリスティングプロセスの常識を覆す極めて厳格な内容となっています。本規則案は、主にソーシャルメディア等を利用した不公正な取引スキームから投資家を保護することを目的として、市場評価が著しく低下した企業を市場から迅速に隔離することを企図しています。

具体的には、NASDAQ Global Market(Global Selectを含む)およびNasdaq Capital Marketに上場するすべての発行体に対し、継続上場維持基準として最低500万ドルのMVLS維持を義務付けるものです。従来のルールであれば、この基準を一時的に下回った場合であっても、企業には通常180日間の「是正期間」が自動的に付与され、その間に株価回復の計画(Compliance Plan)を策定・提示することが認められていました。

しかし、新規則案(SR-NASDAQ-2026-004)はこの是正期間の適用対象からMVLS基準の不適合を除外しています。MVLSが30営業日連続で500万ドル未満となった場合、NASDAQのリスティング部門(Listing Qualifications Department)から即時に「上場廃止決定通知(Staff Delisting Determination)」が発行されます。この通知を受領した企業は、是正のための猶予期間を一切与えられず、速やかに取引停止および上場廃止の手続きへと追い込まれることになります。

この極めて厳格な規則変更案の公式な届出文書およびSECによる公示内容は、以下の米国証券取引委員会(SEC)の公式ウェブサイトで確認することができます。

参考:米国証券取引委員会(SEC)|Self-Regulatory Organizations; The Nasdaq Stock Market LLC; Order Instituting Proceedings to Determine Whether to Approve or Disapprove a Proposed Rule Change To
Adopt a New Continued Listing Requirement

新規則案が定める具体的なルール変更内容は以下の通りです。

規則番号対象規定の概要変更後の具体的な要件および手続
Listing Rule 5450(a)(3)Global Market 継続上場基準上場有価証券時価総額(MVLS)として最低500万ドルの維持を義務化。
Listing Rule 5550(a)(6)Capital Market 継続上場基準上場有価証券時価総額(MVLS)として最低500万ドルの維持を義務化。
Listing Rule 5810(c)(1)即時上場廃止通知の発行30営業日連続でMVLSが500万ドル未満となった場合、自動的な是正猶予を与えることなく即時に上場廃止・取引停止の決定を下す。
Listing Rule 5810(c)(3)(C)是正期間(Cure Period)の除外MVLSが500万ドル未満となったケースを、従来の自動是正猶予期間(180日間)の対象から明確に除外する。

修正案(Amendment No. 1)による Hearings Panel の裁量拡大とその実務上の限界

修正案(Amendment No. 1)による Hearings Panel の裁量拡大とその実務上の限界

NASDAQは、市場からの強い懸念を反映し、2026年6月18日に本規則変更案の修正案(Amendment No. 1)をSECに提出しました。この修正案では、上場廃止決定を受けた発行体が独立した「聴聞パネル(Hearings Panel)」に対して不服を申し立てた際、パネルが有する裁量の範囲を一部拡大する措置が盛り込まれました。

修正前(当初案)においては、聴聞パネルはNASDAQスタッフによる上場廃止決定にファクトレベルでの誤り(実際には時価総額が500万ドルを下回っていなかった等)がない限り、デリスティング決定を覆すことができませんでした。これに対し、修正案で追加されたListing Rule 5815(c)(1)(I)では、聴聞パネルが適切と判断した場合、最大180日間の「例外措置(Exception)」を認め、適合に向けた猶予期間を付与することが可能となりました。

しかし、この緩和措置には実務上極めて高いハードルが設定されています。聴聞パネルから180日間の例外措置を勝ち取るためには、単に「将来的に時価総額を500万ドル以上に回復させる」という改善計画を示すだけでは不十分であり、企業が「新規上場基準(Initial Listing Requirements)」のすべてを満たしていることを客観的に実証しなければなりません。

新規上場基準は、通常の上場維持基準(Continued Listing Requirements)と比較して、純資産、株主数、公開株式数などにおいてはるかに厳しい数値目標を課しています。したがって、一時的な株価下落によって時価総額が毀損したものの、財務基盤そのものは非常に強固であるという特殊な企業でない限り、この新規上場基準をクリアして例外措置の適用を受けることは困難と言わざるを得ません。

