介護現場における利用者からの暴力と労災・損害賠償の問題を解説
介護現場における利用者からの暴力は深刻な問題です。従事する介護職員の心身に大きな負担をもたらします。特に、認知症などの疾患を持つ利用者からの暴力行為は予測が難しく、介護職員が身体的・精神的な被害を受ける場合が少なくありません。
このような暴力に対して、労災や損害賠償の問題が発生しますが、これにはいくつかの法律や制度が関与しています。介護現場での暴力には、施設側のサポートや法的な対応を含めた総合的な対策が必要です。暴力を未然に防ぐためのリスク管理や職場環境の改善も大切な要素です。
本記事では、暴力の実態、労災認定や損害賠償請求の可能性、具体的な予防策と対応策を詳しく解説します。施設と職員の安全と安心を守るための情報として、ぜひ参考にしてください。
この記事の目次
介護現場における暴力の実態
介護の現場では、さまざまな形態の暴力があり、職員の心身に深刻な影響を与えているのが現実です。これらの暴力は、身体的なものから精神的なもの、性的なものまで多岐にわたります。以下、それぞれの暴力の実態について詳しく解説します。
身体的暴力
身体的な暴力は、介護職員にとって深刻な脅威であり、形態は多岐にわたります。例えば以下の例が挙げられます。
- 怒りにまかせた利用者から叩かれる
- 足を振り上げられて蹴られる
- 腕をつねられる
- 顔や首を引っ掻かれる
施設の利用者からこのような直接的な攻撃を受ける場合があります。これらの行為は、あざや切り傷など、身体的なけがを引き起こす可能性があり、とても危険です。物を投げつけられる場合も少なくありません。例えば、食事の際に使用した食器や、リモコン、杖などが投げつけられる場合もあります。力任せに服を引っ張られるというのも身体的な暴力です。
他にも、以下のような事例があります。
- 入浴介助中に突然利用者に叩かれ、顔面にケガを負ったケース
- 食事の配膳中に気に入らないことがあったらしく、利用者に食器を投げつけられ、腕に切り傷を負ったケース
- 車椅子への移乗介助の際に、バランスを崩した利用者に髪を引っ張られ、頭皮に痛みを覚えたケース
身体的な暴力は、職員に肉体的な苦痛を与えるだけでなく、精神的にも大きな苦痛となることもあります。暴力を受けた職員は、恐怖心や不安感に苛まれ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する可能性もあります。仕事に対する意欲が低下し、離職に至るケースも少なくありません。
精神的暴力
精神的な暴力は、身体的な暴力と異なり目に見えにくいため、深刻さが軽視されがちです。しかし、職員の心に深い傷を残し、長期的な苦痛を与える可能性があります。
暴言は、その代表的な例です。人格を否定するような言葉や、きたない言葉で悪口を浴びせられることで、職員の自尊心は傷つけられ、自己肯定感の低下を招く可能性があります。
威圧的な態度や言動も精神的な暴力に該当します。大声で怒鳴られたり、にらみつけられたりすることで、職員は萎縮し、恐怖心を抱くようになるためです。このような状況下では、冷静な判断ができなくなり、ケアの質が低下する恐れがあります。
理不尽な要求を繰り返し突きつけられることも、職員の精神的な負担になりえます。
- 「あれを持ってこい」「今すぐやれ」といった命令口調
- 夜中でも構わず呼びつける行為
以上は職員の心身を疲弊させます。要求に応え続けることで、職員は過度なストレスを抱え込み、心身のバランスを崩してしまいます。
具体的な事例は以下の通りです。
- 入浴介助を拒否した利用者から「役立たず」「お前なんか辞めちまえ」と罵倒されたケース
- 夜勤中に何度もナースコールで呼び出され、その度に「早く来い」「眠れないじゃないか」と怒鳴られたケース
- 些細なミスを執拗に責め立てられ、「こんなこともできないのか」「お前はクビだ」と罵倒されたケース
精神的な暴力は、周囲から理解されにくく、被害を受けた職員が一人で抱え込んでしまうケースも少なくありません。「自分が悪いのではないか」と自分を責めてしまう職員もいますが、決してそうではないと認識させる必要があります。精神的な暴力は、加害者側に問題がある行為であり、決して許されるべきではありません。
性的暴力
性的暴力は、介護職員の尊厳を著しく傷つけ、心身に深刻なダメージを与える卑劣な行為です。身体への不適切な接触は典型的な例です。
例えば以下の場合が挙げられます。
- 介護の際に身体を必要以上に触れる
- 抱きついたりキスを迫ったりする
- 性的な目的で身体を触る
以上の行為は、性的暴力に該当します。職員に嫌悪感や恐怖心を与え、トラウマとなる可能性も高い行為です。
わいせつな言動も性的暴力の一種です。性的な内容の言葉を投げかけたり、卑猥な冗談を言ったりする行為は、職員を不快にさせ、精神的な苦痛を与えます。また、性的な内容の画像や動画を見せるのも、性的暴力です。職員の尊厳を侵害するだけでなく、職場環境を悪化させる要因となります。
