経営者・役員が知っておくべき役員責任とは?そのリスクと対策を解説
経営者や役員には、会社の運営における重要な意思決定や業務遂行が求められる一方で、法的責任や業務上のリスクが常に伴います。不適切な判断や行動は、訴訟や賠償請求、株主や従業員との紛争といった重大な影響を及ぼす可能性があります。こうしたリスクに備え、役員責任を正しく理解し、適切な対策を講じることは、経営の安定と事業の持続的な成長に欠かせません。
この記事では、経営に関わる者が責任を問われる可能性があるケースやについて詳しく解説します。また、経営者・役員が安心して職務を遂行するための具体的な対策を紹介します。
この記事の目次
役員責任とは
役員として経営に関わる者は、役員責任問題を整理し、しかるべき対策を講じておくべきです。役員という立場にある以上、以下のような場合は損害を賠償する責任を負わなければなりません。
- 会社に損害を生じさせた場合
- 会社から金銭を流出させた場合
- 職務で悪意または重過失があった際に第三者に損害が生じた場合
株主や第三者から責任追及されることは、役員にとって大きなリスクです。会社を成長させ、自身のキャリア・資産を守るためには、適切なリスクマネジメントを講じることで責任問題に備えなければなりません。
下記の立場にいる人は役員責任問題に問われる可能性があります。
- 企業(上場企業、ベンチャー企業、中小企業)の役員の地位にある人
- 自身が設立した会社で第三者に経営させている人
- 社外取締役・社外監査役等に招かれて就任している人
- 役員名簿に名前だけ貸している人
役員責任は予期していない場面で問われることもあるため、責任を追及されるケースや対応方法を十分に把握しておくことは重要です。
役員の損害賠償責任に備えて意識すべきポイント
役員責任にはさまざまな種類がありますが、あらゆる損害賠償責任に共通して、役員が常に意識すべき備えについて解説します。
証拠を準備する
責任を追及された際に適切な交渉・反論をするためには、証拠となる情報が必須です。
役員責任は種類が多く事前に備えておくべき証拠も個別にあります。ただし、善管注意義務違反や任務懈怠を理由とする責任原因を追及される場合、以下にあげる資料は常に重要な証拠となります。
取締役会議事録 | ・決議の内容に異議をとどめた記録 ・異議をとどめなかった役員は決議に賛成したと推定されて連帯責任 |
会議に使った資料 (会議で配布された説明資料、経営会議の議事録、担当部署の作成資料、稟議書、専門家の意見書など) | ・意思決定プロセスの合理性と客観性を確認できる ・実際に経営判断で活用されるに相応しい十分な内容であるもの |
特に重要な事実に関する証拠は、裁判に耐えられるように信用性を確保することも重要です。信用性が高い証拠とは、以下のような資料があげられます。
- 処分証書
- 契約書、領収書
- 業務日報、伝票、納品書
- 帳簿
責任を追及されるもしもの事態に備え、証拠になり得る情報は日頃から管理・保管しておきましょう。
証拠を整理する
証拠はただ保有していればいいものではなく、実際に責任追及された際に活用できるように整理しなければなりません。
役員責任問題は、善管注意義務違反や任務懈怠のみに限らず、広く民法上の不法行為責任を追及される可能性もあります。そのため、責任追及を受ける場面を全て想定することは容易ではありません。実際に問題が発生した際に、具体的な事象に対応した証拠を整理する必要があります。
まずは責任追及の内容を確認し、訴訟を構成する事実に対応する証拠を、有利・不利問わずに並べましょう。
次に、訴訟時に説明するストーリーを裏付けるために必要な証拠を検討します。
実務的には、問題が生じ得ると察知できた時点で、すぐに弁護士に相談することをおすすめします。
役員責任を問われるケース1:善管注意義務・忠実義務違反
役員は、業務上で会社に対して負っている責任を問われることがあります。ここでは、善管注意義務や忠実義務違反を問われるケースについて解説します。
善管注意義務・忠実義務違反とは
役員は、会社に対して善管注意義務や忠実義務を負っています。
善管注意義務 | ・経営者として一般的に要求される注意義務 ・コンプライアンス違反や競業取引のチェックなど (会社法第330条、民法第644条) |
忠実義務 | ・会社のために忠実に職務を行う義務 ・善管注意義務を一層明確に示す概念 (会社法第355条) |
これらの義務に違反すれば、任務懈怠としてこれにより生じた損害を会社に賠償する責任を負います。
役員は、義務違反の疑いを生じさせないように注意が必要です。注意義務・忠実義務を十分に果たし、故意・過失がないように注意し、これらを証明できる資料等を整理しておかなければなりません。
法令違反を問われる場合
