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法律記事MONOLITH LAW MAGAZINE

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介護施設で事故が発生したらどうする?法的な責任や対処法を解説

介護施設での事故

介護施設での事故は、利用者の安全と生命に直結する重大な問題です。事故が発生した場合、利用者やその家族への対応をするのはもちろん、行政への介護事故報告書の提出などさまざまな業務を行う必要があります。万が一、利用者や家族から訴訟を起こされた場合、法的な問題にも対処しなければなりません。

この記事では、介護事故の具体的な事例や原因、対処法、再発防止対策などを詳しく解説します。事故が発生した場合の対応手順や、事故の予防策を理解することで、利用者や職員の安全を確保し、安心して過ごせる環境を整備できます。

施設内における介護事故の定義

車椅子から倒れる人形

介護事故とは、施設内外で介護サービスの提供時に起こる事故を指し、擦り傷のような小さなものから、死に至るような大きな事故までさまざまです。

株式会社三菱総合研究所が発表した「介護事故予防ガイドライン」では、介護事故について、以下のように定義されています。

施設内および職員が同行した外出時において、利用者の生命・身体等に実害があった、または実害がある可能性があって観察を要した事例(施設側の責任の有無、過誤か否かは問わない)

引用:株式会社三菱総合研究所|特別養護老人ホームにおける介護事故予防ガイドライン

本記事では、この定義をもとに解説します。

介護施設での事故事例

介護施設での事故事例について、公益財団法人介護労働安定センターの調査報告書によると、介護施設内で起こる介護事故の発生状況は、以下のとおりです。(重大事例としておおむね30日以内の入院を伴う事例)

介護事故(276事例)割合
転倒・転落・滑落65.6%
誤嚥(ごえん)・誤飲・むせ込み13%
送迎中の交通事故2.5%
ドアに体を挟まれた0.7%
盗食・異食1.4%
その他5.8%
不明12%

参考:公益財団法人介護労働安定センター|「介護サービスの利用に係る 事故の防止に関する調査研究事業」 報告書

ここでは、シーン別に事故の詳細を解説します。

移動・送迎中の事故

介護事故が起こりやすいのが、移動や送迎中です。例えば、介護施設への送迎中や部屋から浴室・トイレなど別の部屋に移動する際、転倒により骨折や打撲などの事故につながるケースが挙げられます。

具体的な事故事例は、以下のとおりです。

  • ベッドから移動中に転倒した
  • 機械浴用の車椅子から通常の車椅子に移動する際に転落した
  • 送迎車から降りる際に転倒した
  • トイレに一人で移動した際に転倒した

特に、トイレは個室であるため、事故発生時に発見が遅れるリスクもあります。

食事中の事故

介護事故の発生率2位である誤嚥・誤飲・むせ込みは、食事中に起こりやすいです。具体的な事故事例は、以下のとおりです。

  • 利用者が飲み込めない大きさの食べ物を与えてしまい、誤嚥につながった
  • 口の中に食べ物が残っているのを確認せず食事介助を継続し、誤嚥につながった

誤嚥事故は、転倒事故より発生件数は少ないものの、後遺障害が残るケースや、最悪の場合、窒息死につながる恐れもあります。

入浴中の事故

事故が発生しやすいシーンとして、入浴中の事故も挙げられます。具体的な事故事例は、以下のとおりです。

  • 浴室で転倒してしまった
  • 入浴中に具合が悪くなっておぼれてしまった
  • シャワーの温度が熱すぎてやけどを負わせてしまった

特に、冬場は浴室内と外の温度の差によりヒートショックが起こる恐れもあります。ヒートショックは急激な温度変化によって起こるため、浴室と脱衣所の寒暖差をできるだけ少なくするような対策が必要です。

介護事故により起こりうる事態

病院ベッドと救急車

介護事故により起こりうる事態には、さまざまなケースがあります。以下に、具体的な事態を解説します。

利用者のけがや死亡

転倒や誤嚥などにより、骨折や打撲などのけがにつながる恐れがあります。これらのけがは、軽度なものから重篤な後遺症が残るケース、最悪の場合、死亡してしまう事態もあり得ます。

介護事故を起こしたスタッフの精神的負担

介護事故を起こしたスタッフは、自責の念や精神的なプレッシャーを感じ、大きな負担を抱えるケースがあります。

利用者にけがを負わせた場合はもちろん、利用者家族からの苦情や訴訟リスクにより、強いストレスにさらされてしまいます。その結果、精神的に追い詰められ、退職を考えるケースも少なくありません。