さらに深刻な点として、Listing Rule 5815(a)(1)(B)(ii)fに基づき、聴聞パネルへの審査請求(Hearing Request)を行ったとしても、上場廃止および「取引停止(Suspension)」の執行猶予(Stay)は得られない仕組みとなっています。審査が行われている間も、当該企業の株式は即座にNASDAQ市場から排除され、流動性や透明性が著しく低いオーバー・ザ・カウンター(OTC)市場(ピンクシート等)での取引を余儀なくされます。このように、修正案(Amendment No. 1)による救済措置は存在しているものの、実務的なマーケットインパクトを最小限に抑える機能としては極めて限定的であると言わざるを得ません。

この修正案(Amendment No. 1)の詳細な公示内容および規則テキストは、以下の連邦登録(Federal Register)の公式公示ページから確認することができます。

参考:米国連邦登録(Federal Register)|Self-Regulatory Organizations; The Nasdaq Stock Market LLC; Notice of Filing of Proposed Rule Change, as Modified by Amendment No. 1, To Adopt a New Continued Listing Requirement

日本法(東京証券取引所上場維持基準)との決定的な異同点

日本の経営者や法務担当者が本件テーマのリスクを直感的に理解するためには、日本の東京証券取引所(東証)が運用する上場維持基準およびデリスティングプロセスとの比較を行うことが有益です。日本の東証においても、プライム、スタンダード、グロースの各市場区分において、流通株式時価総額等の厳しい上場維持基準が設けられており、2025年3月1日以降は上場維持基準に関する経過措置の終了に伴い本来の厳しいルールが順次適用されています。

しかし、日本の東証における適合プロセスは、NASDAQの新規則案と比較すると極めて段階的であり、発行体に対するセーフティネットが手厚く構築されている点において根本的な思想の違いが存在します。東証の有価証券上場規程に基づけば、上場会社が上場維持基準に適合しない状態となった場合、原則として「1年間」の「改善期間(Cure Period)」が自動的に設けられます。企業はこの改善期間中に「上場維持基準の適合に向けた計画書」を開示し、上場を維持したままで株価の回復や流通株式数の調整といった具体的な適合化措置を実行することができます。

さらに、仮に改善期間内に基準をクリアできなかった場合であっても、即時に取引が停止されることはありません。東証はまず当該銘柄を「監理銘柄」および「整理銘柄」に指定した上で、原則として「6か月間」は取引所内での売買機会を提供し続けます。その後に初めて正式な上場廃止手続きが行われるため、投資家への不利益や企業側のガバナンス崩壊を和らげる猶予が十分に確保されています。

これに対し、NASDAQの新規則案は、MVLSが30営業日連続して基準を下回ったという形式的かつ迅速なトリガーにより、事前の改善猶予を一切与えないまま、即時に取引を停止してOTC市場へと追放します。このようなスピード感は日本法の下での上場実務では考えられないものであり、米国市場特有の「客観的な評価を得られない企業は即座に排除する」という峻烈な市場規律が貫かれていると言えるでしょう。

東京証券取引所における本来の上場維持基準の詳細および適合に向けた計画の具体的な流れは、以下の日本取引所グループ(JPX)の公式解説ウェブページで確認することができます。

参考:日本取引所グループ(JPX)|上場維持基準の詳細

東証の現行基準とNASDAQの新規則案における適合・猶予プロセスの主な違いは以下の通りです。

比較項目NASDAQ(SR-NASDAQ-2026-004適用時)日本の東京証券取引所(本来の基準)
基準不適合の判定MVLSが30営業日連続して500万ドル未満となった時点事業年度末日以前3か月間における日々の終値平均時価総額等
適合のための自動是正期間なし(即時に上場廃止プロセスへ移行)原則として1年間(売買高基準は6か月)
異議申立(上訴)中の取引即時取引停止(OTC市場での取引に制限)監理銘柄・整理銘柄に指定されつつも、取引所内で売買を継続可能
改善可能性の審査要件聴聞パネルが裁量を行使するには極めて厳格な「新規上場基準」の充足が必須経営陣が開示する「適合に向けた計画書」に基づき、自主的なガバナンス改善を許容