経営判断において法令違反行為を選択することは、どのような場面でも許されません。たとえ無過失であっても責任を負う可能性があるため、注意が必要です。
ここでいう「法令」には、会社が事業を行う際に遵守すべき一切の法令が含まれます。役員は、法令違反になる具体的な行為について、しっかりと理解を深めておくことが重要です。
定款違反を問われる場合
定款は、会社の目的、組織、運営方法などを定めた企業の基本的な規則であり、会社法に基づき全役員が遵守する義務を負います。これには、以下が含まれます。
- 会社の目的や事業内容
- 役員の任期や選任・解任のルール
- 利益配分や株式譲渡の規定
定款は公的な書類として登記され、株主やステークホルダーに対する会社の約束でもあります。
定款の目的の範囲に含まれるかどうかは、行為の客観的性質に照らした必要性を基準に判断されます。しかし、この判断は個別事情により異なるため予測がつきにくいものです。
定期的に定款の内容を確認し、運営方針が整合性を保っているか見直し、役員間でのチェック体制や法務部門との連携を強化するなどの対策が必要です。定款改正が必要な場合には、株主総会を通じて適切な手続きを行いましょう。
経営判断の誤りを問われる場合
取締役には経営判断原則のもと業務執行に裁量が認められているため、経営判断の失敗による損害の責任を問われることは基本的にありません。経営判断の誤りを問われるのは、次のような場合です。
- 経営判断の前提となる事実認識の過程(情報の収集・分析など)に不注意な誤りがある
- 事実認識に基づく意思決定の過程及び意思決定の内容に著しい不合理さがある
リスクの大きい経営判断をする際は、裁判例をよく調査して、何が経営判断原則違反に問われているのかを判断しましょう。経営判断時に不合理な意思決定があることを疑われないためには、議事録や検討資料などの証拠を整理しておくことが重要です。
利益相反取引による責任を問われる場合
利益相反取引とは、会社と役員の利益が相反する取引を指します。利益相反取引にあたる取引を行う際は、取締役会の承認が必要です。また、承認があったとしてもその取引によって会社に損害を生じさせてはいけません。このルールに違反した経営者は、任務懈怠があったとされます。
利益相反取引が理由で責任追及される場合は多く、法令上の責任も重くなっています。もし利益相反取引にあたる可能性を払拭できない場合は、会社に損害を生じさせることがないように細心の注意を払う必要があります。
競業取引による責任を問われる場合
競業取引とは、取締役が、自己または第三者のために、会社で扱う事業と同じ分野で取引をすることです。取締役会の承認なく行えば、法令違反として任務懈怠となります。
競業取引の責任を判断する際は、役員の取引が競業取引にあたるのかが重要です。
競業取引にあたるのは、会社が実際に行っている事業と市場にて競合し、利益衝突を起こす取引です。すでに行っている事業だけでなく、事業参加が相当確実なものや一時休止しているだけの事業も含まれます。
会社の損害額は、競業取引により取締役や第三者が得た利益の額と推定されます。
監視・監督義務違反を問われる場合
監視・監督義務とは、他の役員や従業員が不当な行為を行わないように監視・監督する義務です。監視・監督義務を怠ったかどうかの判断は、監視・監督の対象とされる者が役員か従業員か、監督を実施すべき状況であったかが問題になります。つまり、どこまで行動すべき義務があるかという問題といえます。
入念な予防のためには、弁護士に相談するべきです。弁護士に相談をし、助言を得て行動すること自体が監視・監督義務を尽くしたことの事実となります。また、取締役会に上げられない事項についても他の役員の問題行動を察知できる仕組みづくりと運用が重要です。
内部統制システム構築義務違反を問われる場合
内部統制システム構築義務とは、会社の業務の適正を確保するために必要な体制を構築する義務です。そもそもシステムを構築していない場合や、構築していても水準が不適切で、役員や従業員の問題行為を予防・対処できなかった場合は、役員は義務違反を問われます。
義務違反の判断においては、次の場合は違反はないものとされます。
- 通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制を構築している場合
- 取締役が不正行為の発生を予見すべき特段の事情は認められない場合
一般的に求められる水準や会社の個別事情、公的なガイドライン等を踏まえながら、専門家を交えた検討が必要です。
役員責任を問われるケース2:法定特別責任
ここでは、役員が法定特別責任を問われるケースを解説します。
利益供与の責任を問われる場合