性的行為の強要も、看過できない重大な問題です。
- 性的な行為を強要する
- 性的なサービスを要求する
以上は職員の人格を否定するものであり、断じて許されるべきではありません。職員に深刻な精神的ダメージを与え、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神疾患を引き起こす可能性もあります。
さらに具体的な事例として以下が挙げられます。
- 入浴介助中に利用者から体を触られたり、性的な言葉をかけられたケース
- 訪問介護の際に、利用者から性的な行為を強要されたケース
性的暴力は、被害者が羞恥心や恐怖心から、被害を訴えられないケースも多いのが現状です。しかし、性的暴力は決して許されるべき行為ではありません。
介護の現場は、利用者と職員が信頼関係を築き、互いに尊重し合うべき場所です。性的暴力は、この信頼関係を根底から覆す行為であり、厳正な対処が必要です。
介護現場における暴力と労災認定
介護現場における暴力は、職員の心身に深刻な影響を及ぼし、離職の一因ともなり得る重大な問題です。このような暴力による被害は、労災として認められる可能性があります。
身体的な暴力によるケガはもちろん、暴言やセクハラなどの精神的な暴力による精神疾患も、条件を満たせば労災認定の対象です。以下、それぞれのケースについて詳しく解説します。
身体的暴力によるケガ
介護の現場では、職員が利用者からの暴力によってケガを負うケースが残念ながら少なくありません。しかし、このような場合、利用者からの暴力によるケガは労災として認められる可能性があります。
労災認定の基準は、業務遂行性と業務起因性の2つです。業務遂行性は業務中にケガをしたかどうか、業務起因性はケガと業務の間に因果関係があるかどうかの基準です。介護職員が利用者からの暴力でケガをした場合、基準は満たされます。
つまり、業務中に利用者から暴力を受けてケガをした場合、労災として認められる可能性はとても高いです。労災が認められれば、治療費や休業補償などが受けられるため、職員の経済的な負担を軽減できます。
労災の認定は労働基準監督署が行うため、申請したものすべてが認められるわけではありません。しかし、利用者からの暴力によるケガは、労災認定の可能性が高いことを覚えておいてください。安心して仕事に集中できる環境づくりのためにも、労災制度の積極的な活用が大切です。
暴言やセクハラ等による精神的損害
介護現場では、身体的な暴力だけでなく、暴言やセクハラなどの精神的な暴力も深刻な問題です。目に見えない暴力は、職員の心を深く傷つけ、うつ病や適応障害などの精神疾患を引き起こす可能性があります。このような精神的な損害も、条件を満たせば労災として認められる場合があります。
精神疾患での労災認定の条件は以下の3つです。
- 発症した精神疾患が対象となること
- 発症前の6カ月以内に業務による強い精神的負荷があったと認められること
- 業務以外の要因で発症したとは認められないこと
特に、暴言などの精神的な暴力による精神疾患の場合、業務との因果関係の証明が重要です。暴言の録音や、同僚や上司からの証言など、客観的な証拠を収集し、業務による強い精神的負荷があった事実を示さなければなりません。
精神的な暴力は目に見えにくいため、労災認定が難しいと感じるかもしれません。そのため、専門機関や弁護士に相談し、適切な手続きを進めることが大切です。
介護職員が安心して働ける環境を作るためには、事業者は身体的な暴力だけでなく、精神的な暴力にもしっかりと目を向け、適切な対策を講じなければなりません。
介護現場での利用者からの暴力に対する損害賠償の問題
労災保険では、業務中のケガや病気に対して職員に対して一定の補償が提供されますが、被った損害すべてをカバーするわけではありません。特に、利用者からの暴力による精神的苦痛に対する慰謝料などは、労災保険では補償されません。このような場合、暴力の被害を受けた職員は、損害賠償請求によって不足分の補填を受けることができます。
損害賠償請求は、加害者に対して損害の補償を求める行為ですが、労災の場合でも、一定の条件を満たせば可能です。
利用者からの暴力による損害賠償請求の根拠は、第三者行為災害と安全配慮義務違反の2つです。
第三者行為災害とは、労災の原因が第三者(この場合は利用者)の行為による場合を指します。利用者からの暴力が該当するため、原則として利用者に対して損害賠償請求が可能です。利用者に責任能力がない場合は、その家族などが監督義務者として責任を負う可能性があります。
また、施設側に安全配慮義務違反があった場合、事業者が損害賠償請求される可能性があります。安全配慮義務とは、事業者が従業員の安全と健康を守るために必要な措置を講じる義務です。
例えば、事業者が利用者の暴力傾向を把握していながら適切な対策を取らなかった場合などは、安全配慮義務違反とみなされる可能性があるため、注意してください。
