NASDAQ上場で必要なコーポレートガバナンス要件とは
日本企業のNASDAQ上場に関連して、「日本の証券市場への上場よりも、NASDAQへの上場の方が、コーポレートガバナンスの要求水準が高い」というイメージを持っている方もいるかもしれません。結論としては、「NASDAQへの上場の方がガバナンスの要求が厳しい、とは言えない」と思われますが、なぜそのような結論となるか、NASDAQ上場基準のコーポレートガバナンス要件について、日本企業がNASDAQに上場する場合を念頭に、解説します。
後述するように、日本企業がNASDAQに上場する場合、原則的に、「(アメリカから見て)外国企業が上場する場合の特例」が適用されます。従って「アメリカの企業がNASDAQに上場する場合のコーポレートガバナンス要件」とは異なる要件が求められることになり、これが重要なポイントとなります。
この記事の目次
NASDAQ上場基準とコーポレートガバナンス要件
NASDAQ上場基準は、「Rulebook – The Nasdaq Stock Market」として公開されています。
参考:Rules | The Nasdaq Stock Market
NASDAQ市場は3種類に分かれており、上場基準が厳しい順に、「グローバル・セレクト・マーケット」「グローバル・マーケット」「キャピタル・マーケット」となっています。上記のうち、多くの日本企業は、上場基準が最も緩い「キャピタル・マーケット」で上場しています。
そして、NASDAQキャピタルマーケットに上場することを前提とすると、満たすべき要件は、大きく以下の2種類となります。
- Rule 5100, 5200 及び 5500 Seriesの「quantitative listing requirements(定量的上場要件)」(キャピタルマーケット上場の際にこれらが参照されるべき事について、Rule 5005(a)(28))
- Rule 5600 Seriesの「corporate governance requirements(コーポレートガバナンス要件)」(全ての企業に対してこれらが参照されるべき事について、Rule 5001)
本記事では、このうちの後者、コーポレートガバナンス要件について解説します。
なお、付言すると、キャピタルマーケット以外について、グローバルセレクトマーケットの場合には5500ではなく5300シリーズ、グローバルマーケットの場合には5400シリーズが適用されます。
日本企業と「外国民間発行体」
日本企業は、NASDAQに、外国民間発行体(Foreign Private Issuers)(FPI)として上場することになるのが通常です。外国民間発行体とは、the Securities Exchange Act of 1934(1934年証券取引所法)Rule 3b-4によって定義されている、(アメリカから見て)外国の企業です。
外国民間発行体とは、直近に完了した第2会計四半期の最終営業日の時点で、下記の(1)と(2)の各号どれにもあてはまらない、外国政府以外の外国発行体を意味する。
1934年証券取引所法 Rule 3b-4 / 当事務所による意訳
(1) 発行者の発行済み議決権証券の50%以上が直接的または間接的に米国居住者によって保有されている
(2) 以下のいずれかに該当する場合
(i) 執行役員または取締役の過半数が米国国民または居住者である
(ii) 発行者の資産の50パーセント超が米国にある
(iii) 発行者の事業が主に米国で運営されている
簡単にまとめれば、株主・役員・資産・事業の全てが日本(などアメリカ以外)を中心としている場合が、外国民間発行体です。
以上は1934年証券取引所法が定義する外国民間発行体ですが、NASDAQ上場基準のRule 5005(19)と5005(1)で、NASDAQ上場基準においても同義であるとされています。
外国民間発行体に対する規律の仕組み
そして、外国民間発行体に対しては、以下のような定めを置くRule 5615(a)(3)が適用されます。
- 外国民間発行体は、Rule 5600シリーズの要求事項、Rule 5250(b)(3)に定める取締役の報酬開示の要求事項、Rule 5250(d)に定める年次等報告書の配布の要求事項の代わりに、自国の慣行に従うことができる。