会社が株主権行使に関する利益供与を行なった場合、関与した取締役は、利益供与を受けた者と連帯して当該利益供与価額相当額を会社に支払う義務を負います。
たとえば、経営者の個人的な不祥事情報が株主総会などで公開されないように、会社が口止め料と称して株主に金銭を与える場合などがこれにあたります。
利益供与したと疑われかねない外観がある取引を行う場合は、慎重に行わなければなりません。会社にとって必要な業務への正当な対価であることを明確にし、疑いをかけられないように状況を整理することが必要です。
剰余金の配当等に関する責任を問われる場合
剰余金の配当等とは、剰余金の配当や、自己株式の取得に伴って支出する費用を意味します。
問題になるのは、剰余金の配当等を行う際に、剰余金の配当等が効力を生ずる日における分配可能額を超える金銭等の交付がなされた場合です。当該行為に関する職務を行なった業務執行者や、議案を提案した取締役は、交付を受けた本人と連帯して、会社に対する支払い義務を負います。
支払う金額は、金銭等の交付を受けたものが受領した帳簿価額に相当する額です。
責任追及を避けるためには、決算書類・配当議案の正しさと適切性を取締役や会計担当者に確認しながら慎重に手続きを行いましょう。
役員が会社に対する責任を追及された場合の対応
ここでは、役員が会社に対する責任を追及された場合に、役員がとるべき対応方法を解説します。
初動対応で求められること
株主から提訴請求等があった場合、他の役員陣に状況を共有し、対応方針を協議します。株主代表訴訟の提起を避けるためには、請求から60日以内の方針決定を目指して、速やかに責任追及の内容の分析と事実関係の調査を行わなければなりません。請求対象の役員だけでなく、他の役員も協力して適正な対応を検討することが重要です。
また、役員責任追及への対応では、会社の顧問弁護士以外の弁護士に依頼することになります。これは、会社と役員等は利益相反状況になるため、会社の顧問弁護士は役員の代理人を避けるべきだからです。
責任の一部免除の方法
役員に責任が認められる場合であっても、善意かつ軽過失であるならば、責任の一部を免除する方法があります。
一部免除の対象にならない責任は以下のとおりで、その他の責任は一部免除できる可能性があります。
- 利益供与
- 剰余金の配当等の分配可能額超過の責任や欠損補填責任などの特別責任
- 利益相反取引のうち直接取引を行なった取締役に係る責任
責任免除は、次のような方法を用いて行います。
- 総会決議
- 定款の授権に基づく取締役会決議
- 責任限定契約
ただし、責任の一部免除が実務的に活用される例は少ないことに注意が必要です。これは、責任の軽減は裁判所の判決によって責任内容が確定後に行うことが望ましいものの、確定した損害賠償額を覆すことは難しいからといえます。
責任の全部免除の方法
取締役の責任を全部免除するためには、総株主の同意が必要です。そのため、上場会社では事実上適用の余地はありません。
たとえ100%株主であっても、責任免除のためには会社からの免除の意思表示が必要です。
担保提供の申立
取締役は、裁判所に対して、訴訟を提起した株主に相当の担保を提供することを命じるよう申立てることができます。裁判所からこの命令が出されたにも関わらず、株主が担保を提供しなければ、株主代表訴訟は内容の審理前に却下されます。
ただし、担保提供の申立は、株主が悪意により訴訟を提起した場合に限られることに注意が必要です。
役員の第三者に対する損害賠償責任の内容と注意点
役員が第三者(債権者など)に損害を与えた場合、会社法第429条に基づく特別責任を負う可能性があります。ここでは、役員が第三者に対して負う可能性がある損害賠償責任の内容と注意点を解説します。
間接侵害と直接侵害がある
会社法第429条に定められる「損害」には間接侵害と直接侵害があります。間接侵害と直接侵害の内容は以下のとおりです。
内容 | 任務懈怠行為の典型例 | |
間接侵害 | 任務懈怠により会社の資産を減少させ、第三者が損害を被る場合:第三者が、債権価値の減少を立証しなければならない | 放漫経営、事業拡大、新規事業の失敗、不当な廉価処分、無計画な金銭消費貸借、利益相反行為 |
直接侵害 | 任務懈怠により第三者が直接損害を被る場合:会社の財産状況は考慮されない | 履行見込みがなかった取引、違法行為、詐欺的な投資勧誘、従業員の権利侵害(残業、ハラスメントなど) |
まずは、どのような場合に役員が責任を問われる可能性があるかを理解しておくことが重要です。
計算書類等の虚偽記載に注意
役員が計算書類などの一定の書類の重要事項について虚偽記載に及んだり、虚偽の登記や公告をしたりすることがあります。これが原因で第三者に損害が生じたならば、賠償する責任を負う旨が会社法に定められています。
