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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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介護事業者のM&Aにおける主要スキームとそれらの相違点

介護事業者のM&A

介護業界は、小規模事業主が中心であるという業界構造に加えて、平成23年の高齢者の居住の安定確保に関する法律の改正等による、高齢者向け施設の競争激化、慢性的な人手不足や採用コスト増加、3年に一度見直しが行われる介護報酬改定など、様々な外部要因もあり、特に大規模事業主によるM&Aが活発に行われている領域です。

こうした介護業界でのM&Aの典型例は、事業所を有している売主が、当該事業主を買主に「売却」する、というものです。ただ、この「売却」を、どのようなスキームで行うべきかは、ケースバイケースでの検討が必要な問題です。事業譲渡、会社分割、吸収合併や、売主企業の株式の譲渡など、様々な手段の中で、当該事案における最適解を探る必要があります。

介護事業所のM&Aについて、主要なスキームと、各スキームの概要について解説します。

「(一部の)事業」をM&Aの対象とする事業譲渡

「事業の一部」をM&Aの対象とする事業譲渡

「事業譲渡」とは

事業譲渡は、売主の行うビジネスの中の一部(又は全部)である「事業(という単位)」を、買主に譲渡する手法です。すなわち、売主が、M&Aの対象となる事業所以外の事業、例えば、他の事業所や、場合によっては介護以外の事業も行っており、特定の事業所のみをM&Aの対象としたい場合などが、事業譲渡を用いるべき場面の典型です。

事業譲渡は、後述する「合併」のように、会社の有する資産や債務を一括で承継させるものではなく、売主の有する資産や債務、取引上の地位などを、個別の契約で一つずつ承継させるものです。このため、事業譲渡は個々の売買契約等が束になったものということができます。別の言い方をすれば、売主が複数の事業等を行っており、その一部のみを買主に譲渡したい場合は、「合併」といったスキームを用いることはできず、事業譲渡か、後述する会社分割の手段を用いる必要がある、ということになります。

関連記事:M&A「事業譲渡」の手続きを解説 メリット・デメリット、注意点は?

事業譲渡を行うための手続は、株式会社の場合と社会福祉法人の場合とで異なります。

株式会社と社会福祉法人における事業譲渡

まず、株式会社の場合は、取締役会決議や株主総会特別決議が必要となります。

次に、社会福祉法人の場合、社会福祉法には事業譲渡に関する規定が置かれておらず、株式会社の場合と同様の手続は不要です。ただし、社会福祉事業を行うために直接必要な基本財産(施設として利用する所有不動産等)を、定款に明記することが求められているため、事業譲渡によってこれに変更が生じる場合は定款変更が必要であることに注意が必要です。

そして、社会福祉法人の定款変更は、原則、評議員会の決議を得て都道府県知事の認可を受ける必要があり、基本財産の処分等に関しても、同様に、評議員会の決議を得て都道府県知事の認可を受ける必要があります。

介護事業における事業譲渡の際の注意点

また、補助金による財産取得が一般的な介護事業の場合、事業譲渡の譲渡対象資産に、国庫補助によって取得された財産が含まれていないかという点にも、注意が必要です。こうした財産は、補助金等の交付目的に反して使用することが禁止されているため、第三者(買主)への売却(という処分)を行うことも原則的にできないからです。こうした場合は、原則的には、事業譲渡前に厚生労働大臣に対して、財産処分承認申請を行う必要があります。この承認を譲渡前、すなわち事業譲渡の実行前に受ける必要があるため、事業譲渡全体との関係で、スケジュールを適切に設定する必要がある、ということになります。

「会社の一部」をM&Aの対象とする会社分割

株式会社から株式会社に対するM&Aであれば、売主の会社から「特定の事業所(に関連する所有権等や債権、契約関係等)」といった一部を切り出し、売主に取得させる、会社分割というスキームを用いることもできます。切り出された事業を新たな株式会社とする場合を新設分割、切り出された事業を買主企業の事業の一つとする場合を吸収分割といいます。