介護現場における暴力への6つの対策
介護現場における利用者・その家族による暴力は、職員の心身に深刻な影響を与えるだけでなく、質の高いケアの提供を妨げる重大な問題です。介護事業者は、これらの問題に対処し、職員が安心して働ける環境を確保するためには、包括的な対策をとることが不可欠です。
以下に、介護現場での暴力への対応と予防として、特に重要な6つの対策を詳しく解説します。
個別ケア計画の作成
個別ケア計画は、利用者の状態やニーズに合わせて作成されるケアプランであり、暴力への対応と予防においても重要な役割を果たします。
計画には、利用者の身体状況、認知機能、精神状態、過去の暴力行為などを詳細に記録し、具体的な対応策を記載する必要があります。例えば、特定の状況や刺激が暴力行為の引き金になる場合は、それを避けるための環境調整やコミュニケーション方法を計画に組み込みます。
また、利用者の状態変化を定期的に評価し、必要に応じて計画を見直すのも重要です。
環境調整
環境調整は、利用者の安心感を高め、暴力行為を抑制するための重要な対策です。照明、音、温度、家具の配置などを工夫し、利用者が落ち着いて過ごせる空間を作り出さなければなりません。
また、緊急時の避難経路を確保し、利用者や職員が安全に避難できる体制を整えなければならない点も押さえておいてください。
コミュニケーション
コミュニケーションは、利用者との信頼関係を築き、暴力行為を予防するための基盤です。利用者の言葉に耳を傾け、共感的な態度で接しなければなりません。
また、利用者の感情を理解し、適切な言葉で表現するよう促すのも有効です。利用者とのコミュニケーション記録を残し、他の職員と共有すると、より効果的なコミュニケーション方法を模索できます。
職員研修
職員研修は、暴力・暴言に対する予防や対策を目的として定期的に実施することが重要です。研修では、暴力に対する組織としての基本方針や基本的な考え方を学びます。
事例検討や対応策の共有を通じて、利用者の状況に応じた適切な対応を取ることで、さまざまなトラブルの防止につながります。
記録と報告
暴力行為が発生した場合は、日時、場所、状況、対応内容などを詳細に記録します。利用者の状態変化やケア内容についても記録し、暴力行為との関連性を分析します。暴力行為の記録は、職員間で共有し、組織的な対応につなげることが重要です。
記録した情報は、職員間で共有し、組織的な対応につなげなければなりません。そのためには、報告を適切に行う必要があります。報告は、速やかに上司や管理者に行い、事実を正確に伝えてください。口頭だけでなく、記録を共有することで、より正確な情報伝達が可能です。
正確な記録と迅速な報告は、暴力行為の再発防止だけでなく、職員の安全確保、利用者への適切なケアの提供にもつながります。
組織的な対応
組織的な対応は、暴力への対応と予防を効果的に進めるために不可欠です。暴力が起こった際に職員個人の裁量に任せきりにしていると、事態が悪化するリスクが高まります。
当事者の職員が1人で問題を抱え込むと、暴力や要求がエスカレートし、より深刻な事態を招く可能性があります。また、適切な対応が取られないまま放置されると、職員の離職リスクが高まるだけでなく、施設側が安全配慮義務違反の嫌疑をかけられる恐れも出てきます。
そのため、管理職のような上長も対応に加わり、他の利用者に配慮しながら、組織全体で問題解決に取り組むことが重要です。
具体的には、まず暴力への対応マニュアルを作成し、職員間で共有することが有効です。マニュアルには、緊急時の対応手順、報告体制、相談窓口などを明記します。そして、定期的なミーティングを開催し、暴力に関する情報共有や対応策を検討するのもサービスの質の改善につながります。
まとめ:介護現場での労災・損害賠償は弁護士に相談を
介護現場における暴力は、職員の心身に深刻な影響を与えるだけでなく、質の高いケアの提供を妨げる重大な問題です。身体的暴力、精神的暴力、性的暴力など、その形態は多岐にわたり、職員は常に暴力のリスクにさらされています。
暴力を受けた職員は、労災認定を受けることで治療費や休業補償などの経済的な支援を受けられます。また、損害賠償請求によって、精神的苦痛に対する慰謝料など、労災保険ではカバーされない損害の補填も可能です。
暴力の発生を予防し、職員が安心して働ける環境を作るためには、多角的な対策が不可欠です。利用者の状態やニーズを把握し、適切なケアを行うと、暴力行為を未然に防げます。職員への研修やサポート体制の強化も重要です。
介護は、人と人とのつながりの中で行われる尊い仕事です。職員が安心して働ける環境を整えることで、利用者にもより良いケアを提供できます。暴力のない、安全で安心できる介護現場の実現に向けて、積極的な取り組みを行ってください。
参考:厚生労働省|社会福祉施設における労働災害防止対策について
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