外部法曹界が指摘する「ショートアタック」誘発リスクと一般投資家への不利益

外部法曹界が指摘する「ショートアタック」誘発リスクと一般投資家への不利益

NASDAQが掲げる「投資家保護」という名目に対し、米国の主要な実務法曹界からは、新規則案がもたらす構造的な欠陥に対する強い懸念が表明されています。コーポレート・金融法務に強みを持つ米国のサリバン&ウースター(Sullivan & Worcester)法律事務所は、SECに対して複数のコメントレターを提出し、自動的な即時取引停止プロセスが投機的な空売りを行うショートセラー(投機筋)による「ショートアタック」を制度的に助長しかねないというリスクを鋭く指摘しています。

サリバン&ウースター法律事務所のDavid Danovitchパートナーらが論じるように、時価総額が500万ドルの境界線に接近している発行体は、極めて小規模で流動性が低い性質上、少額の売り浴びせによっても容易に株価が急落する性質を持っています。新規則案の下では、ショートセラーが意図的な売り崩しを行うことで、ターゲット企業のMVLSを強引に500万ドル未満に抑え込み、30営業日のカウントダウンを始動させることが事実上可能になります。

ひとたび上場廃止通知が発行され、NASDAQ市場での取引が即時に停止されれば、発行体の株式は流動性が極端に低いOTC市場へと格下げ処分を受けます。これにより株価はさらに致命的な急落を遂げるため、ショートセラーは自らの意図的な売り仕掛け(ショートアタック)によって引き起こされた上場廃止を利用し、底値で買い戻すことで巨額の空売り利益を確実に回収できることになります。

このようなプロセスは、適切な統治や事業改善のプロセスを踏む機会を発行体から奪うだけでなく、情報を信じて投資していた一般の個人投資家(リテールインベスター)に対して流動性の急失やガバナンス保護の消失という重大な不利益を一方的に押し付ける結果となります。サリバン&ウースター法律事務所は、一時的に時価総額が500万ドルを下回った企業であっても、その後に実質的な事業回復を遂げて大きな株主価値を創造した企業が数多く存在するという市場データを示しており、十把一絡げに即時排除するNASDAQのアプローチは経済的合理性を欠くものであると厳しく非難しています。

サリバン&ウースター法律事務所が提出した意見書およびその学術的な法務見解の解説は、以下の同事務所の公式ウェブサイトの公開記事より確認できます。

参考:サリバン&ウースター法律事務所|Sullivan & Worcester Submits Supplemental Comment Letter to SEC on Nasdaq’s Proposed Market Value Listing Requirement

米国判例法における自主規制機関(SRO)の絶対的免責特権と司法救済の困難性

仮に日本企業がNASDAQによる不当な上場廃止手続や一方的な即時取引停止によって巨額の損害を被ったとしても、米国の連邦裁判所に民事上の損害賠償請求訴訟を提起して救済を勝ち取ることは、法理上極めて困難です。米国の金融法務において、NASDAQやニューヨーク証券取引所(NYSE)などの株式市場は、単なる民間の取引プラットフォーム運営会社ではなく、米国証券取引法に基づいてSECから市場監視と執行の権限を委託された「自主規制機関(Self-Regulatory Organization, SRO)」としての地位を有しています。

米国の判例法において、SROがその規制権限(上場規則の制定・執行、取引の停止や取消など)を執行する行為は、連邦政府機関と同等の「準司法・準政府的機能」を果たすものと解釈されています。そのため、SROとその役員は、これらの規制責任の遂行において「絶対的免責特権(Absolute Immunity)」を享受するという強固な法理が確立されています。

この点に関して極めて重要なリーディングケースが、合衆国第二巡回区連邦控訴裁判所によって下された以下の判決です。

判決例(1)

  • 裁判所名:合衆国第二巡回区連邦控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Second Circuit)
  • 判決年月日:2011年2月22日判決
  • 当事者名:Standard Investment Chartered, Inc. v. National Association of Securities Dealers, Inc., 637 F.3d 112 (2d Cir. 2011)
  • 概要:本判決において、第二巡回区連邦控訴裁判所は、SROがSECから委託された規制目的を遂行する過程で行うプロキシの勧誘などの行為は、規制機能に直結する「付随的な行為(incident to regulatory functions)」にあたるため、絶対的免責特権が適用され、民間企業や会員によるいかなる民事上の損害賠償訴訟も認められないと判示しました。