利用者の家族から訴えられるリスク

介護事故が起こった場合、利用者の家族から訴えられるリスクがあります。事故後は、施設と利用者・その家族との間で事故の説明や法的責任に関する協議が行われるのが一般的です。

しかし、家族が施設の対応に不満を持ち、納得できない場合や事故原因について異なる認識を持っているなど、交渉が円滑に進まないケースも少なくありません。このような状況では、話し合いがうまくいかず、結果的に家族側から訴えられてしまう恐れがあります。

介護事故が起きる原因

腕を傷める女性

介護事故が起きる原因は、介護スタッフ・施設側と利用者側の2種類にわかれます。ここでは、それぞれの詳細を解説します。

介護スタッフ・施設側が原因のケース

一つ目は、介護スタッフや施設側が原因のケースです。詳細な原因として、以下が挙げられます。

  • スタッフの人手不足
  • スタッフの疲労やストレス
  • スタッフの訓練不足
  • 施設の環境不備・整理整頓不足

スタッフが人手不足の場合、情報共有がうまくいかず、利用者に対して必要なサービスを提供できないリスクがあります。長時間勤務やスタッフ一人への負担増加により、疲労やストレスが蓄積し、判断が鈍ることで事故発生につながるケースも少なくありません。

スタッフに十分な訓練が行われていないと、適切な介助ができず、事故につながるリスクも高まります。また、施設内に段差や障害物、滑りやすい床がある、整理整頓されていないなど、施設環境が原因になる場合もあります。

利用者側が原因のケース

介護事故は、利用者自身が原因になる場合もあります。例えば、認知症・身体機能の障害を持っている方の場合、その場で適切な判断や行動を取れず、事故につながるケースもあります。また、加齢による筋力や体力、視力低下も一因です。

介護には、利用者の能力に応じた生活を送るための自立支援という重要な役割もあります。そのため、利用者の状況に応じて、自分でできるところを行ってもらう必要があります。しかし、この自立を促す行為自体が、事故発生のリスクを伴うのも事実です。

また、スタッフの手を煩わせまいと、自分で無理をして行動するケースも少なくありません。このような行動が、転倒や誤嚥を引き起こす原因となる場合もあります。

介護事故における法的責任

天秤

介護事故が起きた場合、法的責任には、民事上・刑事上・行政上の3つが挙げられます。ここでは、それぞれの詳細を解説します。

民事上の責任

民事上の責任において、主に対象となるのは、不法行為責任(民法第709条)使用者責任(民法第715条)債務不履行責任(民法第415条1項)です。

不法行為責任とは、故意または過失により、他人の権利や法律上保護される利益を侵害した場合に発生する賠償責任です。例えば、スタッフが通常求められる注意義務を怠ったために事故が発生した場合、過失としてその責任を追及される可能性があります。

使用者責任とは、被用者(スタッフ)が事業の執行において第三者に損害を与えた場合、事業のために他人を使用する者が負う賠償責任です。スタッフの行動により事故が発生した場合、スタッフの使用者の責任が問われるケースが多い傾向にあります。

債務不履行責任とは、契約に基づく義務を果たさず、それが原因で相手に損害を与えた場合に発生する賠償責任です。

例えば、過去に転倒事故が発生した場所でありながら、転倒防止策を講じず、再度転倒事故が起こった場合、施設側は利用者に対して損害賠償責任を問われる可能性があります。

刑事上の責任

刑事上の責任で問われる可能性があるのは、業務上過失致死傷罪(刑法第211条)です。業務上過失致死罪とは、業務上必要な注意を怠り、人を死傷させた場合に適用され、違反すると5年以下の懲役もしくは禁錮または100万円以下の罰金に処されます。

スタッフ個人が対象となる場合もあれば、事業者が責任を問われるケースもあります。事業者の責任となり得るのは、事故発生のリスクがあるのにもかかわらず、回避する義務を怠ったために事故が発生した場合です。

一方で、虐待のように悪質な行為がなければ、スタッフ個人に対して責任を問われる可能性は低い傾向にあります。他にも、保護責任者遺棄罪(刑法第218条)や傷害罪(刑法第204条)が成立する場合もあります。

行政上の責任

行政上の責任では、介護保険法が関連し、違反すると指定の取り消しや指定効力の一時停止といった処分を受ける可能性があります。

介護事業所が指定を受けるには、都道府県の条例に定められた人員、設備および運営基準を満たさなければなりません。介護事故が発生し、基準を守れなくなった場合、指定を取り消される恐れがあります。

また、指定取消処分を受けると、介護事業所の運営ができなくなるうえ、取消の日から5年間、新たな指定を受けられません。(介護保険法第70条)