事業譲渡と会社分割は、介護事業に限らず、株式会社間のM&Aで一般的に、「類似している」が「相違点もある」2個の方法として比較されるケースが多いものです。また、下記記事にて記載したとおり、会社法上の組織再編行為である会社分割では、個々の債権者の同意を得ずに包括的に財産等が承継されることになるため、組織再編を行う旨を債権者に対して事前に通知し、債権者からの異議申立てを受け付ける、債権者保護手続が法定されています。

関連記事:「事業譲渡」と「会社分割」の知っておきたいメリットとデメリット

そして、事業譲渡は、あくまで譲渡対象資産としてリストアップされた個別の財産や債権、契約等を譲渡する、個別承継と呼ばれるスキームですが、会社分割は包括的に財産等が承継される、包括承継と呼ばれるスキームであるため、従業員との雇用契約についても新たに締結し直すことはなく、売主が個々の従業員と締結していた雇用契約が売主に当然に承継されます。

両手続にメリット・デメリットや注意点があるので、こうした点を踏まえながらスキームを設計する必要があります。

「会社や社福の全て」をM&Aの対象とする合併

「会社や社福の全て」をM&Aの対象とする合併

売主の事業の全てを買主に対して譲渡する場合は、吸収合併・新設合併か、株式譲渡を用いるのが一般的です。

吸収合併(新設合併)とは、売主の株式会社や社会福祉法人の法人格そのものを消滅させ、その全ての事業を買主が吸収する、という合併方法です。すなわち、売主が、M&Aの対象となる事業所以外の事業、例えば、他の事業所や、場合によっては介護以外の事業も行っている場合には、特定の事業所のみではなく、他の事業所や介護以外の事業も、M&Aの対象とされることになります。

吸収合併(新設合併)は、株式会社同士でも、社会福祉法人同士でも可能なのですが、株式会社と社会福祉法人など、異なる組織形態同士では行うことができません。また、買主の法人格がそのまま存続され、その法人格に売主の法人格が吸収される場合を「吸収合併」、売主と買主の双方の法人格が新たに設立される法人に吸収される場合を「新設合併」といいます。

株式会社同士の吸収合併(新設合併)の場合は株主総会特別決議が必要となり、社会福祉法人同士の吸収合併(新設合併)の場合は評議員会の承認決議が必要となります。また、事業譲渡の場合と同様、定款変更や認可申請が必要となるケースがあります。

また、介護業界特有の問題として、上述の事業譲渡の場合と同様、所轄庁への申請、合併認可申請や定款変更申請が必要となるケースがあります。

「会社の全て」をM&Aの対象とする株式譲渡

売主が株式会社であり、その事業の全てを買主に対して譲渡する場合、吸収合併(新設合併)など、会社法などの規定する狭義のM&Aではなく、株式の譲渡によることが、最も簡便な方法ではあります。株式は(売主である)株式会社の価値の断片であるため、その全株式を譲渡すれば、当該株式会社のもつ全ての事業を、結果的に譲渡することが可能だからです。売主企業の全株式を買主である株式会社に取得させれば、親会社を買主、子会社を売主とする、完全親子会社の構造を作ることが可能です。

この場合、法人格や各法人格が所有する事業を変更する必要はなく、単に売主企業の株主が変更されるだけであるため、株主変更に関する手続以外の各種手続き、例えば債権者保護手続や許認可申請等は必要がないことが原則です。

また、社会福祉法人には「株式」や「出資」という概念が無いため、評議員会の構成員である法議員や理事会の構成員である理事のメンバーを変更することで、実質的な所有者や事業主体を変更し、実質的に「M&A」を行うケースもあります。

まとめ

M&Aなどによる事業の承継を検討している介護事業者やM&Aの担当者は、それぞれのスキームの基本的な内容や違いは理解しておく必要があります。

もっとも、実際に必要となる手続は非常に複雑です。また、大規模な事業譲渡や会社分割等の手続ではリスク回避のために法務や会計・税務のデューデリジェンスが不可欠です。

このため、実際にM&Aを実行に移す場合には、早い段階で弁護士などに相談することをおすすめします。また、税務や会計面に関しては公認会計士や税理士の関与も求めることが通常です。

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介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、様々な法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:株式・M&A関連法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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