- ただし、コンプライアンス違反の通知要件(Rule 5625)、議決権要件(Rule 5640)、取締役の多様性要件(Rule 5605(f))、取締役会の多様性に関する開示規則(Rule 5606)を遵守し、Rule 5605(c)(3)を満たす監査委員会を設置しなければならず、また、当該監査委員会の委員はRule 5605(c)(2)(A)(ii)の独立性要件を満たさなければならない。
- 本項に規定されている場合を除き、外国民間発行体は、Rule 5000シリーズの要求事項に準拠しなければならない。
これらの規定により、外国民間発行体に対しては、以下の規律が行われます。
- 5200シリーズのうち5250(b)(3),5250(d)に定める事項について、これらの代わりに、自国の慣行に従うことができる
- 5600シリーズについて、原則、これらの代わりに、自国の慣行に従うことができる
- 例外的に、5625,5640,5605(f),5606,5605(c)(3),5605(c)(2)(A)(ii)は、NASDAQ上場基準を適用しなければならない
この結果、日本企業は、NASDAQの一般的なコーポレートガバナンス要件の大部分の適用を受けないことになります。例えば、NASDAQでは、一般論としては報酬委員会の設置が必要ですが、これもその「代わりに、自国の慣行に従う」ことが可能です。そして、取締役会に同じ機能を持たせることが、NASDAQに上場する日本企業にとっての「スタンダード」な方法となっています。
外国民間発行体に適用されるコーポレートガバナンス要件
外国民間発行体が「代わりに、自国の慣行に従う」ことができず、NASDAQ上場基準を適用する必要がある要件は、以下の通りです。
- Rule 5625(非遵守の通知要件):企業がRule 5600 Seriesに違反していることを認識した場合に、迅速にNASDAQに通知する必要があります。ただ、これは「上場要件」というよりは、上場後の遵守事項と整理されるべきものでしょう。
- Rule 5640(議決権要件):株主の議決権は、企業行動または発行によって不当に削減または制限されてはなりません。このような企業行動または発行の例には、段階的投票プランの採用、上限付き投票権の採用、複数議決権株式の発行、または交換オファーによる既存普通株式の1株あたりの議決権よりも少ない議決権を持つ株式の発行が含まれますが、これらに限定されません。
- Rule 5605(f)(取締役の多様性):取締役の中に多様性(女性、少数派、LGBTQ+のいずれか一つ以上のカテゴリーに該当すると自認する個人)を持った人を一定数(取締役が5人以下なら1人、6人以上なら2人)置くか、置かないことの説明をしなければならない。
- Rule 5606(取締役会の多様性に関する開示規則):取締役会の多様性についての情報を開示する必要があります。
- Rule 5605(c)(2)(A)(ⅱ)(監査委員会の構成):1934年証券取引所法10A-3(b)(1)規定の「独立性」の要件を満たす3名以上のメンバーで構成される監査役会を設置する必要があります。
- Rule 5605(c)(3)(監査委員会の責任と権限):監査役会は、1934年証券取引所法 10A-3(b)(2)(3)(4)(5)規定の権限を持つ必要があります。なお、投資会社の場合は匿名の通告も要件とされています。
NASDAQ上場企業における監査委員会の構成
上記のように、「監査委員会」を組成する必要があるのがNASDAQ上場の特徴です。ただ、日本法上の監査役会や監査等委員会は、通常は、1934年証券取引所法が定める要件を満たします。したがって、日本法上での監査役会または監査等委員会を設置し、それをNASDAQ上場のための監査委員会とすることが、NASDAQに上場する日本企業にとっての「スタンダード」な方法となっています。
補足すると、以下のような構造です。
まず、日本法では、監査役会や監査等委員会の設置は、必ずしも義務ではありません。監査役を置かず、または1名の監査役のみを選任して監査役会を設置しないという選択肢もあり得ます。ただし、公開会社かつ大会社(資本金5億円以上などの条件を満たす会社)の場合は設置が義務となります。通常、NASDAQ上場によって資金調達を行うと、資本金は5億円を超えることになりますし、超えないとしても、監査役会の設置は、一定以上の規模の会社として、やはり行う方が望ましいとは言えます。
そして、日本法における監査役会や監査等委員会の詳細な要件は本記事では割愛しますが、共に3名以上で、過半数が社外である必要があります。