介護事故が発生した場合の対処法とは

白衣を着た女性

介護事故が発生した場合、迅速かつ適切な対応が求められます。ここでは、事故発生時の対処法を解説します。

利用者への対応

介護事故が発生した際、最優先すべきなのは利用者の安全です。利用者の安全を確保し、意識や呼吸の有無、けががないかを確認し、必要に応じて人工呼吸や止血など、応急手当を行います。

必要な対処をしたうえで、救急車や主治医に連絡します。救急車を呼ぶ際には、救急隊員に対して、事故の状況だけでなく、利用者の健康状態や服薬状況、病状などを詳しく伝えることが大切です。利用者の安全が確認できたら、状況に応じて謝罪や事故の説明を行います。

事故の発生後、人工呼吸や応急手当などをしなければならないケースもあるため、日ごろからの訓練や備えが不可欠です。

家族への対応

利用者への対応が終わったあと、もしくはそれと並行して、家族に連絡し、事故の詳細を説明し、謝罪します。家族への連絡が遅くなると、施設に対して不信感を持たれる恐れがあるため、速やかに連絡する姿勢が大切です。

謝罪してしまうと、施設側の非を認めるのではないかと思う方もいるのではないでしょうか。しかし、謝罪せず、施設に責任がないかのような態度を取ると、家族から反感を抱かれる恐れがあります。施設側の謝罪は道徳的責任を認めるものであり、法的責任を認めるものではありません。施設に法的責任があるかどうかは、裁判所で判断されるため、施設側では判断できないからです。

例えば、段差解消の対策が不十分だった場合など、施設の安全配慮義務違反を認めるような謝罪は、法的責任を認めたとみなされ、裁判で不利になる恐れがあります。そのため、安易に法的責任を認めないように注意する必要があります。

謝罪時には、法的責任の所在に関係なく、家族に対して道徳的な観点から謝罪し、ご家族の気持ちに寄り添う気持ちを持つ姿勢が大切です。これにより、家族の気持ちも落ち着きます。

また、賠償が必要な場合は、任意保険を利用する旨や、支払いまでの流れ・時期についても説明します。具体的に説明する内容は、以下のとおりです。

  • 介護事業所は介護事故が発生した際に備え、任意の賠償保険に加入している
  • 施設側の過失により事故が発生した場合、保険を通じて賠償金が支払われる
  • 賠償金が支払われるためには、保険会社による事故調査が必要
  • 事故調査は、スタッフや利用者、家族に対して行われる
  • 施設側に責任があったとしても、治療費や慰謝料の金額は、症状固定までは定まらない
  • 症状固定までに1年かかる場合、事故発生から1年以上経過してから賠償が行われる

※症状固定:事故によるけがに対し、治療を継続しても治療効果が得られない状態

事故後の賠償に関する詳細を説明すれば、家族の安心感にもつながります。

スタッフへの対応

介護事故により、精神的な負担を感じているスタッフの心をケアする努力も欠かせません。スタッフが故意に起こした事故でない限り、相手を責める行為は避けるべきです。

スタッフだけの問題にせず、組織や設備、人員配置などに問題はなかったのかも合わせ、介護事故の原因を追求し、改善策を考えます。万が一、スタッフが故意に事故を起こした場合は、適正な調査のうえ、厳格な対応を行う必要があります。

関係各所への対応

介護事故が起きたあとは、介護事故報告書を作成し、行政へ提出しなければなりません。また、利用者のかかりつけ医や加入している保険会社、弁護士など関係各所に事故の事実を報告します。

介護事故報告書の作成や関係各所への連絡のためには、詳細な事故の説明が不可欠です。当事者や事故の目撃者などに話を聞き、事故の状況を正確に把握し、記録に残しておきます。また、再発防止のために、スタッフ全員に対して注意喚起を行ってください。

介護事故の隠蔽や嘘はタブー

介護事故が発生した際、隠蔽や虚偽の記載は厳禁です。隠蔽や虚偽記載の事実が発覚した場合、行政指導や指定取消などの行政処分を受けるリスクがあります。また、周囲からの信頼を失う結果にもなりかねません。

事故がおおやけになり、訴訟に発展した場合、隠蔽や虚偽の事実が不利に働く恐れもあります。たとえ、施設側に隠す意図がなかったとしても、スタッフ本人が隠蔽するケースもあります。

このような事態に陥らないためには、介護事故を起こしたスタッフだけの責任にせず、組織全体で対応する体制を整える努力が重要です。これにより、事故が起こったときに報告しやすい環境が整い、迅速かつ適切に対応できます。