判決例(2)

  • 裁判所名:合衆国第二巡回区連邦控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Second Circuit)
  • 判決年月日:2005年5月26日判決
  • 当事者名:DL Capital Group, LLC v. Nasdaq Stock Market, Inc., 409 F.3d 93 (2d Cir. 2005)
  • 概要:NASDAQが電子システムのエラー等に起因する取引の「取消決定」を遅れて公表したことに対し、投資家が「意図的な事実の隠蔽および詐欺行為」であるとして民事損害賠償を求めた事案です。控訴裁判所は、「SROの規制機能における免責特権は絶対的(absolute immunity must be absolute)でなければならない」と判断し、原告が詐欺や悪意による情報遮断(fraud/bad faith)を主張した場合であっても、免責特権を覆す例外を認めるべきではないとして原告の請求を却下しました。

さらに、米国行政法上の大原則である「行政上の救済手段の尽くし(Exhaustion of Administrative Remedies)」の原則も、日本企業にとって高い司法の壁となります。NASDAQの上場廃止や取引停止の決定に不服がある場合、発行体は直ちに連邦地方裁判所へ提訴することは認められません。

企業は、まずNASDAQ内部の Hearings Panel に審査を請求し、その決定に不服がある場合には Nasdaq Listing and Hearing Review Council(上場聴聞レビュー評議会)への不服申立てを行うことができます。取引所としての最終決定を経た後は、連邦証券取引委員会(SEC)に対する不服申立て(15 U.S.C. § 78s(d)に基づく手続)が可能となり、これらの行政プロセスを「尽くした(exhaust)」後にようやく、連邦控訴裁判所に対する司法審査の申立てが可能となります。

この一連の手続きには、数ヶ月から数年に及ぶ膨大な時間と天文学的な訴訟費用を要するため、即時に取引を停止されて株価が急落し、資金調達の途を絶たれたマイクロキャップ企業にとって、実質的な事後救済措置として機能することは期待できません。したがって、事前の機動的な予防措置をあらかじめ講じておくことこそが、唯一無二の防衛策となります。

重複上場・ADR上場を行う日本企業の実務的対抗策:株式併合とADR比率変更

重複上場・ADR上場を行う日本企業の実務的対抗策:株式併合とADR比率変更

時価総額規模が比較的小さい日本企業が、急激な「円安ドル高」の為替変動や、機関投資家・投機筋の一時的な売り圧力によってMVLSが500万ドルの境界線に接近した場合、一切の猶予期間が与えられない新ルール下では即時に市場から強制退場させられるリスクと隣り合わせになります。この破滅的なシナリオを回避するためには、日頃から法務コンサルタントや預託機関と緊密に連携し、以下の2つのコーポレート・アクションをいつでも実行できるよう機動的なガバナンス体制を構築しておく必要があります。

普通株式の株式併合(Reverse Stock Split)

日本国内の普通株式の流動性および株価を調整するために、日本の会社法に基づき「株式併合」を実行する手段です。例えば、30株の普通株式を1株に併合することにより、発行済株式総数を減少させ、理論上の1株当たりの株価を30倍に高めることができます。これにより、NASDAQにおける株価の最低維持基準(通常1ドル。2025年に承認された新ルールでは10セント未満が10営業日続くと即時上場廃止対象)をクリアすることが可能となります。ただし、株式併合は1株当たり株価を引き上げる一方で発行済株式総数を同じ比率で減少させるため、MVLS(上場有価証券時価総額)そのものを増加させる効果はない点に留意が必要です。

しかし、日本法(会社法)に基づき株式併合を実行するためには、株主総会の招集手続を経て「特別決議」(会社法309条2項4号)による承認を獲得しなければなりません。併合に伴って生じる『1株未満の端数』について、会社法235条2項・234条に基づき競売または売却によって換価し、その代金を端数に応じて株主に交付する手続きを要します。