そこで、こうした条件等に適合する監査役会または監査等委員会を設置し、それをNASDAQ上場のための監査委員会とする、というのが、上記の「スタンダード」な方法です。
監査委員会の責任と権限
また、監査委員会の持つべき責任と権限は、1934年証券取引所法にて、以下のように定められています。
(前略)
1934年証券取引所法 Rule 10A-3(b) / 当事務所による意訳
(2) 登録公認会計士事務所に関する責任:監査委員会は、取締役会の委員会としての立場において、監査報告書の作成もしくは発行、または上場発行体のためにその他の監査、審査もしくは証明サービスを行う目的で雇用された登録公認会計士事務所の 選任、報酬、雇用継続および業務の監督(財務報告に関する経営陣と監査人との間の意見の相違の解決を含む)について直接責任を負わなければならず、また、各登録公認会計士事務所は監査委員会に直接報告しなければならない。
(3) 苦情(Complaints):各監査委員会は、以下の手続を確立しなければならない。
(i) 上場発行体が会計、内部会計管理、監査事項に関して受け取った苦情(Complaints)の受領、保管および処理
(ii) 上場発行体の従業員による、疑わしい会計または監査事項に関する懸念の秘密かつ匿名の提出
(4) 顧問を雇う権限:監査委員会は、その職務を遂行するために必要であると判断した場合、独立弁護士やその他の顧問を雇う権限を有しなければならない。
(5) 資金調達:上場発行体は、取締役会の委員会として監査委員会が決定する適切な資金を、以下の支払いに充てなければならない:
(i) 上場発行体のために、監査報告書の作成又は発行、その他の監査、レビュー又は監査業務の遂行の目的で雇用された登録会計事務所に対する報酬
(ii) 本項(b)(4)に基づき監査委員会が雇用するアドバイザーに対する報酬
(iii) 監査委員会がその職務を遂行するために必要または適切な通常の管理費用
これに関しては、日本の会社法上で監査役会や監査等委員会に要求されていないものもあるため、NASDAQ上場のために新たに整備を行う必要があります。
日本法の遵守とコーポレートガバナンス
そして、Rule 5615-3より、Rule 5600.5250(b)(3)または5250(d)の要件の代わりに本国の慣行に従うことを選択する外国民間発行体は、その会社の本国の独立弁護士からの書面による声明をNASDAQに提出し、会社の慣行が本国の法律で禁止(prohibited)されていないことを証明しなければなりません。すなわち、日本法の遵守が求められます。
ただ、ここでポイントとなるのは、あくまで遵守が求められているのは日本法であり、日本国内の証券取引所が策定する、いわゆるソフトローとしての上場基準等ではないということです。例えば、いわゆるコンプライアンスマニュアルの整備は、日本法によって法律として義務付けられるものではないので、NASDAQ上場のために「必要」とは言えない、ということです。
とはいえ、例えば、関連当事者取引を管理するための関連会社管理規程は、多くの場合は、実際問題として作成することが望ましいものとなります。NASDAQや監査人(auditor)は、関連当事者取引に関しては、利益相反の防止と株主の利益保護の観点より、厳しい審査を行うからです。こうした細かい議論は諸々存在するため、「どこまでのガバナンスを実現するか」は、会社毎に検討されるべき事柄です。
日本企業が実現すべきコーポレートガバナンス
以上より、NASDAQに上場する日本企業に求められるガバナンスは、大きくは、以下のようにまとめることができるでしょう。
- 外国民間発行体として上場する場合であっても、いくつかの点については、NASDAQの上場基準への適合が必要となります。
- 特に、監査委員会の責任と権限については、日本市場への上場の場合と異なる、NASDAQ上場基準の詳細を理解する必要があります。
- その他の点に関しては、日本の法令を遵守することで足ります。
このため、「要件」という意味では、NASDAQ上場の際に日本企業に求められるコーポレートガバナンスの水準は、あまり高くない、というのが結論でしょう。ただ、コーポレートガバナンスが不十分な企業に十分な株価がつくか、といった問題はあり、例えば上記で例として挙げたコンプライアンスマニュアルも、適切なガバナンス、内部統制、リスク管理を確保するため、「整備しておく方が望ましい」とは言えるでしょう。
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