理不尽な対応を迫られた場合は弁護士に相談しよう

介護事故によって家族などから理不尽な要求を受けた場合は、弁護士に相談するのがおすすめです。利用者やその家族から、法外な補償を求められたり、法的に義務のない要求などをされたりした場合は、冷静に対処する必要があります。

一度でも応じてしまうと、要求がエスカレートしてしまい、対応がさらに困難になる恐れもあります。一方、施設側に法的責任があると判断された場合、損害賠償責任を負わなければなりません。しかし、先述のとおり、施設側に法的責任があるかどうかの判断は裁判所が行うものです。

責任の有無や賠償金額が決定するまでは、安易に利用者や家族と約束を交わさないようにしましょう。弁護士に相談すれば、過去の事例や法的なアドバイスをもらえるため、適切な対応を取れます。

介護事故を予防するための方法

車椅子に乗った男性と介護する女性

介護事故が発生すると、利用者や家族への対応、事故の調査、損害賠償の発生など、多くの課題が発生します。ここでは、介護事故を未然に防ぐための方法を解説します。

ヒヤリハット事例から予防対策を行う

介護事故を予防するためには、ヒヤリハット事例を収集し、予防対策を行う努力が大切です。ヒヤリハットとは、介護事故までには至らなかったものの、一つ間違えれば事故になっていたと予想される事例です。

ヒヤリハット事例には、以下のようなものが挙げられます。

  • 自分以外の食事に手を伸ばして食べそうになった
  • 利用者が一人で施設外に出ていきそうになったところを、直前で引き止めた
  • 敷居に車椅子が引っかかり、転倒しそうになった

昭和4年(1929年)にアメリカのハインリッヒ氏が提唱したハインリッヒの法則によると、1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故、さらにその背後には300件のヒヤリハットが存在するとされています。つまり、ヒヤリハット事例を見過ごし続けてしまうと、いずれ重大な事故が起こる可能性があります。

一つひとつのヒヤリハット事例を収集・共有し、分析や改善策を講じ、大きな事故を起こさないよう努力しましょう。

介護事故に関する会議を定期的に実施する

介護事故を予防するために、介護事故について話し合える場を定期的に設ける努力も大切です。事故の事実が限られた人にしか情報共有されていない場合、他のスタッフが同じ事故を繰り返すリスクもあります。

また、せっかくヒヤリハット事例を集めても、その情報を共有できなければ、それを活かせません。毎月決まった日に会議を実施するように決め、ヒヤリハット事例の共有や検討をしていけば、事故防止につながるのはもちろん、スタッフの意識改革も期待できます。

再発防止マニュアルを作成する

介護事故を未然に防ぐためには、再発防止や事故後対策などのマニュアル作成も欠かせません。介護事故が起こった場合は、事故を分析・評価して原因を突き止め、再発防止策を講じます。

この際、具体的な手順やチェックリストなどをマニュアルにしておけば、スタッフも今後の対応について理解できます。また、事故後に入ったスタッフにも情報共有が可能です。マニュアルは作っただけにせず、スタッフに周知し、共有する努力が大切です。

まとめ:介護事故の対応に困ったら弁護士に相談しよう

弁護士

介護施設を利用されている方のなかには、認知症や身体が不自由な方もおり、どれだけ注意していたとしても、完全に介護事故をゼロにするのは難しいのが事実です。事故が起きてしまうと、利用者やその家族、関係各所への連絡、スタッフへの対応などやらなければならない業務が一気に増えてしまいます。

さらに、万が一、利用者やその家族から訴えられた場合、法的な問題に対応しなければなりません。訴えられなかったとしても、利用者や家族への対応に困るケースもあります。

施設側だけで適切な判断をするのは難しい場合もあるため、弁護士に依頼するのがおすすめです。弁護士に依頼すれば、事故対応について具体的なアドバイスがもらえるのはもちろん、相手との交渉や資料作成をサポートしてくれるため、施設として安心して対応できます。

当事務所による対策のご案内

介護事業は、介護保険法や老人福祉法、会社法など、さまざまな法律の規律が張り巡らされた業界です。モノリス法律事務所は、一般社団法人 全国介護事業者連盟や、全国各都道府県の介護事業者の顧問弁護士を務めており、介護事業に関連する法律に関しても豊富なノウハウを有しております。

モノリス法律事務所の取扱分野:IT・ベンチャーの企業法務

弁護士 河瀬 季

モノリス法律事務所 代表弁護士。元ITエンジニア。IT企業経営の経験を経て、東証プライム上場企業からシードステージのベンチャーまで、100社以上の顧問弁護士、監査役等を務め、IT・ベンチャー・インターネット・YouTube法務などを中心に手がける。

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