これらのプロセスには数ヶ月の準備期間が必要となるため、NASDAQから30営業日のデリスティング猶予を突きつけられてから着手したのでは、即時取引停止までに手続きが完了しないおそれが極めて高いでしょう。

米国預託証券(ADR)の比率変更(ADR Ratio Change)

ADR(American Depositary Receipts)スキームを用いてNASDAQに上場している日本企業であれば、日本国内での株主総会決議や端数処理といった面倒な手続を回避し、米国預託機関との合意のみで「ADR比率変更」を迅速に実行できるケースがあります。ADR ratio とは、預託されている日本国内の原株式と、米国で流通する預託証券(ADR)との比率を指します。

例えば、従来「1 ADRが10普通株式を代表する(1:10)」という設定であった比率を、「1 ADRが50普通株式を代表する(1:50)」へと引き上げる変更を行います。これにより、日本側の普通株式の権利や株主名簿には一切の手を加えることなく、米国側のADR1単位あたりの株価を5倍に高めることができ、最低株価基準への抵触リスクを機動的にコントロールすることが可能です。もっとも、ADR比率の変更もMVLSの総額自体を変化させるものではないため、500万ドルのMVLS基準への対応としては、公募増資・第三者割当増資・ATM(At-the-Market)オファリング等による資本調達や、時価総額の維持・向上に向けたIR施策をあわせて準備しておく必要があります。

こうした比率変更の手続きは、実際に米国預託証券プログラムを活用する海外のバイオ医薬品企業やアジア圏のテック企業の間で、NASDAQの上場維持要件をクリアするための合法的な手段として広く採用されています。

日本企業が選択すべき具体的な予防策の比較および選択 of 指針は以下の通りです。

対策手段実施に必要な主な法的手続・機関実務上の完了所要期間主なメリットと留意点
普通株式の株式併合株主総会特別決議(会社法309条2項)、取締役会決議、裁判所に対する端数処理許可等の申請手続き通常3か月〜半年程度原株式自体の価値を再編できるが、日本法上の厳格なプロセスと端数処理の実務負担が極めて重い。
ADR比率の変更米国預託機関(JPモルガン等)との合意、預託契約(Deposit Agreement)の修正、DTCCとのインフラ調整通常数週間〜1か月程度日本の会社法上の手続きを一切必要とせず、米国預託証券の取引単価を機動的に引き上げてデリスティングを即時回避可能。

まとめ:上場維持と企業価値保護のために迅速なガバナンス構築を

NASDAQによる「SR-NASDAQ-2026-004」の規制強化は、時価総額が500万ドル未満となった企業に対し、是正期間や執行猶予の自動付与という従来のセーフティネットを一切提供しないという、極めて苛烈な市場規律を導入するものです。一度このトリガーが引かれると、修正案(Amendment No. 1)を活用した Hearings Panel への上訴を行ったとしても、審査中はNASDAQでの取引が停止され、かつパネルの裁量行使には厳しい新規上場基準の充足が求められます。また、日本の東証における緩やかな改善期間・整理銘柄期間を通じた退出プロセスとは異なり、米国市場では即時にOTC市場へ格下げされ、かつSROに対する判例法上の免責特権の壁があるため、事後的な司法審査を通じた救済を求めることは実質的に不可能です。

特にADRスキームを通じてNASDAQに上場している日本の小規模企業は、一時的な為替レートの急激な変動や投機的な空売り(ショートアタック)に巻き込まれるだけで、自社の事業実態とは関係なく「即時デリスティング」の危機に直面しかねません。このような最悪のシナリオを回避するためには、日頃から財務指標のモニタリング体制を強化し、必要に応じて「株式併合」や「ADR比率の変更」などのコーポレート・アクションを躊躇なく実行できるような準備を、現地の法律事務所や企業法務アドバイザーと共に整えておく必要があります。

当事務所による対策のご案内

モノリス法律事務所では、企業の国際的な資本戦略、米国証券法規に関わる高度なリスクマネジメント、および複雑なコーポレート・アクションに関する日本の会社法上の対応において、経営陣の皆様が意思決定を行うための多角的なアプローチを提供しています。米国でのビジネス展開や上場維持に向けた予防的なリーガル・ガバナンスに関してお悩みの経営者や法務責任者の皆様を、当事務所がサポートいたします。

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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