任務懈怠による第三者責任は「悪意又は重過失」が要件です。一方で、虚偽記載等の場合は軽過失でも責任を負うことに注意しなければなりません(会社法第429条第2項)。
責任を負うのは、虚偽記載等の行為の決定に関与した者のみです。虚偽記載等の承認決議に賛成の議決権行使をしたに過ぎない他の取締役は責任を負いませんが、監視義務違反を追及される可能性はあります。
会社補償契約と会社役員賠償責任保険の活用方法
役員責任を追及された場合の対策として検討価値が高いものとして、会社補償契約と会社役員賠償責任保険があげられます。ここでは、この2つの制度の概要と導入について解説します。
会社補償契約とは
会社補償契約とは、次のような費用を会社が補償することを約する契約です。
- 役員が職務の執行で法令違反を疑われ、責任追及に対処するために支出する費用
- 職務の執行に際し第三者に生じた損害を賠償する費用や、当該賠償の紛争における和解金
定款の定めを必要としないため、株主総会(取締役会設置会社なら取締役会)の決議があれば導入できます。決議する内容は、要件と対象、金額の上限、補償する時期などです。
役員は、業務上の意思決定に伴うリスクを負う立場にありますが、この契約があることで、リスクの不安を軽減し、優秀な人材を役員や取締役として採用しやすくなります。また、会社補償契約により、役員はリスクを過度に恐れることなく、会社の利益に最適な意思決定を行いやすくなります。これにより、攻めの経営が可能になり、企業の成長に寄与することが期待されます。
会社役員賠償責任保険とは
会社役員賠償責任保険とは、会社が保険会社と締結する保険契約の一つで、D&O保険とも呼ばれます。役員等が職務の執行に関して責任を負うことで生じる損害を填補することを約するものです。
役員等賠償責任保険の内容決定には、株主総会(取締役会設置会社なら取締役会)の決議が必要です。決議すべき保険の内容には次のようなものがあります。
- 保険会社
- 被保険者
- 保険料
- 保険期間
- 支払い事由
- 支払い限度額
- 填補範囲
- 免責事由や特約条項
保険の対象となるものは、賠償金や和解金、弁護士報酬等の訴訟費用です。
役員が訴訟リスクに直面した場合、会社が直接補償することは企業財務に大きな負担を与える可能性があります。D&O保険はその負担を軽減し、会社の資本を保護します。D&O保険を導入していることは、企業がリスク管理を重視し、健全なガバナンス体制を持つことの証明となり、投資家や株主、取引先からの信頼を向上させます。
会社補償契約と会社役員賠償責任保険の比較
会社補償契約と会社役員賠償責任保険は、一見すると似た制度です。
しかし、以下のように両制度にはいくつかの相違点があります。
契約の当事者 | 填補の主体 | 填補の対象 | 填補の範囲 | 利益相反の程度 | 費用の前払い | |
会社補償契約 | 会社と役員等 | 会社 | 会社法430条の2第2項に定められる内容 | 柔軟に決められる | 大きい | できる |
会社役員賠償責任保険 | 会社と保険会社 | 保険会社 | 保険契約で定められる内容 | 保険法上又は契約上の制約がある | 比較的大きくない | できない |
両制度については、次の記事にて詳しく解説しています。
関連記事:役員等賠償責任保険契約とは?会社法改正後の手続きや会社補償との違いを解説
会社補償契約と会社役員賠償責任保険を導入するポイント
会社補償契約と会社役員賠償責任保険は、役員の人材確保や役員が萎縮することなく職務を執行できるインセンティブの側面が期待できるものです。それぞれの補償範囲には得手不得手があるため、両制度を併用した制度設計が有効です。
まずは、利益相反程度が比較的小さく導入しやすい、会社役員賠償責任保険を検討しましょう。そして、すでにカバーしている項目は外しながら、会社補償契約を導入します。
これらの制度の導入の際には、ステークホルダーの理解を得やすい形を作ることを意識しましょう。
まとめ:役員責任への対策は弁護士に相談を
役員として経営に関わる者は、会社や第三者に対する損害賠償責任を追及されるリスクを常に有しています。会社の成長や自身の資産を守るためには、どのようなケースで責任追及されるのかを十分に把握し、適切な対策を講じることが必要です。
役員責任問題の対策では、証拠の準備や紛争対応、日々の経営職務において、法的な専門知識に基づいた判断が求められます。そのため、役員責任問題への対策を検討する際は、弁護士に相談することがおすすめです。
早めに弁護士に相談できる体制を整えることで、役員責任に関する制度を正しく理解し、リスクに備えた適切な判断ができます。
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